ラスボスの幻影~ペッ! どっちの宇宙にもやらかすヤツしかいねえのかよ!~
王の食卓にて行われていた会食に顕現したのは、蠅王のレギオン。
いまいち動きが読めない地の女神バアルゼブブ。
今は黒いふわりとしたドレスに身を包んだ、清楚な黒き女神に見えるのだが……その姿も蟲の集合体なのだろう――。
ジジジジジジと、羽音が常に鳴り続けている。
彼女を連れ帰ることが今回の依頼。
一分一秒を争うとは言わないが、彼女を連れて帰らないと大地が消えるのは事実。
詐欺と相性の悪い相手だが、僕はとりあえず話術を開始。
この手のタイプに回りくどい交渉は無意味。
単刀直入に切り出していた。
『バアルゼブブおまえさあ……迷惑をかけてる自覚はあるんだろう? そろそろおとなしく帰ってきて欲しいんだが、どうなんだ?』
言われた女神であるが、顔だけは美女。
えへ、えへへへへっと口元にアルカイックスマイルを浮かべたまま、首を反対に倒し。
特徴的な、断続的な声を漏らす。
『ご、ごめんね。で、でも、まだ……用が、お、終わってないんだよお』
『じゅ、準備ができたら』
『か、帰るよ?』
僕の交渉は失敗。
というかこいつ、蠅の集合体なのだがその蠅の全部がレジスト判定をしやがっているのだろう。
僕の交渉を通すにはこの蠅全部が対象、全てに交渉の成功判定を出させないといけないようだ。
あぁぁぁぁぁ! 面倒くさいっ。
もし戦闘結果をログとして表示する能力があったら、滝のように失敗! 失敗! 失敗!
と、レジスト判定が流れ続けていることだろう。
無理ゲーである。
僕にとっての天敵といえるだろう。
ここはバアルゼブブの目的を果たすことを手伝った方が、手っ取り早いか。
眉間をわずかに引き締めた僕は、黄金の飾り羽を揺らし問う。
『で――その準備ってのは?』
段々と、羽音が強くなっている。
『あ、あたしはね、ぼ、ぼくはね、エビフライちゃんを守りたいんだよ?』
『マカロニちゃん、き、きみは、強くなったね』
『で、でも――……き、きみを失くして暴走した、あの時のエビフライちゃんにも、も、もしもきみが、そのまま帰還していたらの、ぼ、暴走していた、もしもの君にも、た、たぶん、勝てないよね?』
バアルゼブブとされる神性にしては、随分と長い喋りである。
彼女が偽物というわけではない。
それほど真剣なのだろう。
バアルゼブブが示しているのは、もしもの可能性の、虹色の球体やら宇宙を纏った人間形態の僕のことを指しているはず。
僕は考え。
『まあ、やってみないと分からないが――僕の偽証魔術が効くかどうかだろうな』
「偽証魔術……?」
今の声はクリムゾン兄陛下である。
彼も僕の情報をできるだけ集めたいのだろう。
『そっちの魔術の法則は知らないが、たぶん結局はなんらかのプロセスで世界の法則を捻じ曲げてるんだろ? 僕の世界の魔術もそれと同じ、魔術式を通した計算式で物理法則を捻じ曲げてありえないものをありえる現象へと改竄する。それが魔術だ。だが僕の偽証魔術は違う』
言って僕は見本を見せるように世界を騙し、僕の姿を数秒だけ人間状態に歪めて見せてやる。
『世界を魔術式で書き換えるんじゃなくて、世界を騙して世界そのものに修正させるのさ。だから魔術による魔法防御も貫通できるし、防ごうと思ったら世界改変から身を守る別ベクトルの魔術式が必須になる。まあなかなか回避しにくいだろうね』
自慢げになってしまっているが、事実なのだから仕方がない!
そしてこの情報を開示したとしても問題なし!
