偽物の見分け方~鑑定の魔術など所詮我らの目に比べれば小物!~
どうやら遂にやってきたらしい、ありえたかもしれない僕。
おそらく様々に利用価値のある希望……パンドラの女神たるアランティアを狙ってやってきたのだろうが……。
イワトビペンギンの姿に偽証魔術で化けただろう男は、波動を放つメンチカツに吹き飛ばされ空をぶっ飛んでいた。
そんな状況で発生する残念スリーこと三馬鹿の足音。
ダゴンの眷属たる獣王ヤクザ【毒竜帝メンチカツ】。
神々が封印し零れた魔術たる【希望の女神アランティア】。
バアルゼブブの眷属にして神の子【夜鷹エビフライ】。
彼らは本物イワトビペンギンたる僕を見て、三人同時に口を開く。
『うお!? 本物の相棒じゃねえか! こっちにおまえさんの偽物が飛んできたはずだが、見なかったか!?』
「なにのんびり買い食いしてるんすか!? で、ででで、でたんすよ! マカロニさんの偽物が!」
『あはははは! 兄さん! やっぱり本物の兄さんは僕を迎えに来てくれるんだね!』
全員が全員、露店で買える高級品を抱えている。
僕のジト目がそれらを眺め、ぐぬぬぬぬぬ!
『おい、おまえら! なんだその商品は! もう前借りはさせないって言った……かどうかは忘れたが、確実に予算オーバーだろう!?』
「はは、大丈夫っすよ。偽物のマカロニさんを見た瞬間にすぐに偽物だって分かったんで、あたしたち三人で『マカロニさんならいつもあたしたちに奢ってくれる』って騙して、ぜーんぶ買わさせたんで!」
ピースしているアランティアの表情は、それはまあご機嫌の笑顔である。
ちゃっかりメンチカツもエビフライも何かを買わせたようで……これ、ちゃんと料金を支払わせた後に正体を指摘したのだろう。
僕のジト目が映ったのか、じとぉぉぉぉぉっとしながらニャイリスが丸い口をうにゃん……。
『はぁ……あいかわらずこいつら、危機感の欠片もないのニャ?』
『僕の教育が悪いみたいな顔をするんじゃない! エビフライ以外は僕が育てたわけじゃないんだからな!』
『それはそうとニャ、どうやって偽証魔術を破ったのニャ? あれは世界を騙して認識を再構築させる現状では回避不可能な魔術にゃ、鑑定の魔術でも本物って表示されると聞いたニャ! それを打ち破った術を周知させたいニャ~?』
魔帝……幹部魔猫としての責務を果たすべく、メモを用意し糸目スマイルのニャイリスがにゃはにゃは!
答えたのは背中のトゲを攻撃態勢で揺らしているエビフライだった。
『簡単だよ、いいかい兄さんはね? 僕を一番大事に思ってくれてるけどそれを表には出さないし、僕の前では絶対にそんな感情はだしてこないんだ。なのにあいつは僕を弟として優遇しようとしたんだ、それっておかしいよね?』
『え? い、いや、ニャーにはよく分からないニャ……』
『そうだよ、絶対におかしいんだよ!』
『ぶにゃ!?』
ニャイリスはよくわからないとはぐらかしたのに、勝手に肯定と受け取ったエビフライはハリモグラな顔をモキュッと歪め、ぷんぷんぷん!
『ほんとうに許せないよね! 兄さんのエミュをするならちゃんとやってくれないと騙されるわけないんだよ。だいたいクチバシの付け根の角度も違ったし、兄さんはペタ足を地面につけるときは七割の確率で飾り羽を右から揺らすのに、アレは六割しか揺らしてなかったんだよ。それってすごいおかしいよね?』
『知らんニャ!? ニャ、ニャーに顔を近づけるニャ!? 飾り羽がどうとかっ、頭がおかしいのかニャ!?』
『そう、おかしいんだよあいつは!』
エビフライが放つ謎空間により混沌に落ちかけるニャイリスが、おかしいのはおみゃーだニャ! とぶにゃにゃ!
