マハラジャの黄金宮~ネコの行商人の元締めってことは、宇宙一の超金持ち説~
バアルゼブブの目的は”ありえたかもしれない僕”を倒せるように僕を強化すること。
三女神もおそらくは一緒。
だが、彼女たちは自由奔放で気まぐれでテキトー。
現在、僕は女神と雑踏の中を進んでいる。
バアルゼブブの準備とやらを手伝うために一緒にニャービスエリアの市場に出た僕は、ペタペタペタとペタ足で歩きながら彼女を見上げ。
『おまえらさあ、ちゃんと報連相はやってるのか? 今回のあんたの失踪。勝手な行動にアシュトレトもダゴンも驚いているみたいだったぞ』
彼女は僕と共に市場を見渡しながら、首をガゴンと曲げ。
『ほう?』
『れん?』
『そう?』
彼女の姿は小さな蠅に分裂し、万を越える蠅同士がヒソヒソヒソ……ほうれんそうとは何か、セルフで相談しているようだが……。
なかなか器用な女神である。
どーも、こいつら三女神は連携が取れてないようである。
強者というのはどうも自分勝手になりがちなのだろう。
『よーするに、出かけるならちゃんと事前に報告と連絡と相談をしとけってことだよ。あんたがいなくなったら心配もするだろうし』
『そ、そっか、へへ、えへへへ……、あ、あたしが心配、さ、されるって、う、嬉しいかも?』
再び集合し女神となって――でへでへ、エヘヘヘ。
口の端を蟲の酸で溶かす姿は美女なんだか怪物なんだか、わかりはしない。
バアルゼブブの行動はどうも読みにくい……。
『なあ、できたら買い出しに出てるうちの連中がニャービス管理センターに戻ってくる前に、あんたの用事を終わらせたいんだが。何をするつもりなんだよ』
『ま、ま……、ま、待ち合わせをしてるんだよ?』
言葉はここで止まってしまう。
僕はペタペタペタ。
バアルゼブブも、ジジジジジジジジ。
『あぁああああぁぁぁ! 時間がそんなにないんだろう!? 僕はな! あんたが誰と! 何のために! どうやって会うかを説明して貰いたいんだよ……!』
『え、えーとね……』
バアルゼブブはしばし考え。
『君を連れてきて欲しいって、ネ、ネコの行商人を、か、管理している、マ、マハラジャに頼まれてね』
『マハラジャ?』
マハラジャを直訳するとなると……偉大なる領主、或いは大王ということか。
……。
商売を取り仕切る元締め、大富豪としてのマハラジャという可能性もあるか。
ネコの行商人の代表みたいな存在が、詐欺師の僕を呼んでいる。
ああ、うん。
完全に白なら僕も堂々としていられるのだが、ニャイリスや他の行商人とも僕は様々な取引を行っている。
そこがちょっと問題なのだ。
僕は詐欺師で王様で、少しでもこちらに有利な交渉をするのは当然で。
対するネコの行商人もニャイリスを筆頭に、僕との契約の隙間を狙ったあくどい商売をぶつけてくる。
互いにラインは越えないようにしているが舌戦は舌戦――。
互いが互いの足元を見て、日夜、僕の詐欺師としての話術とネコの行商人たちの商人としての話術のぶつかり合いも起こっているのだ。
相手も大概だが、まあ僕も大概。
しかもうちのマカロニ隊が商業ギルドをほぼ乗っ取ってからは、ネコの行商人との商売利権の奪い合いも起きている。
狡猾なネコの行商人と金儲けが大好きなアデリーペンギンの群れ。
そのマハラジャとやらが、僕らの世界の縄張り争いを問題視している可能性もゼロではない。
『で、そのマハラジャがなんだって? 言っておくが僕はネコの行商人とは対等な取引を結んでいる。今更契約を捻じ曲げるとかなしだからな!』
『あ、あれれ……? な、なんか、あ、焦ってる? マ、マカロニちゃん?』
『焦ってるわけじゃないが……どうも商人相手っていうのがこう、羽毛に悪いっていうかだな』
僕は、んーむと遠い目をしてしまう。
現代社会ならともかく、ファンタジー世界で動物系の商人はやり手が多すぎるのだ。
その元締めみたいなもんと会いたいかといわれると、間違いなく答えはNO!
