蠅王の降臨~そもそも蟲と意思疎通するイメージがわかないんだよ!~
もしもの可能性を転写した映像に佇む、一人の男。
滅びた地球でなにかやらかしているのは、明らかに僕の人間の時の姿。
マカロニペンギンで氷竜帝マカロニたる僕は今それを覗き込み、じいぃぃぃい。
鑑定の魔術を発動する。
なんか空間と時間を操作する魔術式を背景に、力の源なのだろうか……蠢き虹色に輝く不気味なシルエットを纏っているが……。
まあ、うん。
あれだ。
十中八九、僕がなにか手を出してはいけない力に手を出した姿なのだろう。
クチバシの上に僕は、んにゅーっと汗を浮かべ。
『うへぇ……まーじで僕でやんの、これ』
「貴殿ら夜鷹兄弟はどうやら、時と時空を支配する”神性”と縁が深くらしくてな。貴殿はこれを纏う可能性のある人物だそうだ。貴殿の弟が世界をイケニエにしようとしたときもこれが確認されていた――心当たりはあるだろうか?」
『って、言われてもな』
僕らしい人物の身体から飛び出し纏わりついているのは、形容しがたき存在。
強いて言うのならば、やはり虹色の宇宙としか表現できないナニかがあるのだ。
まあ玉虫色の球体が、僕の肉体を通し背後霊のように広がっている……とも表現できるが。
ともあれ真っ当な神ではないナニカの力を借りるようだ。
「最も魔術の深淵に近い大魔術士猫――”黒き獣毛に覆われし巨鯨猫神”の見解によればこれは父なる神<ヨーグルトソース>と呼ばれる神性らしいが……ヨーグルトソースについて識者に問い合わせても、デザートの情報しかでてこず困惑していてな」
『――ヨーグルトソースはないだろ……たぶん聞き間違えてるか、言い間違えてるんじゃないか』
魔術による通話ならば翻訳ミスという可能性もある。
ただケイトス神といえば大魔帝ケトスと呼ばれる魔猫の神。
僕がグリモワールを購入できなかった唯一の三獣神である。
ロックウェル卿とホワイトハウルと呼ばれる二柱も、その性格は獣できまぐれとある。
よーするに、てきとーな神なのだろう。
僕の言葉に理知的で寡黙そうな顔を歪め頷き、クリムゾン陛下は言う。
「我にこの話をしてくれた時のあの方は”フルーツポンチ”を召し上がられていた、その可能性は十分にある」
『強大な神ほど雑でテキトーな傾向にあるらしいしな、まあ悪いがヨーグルトソースじゃあ僕もグルメ方面でしか思い当たることがない』
「そうか――」
僕らは唸りながら、もしもの可能性の僕に目をやっていた。
ルートは様々。
多種多様。
僕ら兄弟はどちらかが暫定名”ヨーグルトソース”を纏って暴れるようだ。
どう転んでも最終的には黒と白、二匹の強大な魔猫……二柱存在する巨鯨猫神の協力タッグに滅ぼされ敗北するようだが、逆に言えば彼らがでてこないと僕らは倒せなかったらしい。
その被害は甚大。
僕は弟を殺された復讐に大暴れ、そうとうな事をやらかしていたルートがあったことは確実のようだ。
もしもの過去と未来を伝え終わったクリムゾン陛下が言う。
「我々の世界が貴殿に関する問い合わせをしていた理由もこれだ。一歩間違えれば大惨事、宇宙最強の魔猫が協力せねば倒せぬほどの強敵になりかねん貴殿に対して、こちらの世界も些か揺れているのだ――こちらの事情も少しは理解いただけただろう」
確かに理解はできたが。
僕はジト目でバアルゼブブがいるだろう空間に告げる。
『いや、おまえら女神さあ……こんなやばい事になるかもしれないのに、僕らをこの世界に引き込んだって、それ、ぶっちゃけどーなんだ?』
バアルゼブブの羽音が聞こえてくる。
『ぼ、ぼくらは、あたしたちは、ね……』
『た……ただ、彷徨える哀れな魂を拾っただけだよ』
『き、きみたちが、たとえ宇宙を壊す、こ、こわい兄弟、邪神の落とし子だったとしても……へへ、えへへへ』
ザァァァァァっと羽音の集合する旋律が流れ始めていた。
語るバアルゼブブの身体が具現化しているのだろう。
会食していた僕とクリムゾン陛下の中央に、淑女のドレスを纏った黒の女神が顕現する。
幼さを残すおっとりとした美女だ。
けれど、その口はやはりニチャァっと三日月型に歪んでいる。
邪神の落とし子という単語も気になるが……、こいつを連れ帰ればとりあえずの目的は達成である。
『や、やあ……マカロニちゃん』
『ぼ、ぼくが、あ、あたしが、バ、バアルゼブブ』
『き、きみたちが……地の女神と呼ぶ神性だよ? ほ、褒めてくれてもいいんだよ?』
女神の威光にクリムゾン陛下が眉を顰め、すぐに跪いてみせる。
忠義の意味もあるが、レベル差があり単純に直視しにくいのだろう。
バアルゼブブがふわりとしたドレスを着た体を傾け、ぐぎぎぎぎ!
