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もう一人の僕~まったくこれっぽっちも自慢にならない経験値~


 バアルゼブブの体内を抜けるとそこは赤。

 真っ赤に燃えた血の戦場だった。


 店を畳んだネコの露店街に広がるのは血の香り。

 だが死者はでていない。

 この赤色はバアルゼブブの負傷による鮮血だろう。


 ニャービスエリアへの敵性外来種の侵入という事で、皆は一致団結。ネコの行商人や警備兵、買い付けにやってきた異世界の通行人たちも戦闘に参加しているようだ。

 ただし戦況は圧倒的に不利。


 理由は単純、誰一人攻撃ができずにいるのである。


 何らかの制限や妨害を受けているのか――。

 バアルゼブブも相手を攻撃できないようだ。

 本体は巨大化しクリムゾン兄陛下を守りつつ……防御に専念しているのみ。


 万を超える蟲の群れが敵に引き裂かれるたびに負傷し、大地に落ちる。

 やはりこの赤色はバアルゼブブの血か、周囲に彼女の魔力と呪いの鮮血が広がっているのだ。


 敵はまるで神を気取るように空に浮かぶスーツ姿の詐欺師。


 やはり人間形態のありえたかもしれない僕。

 そしてやはり背後霊の様に周囲に纏うのは、ありえたかもしれない肉塊の弟。

 今後報告書や歴史書に刻むことになるだろうし……正直、そろそろ彼らに個体名が欲しいのだが。


 ま、とりあえずダニッチの怪物と呼ぶことにして。


 皆が攻撃できていない理由を把握した僕は、メガホンを召喚!


『おいこらお前! 僕の顔と僕の姿でなにをやらかしてくださってるんだよ! 僕がやったって誤解されるだろうが――っ!』

「は!? 僕の顔!? おまえはイワトビペンギンだろうが! ギャグみたいなお前らと違って、こっちはまじめにお父様の降臨に奮闘してるんだ。ギャグキャラは黙ってろ! バァァァァカ!」


 この口の悪さは確実に僕だ。

 だが、お父様の降臨? ……僕はこの世界で育てた話術を発動させる。


『お父様ねえ。まさかとは思うが、弟を托卵して育児放棄しやがった無責任野郎のことか?』

「は!? どういうことだ、おまえどうしてお父様の事を覚えてないんだよ」


 相手の偽証魔術を解除するために、こちらも偽証魔術を発動!

 情報が足りないなら自白させるだけ!


『うわ……おまえ、まさかいまだにパパの言いなりなのか? それってどーなんだ? 情けないと思わないのか……?』

「お父様の言いなりもなにも、僕ら兄弟はお父様を世界に降臨させるために仕込まれた存在だろう? おまえのルートだと本来なら自分をイケニエにお父様を召喚する筈のこいつが、イケニエの世話係でしかないおまえを蘇生させようなんて機能不全を起こしたバグみたいな世界らしいが――そうか、おまえの世界は……狂ってるんだな」


 言葉を区切り、憐憫とも違う微妙に憐れんだ顔で、ふん……とこちらを眺め。


「だいたいなんだよマカロニペンギンって、ふざけてるのか?」


 こいつ……心底バカにした表情でイワトビペンギンな僕を眺めていやがるな。

 ま、まあ僕らの世界とか宇宙が狂ってるという部分は否定できないが。

 僕はそのまま情報を引き出すべく、相手の会話に話術スキルを乗せていく。


 知っている体で僕のクチバシはペーラペラペラ!


