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過去からの告白~思い出の重さ~


 一方的な降伏勧告を乗せて、どんぶらこっこ、どんぶらこっこ♪

 水を失い逆に降伏した船を拿捕だほ

 既に作り直してあるウチの魔導船に捕まえさせたのだが。


 今日も今日とてこの世界の勉強をしていた僕。

 氷竜帝マカロニの滞在する草原図書館を訪れたのは、やはりマキシム外交官の手駒の密偵。


 僕が授けた、無駄な美形を隠すフードの下を尖らせる男の前。

 鷹の目の密偵が差し出してきた報告書を眺め――。

 僕は飾り羽と羽毛を逆立て、クワ!


『はぁぁぁぁぁ!? あの船の中にアランティアの元婚約者がいた!?』

「はい……といいましょうか」

『なんだよ、影のおまえとしては歯切れが悪いな』


 この密偵、マキシム外交官を崇拝しており真面目といえば真面目。

 無駄な会話を好まず任務に邁進する忠犬タイプなのだが。


「それが、どうやら元婚約者がいた……というよりもその男が主犯と申し上げるべきかと」

『えーと、ちょっと待てよ』


 僕はこの近隣の地図を羽毛の隙間からズボっと取り出し。

 草原の上にドデン、と広げ。

 いつものように、ふつーに横にいた秘書に言う。


『おい、アランティア。おまえがいた隣国ってのは』

「氷海から南にあるウチの国家から山脈を挟んで西にある、ここっすね」


 既に母国ではなくスナワチア魔導王国をウチと呼んでいるアランティア元王女である。

 彼女はその事実に気付いているのか、意識もしていないのか。

 ともあれ、そのままスススっと彼女の母国から更に西をググググっと指差し。


「で、婚約者がいたのはこの国っすね。確か名前は――……あれ」

『おい! おまえ! 元王女なんだろう!? なんで婚約者がいる国の名前を忘れるんだよ!?』

「仕方ないじゃないっすか! あたしがあの国にいる同世代の皇子と将来の政略結婚を誓わされたのって、四歳ぐらいの頃っすよ!? 覚えてる方がおかしいですって!」

『言い切れば押し切れると思うなよ!』


 いや、そのころの記憶は覚えていなくともかつての母国の周辺国家の名前ぐらいは、ふつー……覚えてるだろうと思うが。

 平和を望む僕は考え、じっと優しい目で彼女を見上げ。

 まあ。


『アランティアだしなぁ……』

「な!? なんか口には出してないっすけど、滅茶苦茶失礼なことを思ってるっすね!?」

『それで? その婚約者はどーしてるんだ』


 戦争をするつもりもないので、きつい経済的な灸をすえるような条約を取り付け……送り返した筈なのだが。

 密偵が言う。


「はぁ……それがアランティア元王女に会わせろの一点張りで。それもどうも、今回の我が国への無茶な遠征もその皇子の独断だったらしく」

『ありゃりゃ。初恋のお姫様がペンギン魔獣にいいように使われている、ならばオレが助けなくては! って、感じかな』

「そこまではワタシには……」


 まあ、会ってみるかと。

 僕は腰を掛けていた、門外不出、持ちだし厳禁、複製不可と厳重に書かれた魔導書のコピーから重い腰を上げ。

 ニヒィ!


『話を聞こうじゃないか!』


 むろん、ただの好奇心である。


 ◇


 好奇心は猫をなんちゃら。

 僕は先ほどの自分の判断を、すぐに後悔していた。

 拿捕した船の乗船者、そのほとんどはもうお帰り下さったのだが。


 その男は謁見の間でいきなり暴れ、隠し持っていたナイフでこちらに突撃。


「貴様だな!? 我が妻になるアランティアを無理やりに傍に置き、阿漕な商売にて民を苦しめている圧政者とは!」


 一応は相手は皇子らしいので、会見の場は謁見の間。

 いわゆる玉座の置かれた広く、偉そうで、荘厳な場所。

 正装としての王冠や外套、そして王者の杖を装備し玉座に鎮座する僕にいきなりこれである。


 こちらのメンツは幹部ともいえる三人と、それぞれの部下たち。

 聖女と外交官とタヌヌーアの長。

 ついでに僕の秘書たるアランティア。


 相手はアランティア元王女より少し年上の若者と、その少数の護衛だった。

 歳はおそらくまだ二十歳になっていない。

 この辺りの人類は天の女神にして、美の女神としての側面もあるアシュトレトの神性の影響を受けているのだろう。やはりこの男も美形と言って差し支えない、皇子様だ。


 顔のイメージとしては爬虫類が近いだろう。

 しゅっとした印象の坊ちゃんともいう。


 いきなりの暴言と暴挙にシャラン!