『お、お義兄さん? ど、どうして跪いてるの?』
「バアルゼブブ神よ、あなたさまは我らの世界でも創造神の一柱として崇め奉られた偉大なる神性。あの大地に住まう一国の王としては、あなた様の忠義を忘れてはならぬ――そう考えております」
『レ、レイドのお兄さん、なんだから、べ、べつにいいのに』
あわわわ!
地の女神バアルゼブブはコミカルな少女のような反応をしているが、たぶんこれ……レベル差が悪さをしているのだろう。
おそらくだがクリムゾン陛下の目には、邪悪な蟲の軍勢が蠢いているように見えているのではないだろうか。
そしてそれをバアルゼブブは気付いていない。
助け舟を出すべく動くしかないか。
彼女を直視できる僕はバアルゼブブに構わず、クリムゾン陛下に言う。
『てか、僕が危険人物として警戒されているのも理解したが、そっちでは僕の処遇みたいなもんはどういう話になってるんだよ。正直、このまま消されるって流れは嫌だからな! このもしもの状況はあくまでも”もしも”だろうし、女神のせいでもあるってことを理解していただきたいね!』
責任転嫁とは言う勿れ。
責任の所在ははっきりとさせておくべきだろう。
『ぼ、ぼくらのせい?』
『そりゃそうだろ……ペルセポネの話だとあんたらが冥府に安置されてた僕らの魂をサルベージしたっぽいんだし……』
『えぇぇぇ? よ、よくわからないけど、そ、それって……わ、悪い事なのかな?』
バアルゼブブは首を九十度、コテンと倒し。
頭上にハテナを浮かべている。
こいつ……蟲を相手にしてるみたいでやりにくいな、たぶん本能や脊髄反射で脳を通さず動くだろうし……詐欺も効きにくいタイプである。
バアルゼブブがそのまま断続的に語りだす。
『ア、アシュちゃん……天の女神は、た、たぶん、君たち夜鷹兄弟を、か、かわいそうに思ったんだよ』
『だ、だからね』
『か、かわいそうな君たちの魂に手を差し伸べたんだよ? そ、それって良い事だよね? だ、だからちょっと宇宙が危なくなったぐらい……しょ、しょうがないん、じゃないかな?』
やっぱり戦犯……というかきっかけはアシュトレトか。
三女神は共犯でほぼ確定である。
もっともそれが相談した結果ではなく、個々に動いていた結果という可能性もあるが。
宇宙が危なくなっても構わず、可哀そうだからと流れていた魂を回収した。
その顛末に正直僕は感謝よりもドン引きなのだが、クリムゾン陛下は冷静さを保ったままだった。
「そうか――なるほどな。やはりあなたがた三女神が絡んでいると」
『で、でもぉ。あ、あたしはね? い、いちおう、そっちの宇宙と相談してぇ、黒ネコちゃんとパンダさんにも許可を取ったんだよ~?』
「大魔帝ケトス様に四星獣ナウナウ様……ともにやらかすタイプの獣神ではありませんか……」
そのナウナウとかいう神を僕は知らないが、まあクリムゾン陛下が眉間の皺を更に濃くする相手だという事は理解できた。
しかし、これ。
本当に僕の立場がちょっと危うい可能性もあるな。
『それで、はっきりさせておきたいんだが。僕らを消そうっていう流れになってるなんてことはないだろうな』
バアルゼブブではなくクリムゾン陛下が応じていた。
「その可能性は極めて低い。なにしろ貴殿はアニマル神、こちらの宇宙でも”もふもふ”には甘いのだ。貴殿らの女神たちが貴殿をペンギンの姿で固定し続ける理由もそこにあったのだろうな。それにだ……」
一度言葉を区切って、クリムゾン陛下がやはり冷静な顔のまま凛と告げる。
「此度の件、正直な話あまり重要度は高くない。そこまで気にするほどの案件ではないと認識されている、ここで貴殿を消すなどという事もない。どうか安心して頂きたい」
『いや、もしかしたら僕がそっちの宇宙を滅茶苦茶にしていた可能性もあったって、かなり気にする案件だろう』
「まあ、こちらではよくある話なのだ」
少なくとも”もしも”のルートでは、地球は壊れているのだ。
よくはねーよと、突っ込みたいところだが、僕のクチバシは動かない。
相手は冗談ではなく、本音でその言葉を漏らしたようだったからだ。
たぶん、事実なのだろう。
ペタペタ歩いた僕は跪いたままのお兄さんを下から覗き込み。
『なあ……おまえらの宇宙、魔境かなんかなのか?』
「不安定なことは事実であろうな」
『いやいやいや! 地球が壊れてる状態が不安定な……の一言で済まされるって、どー考えてもおかしいだろう!』
「長く続く世界ならばこそ様々な事案もあろう。いちいち強く反応していたら、胃がもたぬのだ」
どーやら、この兄エルフ。
様々な神や獣神やら女神に振り回され過ぎて、悟りの境地。
この程度のことでは動じない精神力を手に入れているようである。
<お兄ちゃん力>とかいう意味不明なステータス情報が鑑定結果に表示されているが――。
どうやら本当に”忍耐力に上昇補正”を与える能力として機能しているようで、僕は困惑する。
向こうの世界のテキトーさも相当に酷いんだろうな――これ。
とにかく、バアルゼブブとは合流はできた。
後は彼女を説得するだけなのだが。
詐欺が効きにくい相手なので、どうもやりにくい……。
これ、本当に連れて帰れるんだろうか。
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