◆◆『交渉:詐欺師とマハラジャ』◆◆
◆◆【SIDE:ムルジル=ガダンガダン大王】◆◆
弟の正体を語られた夜鷹マカロニ。
その前には真実とされる情報を伝えたムルジル=ガダンガダン大王。
女神とペンギン大王、そしてマカロニ隊はもはや会議に参加しないでそれぞれが勝手に動いているが……。
詐欺師とマハラジャの対話は続く。
さすがに反応に困ったのだろう。
夜鷹マカロニはしばし考え……。
『神の子か――』
と、反芻するように言葉を漏らしたのみ。
だが、すぐにその口がお兄ちゃんの口で語りだす。
『はは、まあ確かに? うちの弟は神的にかわいいからな、納得もするしかないだろうな!』
『でぇぇぇい! そんな軽い話ではないだろうがっ!』
『軽い話だろ。僕は弟を家族と思っていて、弟がたとえキツツキに托卵されたような存在だったとしても同じ母親から生まれたのなら兄弟だ、そこに何の問題もない』
『神の子の受胎をキツツキと同じに扱うなど、キサマの脳みそや価値観はどうなっておるのだ……』
理解に苦しむ、と。
ジト目のムルジル大王は、むうぅぅぅうと目の前の男の正気度チェックを行うが、全て正常。
つまりは正気でありながら肉塊で生まれた正体不明の弟を、家族として、兄として大事にしているのだ。
それも、ごく当たり前のように。
大王は男に平常心を見たからこそ思うのだ。
――誰もが異常と狂う状況にありながら、日常を保つ、普通であり続けることができる……それこそが最もいびつで異常である、か。
『てか、他の連中がどうかしてるんだよ。父親とかも母親とかも、少し弟が人と違うだけで怯えるなんて愛が無いんじゃないか?』
『あれを少しと言えてしまうのが異常なのだろうて』
ムルジル大王は、肉球の上に水晶球を浮かべ。
ジャラジャラジャラ!
マカロニに販売した逸話書の売り上げから、幾ばくかの共通金貨を使用し魔術を発動。
『我に力を貸せ、友よ。過去閲覧魔術:<過ぎ去りしあの日をもう一度>』
肉球の上に浮かぶ水晶球に、ダニッチの怪物が暴れまわった宇宙の姿が映りだす。
それが過去に夜鷹エビフライが起こした騒動なのだろう。
夜鷹マカロニが他人事の様に過去の映像を覗き込んでいる姿が、水晶の表面に反射している。
『うわ、寄ってたかって一人を攻撃するなんて酷いな』
『宇宙全土を取り込もうとしたのだ、全宇宙から反撃されるのも当然であろうが』
『はーん、これも次元と時間を超越する神の子の力ってことか。それで、そのパパ神とやらはどうして助けに来てないのさ、受胎させて弟を産ませたのはそいつなんだろう? だったら、この景色だって見えている筈だろう』
ムルジル大王は、首を横に振り。
『悪いが、それは余の知るところではない』
『ま……托卵してネグレクトするようなパパだろうからな、そりゃあそうか。ちょっと面白くないな』
『貴殿がその神を敵視するのは自由だが、まずはありえたかもしれないそなたと弟の方をどうにかせよ。現状では貴殿にしかその偽証魔術は防げんのだ、勝手をされても困る』
苦言に対し兄たる男は甘い苦笑で返し。
過去の映像を眺めながらも、神を呪う赤い眼差しで告げる。
『なら決まりだな。今回の騒動を終わらせたら次に、僕はその神とやらをどうにかすることにする』
『好きにすればよい。まあ貴殿が此度の件で価値を見せれば、余と余のネコの行商人はそなたの支援を約束しよう。その方が面白そうであるし、なにより金の香りがするからのう!』
グワァァァァッハッハッハ! と豪胆に笑うナマズ帽子の猫を眺め、呆れた様子で夜鷹マカロニはため息に声を乗せる。
『おまえらネコの行商人ってほんとうに儲け話が大好きだな……』
『仕方あるまい、実際商人系の職業にとっては金は命であり武器でもある。魔術師が魔力を大切に蓄えるように、我らは金を貯える。いざという時、大事な誰かを守るためにもな。おぬしとてその感情は分かるであろう?』
ムルジル=ガダンガダン大王は強者。
金さえあれば宇宙一の瞬間最大魔力を引き出せる存在だと、自他共に認める獣神。
金を大事にする性質は、守るための力を大事にしている事とも繋がっている。
『そりゃまあそうか。僕は今の暮らしを気に入っているからな、ハリモグラ化しても弟は弟。僕は弟の敵はすべて排除する、神も人間もありえたかもしれない僕ら兄弟であってもだ。だから大魔帝ケトスの逸話魔導書を譲ってくれないか』
『結論を出す、しばし待て――』
『どうせ僕の力がないとダメなんだし、ちゃちゃっと決めちゃっても良いんじゃないかあ? 僕は詐欺師だから専門じゃないけどさあ、商人なら見極めも大切だろう?』
自分より遥かに力のある神を前にしても、この態度である。
弟を守りたいと思う気持ちも心も本音だと分かっているからこそ、大王は思うのだ。
こいつ、余裕あるのう……と。
呆れながらも感心しつつ、最後の観察をする。
夜鷹マカロニは人間だ。
その証拠にこれほどの神性を得ても、魔力は二流。
それが人間という器の限界なのだ。
勇者やそれに連なる存在ならば、人間という器の限界を超えた力を手に入れることができる……それでも、この男は違う。
どうしようもなく、目の前の男は「精神性以外は常人」なのである。
ムルジル=ガダンガダン大王は過去を司る神の力を借りて、男の過去を覗いていく。
記憶の奥。
凍り付けになり死ぬ場面……異能力の騒動を辿り、弟を兄として優しく慰める……兄弟の姿が映っている。
当時のこの男はただ純粋に、弟を守りたかっただけなのだろう。
全てを敵に回しても、自分だけは弟の味方であり続けたのだろう。
髯を揺らす魔猫の大王は哀れとしかいいようのない感情を抱いていた。
この景色には同情の余地がある。
家族を守るためにその人生のすべてを捧げた兄の姿が、そこにある。
だが――ネコの行商人の元締めは思うのだ。
――まあ、哀れであるが無料で譲るかどうかは別! 余はまぁぁぁったく気にせんがな!
