兄弟神はつらいよ~どーしようもないブラコンばっかりなこの世界~
うちの主神の実兄たるクリムゾン兄陛下。
燃えるような紅の髪を後ろに撫でつけた、ハイエルフの国王であるが――このニャービスエリアの主という事もあり、分類するとエリアボスに設定されている筈。
彼を倒し、このエリアを塗り替えて拠点にされても厄介であるし、そもそもクリムゾン兄陛下を倒されるという状況が起こること自体がNG。
それをニャイリスも分かっているのだろう。
ニャービスエリアであっても魔術が容易に発動可能な魔帝ニャイリス、ネコの行商人による許可付き転移を繰り返し現地に向かう僕らは、連続ジャンプ空間の中。
空間を駆けるニャイリスの足はまさに疾風。
お魚をくわえたどら猫よりも早い。
『急ぐのニャ! ハリハリアップなんニャ!』
『いいかおまえら! 数少ないまともそうなあの主神の身内だ! 絶対に救出するからな!』
「って、なにマカロニさんそんなにムキになってるんすか? あのお兄さんも結構戦えそうでしたよね? 急ぐ必要はあるでしょうけど、そこまで急ぐ必要なんて……」
アランティアは余裕のありそうな反応だが、僕とニャイリスはクワっと顔を歪め。
『アホか! おまえ!』
『クリムゾンのお兄さんがもし敵の手に落ちたらどうなると思ってるのニャ!』
まとも組な僕とニャイリスに突っ込まれて、まともじゃない組のメンチカツとアランティアは首を傾げ。
「そりゃあまあ心配っすけど、このエリアが一時的に奪われるだけっすよね? ダンジョンの乗っ取りなんて乗っ取り返せばいいだけじゃないっすか」
『あんま非人道的な事は言いたくねえが、最悪……もしあのハンサムエルフがやられちまったとしてもオレさまなら完全蘇生もできる。急ぐことに異論はないが、少し大げさなんじゃねえか? それに偽物の相棒は、なんつーか……底知れねえ不気味さがありやがった。急ぎ過ぎて足を掬われるのもどうかと思うが』
珍しく大局的な意見である。
二人とは違い、兄の性質を知っているのかエビフライは目線を上に向け考え。
『どうだろう……ねえ兄さん、そっち……って言っても分かりにくいか。僕らの主神レイドさんって元は僕たちがいた宇宙にいた、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーさんのことでいいんだよね?』
『ああ、あれ? おまえ……なんでそんなことまで知ってるんだよ』
『嫌だなあ、兄さん。僕はあっちの宇宙のほぼ全部を一度侵食したからねえ。あっちの知識も記憶も思い出も全部が僕の目標、全てと同調して全てと同化しようとしたからね、色々知ってるよ』
例の世界を滅ぼしかけた案件のことだろう。
ニャイリスがこいつ、全然反省してないニャっと鼻の頭に器用に怒りマークを浮かべているが、とりあえずスルー。
「へえ、生前のエビフライさんてけっこうなんでもありだったんすねえ」
『うん! あと一歩だったんだよ。今の僕たちの世界の希望の女神に似た能力を持った、願望を叶える存在。過去を司る魔猫神、どんな願いでも叶えることが可能な<古き楽園の魔道具>を回収できそうだったんだけど――』
「希望の女神?」
『あ、ううん、アランティアさんたちは知らない神様かもね。そーだね、簡単に言うと願望に反応して願いを叶える存在だね』
「え? じゃあエビフライさんってガチで女神さんたちの元住んでた世界を滅ぼす直前までやらかしてたってことっすか!?」
ほへーっとまるで飛行機を見上げるペンギンのような顔をしているアランティアであるが、その前で、だから笑い事じゃなかったのニャっとニャイリスがぐぬぬぬぬっと顔を歪めている。
話が逸れそうなので、僕がくちばしを挟み軌道修正を開始しないといけないだろう。
『とにかくだ! 詳細は省くが! クリムゾン兄陛下になにかがあれば世界が滅ぶ可能性があるんだよ!』
「は!? 省きすぎっしょ? なにがどーなるとそうなるんすか!?」
『僕らの主神レイドさんはブラコンだからねえ。大好きなお兄さんが亡くなっちゃったら悲しいよね?』
「そりゃあまあそうでしょうが……」
先が見えないアランティアに、えっへんと胸を張り背中のトゲを膨らませてエビフライが告げる。
『悲しいから暴走しちゃうし。うっかり世界を滅ぼしても、仕方ないよね?』
「え? いや……し、しかたないっすか?」
『そうだよ、仕方ないんだよ。兄さんを死なせちゃう世界にダメだよ! ってするよね?』
兄が殺されたから暴走して世界を滅ぼす。
そんな大ごとを真顔で訴え、笑みを作るエビフライ。
そんな獣王に顔面を近づけられて、さしものアランティアも「うえぇぇぇ……」と引いている。
アランティアがぐぎぎぎっと僕を眺め。
「あの、マカロニさん……実際どうなんです?」
『ムルジル=ガダンガダン大王から貰った魔導書で、少しだけ未来視ができるようになったんだが、まあそーいうルートも見えた。あのテキトー主神が兄を殺された反動で、うっかり世界を壊す未来も見えるんだよ――ったく、ふつう兄を殺されたからって世界を壊すか?』
