異なる世界の交差点~まあ神って時点で変なのしかいないよな~
黄金宮の王の間で待っていた筈の大王は二匹。
敵の方は正直、正体が分からない状態だ。
夢の世界から強制的に現実に這い出てきたような、そんな異物感のある肉塊が壁一面を覆っているのだ。
ああ、うん。間違いなく弟である。
僕の過去の記憶は凍って薄れているが、それでも身内を見れば思い出す。
連鎖して、異能力者集団やファンタジー世界からやってきた連中とやりあっていた時代の記憶も、うっすらと蘇り始めているが……。
どうやら本当に僕は人間のまま、かなり暴れていたのは確かなようだ。
まあペンギンとなった僕は人間の思考よりもペンギンの思考回路に近づいている。
そしてなによりベヒーモスとなった弟エビフライと再会していることで、弟絡みでやらかす可能性も無くなっている。
僕が暴れる原因が、すべて取り除かれているのだ。
これが三女神による作戦だったかといわれると、おそらくは行き当たりばったりな結果だろうとは思う。
隣で僕を守るように結界を張り始めたバアルゼブブが告げる。
『お、弟くんだって、わ、わかるの?』
『は? ……どっからどう見ても僕の弟だろ?』
『そ、そうなの? ぼ、ぼくの……複眼でも、こ、苔みたいな肉にしか、み、見えないけど』
相変わらず分からないことを言う女神である。
まあ女神だから仕方ないと、僕は戯言に怒ることなどせず。
『苔みたいな肉で何か悪いのか?』
おそらく、これは僕がどう動くかのターニングポイントになるだろう。
僕は僕の弟の姿を否定する者を肯定しない。
『ん……? ぜ、ぜんぜん問題ないよ?』
『あ、あたしも』
『死肉に群がり魂を運ぶ蟲王の集合体、だ、だし。ダ、ダゴンちゃんも、あの服の中は、軟体生物とか、触手の肉塊だし。ア、アシュトレトちゃん、だ、だって、終末のケモノに跨る、黙示録の、だ、大淫婦だし。い、いつもの、あ、あの姿が、し、真実って、わけじゃ、ないんだよ』
バアルゼブブはいともあっさり僕の弟の姿を肯定する。
……。
実はこいつ、話が分かるな。
僕の中のバアルゼブブの評価はうなぎ上りである。
『ど……、どうしたの?』
『なんでもない。ただ、まあ……今ここに顕現している弟は、幻みたいな存在か。僕の弟だけど偽りの弟、これも”時と次元を操る能力”で、誰かの未来視による仮想空間から無理やりでてきたってところだろうな』
意思もあまりなさそうな印象である。
バアルゼブブの瞳……蠅の複眼が、同時にギョギョギョギョ!
凄まじい高レベルの鑑定の魔術を発動させ始めていた。
結果が出たのか、断続的な言葉を羽音に乗せて紡ぎだす。
『……せ、正解だね……』
『や、やっぱり……、き、きみの、お、弟くんの、エ、エビフライちゃんのおとうさん。父神たる時と次元を司る、ヨ、ヨーグルトソース神? の、ち、力を使ってる……』
『出現元は……み、未来視が得意な、黒と、白の、ニワトリ……ろ、ロックウェル卿の観測した、み、未来から、そ、それぞれ、でてきちゃったみたい』
ロックウェル卿とは、僕も所持している逸話魔導書の獣神。
ありえる世界を全て予見することすら可能な瞳をもつ故に、全てを見通す者の二つ名を受けているらしい神の名だ。
まあ、グリモワールにそう書かれているだけなので、実際にそうかどうかは分からない。
ただ、そうした観測のエキスパート過ぎる獣神の見た世界から、よっこいしょ!
僕ら兄弟がそれぞれ別の可能性から抜け出たとしても、まあありえないことではないのだろう。
それが魔術。
”ありえない事などありえない”という性質の厄介さ。
かつて神話の時代に、主神レイドが魔術なき世界に宇宙を書き換えようとした理由もこれを見れば少し納得してしまうか。
戦いは続いている。
どうやら時と次元を操る性質からか、どんなダメージを受けてもなかったことにしてしまい倒せていないようだ。
弟の幻影と戦っている二匹の神も、僕らに気付いたようだ。
肉塊から発生する虹の光を、巨大化させた金貨のシールドで防ぎつつ。
武器だろう釣竿で、肉塊を八重に切り裂きマハラジャにゃんこが鼻孔を膨らませ。
『うぬ!? あれは、バアルゼブブ神!』
ナマズの被り物を装備した魔猫タイプの獣神が、ナマズの髯をクネクネと風に靡かせ丸い口をクワ!
空飛ぶ魔法の絨毯の上で短い手で仁王立ち。
もふもふ獣毛を靡かせ腕を組み、ガハハ!
『ガーッハハハハハハ! ようやく来おったか! そなたが混沌世界のまつろわぬ女神たちに拾われし夜鷹の兄であるな!』
『そうだけど、おい! なんだこの状況は!』
どうみても弟の暴走状態なのだが。
それを問う僕への返答より先に、頭にナマズ帽子を装備する魔猫はムフー!