と!
世界に認められない弟のために動いたその過去に同情はしても、過度な同情はしない。
ムルジル=ガダンガダン大王は文字通り神である、一つの異世界を四柱のケモノ神で支える四星獣の一柱なのだ。
人にはそれぞれ事情がある。
ネコとて同じ。
哀れだからといって、安易に手を差し伸べることが必ずしも正しいとは限らない。
出した結論は――。
『魔導書は売ってやろう、ただしやはり代価は頂く』
『ああ、無料より高いもんはないってのは同感だからな』
渡すのは良い、だが代金は請求する。
だった。
値段を決める前に、訝しむように唸るムルジル=ガダンガダン大王は問いかける。
『で――おぬしはまだ何か情報を隠しておるな』
『隠すってわけじゃないが、あんたの鑑定のミスだけは指摘させて貰う』
『ミスであると?』
『ああ、ありえたかもしれない僕のことだ――たぶんだが、おまえあいつを甘く見積もってるぞ? 魔力を得た人間状態の僕は全ての異能が使えるだろうからな――試したわけじゃないから断定はしないが、おそらくありえたかもしれない僕も全ての異能が使えるって考えた方がいいぞ』
ムルジル=ガダンガダン大王は考える。
異能とはかつて遠き青き星で発生していた、ただの人間であっても魔術に似た特殊能力が扱えた現象の事だ。
目の前の夜鷹マカロニがその事件の黒幕。
大王はうにゅっと考える。
全ての異能となると。
……。
ずっとマカロニ隊に悪事を教え込んでいたアン・グールモーアが顔を上げ。
『それは厄介でありましょうな』
『なんと! 大王よ、貴殿は異能を知っておるのか!?』
『吾輩もマカロニ氏が死んだ後に騒動となった、野に放たれた異能力者の騒動を知っておりますからな』
ペンギン大王は人間が扱う異能力を魔術式に変換し、ズラっと並べ。
『このように――あれは概念改変。自らの能力を押し付ける魔術ともいえる力……たとえばでありまするが、チェスに勝てば相手を殺せる異能力、なんて存在があるのでしたら本当にチェスに勝てさえすれば、そのままどんな相手も殺せたりできるのでありますよ。かなり特異ではありまするが、強制概念を相手に植え付ける魔術体系といえるでしょう?』
そのままアン・グールモーアは、ふーむと考えこみ。
『異能力の弱点は明白にして単純。応用の幅が狭いのであります。さきほどチェスの例えを出しましたが、チェスを相手が素直にやってくれて勝てれば相手を殺せるわけでありますが……素直に相手がやってくれるはずもない。別の手段で強制的にチェスをさせる必要が出てくるのでありますよ。ただ、全ての異能力を本当に使えるとなると――』
『応用し放題だろうな』
他人事のように告げる夜鷹マカロニにムルジル=ガダンガダン大王はパンパンパン!
机を肉球で叩き抗議の構え。
『ええーい! ありえたかもしれない貴様のせいであろうが! なぁぁぁにを他人事みたいに言うておるか!』
『はぁぁ!? だから責任を感じてちゃんと情報を提供しただろ? 僕の立場としてみれば僕の能力は黙っていた方が優位だった筈。この配慮は魔導書の割引案件だろうが!』
『たわけ! むしろ情報を秘匿していたのだから、値上げ案件であろう!』
詐欺師と大王が値段交渉を続ける中。
マカロニ隊はマカロニ隊で、アン・グールモーアから教えてもらった魔術を思い、ニヒィ!
グペペペペペっと邪悪な笑みを浮かべていた。
結局、大魔帝ケトスの逸話魔導書は相場通りの値段で売買することになり――。
夜鷹マカロニは自身の持つ資産の三割ほどを支払い、購入。
ようやく、三獣神の魔導書三冊が揃ったのである。