相変わらずどーしようもない神である。
『弟のためにやらかしまくってたおみゃーが言うななのニャ!』
顔を鬼瓦の様に尖らせたニャイリスの突っ込みが入るが、何故か満足げなメンチカツは『規模の大きい八つ当たりじゃねえか』とガハガハ笑っている。
「あたしも母さんが死んじゃった時はまあ、全部ぶっ壊してやるぐらい思ってましたからねえ。どっか別の世界から、全てを破壊できるくらいヤバい怪獣でもやってこい! って本気で思ってましたし。ただマカロニさんと出会ったんで、そーいう感情もあんまなくなりましたけど……人なんてそんなもんすよね」
『だよねだよね! やっぱりこっちのみんなは話が合うな~!』
後方相棒面のドヤ顔メンチカツの横で、キャッキャウフフとエビフライとアランティアは意気投合。
なかなかほほえましい光景に、仕方ない奴らだなぁ……と僕もそう空気の悪くない息を漏らすのみ。
『ぶにゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ! にゃー以外、ニャー以外まともなヤツがいにゃいぃいいいいいぃぃぃぃ!』
ニャイリスは頭を抱えてウニャウニャしているが、しかしアランティアのやつ。
これ、やっぱり僕がこの世界に召喚されたのはアランティアの願いの可能性が超高いな。
僕らは三獣とも獣王で、全てを破壊できるくらいヤバい怪獣といえる。
彼女の願いは叶っているのだ。
エビフライも言っていたが、その<古き楽園の魔道具>にも似た力があるとみていいだろう。
アランティアかその魔道具、どちらかが奪われたらアウトとみるべきか。
『発狂してるところを悪いがニャイリス、そのイエスタデイって魔道具は安全な状態になってるんだろうな? こっちをどうにかしている間に、いつのまにかそっちで奪われて……僕らの世界が豹変。ありえたかもしれないあいつらの世界へと上書きされてゲームオーバー。全部がひっくり返ってるってのは困るぞ』
『イエスタデイ=ワンス=モアさまの事かニャ?』
魔猫のニャイリスにしては珍しく”さま”付けである。
『あの方は願いを叶える魔道具にして生きるアイテム。四星獣と呼ばれる盤上遊戯世界の主神だニャ。同じく四星獣の残る三柱……あんたも知ってるムルジル=ガダンガダン大王、宇宙の全てを記録として保存している異聞禁書ネコヤナギさまに、万を超える力ある獣神を囲う動物園を持っているナウナウさま、三匹の遊戯の神がそれぞれあの方を守っているから安心安全だニャ。それこそどっかのヤバイ存在からも守り切った程なのニャ』
と、ニャイリスはじっとエビフライを睨みだす。
あいつらのせいで、あと一歩だったのに惜しかったんだよ?
と、反応したエビフライがぷんぷんとしているので事実なのだろう。
しかし……うちの弟、本当にラスボスみたいなことしてやがったんだな……。
僕が自分が死んででも弟を助けたいだなんて思ったせいなのだが。
過ぎたことである。
僕はそこまで気にしていなかった。
そんな僕の顔を見てニャイリスがぼそり。
『にゃんだか今、ものすっごく無責任なオーラを感じたのニャが、気のせいかニャ?』
『気のせいだろ、とにかく! クリムゾン兄陛下がやられたら面倒なことになる、とっとと連続転移空間を抜けるぞ!』
よーし、誤魔化した!
僕たちが転移の速度を上げようとしたとき、ふと周囲を見渡しアランティアがあれ?
っと、顔を青褪めさせ。
「って!? そーいえばバアルゼブブさんの姿が見えないっすけど、まさか置いてきちゃったんすか!? いつもみたいになんか面倒だからって放棄してるんじゃないっすよね!?」
『普段のあいつならそーかもしれないが、今回は違う』
「マカロニさん……いやに自信満々っすね、なんか知ってるんすか」
知ってるというかと、ため息で目線を下げ僕は説明する。
『女神たちは主神至上主義だからな、クリムゾン陛下を守るために先に帰った……というか、たぶん本体は僕たちの方についてきてたんじゃなくて、分霊体がこっちについてきてたんだろ。あの女神はいつでもクリムゾン陛下の傍に待機していた……ここに来た理由の一つも護衛だったんだろ。本体はもうニャービス管理センターの中。ガチのマジの本気状態でお兄様を守ってる筈だ』
僕の説明にニャイリスが、うにゃ!? っと顔を歪ませる。
『ニャイリス、どうかしたか?』
『バ、バアルゼブブ神が、ガチの本気を出すニャ……?』
『そりゃあこっちが連絡を飛ばしても反応がないからな、今頃戦いになってる可能性も……って、おまえすごい顔になってるぞ。なんか問題でもあるのか』
『バアルゼブブ神が本気に……、ま、まずいにゃ』
まあ、僕らも正直、あの女神たちの本気となるとかなり身構える。
……。
あ、なんかニャービスエリアの空気や温度が、凍てつき始めてる気がするな……。
僕らは頷き。
連続転移で現地に辿り着く――!
やはり、既に戦闘は始まっていた。