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丘の上の蠅王~最強の矛と、最凶のペンギン~


 攻撃を禁じていた偽証魔術による手鏡は、この賢くも麗しいマカロニペンギンたる僕の手で粉々!

 ごく普通の投石で粉々になった鏡の破片が空に舞った、その瞬間。

 刹那の間もなく彼女は動いていた。


 地の女神バアルゼブブ。

 そりゃあたしかに女神たちが強いのは知っていたが……。

 なんか、すっげぇ禍々しいし神々しいな、おい……。


 そこに普段は”のほほん”で、えへへへっと不気味に笑う美女の姿はない。

 これが本気のバアルゼブブなのだろう。

 髑髏の杖を持ったガチでシリアスな超巨大な蠅が、ふしゅぅっと魔力の吐息を漏らしつつ、ガッコン!


 邪杖ビィルゼブブと表記される杖。

 その先端に取り付けられた”聖者の髑髏”の口を開かせて、十重に連なる魔法陣を刻み――魔術式を展開。

 まるで全ての悪しき者の王の如き重厚な声音で告げていた。


『滅、滅、滅!』


 蠅の咢から刻まれる”滅”の言葉が呪文そのものとなり、それが魔術名ともなり効果を発動。

 心臓を破壊する即死魔術だろう。

 周囲に散っていた彼女の血が沸騰し、全てが呪いとなり敵を襲っているのだ。


 そしてバアルゼブブとしての神性が悪さをしているのだろう、周囲のフィールドを<古き鮮血の伏魔殿>へと変更していた。

 かつて遠き青き星、地球にて悪魔と嘲笑された存在が魔物となって顕現。

 蠅王の眷属として登場、次々に呪いの儀式を発動させ始めているのである。


 まあようするに地獄の軍隊のような、ダークな景色が広がっているのである。

 バアルゼブブの複数の瞳で構成された複眼が、ギョロギョロと蠢く。

 咢から、まるで王者のような威厳ある声が漏れ始める。


『センティネルの丘にて父を呼びしヨグサハの子らよ、ヨグ=ソトースの神子よ。余はバアルゼブブ、嵐の丘の王にして、風説に歪められしまつろわぬ神性、其の全ての王』

『汝が望む現実は、所詮は泡沫』

『常しえの悪夢を求める者よ、我らが主神の兄弟よ、嗚呼、余は汝らに同情しよう。憐れみを授けよう。憐憫を届けよう。故に、余は救世主の模造たる汝らに終わりの慈悲を授けよう』


 うわぁ……、こいつもこいつで意味が分からない。


「ぶんぶん飛び続けるハエの王が、お父様の名を呼ぶな! 不敬だろうがっ」

『哀れな神の”落胤”よ、汝らの父は本当に降臨を望んでおるのか。考えよ』

「お父様さえいれば僕の弟が馬鹿にされることも無くなる! お父様さえ降臨すれば、全ての命を弟と同じ性質に書き換える事だって可能だ! それの何が悪い!」


 どうしたものか、やはり意味がわからない。


 僕に異世界……いや、この場合は地球だから異世界って言い方も何か違うか。ともあれだ!

 僕に地球の魔術やら神話への深い知識があれば、バアルゼブブの言葉も理解できるのかもしれないが正直、彼らの会話が理解できないのだ。

 僕は言う。


『なあ、おまえさあ』

「なんだペンギン野郎」

『もしかしてさあ、そのお父様とやらを召喚して――全ての人類を虹色に輝く意志ある肉塊に変える……ってのが最終目標なのか?』

「おまえだってそうだろう!? 人類全員が時と次元を超越する人類の上位互換になる、それこそが理想郷。誰も僕らをバカにしない楽園になるんだよ!」


 弟が奇怪な存在だから、全員を奇怪な存在へと進化させる。

 か……。

 うわぁ、こいつ……しょーもない感じの僕なのに最終目標がなかなかエグいでやんの。


 ドン引きな僕はドン引きを隠さずクチバシをガァガァ。


『おまえなぁ、ガチで頭がどうかしてるんじゃないか?』

「わからないなあ、なんでそうおまえは自分の願望を認めたがらないんだ。おまえだって憎かっただろう? 僕たちを認めない、僕たちを見捨てる世界なんて気に入らないしくだらない。未練もないからこそ、おまえだって凍死した――そうだろう」