僕が騙す対象は、あくまでも世界、宇宙相手に詐欺を起こしていると思って貰っていいだろう。
僕の偽証魔術を回避するのは困難だと伝わっていた方がこちらも脅し……ではなく、交渉の材料にしやすくなるのだ。
なのだが。
バアルゼブブが言う。
『あ、あのね……』
『ドヤ顔をしている姿も、レ、レイドならたぶん好きだと思うんだけど』
『その、この未来視に映ってる人間形態の君もたぶん、偽証魔術を使えるんだよ?』
ピクっと僕のドヤ顔が固まる。
いや、まあ理屈としてはそうなのだろうが……。
しかし何が言いたいのか分からない。
『三女神はいったいなにを見てるんだよ』
『あ、あのね。き、きみと、ぼ、ぼくのエビフライちゃんと、あ、あとダゴンちゃんのメンチカツちゃんにね。も、もっと強くなってもらって、次元と時を無視して、や、やってくる、もうひとつの可能性の君たち夜鷹兄弟をね、や、やっつけて鎮めて欲しいんだよ』
……。
なーんか僕も知らない情報が提示されている気がする。
うだうだとした喋り方だから、脳がブスブスっと鈍っているが。
『は!? どーいうことだよ!?』
『だ、だからね……か、観測者効果って知ってるかな?』
だいぶ無理のある説明だが……観測者が発生することで、観測者が発生していない状態と差異が発生する現象のことだが。
『それがどーかしたのか?』
『ぼ、ぼくらもね、か、彼らもね。き、君たち夜鷹兄弟がどうなるか……も、もしもの、可能性をね? か、観測したよね?』
『ああ、それがどうしたんだ』
『そーいう、観測魔術って……。もしもの世界を、か、仮想世界に定義して……宇宙の流れと魔力の流れを、計算するよね? そ、それを、力ある神々が、み、みんな好き勝手に、それぞれ、別々に、自由にやったら、ど、どーなるとおもう?』
言いたいことが分からない。
訝しみペンギン眉間に皺を寄せる僕の横、僕よりさらに皺を深めたクリムゾン兄陛下がガバっと顔を上げ。
これはヤバイという顔で叫びだす。
「よもや!? あの戦いの後の宴会にて、神々が何かやらかしたのですか!?」
『なんだよ、あの戦いって』
「貴殿が転生する前の話……貴殿の死に狼狽した貴殿の弟が部屋から抜け出し、宇宙に広がったあの戦いの事だが――っ」
『いや、そこんところを僕は詳しく聞いてないんだよ』
僕の言葉にクリムゾン兄陛下は、え? いや……と狼狽するが、すぐに察したようだ。
「誰もあなたにきちんと説明しておられないのですか?」
『いや、だってあの女神だぞ……ニャイリスも猫だし……』
ぐぎぎぎぎぎっと唇を噛み締める、お兄さんの胃がぐじゅっと痛む音がする。
「――後で我から詳細を転送するから目を通しておいて欲しい。口頭で簡単に説明をするが……おそらく貴殿も知っている範囲でいえば、パンドラ神の魔術を用い宇宙と同化……宇宙となった自身そのものをイケニエに貴殿を蘇生させようとした弟殿との戦いの事だ」
パンドラ神の魔術といえば。
まあ希望の女神アランティアの事だろう。
話がようやく繋がってきたが……。
これ、正直繋がらない方がいいような気もしてきたぞ。
どーみても、うちの弟とうちのアランティアが戦犯なような気が……。
ともあれ、僕は平静を保ったままフリッパーで腕を組んでみせ。
『それってどれくらい前の話になるんだ』
「世界によって時の流れは変動し異なる……正確ではないが、そちらの時間では十数年前になる筈だ」
あぁぁぁぁぁぁぁ、終わった。
時期が一致する。
これはもうほぼ確定で、幼いころのアランティアだろう。
よーするに僕の死を知り蘇生させようとしたエビフライが、長い時間をかけて宇宙に接続……別宇宙にある希望という名の魔術属性と接触。