『そう急くでない! 余こそが未来を司りし獣神ムルジル=ガダンガダン大王! セフィロトの樹の根元に鎮座せし盤上遊戯世界の四星獣、ネコの行商人を束ねる魔猫の豪商なり! っと、なんだアン・グールモーアよ! 余の名乗り上げの最中に<硫酸の落とし蓋>の罠を起動させるとはっ!』
『やかましいのでありまする! 吾輩は<行商人属性>を持っている貴殿とは異なり、こちらに長くは滞在できないのでありまするよ!』
アン・グールモーア!?
その名には聞き覚えがある。
その大王はイワトビペンギン姿の異世界の獣神。
僕の持っている《始まる世界のペン・グイン》と呼ばれる逸話魔導書にかかれている、恐怖の大王の名である。
ま、まあ……見た目は燕尾服を装備した、赤い瞳のイワトビペンギンそのものなのだが。
こうなんつーか……。
アラビアンな宮殿の中――。
空飛ぶ絨毯に乗り、何故かナマズを頭に乗っけた偉そうなスコティッシュフォールドと。
ダンジョンゲームででてきそうな”トラップ”を手動で発動しまくる空を跳ねるイワトビペンギンが、壁全体に広がっている肉塊を相手に戦っているのだ。
飾り羽をきらりと揺らしジト目で僕は言う。
『カオスすぎるだろ……しょーじき、常識人の僕にはついていけてないんだが?』
正直な僕の感想に反応したのか、二匹の大王の叫びが黄金宮を響き渡る。
『えぇぇぇぇぇい、なぁぁぁにをやっておるか新参者! これは貴様の弟なのだろう!? 貴様が責任をもってなんとかせい!』
『ガァァァァガガ! 聞こえまするね? そこのペンギンニュービー! 先輩ペンギン神である吾輩を助ける権利を授けるでありまする! はて、吾輩を助ける栄誉がいかほどのモノか、考えてみるといいでありまするよ!』
こいつら、まだまだ余裕あるな。
僕はバアルゼブブに言う。
『で? 待ち合わせの相手っていうのはこいつらでいいのか?』
『そ、そうだよ』
問いかけに彼女は、すぅっと戦闘空間を指差し。
『あ、あっちのネコちゃんが、ば、盤上世界って、いう世界から、や、やってきてるムルジル大王でぇ……。こ、こっちのイワトビペンギンさんが、さ、最後のオオウミガラスのて、転生体。い、一度、世界を滅ぼしかけた、恐怖の大王、ア、アングルモア……だった、かな?』
どうやらアン・グールモーアには多くの名があるようだが。
『な……、なんか忙しいみたいだから……あ、あとにする?』
『ん? 見捨てるのか?』
『そ、そういうのじゃなくて……、だ、だって、この子達。ほ、ほんとうは、かなり強い、ま、魔性だから。た、たぶん……マ、マカロニちゃんの力が見たいだけ、なんだと思うよ?』
ほう?
僕は鑑定能力をフル発動させ、彼らを覗いてみる。
たしかに、<憎悪の魔性>とステータス情報から読み取ることができた。
魔性とはうちの主神と同じカテゴリーにある存在。
感情を暴走させた一種の覚醒状態にある魂。
心の源になる感情を暴走させたことにより、無限の魔力を得ることができる強者との話だったが……。
僕は言う。
『なるほど、こいつら……僕がどう戦うのか見たくてわざとこの状態で待ってやがったのか』
二匹の大王が顔を見合わせ。
ヒソヒソヒソ。
ナマズ帽子の髯と、イワトビペンギンの飾り羽を魔力風に靡かせ密談を開始。
『うぅぅぅっぅうぬ、どうするペンギン大王よ。ヤツを見極める余たちの作戦、既に看破されておるぞ?』
『はて、なにやら詐欺を得意とする偽神らしいでありまするからなあ。ではここは吾輩がサクッと、弟の方を退場させてしまうとしましょうぞ』
言って、ペンギン大王は胸羽毛の前で両フリッパーをパンと叩き。
壁の肉塊に向かい、宣言する。
『ダンジョントラップ:<次元の落とし穴>発動でありまする!』
言葉に従い発生した落とし穴が、全ての肉塊を掃除機の様に吸い込み。
ズズズズゥゥウウウウウウウゥゥ!
黄金の壁に入りついていた僕の弟を別次元へと落とし、この場の戦闘を強制終了させてみせた。
おそらくダンジョンという性質の場所ならば、回避不能の強制退場効果があるのだろう。
どちらの世界の影響か能力か知らないが。
ゲームを彷彿とさせる戦闘終了のファンファーレまで現実に鳴り響いているのだから、気が抜ける。
ドヤァァァッァっとこっちを見ているが、これはまあ自分の強さアピールだろう。
同じペンギン神として威圧しているのかもしれないが……。
分かったことが一つある。
こいつら、ギャグキャラに見えてめちゃくちゃつええでやんの……。