◆◆『ムルジル=ガダンガダン大王は見極める』~アジとサバとイワシの区別ぐらいむつかしい~◆◆
◆◆【SIDE:ムルジル=ガダンガダン大王】◆◆
ニャービスエリアに建設されたマハラジャ宮殿。
甘い焼き菓子の香りも広がる空間、先ほどまで襲撃を受けていた場所。
交渉テーブルにつくのは、魔猫大王とペンギン二匹と女神が一柱だった。
その周囲には<マカロニ隊>と種族名が表記されているアデリーペンギンの群れが、グルグルグルと走り回って書類を運んでいる。
このマカロニ隊という魔物は氷竜帝マカロニの眷属なのだろう。
ペンギン姿の恐怖の大王アン・グールモーアも彼らに興味を持ち、なにやら念話をしているようだ。
イワトビペンギン大王とアデリ-ペンギンの戯れる姿はのんびりで朗らかだが、両者ともに邪悪な顔でグペペペペペとしている。
大王が絶滅しかけていた性質をマカロニ隊に見出し、なにやら悪事を教え込んでいるのだろう。
そんなペンギンたちを横目にするのは、異世界の大物魔猫。
宮殿の主にしてネコの行商人の元締め。
魔猫大王は尻尾を左右に小さく振りながら、ぶにゃっとキュートな顔をムズムズさせて思考する。
――ふぅぅむ、マカロニ隊か。こやつらにも偽証魔術を補助する力があるとみるべきであろうな。
魔猫大王は余を名乗るムルジル=ガダンガダン大王。
盤上遊戯と呼ばれる異世界において、四大神に数えられる魔猫のマハラジャ。
代価を代償に力を発揮できるその実力は、本当の一瞬、瞬間火力だけならば大魔帝ケトスにも匹敵するとされる偉大なる魔猫神である。
そんなムルジル大王がここでバアルゼブブ神と待ち合わせをしていた理由は、観測された未来を変更するためでもあった。
ムルジル大王はかつて全てが遊戯で構築されていた盤上遊戯世界にて、未来を司る神性。
先を見る力がある。
その大王が観測したのは、このニャービスエリアが崩壊する姿。
犯人は肉塊たる狂気<ダニッチの怪物・弟>、その幻影だった。
この氷竜帝マカロニもかつて住んでいた宇宙、<三千世界>と呼ばれる場所をその肉塊で覆いつくし、イケニエの儀式を発動せんと欲し単独で行動。
兄を取り戻すためだけに、兄と幸せになるためだけに、兄と共に暮らすためだけに全ての勢力、全ての世界を敵に回し――結果として滅ぼそうとしていた厄介な存在である。
だからこそ大王の吐く息は重くなる。
――しかし、魔帝ニャイリスの報告によれば……あのサイコパスなバケモノがハリモグラ化し……日常生活を送れていると聞く。かつての戦いにおいても特異な力を見せた三女神の力がそれほどに強力なのか、あるいは兄弟を引き剥がさねば問題ないのか……わからぬな。
短い手でわちゃわちゃと手を組み、うぬぅぅぅ!
誰もが可愛いと認めるキュートな顔にむずかしい顔を作ったムルジル=ガダンガダン大王は、重々しく口を開く。
『さて、マカロニ王よ――貴殿は弟の事をどこまで知っておる』
『どこまでって言われてもな、僕の弟はふつうの弟だ。そりゃまあただ少し人と違う姿をしてるが、可愛いもんだろう? あいつさあ、気分によって虹色の輝きが変わるんだぞ』
『ほう? ということは、貴殿は生前の記憶を取り戻しておると見てよいのか?』
探りを入れるムルジル大王にマカロニペンギンたる男は、フリッパーを竦めて見せ――偽証魔術を発動させる。
ざざざ、ざぁあぁぁぁぁぁ!