 謁見の場に同席していた最高司祭リーズナブルが、手にしていた聖なる杖を鳴らし。

 象が乗っても大丈夫な筈の床を、メシリ!

 相手を一蹴。


 外向きの聖女顔で冷たく告げる。


「――控えよ、異国の輩よ。ジズ様に向かっての無礼、許されはしません」

「ジズだと!?」

「いかにも、こちらに御座おわす方こそがスナワチア魔導王国の第九代目の君主にして、創生の神々……天の女神様の眷属たる大怪鳥。貴公の振る舞い、無礼にも程がある」


 ゴゴゴゴゴ!

 と、神話に出てきそうなほどに美麗な金髪を魔力で浮かせるリーズナブル。

 その姿はまさにガチ切れ。


 ガチの金髪碧眼美形がクズを見下ろす目線は、まあそーいう趣味の人にとってはご褒美なのだろうが。

 周囲の空気は死んでいた。

 聖女の放つ殺気がすさまじいのだ。


 しかし相手もアランティアを取り戻そうと必死なのか、その殺気にさえ食らいつき。


「聖女といえどっ、所詮は一国の司祭。我は悪の魔導国家の手先に怯みはせん!」

「我らが悪と?」

「そうであろう! 我らが知らぬうちに水を支配、ペンギン印のウォーターサーバーなる罠を張り巡らせるという非道。聞けば、他国の水も全て支配している様子。それを悪と言わず、何を悪と――」


 おう、ただのバカかと思ったら本質を割と掴んでいる。

 だが、場所と状況を弁える考えは足りないようだ。

 眼前で主人を悪と断じられた幹部連中は明らかにムッとした様子で、その中でも脳筋担当な最高司祭リーズナブルはその身の魔力を解放。


「痴れ者が!」


 ただオーラだけでバカ皇子の立派な体を拭き飛ばし。

 カツン!


「三度目はないと知りなさい」


 さすがに人類最強の名は有名なのか、吹き飛ばされた皇子へ彼の部下からも彼を諫めるような視線が向く。

 あの能天気代表のアランティアですらうわ、っとビクつく空気であるが。

 重い空気に似合わない声で僕は言う。


『まあまあ~いいじゃんか、かつての婚約者を案じてやってきた、その勇気だけは認めようじゃないか。嫌いじゃないよ? そーいう伝承歌みたいな無謀はさ』


 まあ、馬鹿だとは思うけど。


「……ジズ様がそうおっしゃるのでしたら」


 従い黙るリーズナブルに安堵した様子でマキシム外交官が、その老獪な性根を隠さず。


「なれど、陛下。かのモノが行おうとしていたのは暗殺。そして既に彼らは一方的な降伏勧告をしようとしていた。我らの世界ではそれを宣戦布告と考える事が一般的なルールに御座います。それを一度見逃したと言うのに、今の失態。これを放置すればスナワチア魔導王国が舐められてしまうでしょう」

『ふむ、まあそれもそうか』


 助言するように、かつてスナワチア王に化けていたタヌヌーアの長が、ギラリと賭博師の顔で。


「ならば、この皇子。いかがいたしましょうか。生かしておいても互いの国の禍になる可能性も、なんでしたら吾輩が――」


 入れ替わってもいい、ということだろうが。

 僕は、ボケーっと肘起きに身を任せ脱力ポーズ。


『えぇ……、殺すってのも……なんか面倒そうじゃないか? どうなんだよ、元婚約者的には』

「え、あたしっすか!?」

『って! むしろおまえの問題だろう! 何を他人事みたいな顔をしてやがるんだ!』

「だって、ぶっちゃけあたしの母国が属国になる流れを助けてもくれなかった、形だけの同盟国みたいなもんっすよ? それにあたしの元の国もスナワチア魔導王国の属国化した後は、もうほとんど吸収されちゃって、今はマカロニさんの下でみんな平和に暮らしてますし。正直、あんまり波風を立てて欲しくないってのが本音でして」