『わっからないなあ、”あの”お父様がそんなにいいもんかねえ』

「全にして一、一にして全。お父様こそが時と次元を超越する、全ての一。既に大魔帝に名を封じられたメシアの創造主にして、全ての魔術の祖たる男を世界に託した尊き方。因果を逆転せし窮極の父。お父様の降臨こそが全ての宇宙に与えられし使命。なあ、そうだろう? もう一人の僕」


 やべえ、このひと。

 なにいってるのか、ぜんぜんわからん。

 僕の生前の顔と姿でこれを言っているのだ、きつい、正直勘弁して欲しい。


 まあよーするに、母に弟を受胎させた”父とかいう存在”は自分を宇宙に召喚するために暗躍。

 落とし子たる僕らを世界に蒔き、時と次元を超越した存在である弟を犠牲イケニエに魔術儀式を展開……。

 自らの召喚こそが最終目的で僕らを道具として使おうとしていた、ということか。


 ろくでもねえな。


 そうなるとだ、僕はイケニエ用の弟を育てるために、そのお父様とやらに利用されていたってことになるし。

 まああくまでもこいつが勝手にそう言っているだけで、そのお父様が本当にそれを望んでいるかどうかは少し怪しいか。


 そもそもこいつは、精度の高すぎる世界を観測する能力から飛び出てきた存在。

 いわば悪夢や泡沫うたかたから発生した存在。

 文字通り現実ではないのだ。


「おまえ? なんでそんなジト目をしてやがるんだ、お父様の話だぞ!?」

『あぁあああああああああぁぁぁ! だから! 僕の顔と姿で変な宗教を広げる論調を語るんじゃない! 気色悪いんだよ! こっちが現実なんだからなっ、肖像権で訴えるぞ!』

「は! こっちはあとは”希望の女神”か”楽園神話時代イエスタデイワンス魔道具モア”を捕獲できれば勝ち。お父様の降臨ですぐに僕らこそが現実になるんだから、問題ないだろう!」