『いや、僕は純粋に弟を延命できればそれで良かったんだが』


 こっちはクールで冷え冷えなのに、あちらさんは熱々ホット。


「いいや、違うな! おまえが僕と同じ存在なら、心のどこかで思っていた筈だ。弟に後ろ指を指す世界なんて許せない。弟を見て震えだすヤツが憎いってな。思い出してみろよ、不登校の生徒が心配だからってやってきた偽善者の教師がどんな顔をしたのか!」

『ああ、居たなぁそんな教師も』


 それはまだ子供の頃の話。

 弟にも戸籍が存在していたので、当然、義務教育が発生する。

 けれど僕らの両親は弟を学校に通わせる気などなく、教師の方がやってきたのだ。


 僕は弟とそいつが会う事に反対した。

 どうせ怯えると分かっていたからだ。

 けれどその教師は言ったのだ、絶対に大丈夫だと。自分は生徒を見捨てたりはしないと。


 まあ結果は発狂。

 弟の部屋に入るなりバケモノと叫びだし、弟が怖がるのに喚き続けたのだ。


『教師のくせに生徒から逃げるなんて気に入らなかったからなあ、延々とチクチク嫌がらせしてやったっけ』


 いやあ懐かしいなあ、と僕は黄金の飾り羽を揺らし頷くが……あちらさんはポカンとしたまま。


「は? 僕はそんなことしてないぞ!」

『だーかーらー、おまえと僕とはたぶんルートが違うんだよ。僕はムカついたら我慢せずにやり返す方針だったから、僕や僕の弟にネチネチしてくるやつには倍返ししてやったんだが、お前は違うのか?』


 正式な手順で、正式に教育委員会に抗議をしたのだが。


「できるわけないだろう! 弟を見て驚くのは普通だし……っ」

『は? 普通じゃないだろ。僕は相手の大丈夫だっていう契約を信じたんだぞ? それをあっちが破ったんだ、そりゃあ少しくらい嫌がらせされても仕方ないだろう? だいたい! 人の弟を見て発狂する方がふつーに失礼だろうが!』

「おまえ、アレがふつうに見えてるって……完全に頭がどうかしてるだろ……」


 なぜかあちらさんはバケモノを見る顔で僕を見ている。

 どうもこいつは弟への愛情が足りないように見える。

 だからこそ、僕とは違う道……ありえたかもしれない、違うルートの未来視なのだろうが。


 そもそもだ。

 僕はイラっとしつつ敵を睨み言う。


『だいたいおまえ、ふざけてるのか! 弟を纏って、弟の力で戦えてる状態のくせに、弟を道具みたいに使いやがって! 何考えてるんだよ!』

「ふざけてるのはそっちだろう、こいつはお父様を降臨させるためのイケニエだ!」

『はん! そんな感情だからおまえの未来は現実じゃないんだよ! バァァァァカ!』


 よーするにこいつは、弟をちゃんと愛せなかった哀れな僕なのか。

 こんな奴の世界が現実になんてなっていい筈がない。


『やっちまえ、バアルゼブブ! 僕が全力でサポートする!』

『言われずとも――』


 言葉と共にバアルゼブブの髑髏の杖が、ギギギギギイィィィっと呪いの波動を展開。

 敵の心臓を破壊するべく、即死の魔術を連続で発動させていた。

 まるでザクロが割れるような、ぐじゅりとしたエフェクトが空で何度も弾けている。


 だが敵もさるもの。

 弟の肉塊を憑依させているおかげか、それとも異能を発動させているのか、心臓を潰された程度では痛いだけで済んでいるようだ。

 空を飛行し退避――防御結界を展開していることからすると、やはり即死魔術の直撃はかなりきついらしい。


「ちっ……悪魔王の本気の呪詛か」

『うわぁ……心臓潰されても死なないとか、おまえもう人間やめてるんだな』

「ペンギン姿のお前にだけは言われたくないなっ」


 反論しつつスーツの上からぎゅっと心臓を握り、ギリリ!

 スーツの裾から手品師の様に、カードを空にばらまき。

 詠唱するように宣言していた。


「異能展開:ギャザリング!」


 ダニッチの怪物兄は、空を舞うカードゲームのような紙からカードを選択。

 異能を発動しようとカードの束を展開。

 おそらく、ある一定以上の信仰……つまりはゲームプレイヤーを得たカードゲームに刻まれた”カード効果”を発動させる異能だろう。


 どんなカードゲームを使おうとしているのかは知らないが。

 カードゲームの弱点など明白。

 僕はダゴンの力を借りた即興魔術を創り出し――にやり!