『で、でも……き、きみを強化するには、あ、会うしかないから』
『が、我慢してね?』
『い、いまのままだと、あ、ありえたかもしれない、か、可能性のきみに、君自身が、ま、負けるかもしれないってのは、わ、わかるよね?』
『そりゃまあな』
告げるバアルゼブブの言葉は真実。
単純な魔力や力量差である。
今の僕の実力を六柱の女神と比較するならば、おそらく昼の女神こと午後三時の女神と同格。
そして夜の女神さまより少し上であり、タイマンとなった場合本気のペルセポネには届かない。
三女神相手には確定で負ける。
それくらいの力と仮定できる。
もちろん相性差などもあるが……おそらくはほぼ正しい推測だと僕は判断している。
女神の序列一位たるアシュトレト、彼女と同格以上と思われる大魔帝ケトスがいなければ抑えきれない存在こそが、ありえたかもしれない可能性の僕なのだ。
……まあ自慢したいわけではない。
前に一度、ベヒーモス戦で暴走しかけた僕を主神レイドが止めに来たこともあったが……あの時に主神が止めていなかったらどうなっていたか。
可能ならばその力のみを上手く引き出せると、今後、ろくでもねえ神々連中と渡り合える可能性もあるのだが。
もしそうなれば、僕も僕で好きなように動くことができる!
というかだ、あの女神たちから解放される!
グペペペペペっと僕は僕で女神からの脱出計画にペンギンハートを燃やしつつ、バアルゼブブの案内で特殊空間に入り込み始めた。
そこはまるでタージマハル。
アラビアンでファンタジーなネコの宮殿だった。
◇
マハラジャの宮殿の中は、広大なエリア。
黄金の壁と黄金の道が地平線の向こうまで広がっている。
正直広すぎてマップも把握できないのだが――ちゃんと相手はこちらを把握していたようだ。
出迎えたのは猫の行商人たちだった。
モフモフたちがそれぞれ僕とバアルゼブブに頭を下げ、耳をぴょこん!
『お待ちしておりましたニャ! それではご案内いたしますニャ~』
『こちらはどこの世界でも配送できるように、次元を歪めておりますニャ?』
『大変危険ですので、勝手に道からは逸れないで欲しいのですニャー』
と。
なかなか友好的な出迎えである。
ここにニャイリスがいないのは、まだメンチカツたちを案内しているからだろう。
そろそろ合流してもいいのだが……。
案内キャットたちも僕らの人数を確認し、こてんと首を横に倒し。
『お連れの皆様はいかがなさいますかニャ?』
あちらの世界も一枚岩ではないだろうし、強制連行される危険もあるか。
連れてくるのは得策ではない。
なによりだ――僕はバアルゼブブに目をやり。
『正直、あいつらがいると話が進まないからなあ。元締めとやらと交渉が終わった後での合流でいいよな』
『マ、マカロニちゃんが、そうしたいなら、それでいいよ?』
『と、そういうわけで会うのは僕とバアルゼブブだけにしたいんだが、問題ないか?』
『賢明な判断ですニャ! なにしろニャーたちの世界のアニマル神たちは気まぐれ、言ってる傍から百八十度意見を変える事なんて日常茶飯事ニャ!』
この案内役の猫たち。
どうやら僕らの世界に出入りしているネコの行商人のようで、何匹かは直接商売もしたことがある。
うちのマカロニ隊とはよくやりやっているが……、相手側からの敵意はない。
公私はわけているのか、それともうちのマカロニ隊とのやりとりを嫌っているわけではないのか。
或いは……いまこうして僕の姿を隠し撮りしている宮殿の猫たちの様に、魔術を扱う商売アデリーペンギンの映像をどっかのアニマル好きに転売して儲けを出しているのか。
ともあれ、友好的な対応である。
『まあニャーたちのボス、大王は比較的まともな方のアニマル神ですニャ』
『金銭に関する裏切りさえなければ、ちゃんと話を聞いてくれるニャ!』
よーするに、金銭に関することだけは嘘をつくなという忠告だろう。
『なんだおまえら、随分と僕に好意的だな』
行商人たちが、ニヒィ!
