呪いの神意~そもそも僕を連れてきたお前らが悪い気がするんだが~
特別室と思われる空間。
”王の食卓”にて行われた会食もそろそろ終わりを迎えていた。
出された料理からはファンタジーの香りがしたが、いくつかは僕にとっても懐かしい料理が並べられていた。
やはり彼らは地球を知っているのだ。
かつて僕がいた宇宙から来ているのだろうと、グルメの味で理解ができる。
僕の主神への愚痴を聞き終えたクリムゾン陛下は、ふっと困ったようにロイヤルな美形スマイル。
「――そうか、弟はやはりいまだにモフモフへ甘すぎる対応をしているのだな」
『ま、そのおかげで僕も便宜を図ってもらえた時もあった、感謝している部分はあるが……さすがに、こっちがまじめに獣王と戦っている時に写真撮影してるのは、どーかとも思ったぞ?』
ふむと肯定する貴公子の顔に浮かぶのは、やはり刻まれた皺。
眉間の皺は苦労の証か。
ただそれが老いではなく貫禄の魅力になるのだから、エルフという種族は基本的に美貌に恵まれた種族なのだろう。
クリムゾン陛下は吐息に言葉を乗せて語りだす。
「レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。弟たる今のあいつは自由奔放かもしれぬが……それは今だからこそだろう。貴殿らの世界では神話として伝わっている我らの世界の争乱においては、自由ではなかったのだ……。故に今の自由人ぶりはおそらく、かつて自由を欲していた反動であろうな。迷惑をかけて済まぬが、少し多めに見てやってくれると助かる」
兄としての頼みの後、僕らの談笑は続いた。
うちの主神レイド、その兄だと名乗る長身エルフなクリムゾン陛下。
刻まれている眉間の皺に苦労を滲ませる彼とは、それなりに楽しく会話ができた。
おそらくは同じ人物、同じ女神に振り回された経験があるからだろう。
だが、僕とは違いクリムゾン陛下の場合は身内。
苦笑と共に紅蓮色の髪に魔力光を反射させる彼には、うちの迷惑連中への隠せぬ情を感じられる。
基本的には百年に一度しか通じない銀河であり、彼には単独で世界間の移動ができる能力はないだろうが――それでも仲は良好なのだろう。
そもそもこの空間の管理をしている理由もおそらくは、弟に近い場所のためか。
近くにいないとなにをやらかすか分からん。
そういった事情もあるのだろう。
フレークシルバー王国と呼ばれる異世界にあるエルフ王国の君主らしいが、そこと兼任しているとなるとかなりの多忙だろう。
この苦労人そうなハイエルフのためにも主神レイドの話を語ってやりたいが……。
ずっとそうしているわけにもいかない。
デザートに出されたケーキセットを奪い合うアランティアとメンチカツ、そしてエビフライに向けて僕が言う。
『悪いんだがおまえたち――”滞在したのならもっと土産を持ってこんか!” なんて、あとで文句を言うだろう女神たちへの手土産を追加で購入してきてくれないか』
「あぁ、まあアシュトレトさんなら間違いなくそういうでしょうしねえ」
『あぁん? 相棒はどーするんだよ』
アランティアとメンチカツの言葉に答えるように、僕は肩を竦めるようにフリッパーを上げて。
『おまえらがいるとなかなかシリアスもできないからな、クリムゾン陛下とちょっと真面目な話をするだけだ。まあ残っていたいならそれでも構わないが、おまえら……話の腰を折らないで、おとなしく話を聞いていられる自信があるのか?』
僕の言葉に三馬鹿は秒で用意を始め、ニャイリスの案内を受けて買い出しへ。
言いだした側の僕が呆れたペンギン半目で言う。
『いやあいつら……少しは躊躇しろよ、頑張れって』
「マカロニ殿も苦労されているようだな」
『まあ……二人で話したいって部分を尊重してくれた可能性も半分、いや二割ぐらいは……まあいい! それよりも! バアルゼブブ! おまえもこの辺にいるんだろう! あんたが帰ってこないと大地がなくなる! あんただってそれが分かってるなら、早く帰ってきて欲しいんだがー!?』
僕の叫びに羽音だけが響いているが、僕の鳥としての聴覚が察していた。
まだ帰りたくないもん。
そんな我儘をいって、ぷいっと顔を逸らす……。
一見すると清楚な、だがえへへと……口の端を酸で溶かす邪悪な女神の顔がなんとなく浮かぶのだ。
ここまで察しが良くなったのは、単純にステータスが上昇した影響。
僕が偽神としての神性を獲得しているからだろう。
クリムゾン陛下も周囲に目線のみを向け、長い耳を僅かに下げ告げる。
「女神バアルゼブブよ――御身とて、弟と共に創りし世界を崩壊させたいわけではないのでしょう。何故にこの地に留まり続けるのか、その神意を仰ぎたいと願っているのだが」
バアルゼブブは主神レイドの妻の一柱。
その兄たるクリムゾン陛下は義兄にあたるのだろう。
だからこそ、僕には反応しなかった女神の声が響きだす。
『と、とりあえず……』
『マ、マカロニちゃんにね?』
『お、弟さんとか、ほ、本人の……じ、事情を説明してあげて欲しいんだよ?』
断続的な声が、連続で続いていた。
そうとしか言いようがなかったのだ。
蟲の集合体がそれぞれに羽音で声を発しているイメージなので、場所も把握しにくい。
なんというか、いるのは確かなのに場所が分からない所が……完全に蟲そのものでやがるな。
夏の蚊を思い出しつつも僕はクリムゾン陛下に目線を戻す。
僕はそれなりにシリアスな顔をしているのだが……。
『僕の顔をじっと見てどうかしたのか? まさかあの弟様みたいな趣味はないだろうに』
「いやすまぬ――マカロニペンギンの魔獣が真剣な顔でこちらをみているという状況は、どうも……こう、なれぬのだ。弟と再会してからはこういう奇怪な機会も増えた。パンダや猫や犬やニワトリが我らよりも強大な魔力を放ち話しかけてくる、そんな光景も日常となった……だがいまだに少しな」
ニャイリスから”異世界の魔導書”を買おうとしたときにでてきていた異世界神。
異世界のアニマル連中のことだろう。
まあ僕もおそらくはその分類の末端に含まれるのだろうが……ともあれ。
僕はビシっとフリッパーでクリムゾン陛下を牽制し、ペペペペ!
