降臨~ラスボスは基本しつこい~
痛覚を遮断した分身の僕が自爆アイテムを使ったのを確認した。
その直後。
巨大蠅の悪魔王姿になっているバアルゼブブの腹部から這い出て、よっこいしょ!
黄金の飾り羽を揺らし颯爽と登場するのは、この僕!
『はーっはっはっはっは! 次のマカロニさまの登場だ!』
本体の僕はバアルゼブブの体内から、次の分身の僕を投入!
僕の本体は最強に近い三女神バアルゼブブの中なので、本体を先に狙う作戦も敵は使えない。
グペペペッペペ!
「分身魔術……っ、っくそ、アン・グールモーアとかいうペンギン大王の魔術か!」
自爆特攻で大ダメージを負い、所々を欠損しているのにだ。
ダニッチの怪物兄弟は生きている。
おそらく弟を憑依させ暴れている限りは、死という概念に辿り着かないのだろう。
ただまあ、種は割れている。おそらく偽証魔術で”自分は生きている”と世界に生存状態を固定させているのだろう。
それでも痛いものは痛い筈。
肩部分を焼け焦がしたありえたかもしれない僕を挑発しながら、僕はふふん!
『ああ、その怪我はなかなか治らないだろうなあ! なにしろネコの行商人が長年抱えてた大量の在庫だ、年代物の呪いのアイテムだ! 可哀そうになあ!』
「ちっ……っ、あぁ、くそペンギン! おまえ、僕の偽証魔術を封じる気か!」
相手が世界に自分のケガはケガではないと詐欺を仕掛ける前に、僕の言葉が世界に”これは大きなケガ”だと宣言したので勝ち!
屁理屈みたいな状態になっているが、そもそも屁理屈みたいな魔術なので……世界を騙して本来ならありえない現実を確立させるという、この魔術そのものが変なのだ。
反則でもなんでも成立するのだから利用しない手はない。
相手の回避、回復を封じた僕は宣言する。
『トドメだ、バアルゼブブ!』
応じたバアルゼブブの咢から、呪が刻まれ。
そしてそれは呪いの名となって、敵に広がっていく。
『<大災厄呪詛魔術:黒猫悪性魔女感染>』
霧から現れた呪怨を垂れ流す魔女の使い魔の幻影が、呪いの塊となり相手を食らいつくす魔術のようだが……。
うわぁ、なんか知らないけどすげえ不気味なのを使いやがった。
かなり高度な存在の力を借りた呪詛を撒く呪いのようだが、対象が敵限定になっているのが救いか。
こちらからも観測できない呪詛の中。
黒猫の霧に覆われたダニッチの怪物兄の声が響く。
「こんなことで……っ、ぐ、ぐあぁっ――」
バアルゼブブの操る最上位の呪いによって無事に食い殺されたようだ。
敵の気配は完全に消滅。
最後に偽証魔術による悪あがきを防ぐために、僕は敢えて周囲を再観測。
兄弟共に魔術観測に引っ掛からない。
この次元から完全に消滅したと思っていいだろう。
世界に敵の消滅を定義させるために、僕は敢えて声に出して結果を告げていた。
『反応なし。ふぅ、これで終わりっと。あぁ、しんどかった……』
『マカロニちゃん!? まだだよ!』
『は? いや、だって――……っ』
振り返る僕の言葉が途切れたのは、分身体だった筈の”僕”が蠢く肉塊の触手に捕縛されていたからだ。
僕の意識は一瞬、錯乱していた。
分身体である筈の僕と、本体の僕の位置が交換。
つまり、外へと引きずり出されている。
本体に置換されている。
バアルゼブブにすら対応できないこの神速、こんなことができるのは――。
ダニッチの怪物の弟の方か。
僕は見覚えのある触手にフリッパーをかけ、ペタ足をじたばたじたばた!