『させるかよ! <速攻海洋魔術:カモノハシの鼻水(メンチカツ・ブレス)>!』


 幻影カモノハシのくしゃみと鼻水による、広範囲の水浸し攻撃である。

 効果はカードを鼻水やらで濡らして使用できなくする。

 ただそれだけだ。


 相手も学習し、カードに<破壊耐性>をこっそり仕込んでいたようだが。

 カモノハシの鼻水は破壊攻撃ではない。

 よって破壊耐性では防げない。


 やはりファンタジーエアプである。


「ぎゃあぁぁあぁぁぁ! おま、おま、おまえぇぇぇええ! これプレミアカードだぞ!? 世界で五枚しかないっ、使うと勝ちが確定する反則の……」

『だから知るかボケ! んなレアもんを戦場に持ってくるお前が悪いんだろ! ちゃんと保護フィルムにいれとけ!』


 僕が相手だからこそ、リズムも空気も分かる。

 相手にはせこい相手への戦闘経験が足りない。

 その隙に、バアルゼブブが蟲の前脚をグギギギギ!


『<死を、汝に――>』


 蟲の足の中に生み出された心臓が、ぐじゅうぅぅぅぅ!

 高レベル過ぎて理屈や魔術式が読み取れないが、やはり遠隔即死魔術のようだ。

 だが弟を纏うダニッチの怪物兄は生きている、心臓を何度破壊されても死ぬ事がない。


「異能展開――!」


 瞳を赤く染めたダニッチの怪物兄が邪悪に口角を吊り上げ、天に浮かべた腕時計を操作!

 時計の針を時計周りとは逆に回転させ、時魔術の波動を展開。

 時計を媒介に、時を操作する異能だろう。


 バアルゼブブによる死がリセットされ、男はふふんと勝ち誇ったように告げる。


「バァァァカ! おまえらがどれほど強くても、無駄なんだよ! 僕らのお父様の力で――」

『はい、うそぉおぉぉお! おまえ、実はメチャクチャ痛いのを耐えてるだけだろ!』

「あっ……!? こら!」


 相手は偽証魔術の使い手。

 世界に自分をどれだけ攻撃しても無駄と偽証するつもりだったのだろうが、僕が先回りして、世界にちゃんと今の攻撃は意味があると宣言。

 僕の方が先に言ったので、世界は僕の言葉の方を優先しダメージを継続させている。


 シリアスな空気のまま、バアルゼブブが宣言を続ける。


『滅びよ、ダニッチの怪物よ』


 人間形態の、ありえたかもしれない僕の心臓を何度も破裂させているのだ。

 兄が攻撃されたことで動揺しているのか、ダニッチの怪物兄弟の弟たる肉塊が蠢き暴れだす。

 周囲の空気を重力で圧迫し、空間ごと攻撃しているようなのだが。


 それをバアルゼブブが妨害。


 巨大蠅バアルゼブブの咢と瞳が、こっぉぉぉぉぉぉぉっと動きだし――。

 蠅の前脚を伸ばし、ジジジジジジィィィ!

 相手の空間干渉を上回る振動で、虫の羽音を響かせ始めたのだ。


『愚か也、余の前では児戯に過ぎぬ』

「ちっ……くそ! もう一人の僕がいる限り、埒が明かないな。なら――」


 まあ、ならやってくることも読めている。

 僕を先に殺す気なのだろう。

 案の定、蠢く弟の肉塊を用い――時と次元を超越する力をもって、ダニッチの怪物兄弟は力を発動させていた。


 僕の身体が肉塊に貫かれ、死にかけていたのだ。


『な、こ、こんな……』

「ちょろちょろと煩い方を先に殺せばいいってことだ! って、なんだおまえ! そのいかにも自爆しそうなアイテムは!?」

『こんな簡単な手に引っ掛かるなんて、おまえさあ……僕として僕は恥ずかしいんだが?』


 呆れながらも、肉塊に貫かれたままの痛覚を遮断した”分霊体の僕”は、とぉ!

 敵の隣に緊急転移し、にやぁぁぁぁ!


『バカめ、引っかかったな! 僕を殺したペナルティーだ。ネコの行商人特製の自爆アイテムの効果、存分に味わうんだな!』

「おま、おまえ! ふざけるなよ……っ、くそ……! 離れろ、この糞ペンギン!」


 自分が相手にしていたのが”ただの分身魔術”だと気付いたようだが。

 もう遅い。

 分身の僕は抱え込んでいた自爆アイテムを起動させた。


 やはりバアルゼブブが対応できないのは偽証魔術のみ。

 それを僕が対処し続ければ、勝てる!


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