『マカロニ氏にはいっぱい儲けさせて貰ってるニャ、ちょろいから大好きなのニャ~!』
『砂漠の用意も持て成しも完ぺきだったニャ!』
『事後承諾で申し訳にゃいけど、ニャーたちはこっちの世界のアニマル好きにアデリーペンギンの群れの映像を販売しているニャ? 後で同意のサインが欲しいのニャ~!』
うわぁ……目がガチでお気に入りを見るネコちゃんの顔でやがる。
こいつら、今までどんだけ僕を使って稼いでるんだ。
そして、あっちの世界にもうちの主神のように、動物狂いの上位存在がいることは間違いないようだ。
そいつの御機嫌取りに、僕や僕のマカロニ隊が使われていたのだろう。
ペンギンの群れって一定の需要があるだろうからなあ。
まあ、心が力となるファンタジーな世界なのだ――僕らは他者から愛玩されればされるほど力を増すので好都合。
利害が一致しているのなら信用もできるか。
許可証を出しながらも、僕はメンチカツたちに連絡。
『念のために、こっちの事情も連絡して……と』
事情を説明し、ペペペペ!
説明話術である”かくかくしかじか”の遠隔発動は成功、彼らは買い物が終わったらニャービス管理センターに戻ることになった。
苦労性だが話の分かるクリムゾン兄陛下がいるので、問題はないだろう。
別に三馬鹿を押し付けたわけじゃない。
そのままネコの行商人の案内を受け、アラビアンな空間をペタペタペタ。
広い廊下を歩いているのだが……。
僕が気になっているのはこの広い宮殿を埋め尽くす、謎の猫グッズ。
なにやら黄金宮とも言うべき空間には、キラキラとした偶像の数々……。
ラグドールの壁画やら絵画がズラっと並んでいて……柱の傍に設置されている調度品のデザインもラグドール。
いたるところにラグドール。
ラグドールの美術品が大量に並んでいるところを見ると、ネコの行商人の元締めはラグドールなのだろう。
ちなみにラグドールとは少しタヌキのような顔をした、縫いぐるみのような愛らしい猫である。
案内キャットたちはまったく気にしていないので、これが日常なのだろう。
なんかラグドールの黄金像に手と肉球を合わせ、商売繁盛! と願掛けしている猫もいるが……まあ気にしたら負けか。
僕らが広い迷宮のような黄金宮殿を案内され、しばらく。
やがて最奥と思われる場所に、重厚な扉が顕現し始める。
王の扉――目的地だろう。
案内キャットがキリっと獣毛を膨らませ、王の扉を開ける前に凛と告げる。
『大王のお二方はこの中に居りますのにゃ』
『ん? お二方?』
『はにゃ? バアルゼブブ様からお聞きになっていらっしゃらないので?』
案内役のニャンコ達は全員で、こてん。
首を横に倒している。
どうやら本当なら僕をここに連れてくる間に、説明されていた筈のようだ。
『まったくこれっぽっちも聞いてませんねえ』
『当方は招待状を差し上げると申し上げたのですが、バアルゼブブ様が大丈夫だよ~、説明しとくから~っと……おっしゃっていたのですがニャ……』
案内キャットのジト目がバアルゼブブに向かっている。
どうやらこういう事は一度や二度ではないらしい。
『おい、女神』
『あわわわわわわ! う、うっかりしてただけなんだよ?』
バアルゼブブ神。
こいつ……素でやらかすタイプか……。
説教でもしてやろうと思ったのだが――。
なにやら王の扉の奥から音がする。
僕らが扉に近づいてみると――漂ってきたのは濃い魔力反応。
……。
扉の奥で、世界の法則を歪める気配が発生している。
これは魔術波動!
ナニモノかと中にいる大王とやらが戦っているようだ!
襲撃か!?
最悪だ!
僕もまた戦闘モードに移行し、慌てて王の扉を開く。
『このタイミングで襲われてるなんて、僕が犯人だって疑われるだろうがっ!』
そう――!
僕はなんとしてでも大王とやらに加勢しないとマズいのである!
扉を開けるとそこには――二匹のアニマル神。
ナマズの形をした帽子を装備し……空飛ぶ絨毯を操る短足種の魔猫大王と、ダンジョントラップを駆使して戦うイワトビペンギン大王の姿。
そして敵は、蠢く虹色の球体。
次元と空間を侵食する肉塊が蠢いていた。
それはかつて、僕が弟と判断していた存在。
鑑定名は<ダニッチの怪物>。
種族名は<父神の落とし子>
これは――ありえたかもしれない僕と似た存在、ありえたかもしれないエビフライか。
あぁぁぁ……!
あぁあああぁぁぁぁ!
これ、もしもの僕ともしもの弟、二体同時にラスボスなんじゃないか!?