選択ミスの救済~ニャイリスには悪いがここで手に入れる方が安全なんだよな~
戦闘は終了し、二匹の大王はそれぞれに変なポーズを取って――。
ビシ!
ナマズ帽子を装備した短足猫ムルジル=ガダンガダン大王が、キュートな顔に似合わぬ豪胆そうな声で告げる。
『改めて余は名乗ろう、余こそがムルジル=ガダンガダン大王である!』
『吾輩の方は逸話魔導書で知っているのでありましょう? 自己紹介は省略させていただきますれば、はて、マカロニ氏。貴殿は吾輩になにか差し出すものがあるのではありませんか?』
魔猫大王は空飛ぶ絨毯の上から黄金宮の金貨の山にジャンプし、ムフー!
腕を組んでガハガハ!
実に楽しそうに豪快な笑いを浮かべ続けている。
ペンギン大王の方はというと僕にフリッパーを差し出し、手をクイクイ!
僕はその意味を理解していたからこそ、フリッパーから偉そうなイワトビペンギン顔にジト目を移し言う。
『たしかにあんたの魔導書には世話になったが……なんだよその手はペンギン大王』
『グワァッガッガッガ! 吾輩の魔導書を使ったのならば、はてさて、そこに肖像権的なマージンが発生して然るべきであると吾輩は考えますれば――ええ、幾ばくかの金銭を求めて何が悪いのでありまするか!?』
『ふざけるなよ! 魔術に著作権とかないだろ……!』
『おんやぁ? そうですか、そちらの世界にはないだけでありましょうなあ!』
イワトビペンギンは僕の周囲を高速腹滑りで、ペペペペ!
吾輩の方が早いし強い! と、煽るようにクチバシを開き。
『さあ! 吾輩に魔術の使用料を差し出すのであります!』
『なああんた、まさか僕から使用料を取るためにわざわざここまで来たのか……? 違うだろう? 弟の事とかでもうちょい前向きにシリアスな話をしたいんだが?』
『それはそれ、これはこれ――吾輩、これでも”巨鯨猫神の夢世界に浮かぶ島”にて”絶滅セシ動物たち”を養う使命をもつ、偉大なペンギン。金はいくらあってもいい! 取れるところからはきっちり取る主神でありますれば、ええ! ええ!』
よーするに、歴史において非業な最期を迎え絶滅した動物をこいつが主神となり守護、ケトス神の夢の中で匿っているようだ……。
魔術がある世界においては例外はない。ありえない事などありえない。
あまりにも強大な神や存在の精神には力がある、故に、巨鯨猫神の見る夢は夢でありながらもただの夢ではない。
彼のみる夢世界は一種の、実在する異世界になっていると想定できる。
夢の世界なので現実世界よりもある程度制限なく、無理なく奇跡や願いが叶う環境だとは想定されるが……それ故にとても危険な場所であるともいえる。
奇跡や願いが善行とは限らず。
また善行が他のモノ達にとっての善となるかは、まったく別の話なのだから仕方がない。
ちなみに――。
この理論は僕が導き出したわけではなく、このペンギン大王の逸話魔導書に乗っていただけなのでカンニングといえるだろう。
しょーじき、夢世界など僕には一切なんも関係のない世界だと判断している。
ともあれ。
このふざけたペンギンが主神をやってる世界ってのも怖いなと思いつつ。
僕はムルジル大王に目線を移し。
『なあ、あんたの知り合いだろ? どーにかならないのか、このペンギン』
『ふぅむ、たしかにアン・グールモーアよそなたが愛する眷属のために金を欲するのは理解しておるが、時と状況を弁えよ。本当に金に困っておるのなら、余が見繕ってやっても良いが』
『吾輩の楽園は順調そのもの……今回もとれるなら徴収しようと思い立っただけでありますれば、商売人の貴殿に借りは作りたくないのでありまする』
『ならばこの話はここまでで良いな――』
ムルジル大王は魔法の絨毯の上から、もきゅっと肉球を輝かせムフー!
鼻息を漏らしつつ僕らを見下ろし告げる。
『久しいなバアルゼブブ神よ、直接に会うのはいつぶりであろうか――いや、まあ余と同じく四星獣を務めるナウナウ、やつと汝が親友のせいで何度も会っているようなものだが……あまりヤツに力を貸してやるな。あのパンダはすぐに増長しおって手に負えんのだ』
正直、僕の知らない神々の交友関係などどーでもいいが。
まあ神話時代に彼らには縁があったのだろう。
このバアルゼブブと親友となっているナウナウ神も、どーせろくでもねえ神だとはなんとなく理解できた。
バアルゼブブが言う。
『そ、そんなことよりも』
『だぁぁぁぁぁ! あやつを暴走させる原因その一がそんなことなどと、他人事のように言うでないわ!』
そんなこと扱いが猫の毛を逆撫でしたのか――ムルジル=ガダンガダン大王は、ナマズ帽子に怒りマークを浮かべ。
ぶなななななな!
まるで生物の様に動くことからすると、あのナマズ帽子は神器級の装備なのだろうが……ともあれ、ナマズと同時にスコティッシュフォールドが怒りマークを浮かべて毛を逆立てる姿は、それなりに可愛い。
バアルゼブブが首をこてんと横に倒し。
ハテナの形をした魔力を浮かべ、えへへへ?