毛を逆立てても気にせず――。
エビフライはふんふんっと鼻息から魔力を漏らし。
『何もわかっていなかったんだよ、あいつは! イワトビペンギンになった格好いい兄さんについての研究が未熟だった! 兄さんの愛を何もわかっていない道化さ! 騙される方がおかしいんだって事だよ! ニャイリスさんは分かってくれるよね?』
『ニャァアアアアアアアアアアッァァ! だ、だから夜鷹弟は兄狂いのサイコパスなんにゃ! ニャ、ニャーの正気度が、正気度がっ……!』
『はは! やっぱり分かってくれるんだ!』
精神防御の壁を張ったニャイリスが僕の後ろに隠れて、ふしゅーふしゅーっと唸りを上げている。
この図太い神経のニャイリスをここまで追い詰めるとは。
まあ僕はこういう弟にも慣れているから、そこまで気にならないが――。
メンチカツとアランティアも言う。
『まあこいつの言葉じゃねえが――相棒に化けてるくせに、羽毛の艶が違ったしな』
「あ、ですよねえ。マカロニさんって妙に気取ってるんで、必ず背中のラインの羽毛を梳かして太陽との反射角まで計算して膨らませるのに、それをしてませんでしたからねえ、違和感ありありっすよ」
『ま、オレたちを騙そうってのは軽率だったな』
なんだこいつら……。
僕以上に僕のことを知ってやがって、けっこう怖いんだが。
ニャイリスがうわぁ……マカロニ氏も大変だにゃぁ……と心底からの同情の目線を送ってきているような気がするが、それは気にせず。
僕はフリッパーに息を落として咳払い。
『危ないことしやがって……おまえらなあ、言いたいことは山ほどあるが、無事って事でいいんだな?』
残念スリーはそれぞれ鼻の下を指で啜ってみたり、ゴムクチバシを掻いてみたり、でへへへへっと頬を緩めて頷いている。
自分が一番に心配されたと思い込んでいるようだが、まあいいか。
メンチカツがその獣毛に纏う暴力の波動を揺らしながら言う。
『それで、相棒の方は大丈夫なのか? なんかそっちにも敵が襲ってきてたみてえだが』
『エビフライの偽物が来てたんだが……』
『え? 僕の!?』
『ああ、でも会話もできない力の塊みたいなもんだったからな、正体がどうとか、本物か偽物か以前の問題だったんだよ。もしかしたら、ありえたかもしれない僕がありえたかもしれないお前の力を纏う事で、本領を発揮するのかもしれないな』
バアルゼブブが言う。
『そ、それかとっくに合流してて、別行動してただけかも?』
『かもしれないな。それでメンチカツ、おまえ僕の偽物を吹っ飛ばした時はどれくらいの威力の技を使ったんだ』
『ん? そりゃあ偽物が動いてるのはマズイだろうからって全力で吹っ飛ばしたが、なんかまずかったか?』
『まずくはないが、まずいな……暴力担当のおまえの全力が直撃したなら僕でも消し炭になってる筈。それを空を吹き飛んだだけで形を保っているとなると』
独自の回路でダメージ計算をしているのか、バアルゼブブが溶けた口の端を蠢かし。
『……や、やっぱり。もう、に、肉塊のお、弟くんを纏っているとみて、いいんじゃないかな?』
「あの、纏うってどーいうことっすか?」
アランティアの疑問も尤もか。
僕はしばし考え――。
『そうだな、自分を依り代に高位存在を肉体に憑依させてその力を行使する、巫女が扱う<神降ろし>みたいなもんだろうな。単純な説明にすると、降ろした神のステータスを得ることができる状態って考えるといいかもしれないが』
「えぇぇ……あの無限に生命力がありそうな状態を維持し続けるってことっすよね? それ、メチャクチャ面倒な相手じゃないっすか……」
『だからこうやって騒動になってるんだろうが……』
ぶーぶーっと口を尖らせるアランティアに危機感はない。
こいつは自分自身が希望の女神だと知らないが、おそらく彼らの狙いはアランティア。
こいつを手に入れれば、魔術のすべてを手に入れたようなもの。
ありえたかもしれない可能性を現実に塗り替える事とて、できてしまうだろう。
だからこそ魔術は危険で、一度主神レイドが封印したほどなのだ。
とりあえず敵を放置するわけにもいかない。
僕らは吹っ飛ばされた夜鷹兄を探索。
彼が向かった先は――ニャービス管理センター。
クリムゾン兄陛下の元だった。
まあ管理者を押さえて、エリアを乗っ取るのは定石。
ふつうならば、悪くない一手なのだ。
そう、ふつうならば……。
僕は思う。
やはりありえたかもしれない僕は、僕らの世界の事を知らなすぎる。
別宇宙の知識までは把握できていないのだろう。
それが明確な弱点だ。