 しかし、この世界で育った僕の話術スキルの影響とはいえだ。

 こいつ、本当にペラペラとバラしやがるな。

 一瞬、罠かなとも思ったが――おそらくは本音だ。


 ただシンプルに全てを信じるかどうかは……うーん。


 こいつがそう思い込まされている可能性もある。

 それに、こいつが語る話がこいつの中やこいつの世界で本当だとしても、それはあくまでも未来視によって発生したこいつの世界ではそうだっただけ。

 現実に存在する僕らの世界とは異なる。


 息子を犠牲にして自分を召喚しようとするお父様の存在証明になるか、それはまったく別問題なのだ。

 こいつがお父様といっている存在と、夜鷹兄弟と呼ばれる僕らの父が必ずイコールとも限らない。

 そもそも僕の遺伝上の父は、実在する戸籍もある父親だろうし。


 ともあれ。

 これ以上の話術スキルの連続使用は避けたい。

 確実な情報を吐かせる手段でもあるのだ、使いすぎると相手もいつかは気付いてしまう。


 僕は戦場に目をやり。


『おいバアルゼブブ! なにしてやがる! とっとと攻撃しないと負けるぞ!』


 注意する僕にバアルゼブブが、あわわわっとしながら口の端を酸で溶かし。


『だ、だって!』

『レ、レイドが……っ』

『た、戦っちゃ、こ、攻撃しちゃダメだってあそこで!』


 彼女が指差す先には”禍々しい気配を纏う手鏡”が浮かんでいる。

 あれが偽証魔術の核。


『バカ! よぉぉぉぉぉく見ろ! おまえの大好きな主神様が、おまえが傷つくような命令をすると思うか!?』


 バアルゼブブの少し上擦った断続的な声が響く。


『レ、レイドなら、と、時と場合じゃそうするよ!?』

『ほ、本当に危なそうなら』

『ぜ、絶対に、こっちを、ゆ、優先してくれるけど』


 ああああぁぁぁ、たしかに! 言いそうだっ。

 僕の脳内であのスカポンタン主神レイドの声が再生される。

 まあバアルゼブブも相手に迷惑をかけていましたし、喧嘩両成敗という事で少しくらい大丈夫でしょう、と。


 これはおそらく相手の偽証魔術による幻聴。

 バアルゼブブが受信してしまっている偽物の声が、僕にまで伝わっているのだ。

 その発信源と思われる場所……僕は空に浮かぶ手鏡に意識を集中させる。


 変な言い方だが、鏡と目が合ってしまう。

 すると、目の前の世界が歪みだし僕の精神を汚染していく。


 僕の目には――。

 いままで出会ってきた、女神たちの作りだした世界に生きる者たちが見えていた。

 アランティアやメンチカツにエビフライ、タヌヌーアもいるしコークスクィパーもいる。

 当然、スナワチア魔導王国の連中もいる。


 彼らが両手を広げ、まるで敵を守るように心の底に届く声で言うのだ。

 攻撃してはいけない!

 と。

 まあ僕は偽証魔術を知っているし、これが偽物だと知っているから効いていないが。


 そもそも既にイワトビペンギン状態の僕には、状態異常なんて効かないしなあ。


『こいつ……鏡を見た相手の精神に入り込んで掌握。心の底から大切に思ってる連中の幻影を心の中に召喚、攻撃できないように精神やら神経を汚染してやがるのか』


 せっこい戦い方である。


『ふぇ!? こ、このレイド、偽物なの!?』

『どどどど、どうしよう、あ、あ、あ、あ、あ、ああたしが……レ、レイドを見間違えるなんて……っ』

『し、ししし、死にたくなってきたんだよ……だ、だからせ、世界を巻き込んで、き、消えちゃうかもしれないから、あ、あ、あ、あ、あ、あたしを慰めて欲しいんだよ!』


 そしてこっちも相変わらず厄介な女神でやがる。

 恥ずかしいからと世界を巻き込み消滅するバアルゼブブ神の未来が薄らと見えた僕は、フォローするように告げる。


『てか! お前ら六柱の女神も女神で、簡単に世界を滅ぼそうとするんじゃない! 僕が止めないと本気で世界ごと消える気だっただろ、おまえ!』


 怒鳴る僕に、あわわわわ!

 バアルゼブブは、だってぇ、だってぇ、恥ずかしいんだよ!

 と、恥ずかしいからと宇宙を巻き込み自爆しそうな勢いで、騒いだままである。


 様子を見ていたダニッチの怪物兄が、悪役の様に瞳と唇に冷笑を浮かべ。


「はは! 人間の信仰、風説と信仰が力をもって発生した存在こそが、こいつら”まつろわぬ女神”。おまえらが六柱の女神と呼ぶ創造神どもは、人の噂、つまりは言葉に弱いんだよ! って、おいおまえ! なんで崩れたレンガなんで拾って……やめろ! その鏡がいくらするか、知って――」

『知ったことか、バァァァァァカ!』


 どう考えても言葉による洗脳ではなく、あの手鏡による洗脳なのだ。

 だったら答えは至極簡単。

 物理で破壊すればいい。


 僕の投げた道のレンガは幻影を生み出していた鏡に直撃。

 攻撃をすべて封じる偽証魔術の核だったのだ、攻撃をされないという条件で使用するアイテムということで耐久性は紙。

 簡単に壊れる代物だったのだろう。


「あぁああああああああああぁぁぁぁ! やりやがったなこのペンギン野郎!」

『グペペペペペペペペ! 大事なアイテムにはちゃんと<破壊耐性>をつけとけよ! このファンタジー素人エアプ野郎め!』


 僕にはくだらないファンタジーな歴史が刻まれている。

 けれど、このありえたかもしれない僕には刻まれていない。

 これが経験の差である。


 けたたましい音と共に、手鏡が割れていく。

 心の中に大切な存在の幻影を見せ、攻撃を中断させていた手鏡による”精神浸食”は途絶。

 その瞬間。

 刹那の間すら感じさせぬ一瞬に、ざっぁっぁぁあぁあぁぁぁぁ!


 制限解除されたバアルゼブブが蠢きだす。


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