『あ、れ? あれれれ? だ、だいおう……なんか怒ってる?』
『怒る怒らぬ以前の問題である! なぁぁぁぜそなたはそう、いつでもどこでも考えなしなのだ!』
かわいいネコちゃんがバンバンバンと器用に空を叩いている。
これは売れるだろうと、僕は世界の光を固定させる天の魔術……ようするに写真の魔術を発動させ映像を保存。
グッジョブなのじゃ! と、天の女神の声を聞き流しつつ目線をバアルゼブブに移す。
『どーでもよく……はないか。バアルゼブブさあ、あんた……別の世界にも迷惑かけてるんだな』
『め、めいわく? か、かけてないよ?』
ムルジル=ガダンガダン大王が丸い口をひくひくさせていることからすると、絶対に無自覚でやらかしてるなこれ……。
まあこっちの世界においても、このバアルゼブブは別格。
その独特な感性と蠅のレギオンという性質、そしてその強さでアシュトレトやダゴンを振り回している。
詐欺が効きにくい相手だけあり、僕も敵には回したくない。
弟を気にしないイイ女神だし。
『だ、大王――』
『そ、それよりも』
『頼んでおいた魔導書は、よ、用意、できたのかな?』
そんなことよりもがダメだから、それよりもに変えた。
一応の配慮はしたのだろうが、めっちゃズレてるなこの女神。
バアルゼブブの相手を正面からしても無駄とばかりに、でかいため息でネコ髯を揺らしムルジル=ガダンガダン大王が告げる。
『ほれ、所望しておった禁断のアイテム。大魔帝ケトスの逸話魔導書だ』
それは魔帝ニャイリスから買い損ねた三獣神の魔導書。
これを手にすれば三冊コンプリート。
かなり自由に魔術が使えるようになるとの話だったが――。
僕はドヤ顔の猫が偉そうにポーズを取っている魔導書を眺め……一言。
『で、それをいくらで売ってくれるんだ?』
『ほう! 分かっておるではないか! 用意はしてやったがタダでくれてやるとは言っておらぬ! 偽神マカロニよ、そなたも商売人の端くれならばこの書にいくらを出す!?』
僕はしばし考え。
『先に聞いたのはこっちだろ? 逆に聞くけどさあ、ムルジル大王――あんたはそれをいくらで僕に売ろうとしてるんだよ』
『そうさな、貴殿が押さえている水の利権、その全てを余に差し出して貰おうか』
水の利権とはおそらく<マカロニ印のウォーターサーバー>の事だろう。
まああれさえあれば、現状でも世界半分ぐらいの信仰度を稼ぐことができる。
ギャグのようにバラまいているが、あれはシャレにならないほどの財産判定されてもおかしくない……なにしろ本当に、あの世界の人類の水源を止めるも流すも自由にできる魔道具なのだ。
やり方次第では、まさに神の如き扱いを受けるだろう。
ムルジル=ガダンガダン大王も神として崇められている獣神ならば、信仰こそが直接的な力の源となる――交渉の手としてはまあ普通にあり得る事例だろう。
ただ、ムルジル=ガダンガダン大王は前提を忘れている。
どれだけ外の世界の連中が強かったとしてもだ――僕を強化しなければ、偽証魔術は防げない。
ならばやるべきことは一つ。
バアルゼブブの顔を見上げ、うんと頷き僕は言う。
『じゃあ、いいや――んじゃ、お邪魔したな』
僕の交渉は単純だ。
そのままペタペタペタ。
本気で帰ろうと部屋を出ようとしてやった、それだけである。
僕らが帰ったとしたら、あっちが追ってくるしかない。
そう――この交渉、こちらが圧倒的に優位なのである。
アン・グールモーアが、さすがは吾輩の後輩ペンギン、ゲスい考え方が良し!
と、大笑いする横でムルジル=ガダンガダン大王が、ふぬぬぬぬぬぬ!
『ぐぬぬぬぬぬぬっ、おのれ! だぁぁぁぁから余は獣神との交渉は嫌いなのだ! ええーい、待たんかバアルゼブブとマカロニよ! おぬしら! 本気で帰ろうとしておるだろう!?』
このムルジル=ガダンガダン大王。
おそらくかなり根は善良。
一応は世界のために動けるタイプの猫なのだろうし、こっちも意地悪するつもりはない。
僕は振り返り、黄金宮の大王の間にテーブルとマカロニ隊を召喚。
交渉の席に着く。
『んじゃあ、現実的な交渉を始めようか』
『ふん! しかし元手よりは儲けさせて貰うから覚悟せよ! ペンギンの新参者よ!』
『こっちも偽証魔術を防ぐための顧問料的なもんは貰うからな』
『良かろう、無料より高いモノはない――互いに利益を追求することに余は同意しよう。さあ申してみよ』
まあ、現実的な問題として欲しいのは情報か。
なにしろ獣神どもはテキトーで話もすぐにどこかに転がり、まとまりがない……そしてうちの女神たちも同じカテゴリーのテキトーさだ。
ここらで正確な情報を掴んでおきたい。
お分かりいただけていると思うが、まだなぜ弟が此処を襲っていたのか……その理由すら説明されていないのだ。
こいつらのペースに飲まれるといつまで経っても、ぐるぐると掻き乱される。
僕は情報を聞き出すためにも、まともに交渉を切り出した。