世界にノイズを走らせ、姿を見せたのは一人の男。
世界を滅ぼしかけたことのある名簿に記載されている青年である。
異能力事件の黒幕だった<夜鷹兄>の姿へと、肉体を転身させてみせていたのだ。
『正直いまはもうペンギンの姿の方が馴染んでるんだけどな、弟の話をするのならこの方がいい。なにしろペンギンの姿は一種の首輪。僕の前世の記憶を曖昧にさせる恩寵がかかっている。女神に言わせれば安全装置になるんだろうな』
理路整然と語る夜鷹兄は、確認するようにバアルゼブブ神に目をやっている。
視線を受けた女神は頷き。
『た――たぶん……ア、アシュちゃんは、き、君がもし……ぜ、前世みたいに、ぼ、暴走されたら困るからって』
『き、きみをペンギンの器……審判を下す獣王の器に、押し込めたんだよ』
『も、もし、き、きみが……前世みたいに、弟くんのために、ど、どんなことでもしちゃうような、状態になっちゃっても……、そ、そのペンギンの姿なら、あ、アシュトレトちゃんが、そ、操作できる。理性を奪って、記憶を消して、た、ただのマカロニペンギンとして、ずっと、ずっと……何も知らない氷海の主になれるように、ね』
ムルジル=ガダンガダン大王は、眉をわずかに動かしていた。
それはアシュトレト神がすぐにマカロニの魂の性質を把握していたことになる。
狂ったような行動ばかりする道楽女神だが、その性質はやはり終末神話の大邪神と大王は納得しつつ……しかし、ジト目で告げる。
『うぅぅぬ……つまりはもしもだ、マカロニが過ぎた野心を抱こうものなら知能を奪い、ただのペットにする気であったと?』
『ペ、ペットじゃないよ? じゅ、獣王だよ?』
女神には悪意の欠片もない。
マカロニが言う。
『なあ、バアルゼブブ……世界を騙して人間形態に姿を変えてみて分かったんだが、これペンギンの姿だとやっぱり前世の記憶が封印されるようになってないか?』
『さ、さあ……』
『ア、アシュちゃんがやったことだよ?』
『ぼ、ぼくが、あ、あたしが……知ってると思う?』
マカロニの言葉が確かならば、ペンギン状態では記憶が封印される。
しかし、人の姿を維持すれば記憶が解放されていく。
つまり――。
もしものケースを懸念した大王二匹はひっそりと神器を召喚し、臨戦態勢を取る。
だが――猫の目から見ても美貌と映る絶世の美青年は心を読んだようにニヤリ。
『ああ、心配はするな。暴走したりはしないし、したとしてもバアルゼブブ神が見張っている。僕はあんたたちと比べると弱い。僕が特別なんじゃなくて弟が特別なんだ。ただお兄ちゃんってだけ――そっちの世界で情報は共有されてるだろうし、弟とは違って僕はただ純粋な”人間”だってことは知ってるだろう?』
背広姿の稀代の詐欺師が目の前で不敵に笑っている。
が!
ムルジル=ガダンガダン大王は、丸い口をやはりぐぬぬぬぬぬぬっと尖らせ。
『知っておらんわ! 驕るなよ、詐欺師よ! 貴殿の世界の女神や主神がテキトーなように、余らの宇宙もまたテキトーな上位存在ばかりしかおらぬ! 情報共有などと言う器用なことがケモノ神どもにできると思うたか!』
『いや、それぜんぜん威張れることじゃないだろ……なんでそんなに偉そうに言えるんだよ』
ペンギンの時の様に呆れたジト目を見せるマカロニ。
対するムルジル大王は、ナーハッハッハハ!
『余はいつでも偉大で広大! たとえマイナスの情報であろうとこのように雄大に告げれば、相手が勝手に配慮し、余に折れるのだ!』
『魅了の一種か? 悪いが僕にはそーいう搦め手は効かないからな』
『余の愛らしさが分からぬとは、なんと哀れな!』
ネコちゃんを愛でない輩は人生の大半を損しておるのだ!
と、力説しながらも大王は目の前のマカロニペンギンを眺め、その性質を観察していた。
見極めようとしているのである。
これは純粋な鑑定とは違う値踏み、商人としての観測だった。
大王の瞳に、きぃぃぃぃん。
鑑定属性を纏う赤い魔力が走る。
人間の姿になった事で夜鷹マカロニは弱体している。
創造神と六柱の女神が作り出した獣王、その三匹を合わせた合成獣としてのボーナスが外れているからだろう。
習得している魔術は、魔術式による改竄ではなく世界を騙し発動させる<偽証魔術>。
創造神の力と思われる<創世魔術>。
六柱の女神の力を借りた<天の魔術><海の魔術><地の魔術><朝の魔術><夜の魔術>。
<昼の魔術>を習得していないのは、おそらくは午後三時の女神ブリギッドとは相性が悪かったのだろうと考えられる。
そして種族は人間。
弱点は明白だった。
強者とされる存在にしては最大魔力が著しく低いのだ。
おそらく大きな魔術を使えばすぐに魔力切れを起こす。
これは致命的な欠点であり、それを補う”イワバリア王国の王の腕輪”も人間形態では装備不能。
あくまでも王なのはイワトビペンギンのマカロニであり、夜鷹マカロニは王ではないからだろう。
しかし、大魔帝ケトスの魔導書さえ手に入れれば話は変わる。
あの書には魔力を節約する術も、魔力そのものを増強する術も記されている。
そもそもあの魔導書は規格外、魔導に関してほぼ全ての情報が載っている。
だからこそ大王は考えるのだ。
これにあの書を売ってしまっていいのだろうかと。
そして同時に、その人間としての器を眺め大王は確信していた。
大王は帽子と自身の髯を下げ、思う。
――哀れな……やはりこの男、ただの人間が弟のためだけに魔性と化した存在か。
と。
ただの人間だったからこそ、弟がどんな存在なのかいまだに知らないのではないだろうか。
ムルジル=ガダンガダン大王はそう考え、やがて口を開き始めた。
『まあ良い、情報が欲しいのであったな――構わぬ、あくまでも余が把握している限りであれば伝えよう。多少の私見が入る故、全てが正しいかどうかは分からぬがな』
ただの人間だった貴殿に伝えるべきことがある。
そうやって、弟の正体を語りだしたのだ。