あの日、僕が願った嘘―事象の始まり―
主神レイドにそっくりな神が降臨して、にっこり。
なにやら異世界でもそこそこ強い存在らしいというのは、女神バアルゼブブの様子からも明らか。
まあ、僕にとっちゃま~た変人がきたよという感じなのだが。
ともあれだ。
バアルゼブブが設置していたまるで魔界のようなフィールドは書き換えられ、まるで天国や楽園といった様子のフィールドに周囲が変更されている。
戦闘フィールドが、あの神の登場で書き換わったようだ。
敵も目の前にいるのだが、どうもあの神にびびって動いていない。
魔王とか名乗っていたが……おそらく事実だ。
彼から発生しているのは、数えきれないほどの契約の気配……魔物との契約魔術の香りが漂っているのだ。
いわゆる、魔を統べる者という意味で本当に魔王なのだろう。
ヒソヒソと巨大蠅のままのバアルゼブブが、ジジイジジィ。
警戒音のような羽音に言葉を乗せ告げる。
『マ、マカロニちゃん……、あ、あの人にだ、だけは、ぜぜ、ぜったいに、て、てを出しちゃダメなんだよ』
『あのなあ、いくら僕でも相手の力量を考えて行動するっての――あれほどの魔力だ、どうせ変人、なんだろ?』
『そ、それもそうだし、つ、つよいのは確かなんだけど、違うんだよ!』
分かってる分かってると理解を示してやったのに、バアルゼブブの反応が妙である。
『何が違うんだよ! あのさあ正直おまえら神話時代の神連中って、強ければ強いほど変人ばっかりなんだよ! 自覚がないのか!?』
『た、たしかに……あ、あたし、や、ぼ、ぼく、以外のみんなは、へへへ、変人だけど……』
万を超えるヤベエ蟲の集合体がなんか言ってやがる。
こいつ、自覚ねえな。
と、いつものジト目ペンギンな僕の前で、断続的な言葉を続けるバアルゼブブ。
『け……けど、そ、そーいうんじゃなくて、ね?』
『いま、そ、空に浮かんで、後光をさしてる……あ、あの人はあっちの宇宙……き、きみが生前にいた世界の最上位の神様で、魔王で、な、なにかあると』
『だ、大魔帝ケトスが、と、とんできて、両方の、う、宇宙が壊れちゃうんだよ』
はい、話をはしょって宇宙規模の破壊の話になったぁ!
フリッパーで頭を抱えた僕は、ぐぬぬぬぬぬ!
ああぁああああああぁぁ!
だから僕以外の神って、本当にどーしようもない連中ばっかりで嫌なのだっ。
敵も神に怯えてるし、このまま会話を継続。
『なあ、この際はっきり聞いておきたいんだが、仮に大魔帝ケトスが敵となったとしたらあんたらで対処できるのか? 強さって方の意味でな』
『そ、創世の六女神全員が、ぜ、ぜ、全力で、き、協力して……そ、それで、あ、あたしたちの、せ、世界の維持をやめて、た、……戦いだけに、ち、力を注いで、や、やっとまともな戦いになるくらい?』
偽神として祀られている僕はまだ、神々の中では新参者。
搦め手と事前準備、そして大勢の人類の協力があってようやく六柱の女神の四席、朝の女神ペルセポネに対処できた程度なのだ。
力量差を把握できないレベルと思って貰っていい。
だからこそはっきりと強者であるバアルゼブブから答えを聞きたかったのだが。
僕は天に浮かびながらこちらに手を振る、主神レイドそっくりな胡散臭い神を眺め言う。
『じゃあ、あの全力で胡散臭い太陽みたいな変人の強さはどれくらいなんだ』
『レ……レイドのちょっと上、ぐらいかな』
主神レイドはおそらく三女神のトップ天の女神アシュトレトと同格か、それ以上か。
あそこで浮かんでる変人、うちの変人より強いのか……。
太陽みたいな神を見上げたままの僕を見て、相手はにっこりと微笑みどーみてもスマホにしか見えない機械でパシャシャシャ、パシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!
一応敵の目の前なのにっ。
緊張感がない。
『おいこら! 勝手に写真を撮るんじゃない!』
『おっとこれは失礼、ワタシはどうもモフモフに目がないもので。どうですかマカロニさん、あなたは元々こちらの宇宙の人類だったと記憶しております。ワタシと共に来てくださいませんか? 歓迎いたしますよ』
モフモフ狂いでいきなり勧誘してくるところが……そっくり。
というか、どーみてもこいつ! うちの主神の分身とか本体とか、そーいう類の関係者だろ!