兄を失って絶望する弟と、家族を失った希望の女神。
彼らは互いに願ったのだろう。
まだエビフライとなる前のエビフライは、全てを犠牲にしてでも僕を取り戻す……そんな希望を。
そしてアランティアは復讐を果たすだけの奇跡と希望を。
結果としてエビフライは絶大な力を手に入れ”イケニエ化の宇宙儀式”を発生させるも、希望の魔術をも凌駕する大魔帝ケトスによって滅ぼされた。
そしてアランティアは僕という存在をスナワチア魔導王国に招くルートを手に入れた。
彷徨い続けていた僕の魂がアシュトレトの目に留まるような、偶然ではない奇跡が発生したのだろう。
そして女神アシュトレトは流れる僕の魂に同情し、拾い上げた。
その憐憫がアランティアによる希望の結果なのか。
それとも、かつて行き場を失っていた自身の過去と流れる僕を重ねた、その結果かどうかは分からないが……。
僕の物語はそうしてこの世界と繋がったのだろう。
僕もまた、滅ぼされた弟を救おうと希望に願ったのかもしれない。
どうか、チャンスをと。
その希望を魔術として実現化させたのがアランティアで……伸ばした僕の手を掴んだのが、女神アシュトレト。
どんな奇跡にも大抵は理由がある。奇跡が発生することにも因がある。
一応、これで説明はつく。
アランティアのせいでもあるというのなら、その身柄を要求されていても不思議ではない。
しかし――。
『で? 結局なにがどーやばそうなんだよ!』
「貴殿の弟を討伐した神々が観測系の魔術をそれぞれに使ったとして、その中に仮想の世界を生み出し観測する魔術を用いた者がいて、その仮想世界の貴殿や貴殿の弟が”次元と時間を超越する”能力を用いたとしたら……」
いや、仮想空間や仮想世界はあくまでも仮想。
現実ではない。
ないのだが……ありえないものをありえるものに変えることが魔術の基本。
『おい、まさか――やばい状態の仮想空間の僕が”次元と時間を超越する”能力とやらで抜け出して、現実世界に具現化されるってオチじゃないだろうな?』
ないない、それはない。
そう思いたいのだが……バアルゼブブがパァァァァアァァっと瞳を輝かせ。
『すごいね』
『せ、正解だよ?』
『だ、だからね――た、たぶん君みたいに回避不能な偽証魔術を、つ、つかう、自分の弟のために宇宙を巻き込んだ儀式をしかねない、に、人間の君が、もうそろそろ、け、顕現するんだよ』
き、君じゃないと、偽証魔術は、回避しにくいから……。
だ、だから、強くなってね?
と、女神バアルゼブブは僕の前で拍手をパチパチ。
『き、君じゃない、きみを倒せば。し、しばらくは宇宙も安定するんだよ?』
『あ、あたしたちも、さ、三女神は、が、頑張って、き、きみを成長させようとしたからね』
『君じゃないと君を倒せない、き、君を倒す、そ……そのために、レ、レイドは、き、君たち三獣王を創り出したのかもしれないよね』
創造神レイドは此処までの未来を予測し、既に手を打っていた。
そう言いたいのだろうが。
いや、まあ偶然だろうと正直僕は思う。
さて冷静になろう。
敵はありえたかもしれない僕。
仮想現実から具現化してくるような、言い換えるなら夢から現実にでてくるような厄介な僕。
蠅の王の群れが全員同時に拍手をするので、ものすっごく響き、地鳴りとなって世界を揺らしている。
……。
あぁぁぁぁぁ。
あぁああああああああああぁぁぁぁ!
『ラスボスは僕自身って、ゲームじゃないんだぞこれ!』
しかし……叫びはともかくとして。
よーするに。
観測魔術のせいならば――僕らの宇宙の女神だけではなく、あっちの宇宙のせいでもあったということだ。
これはまあ、交渉材料にはできるだろう。