さきほど倒した……。
いや、完全に殺し消滅させたはずのダニッチの怪物兄弟を睨み言う。
『はぁ!? なんでおまえら生きてやがるんだよ!』
「僕が知るわけないだろう! こいつがいる限り、こいつが僕を求める限り僕は死ねないし、僕の死はリセットされて別次元から引きずり出されて元の時間軸に戻ってきちまうんだよ!」
返事をしたのは傷を完全に回復させた、ありえたかもしれないもう一人の僕。
破けたスーツまで完全に元に戻っていることから、時間逆行や並行世界から復元させたとみるべきか……。
そんなわけで、当然この男には肉の芽のような弟がびっしりと張り付いていて。
じとぉぉぉぉぉっと呆れた様子で僕は言う。
『そうか、おまえがそいつを使ってるんじゃなくて、おまえが使われてるのか……うわぁ、苗床じゃないか。よくそれであんな偉そうな事を言えたな、恥ずかしくないのか?』
「うるさいバカ! 僕だってやりたくてこんなことをやってるわけじゃないんだよ!」
おや、どうも様子がおかしい。
先ほどの色々と”キマり”まくっていた僕とは違う印象に見えるのだ。
僕はこっそりと肉の芽触手を丁寧に剥がしながら、会話ターンを続行。
『はぁ!? どーいうことだよ!』
「弟に時と次元を超越する能力がある事は知ってるんだろう!?」
『まあ、そりゃあな』
「だーかーらー! もう答えのようなもんだろうがっ――僕が消えると、こいつは蠢く! ありえたかもしれない僕を未来視の中から探して、次の僕を無限にインストールするんだよ! さっきのは弟を愛しきれなかった僕で、今の僕はヤクザを返り討ちにして異能の王となってだ、そのまま弟を生かすために世界を滅ぼした僕だ!」
うわぁ、世界を本当に滅ぼした僕がでやがった。
まあ魔術の在る世界の未来は様々に分岐をしている、異能力集団を使って黒幕みたいなことをやっていた僕が、弟のために宇宙そのものをやっちゃった世界があったとしても不思議ではない。
まあ結局は僕こそが現実なので、そうはならなかった未来なのだが。
『しれっと自白するんじゃない! おまえはおまえで問題児の可能性だろうが!』
「とにかく! 僕をどれだけ消滅させても”次元と時に干渉できる弟”は無限に再生するし、無限に追い続けて、無限に干渉し続けるんだよ! しかも! もうこの弟に自我みたいなもんはなくて、ただ生きている僕を探し続けて次元を渡り歩き続ける、迷惑装置みたいになってるからな!」
『だぁああああああああっぁぁあ! なんか勝ち誇った顔でいうんじゃないっ、おまえは思いっきり取り込まれて操られてるだけじゃないか!』
会話ターンの内に僕は脱出!
バアルゼブブの腕の中に退避。
僕の本体が消滅すれば偽証魔術を防げなくなる、卑怯だとは思うがこの場で最も強い女神の身許に隠れる事は最善手なのだ。
蠅の王ではなくいつもの口調でバアルゼブブが、僕に顔を傾ける。
『お……、弟君の方を、さ、先に倒さないとダメっぽい?』
『いや、さっき兄本体を倒した時に確実に弟の方も死んでいたからな。偽証魔術を妨害するためにも観測して、世界に結果を確定させた。それなのに次元を超越して帰って来てるわけだから……あぁぁあああああああぁぁぁ! 先に倒しても結局一緒、たぶん弟の本体は現実側にはないんだろうな!』
ぐわわわわっと怒髪冠を衝く僕の飾り羽を撮影しながら、蠅顔になっているバアルゼブブがぎしりと告げる。
『ほ、本体がある場所を探して……た、倒さないと』
『ああ、本体を見つけないと……倒しても倒しても文字踊り無限に復活するだろうな。ったく、大魔帝ケトスはこんな厄介な存在をどうやって一度倒したんだ』
どーしたもんかと考える僕たちの耳に、魔力を含む声が降ってくる。
『――ケトス……あの子はダニッチの怪物の弟くんが本体を置いている夢の中、ドリームランドに入り込み討伐したのですよ』
バアルゼブブが蟲の柔毛をぶわりと揺らし、声の主を見上げた。
それは太陽のように、空にいた。
天で輝く、極光の如き聖光だった。
神としか言いようがない存在が、そこにいたのだ。
神々しい聖光を纏うものの魔性の如き赤い瞳を持った、やけに暖かい印象のある美形の男である。
主神レイドの魔力と酷似しているが、どこかが違う。
ただそこにいるだけで、ダニッチの怪物の弟……肉塊が、ギシシシシっと軋んで警戒音を上げている。
ただモノではなさそうだが。
いや。
誰だよ……こいつ。
当然あなたも知ってますよね? みたいな顔で出ないで欲しいのだが。
他者の空気に流されない僕はジト目のままだが。
バアルゼブブは知っているようだ。
『あ、あ、あ、あ、あなたがどうして、ここにいるの』
『今のあなた方の世界はとても不安定、黒きケトスや白きケトスが降臨すれば破綻が生じ世界そのものが壊れてしまうかもしれない、そう懸念があったので――ワタシがやってきました、いけませんか』
『あ、あ、あ、あなたは、あたあたあたしの知る、レレレ、レイドとは、ちがう。し、信用できない』
バアルゼブブの様子が明らかにおかしい。
ちくしょー、こいつらだけで会話をしやがって。
敵側の僕と、マカロニペンギンの僕は同時に同じような表情で言う。
「おまえら!」
『おまえら!』
「『僕に分からないのに、話を進めるんじゃない!』」
極光の如き聖光を放つ男が、胡散臭い笑みを浮かべ慇懃に礼をしていた。
『失礼しました、神としての名は封じられているので自己紹介が中途になってしまい恐縮ですが――ワタシはかつて□□□=■■■■と呼ばれた者。大魔帝ケトスの飼い主にして、三千世界の魔術の祖。楽園の破壊者、人々が魔王と呼ぶ存在ですよ』
うっわ、メチャクチャ美声である。
思わず膝をつき、祈りたくなるような魅惑的な声なのだ。
まあ僕にはそーいう他者への信仰感情がないので、しれーっとしているが。
魔王……よーするに魔王軍に所属しているという魔帝ニャイリスの上司か。
なんかやけに強そう……というか、三女神を越えた力を感じるが。
とりあえず味方とみても良いようだ。
しかし、うちの主神の関係者っぽいし。
また変人そうだな、おい。