 言って、困った表情で騎士姿の元王女は続けて口を動かし。


「更にぶっちゃけちゃいますと、あの、大変申し訳ないんっすけど……本気でこの人の事、覚えてないんすよねえ……」

「え? は!? わ、我を覚えていない!?」

「うちの陛下にも言ったんすけど、四歳っすよ? そん時のあたし」


 食い下がるようにバカ皇子が吠える。


「それでも我は覚えているぞ! そなたの顔をっ、そなたとの思い出も!」


 必死に吠えるその様は、女神アシュトレトの信仰圏内の皇族だけあって美麗。

 これが恋愛物語ならば、ロイヤル美形が必死に訴える様子に心が揺れるのだろうが。

 あいにくと、相手は”あの”アランティア。


 相手の意図しない魅了を無効化レジスト……。

 というか、全く気付かず素通りさせ。

 しれっと告げる。


「えーと……その、すんません。まーじで覚えてなくて……どんな思い出だったのか、聞かせて貰ってもいいっすか?」

「一緒に、庭園の花を……」

「天ぷらにして食べたとかっすか!? ああ、思い出しました! いやあ、懐かしいっすねえ!」


 んなわけねーだろ、と言わんばかりの表情で……師匠でもあったマキシム外交官が自らの顔を覆う。

 あの男のこんな顔はかなりレアで、それはそれで愉快だが。


 バカ皇子が、鼻水すら浮かべ。


「そ、それは我が兄との思い出であろう!」

「え? そーなんすか? あれ、あの国って兄弟とかいましたっけ。はは、すみません。なにしろあの頃ってあたしも剣と魔術の修業で忙しくて、あんまり外交の事、覚えてないんすよねえ」

「我は! 兄がそなたを娶ると聞いて、必死に……っ、必死に……」

「まあ、子供の時の約束ですし。なにより属国化されちゃってるんで、婚約とか約束とかもとっくに破棄されちゃってますし。あんまり昔のことで暴れないでもらえると、こっちも助かるんすけど」


 バカ皇子が婚約破棄の言葉に反応し僕を見るが。


『僕を睨まれても困るって。なにしろ僕がこの世界に降臨したのは一年以内の話だぞ? そーいうのは先代の王に聞いて欲しいんだけど。どーなんだ、マキシム外交官』

「王ではございませんが、お答えします。確かに属国化した後にそちらの帝国が一方的に、アランティア元王女との婚約を破棄なさっていたかと。無論、我らは隣国とその同盟国との間の条約や駆け引きには干渉しておりませんので、なんとも」


 バカ皇子は爬虫類美形を尖らせ。


「そんな筈はっ」

「魔導契約書の写しがございますので、宜しければ――」


 なんでそんなものをウチの外交官が持っているのか。

 その辺りを疑問にも思わないとなると、よほどのバカか狼狽しているのか。

 ともあれ。


「そのような……筈は」


 自分の国の方が手を切っていたと、知らなかったようである。

 もしかして。

 この皇子……バカだし、ウチへの様子見の鉄砲玉にされたのかな。


 キレていたリーズナブル女史すら、項垂れそうな皇子を哀れに思い始めているようだが。

 そんな空気も知らずに、アランティアがにっこり。


「そんなわけで、まあすんません」

「すんません、とは」

「いや、このまま帰っていただけると助かるかなあっと」


 満面の笑みである。


 人間。

 ショックな出来事があると、倒れ込んでしまうのだろう。

 ガクンと音すら立てて、皇子は床に沈没。


 あ、ついに心が折れたっぽいな。

 しかしだ。

 このアランティア、これを素でやっているのだからおそろしい。


 おそらく、皇子にとっては大事な思い出。

 本当に忘れることのできない、いわば初恋のような感じだったのだろう。

 だが、アランティアにとっては別に普通の、特に記憶の端にも残っていない出来事だったようだ。


 たぶんこれ、失恋の現場だろうなあ。

 兄弟がいるかいないのかさえ覚えていない時点で、脈なしだってわかるし……。

 謁見の間の空気は、しーん。


「え? あれ!? ちょ! この皇子、なんで泣きそうなんすか!? あ、あたし、なんか不味い事言ったっすか!?」

『おまえ、どーするんだよ、この空気……』

「はぁぁぁぁぁ!? なんであたしが悪いことになってるんすか!? だって邪魔だから帰って貰った方が、互いの国と民のためなのは確定してますしっ。覚えてないからちゃんと聞く、報連相の大切さをあたしは重視して――」


 邪魔――っと悪気ゼロな追撃を喰らった皇子は、もう哀れの塊。


『ああ、もういい! お前は黙ってろ!』


 まあ……小さい頃の思い出って、人それぞれ感じ方も違うだろうし。

 小さい頃の約束を覚えているのは片方だけ、そんな事例も数多くあるだろう。

 僕は玉座から降りて、ペタペタペタ。


 呆然とするバカ皇子の肩に、フリッパーを置き。


『なんか、うん、可哀そうだから君。帰っていいよ』


 彼の罪を許し、手ぶらで返すのもアレだからとその手土産に量産し始めていた<銀杏の魔導種>と、その食べ方を伝授。

 男の母国にひっそりと。

 僕が品種改良した銀杏を植林させることに成功したのだった。


 マキシム外交官もタヌヌーアの長も見て見ぬふりをしているあたり。

 彼らもなかなかに狸である。

 どうせ、皇子の護衛の何人かは既にタヌヌーアの戦士とすり替わっていることだろう。


 案の定、バカ皇子が帰国してから数日後。

 マキシム外交官が放っていた諜報員からの連絡が入った。

 その内容に――僕は思わず起き上がった。


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