罵詈雑言を飛ばしてやりたいのだが、さきほどからなにやら首元がスースーするのだ。
まるで闇に潜むネコが爪を研ぎ澄まして、待機しているような。
そんな得も言われぬ殺気のような直感が、僕の危機回路を刺激している。
杞憂だろうが、僕は直感を信じて穏便に告げる。
『せっかくだけど遠慮しておくよ、僕はくだらない女神や主神や我が国の民が好きだからな。それに! ふざけるなよ! あんた! なんか偉い神らしいがな、僕を捨てたのはそっちの世界だろう! 僕はもうこっちで拾われたんだ、そっちの世界になんて全然興味ないんだよ!』
よーし、バーカといつもなら付け足す言葉を回避できた。
不意に首に走っていたスースーした気配も消えている。
命拾いした感覚が何故か僕の脳裏をぐるぐるしているが、深く考えない方がいい気がするな。
蠅顔に汗を滴らせたバアルゼブブが言う。
『よ、よかった。い、いま、だ、大魔帝ケトスが、きてて、あ、あなたの首を狙っていたんだよ』
『は!?』
『や、やっぱり、あ、あなた……、き、気が付いていなかったのね。さ、さすがの、ぼ、ぼくも、き、肝が冷えたんだよ』
どうやら隠れてやってきていた三獣神の一匹大魔帝ケトスが、主人である筈の魔王に内緒でこちらを観察しており……僕をロックオン。
魔王に無礼を働いたら僕をサクッと消すつもりだったのだろう。
あぁああああぁぁぁぁ!
神共、めんどくせぇぇぇえぇぇえ!
『そんな顔をなさらないでください。これは強制や趣味ではなく、神としての純粋な最終確認です。本当にこちらに戻ってくる気はありませんか? あなたの偽証魔術はワタシが生み出した魔術とは根底が異なる世界改変の力、正直、強さの根底を覆す能力でもあります』
『へえ、随分と褒めてくださるじゃないか』
『実際、かなり危険な力ですよ』
どうも含みのある言い方だ。
敵意でもないし、警告とも違う気がするが……。
『あなたと偽証魔術の存在が、六柱の女神が生み出したそちらの世界を崩壊させてしまう可能性もゼロではない。ですがワタシたちの世界では対処が可能でしょう。どちらが上か下かではなく、純粋に数の問題です。こちらにはあなたが出会ったムルジル=ガダンガダン大王や、恐怖のペンギン大王アン・グールモーアのような力ある獣神が多く存在しますからね』
他にも多くの神々がいる……と、良い感じに言っているが。
『いや、アニマルの感覚でやらかすやべえ連中が大量にいる事を美談みたいに語るのは、どーなんだ……』
『ええ! とても可愛いアニマルが多く存在する! とても素敵な世界なのですよ!』
興奮気味に神が騒ぎだす。
褒めてないのだが、通じねえ。
もはや定番となった僕のジト目に気付いたのだろう、神はこほんと咳ばらいをし。
『幼いころのあなたを助けられなかった世界、その代表神として、あなたに詫びましょう――戻ってきたいのならばいつでもこちらは歓迎しております。けして、あなたを見捨てたわけではない、それを信じていただく……というのは無理だとは分かっておりますが、それでもワタシは……』
『いや、全然話が見えないんだが』
なにいってるんだ、このひと状態なのだが……。
どこかで大魔帝ケトスが見ていて、うっかり発言をすると首を掻き斬ってきそうで罵倒はできない。
『マカロニさん、今あなたは幼いころの記憶を持っていますか?』
『幼いころ? そりゃあ弟を虐めてた連中に嫌がらせしてやった記憶なら、まあ思い出しかけてはいるが――それがどうしたんだよ』
『それよりももっと前、まだ弟さんが降臨する前の話ですよ』
言われて僕は頭を傾げる。
ペンギン状態で記憶を封印しているとはいえ、偽証魔術で人間に戻れば記憶の封印も解放される。
そしてあの時、生前の姿に戻っていた僕は過去を少し思い出していた。
けれど。
なぜだ。
その前が思い出せない。
……。
いや、しょーじきどーでもよくないか? と思うのだが。
太陽の如き神に委縮していた、ありえたかもしれない僕が言う。
「なんだ、お前。契約を思い出してない僕なのか」
『は!? なんだよ契約って』
「そうか――なら教えてやるが、あの日、僕もお前もお父様と契約を交わしたんだよ。願いを叶える代わりに、お父様の降臨を手伝うっていう大事な契約をな」
賢い僕は考える。
弟が生まれる前に、僕がそのお父様とやらと契約をした。
それが全ての始まりなのかもしれないが。
僕は言う。
『あのなあ――凍った部分の記憶が曖昧だけどさ。弟が生まれる前っていうと、そん時の僕って五歳ぐらいの子供だろ?』
「ああ、そうだ! あの時僕らは願ったのさ! 父さんと母さんの持ってた怖い本の中の神様にさ、心の底から、渇望しただろ! 心の中で怖い神様を思い浮かべて、何度も何度も叫んだろう! どうか、僕を助けてくださいって! それがお父様だ!」
ありえたかもしれない僕のハイテンションとは裏腹、僕は当時の日本国の法律を並べ。
『いやいや、お父様がどうとかはどーでもいいけどさ。自我や自意識がはっきりしてない子供との契約なんて正統じゃないからな。普通に破棄できる案件だし、僕は悪くないだろ?』
「は!? あほか! 神との契約を破棄できるわけないだろう!」
『バァァァァカ! それが国内で契約してるなら破棄できるんだよ! 全部遡ってキャンセルだ、キャンセル! それともまさか、そのお父様とやらは神様なのに、ルールすら守らないのか? ちっちゃいお父様だな!』
よおおおぉぉし、勝った!
……。
って、ありえたかもしれない僕を言い負かせることが目的ではなかった。
僕は天を見上げ言う。
『それで、その幼い僕がなんだって?』
『いや、あの……正直、神が国内か国外ではないかを気にする発想などしていないでしょうが……困りましたね。ワタシも気をつけないといけませんか』
どうやらこいつも僕の発言にちょっと引いているようだが。
それでも気を取り直したようで、天啓を告げるように言葉を紡ぐ。
『おっしゃる通り契約を守る必要はないでしょう。実際、あなたの言う通りでありますし既にあなたは父神を降臨させるという制約から外れている。それでも、あの日、幼き日のあなたが外なる神……人々の夢の中で蠢く神。人々の心の奥底に存在する夢世界の父神、ヨグ=ソトースと契約を交わしたのは事実なのです』
ヨグ=ソトース。
バアルゼブブも口にしていたが、あれか、なんかヨーグルトソースがどうの言ってた神の名前か。
……そんな神とどうやら昔の僕が契約を交わしたのは事実らしい。
あれ?
これ、まずいんじゃないか。
話の流れから賢い僕は想定する、この一連の事件のすべての始まりって。
もしかして。
クチバシに脂汗を浮かべつつ目線を逸らしたい僕であるが。
そのまま、太陽の如き神が告げる。
『ええ、あの日……人類で初めて偽証魔術を発現させ、人々の心の中に在ったイマジナリーメシアを具現化させてしまったのはあなたです、マカロニさん』
「イ、イマジナリーメシア?」
『全ての事象には始まりがある。神がいるのならば、神を作った現象もどこかにある筈。そういった始まりの概念と思ってください。あなたは自分を助け、慰めるために……妄想しました。信じました。本に描かれていた邪神を本物だと信じ、世界に偽証してしまった。あなたは願ったのです、どうか僕を助けてくれる救世主を授けてくださいと』
正直、よくわからないが……。
僕は状況を整理する。
僕はなんらかの不幸にあっていた……助かりたいと願っていた。
両親たちが読んでいた本の邪神を本物だと信じ、実在したらいいと思った。
そして――その邪神に救世主の誕生を願った。
魔術が発生する世界ではありえないことなど、ありえない。
それが基本だ。
魔術の基本は心にある、純粋な心が力を持つこととてありうる。
それが偽証魔術を発現させた。
幼い僕とて、神の使いによる告知と受胎によって救世主が産まれたことは知っている。
僕の両親が、そーいう宗教から発展した亜種にハマっていたからだ。
ああ、思い出した。
僕が正気を失ったように神を崇める両親の言う神と、絵本の中の邪神を同一視したのだ。
願ったのだ。
神様ばかり見ていないで僕を見てくれと。
食事をくれと。
祈りたくなんてない、うまく祈れないからってぶたないで欲しいと。
ペンギンの口から、あの日を知る人間の僕の言葉が零れる。
『僕が、始まりだったんだな――』
僕はあの日、願った。
天を睨み、憎悪を描きながら唸ったのだ。
両親がいう神が本当にいるのなら、僕に救世主でも授けてみろと。
それが僕の偽証魔術の始まりか。
世界は僕の言葉に騙され、絵本の邪神を具現化させたのだろう。
その結果、生まれたのが弟。
願いは成就されたのだ。
救世主を授かった――その日以降、僕は殴られなくなったのだから。