『たしかにこっちは珍獣だ! シリアスにも似合ってない自覚はあるんだよ! だが! 悪いとは思っているがな、僕も好きでこの姿になってるわけじゃない! そこはそっちに慣れてもらうしかないからな!』
「アレの兄だということで我は過大な対応を取られることも多いのだが、貴殿は変わらぬのだな。アレに過度に気に入られたくないのならば気をつけよ、おそらくその反応こそが”幸福”、弟が最も気に入る部類の存在になるだろう」
思い当たる事しかない。
『うへぇ……主神っていうのは捻くれ者ばっかりなのかよ』
「捻くれ者でもなければ世界など治めようとは思わぬだろうさ。しかしだ、マカロニ殿。貴殿がその姿に固定されていることにはおそらく深い意味があると我は睨んでいる」
『深い意味、ねえ……』
「こちらにはそちらの情報はあまり入ってきておらぬが、おそらくは女神たちが貴殿の姿をマカロニペンギンの状態で、何度も固定させようとしていたのではあるまいか?」
たしかに……女神アシュトレトもそうであったし、女神バアルゼブブもそうだった。
恩寵や祝福、そして呪い。
様々な妨害を行い、彼女たちは僕をこのファンシーペンギンの器で固定し続けた。
「思い当たる節があったようだな」
『あれって主神がもふもふアニマル狂いだから僕をペンギン状態で維持していた、僕はそう判断していたんだが……。そーいうわけじゃなかったって事か』
「おそらくは……そういう意図もあったであろうとは思う」
おい。
「なにしろあの女神たちは神話時代から弟に懐いていた。尊敬の対象であり敬愛の対象であり、また慈愛と寵愛の対象でもあった。そちらの世界では主神レイドの逸話はどのあたりまで伝わっているのだ」
『僕も全てを把握しているわけじゃないが――』
現在、僕らの世界で入手できる神話時代、そしてこの世界の黎明期の逸話を魔術モニターで表示して見せる僕に、クリムゾン陛下は頷き。
「そうか――主神レイドの誕生や我がフレークシルバー王国についての逸話は伝わっておらぬのか」
『まあ僕が知らないだけって可能性もあるがな』
僕とて全ての大陸を渡っているわけではない。
「ともあれだ、女神たちは主神レイドがレイドとして生まれる前よりアレを愛している。アレのためにはなんでもしてしまう狂神としての側面もある。故に、弟のために貴殿をペンギンのままに維持しようと動いた可能性は否定しない。しかしだ、おそらくはもう一つの理由がある」
僕はしばし考え、勿体ぶる相手に代わり言う。
『僕が人間の姿に戻ると、生前に”異能力集団と帰還した元魔王と元勇者の騒動の黒幕”だった時みたいに、なんかやらかす危険性が高かったって事か?』
「その通りだ。今の貴殿ならばともかく、当時の貴殿はとても不安定だったと想定できる。おそらく当時の貴殿が人としての器を取り戻していたとしたら――弟との再会を望み、ありとあらゆる手を使い、どんな犠牲をも厭わず遠き青き星への帰還を果たしていただろう。たとえ、女神たちと死屍累々の戦いを繰り広げてもな」
いや、大げさな……。
『あのなあ、僕も色んな厄介ごとに巻き込まれてそれなりに強いって自信もでてきたが――所詮は女神の眷属。獣王の主人ともいえる本気の女神たちに勝てる程強くはない。驕り高ぶる気もないぞ』
「普通ならばそう思うがな、貴殿は特別だ」
その証拠とばかりに、クリムゾン陛下は空中に無数の書類を展開させ始める。
先を見ることができる”未来視”の応用だろう。
それはおそらくもし僕が途中で人間の姿に戻っていたらの、イフの可能性。
その資料に念写されていたのは、滅びた地球の姿。
弟が討伐されたことを許せず、あちらの宇宙そのものを滅ぼそうと冷たい美貌を尖らせる一人の人間の姿が見えている。
……。
ああ、これ。
僕の人間の時の姿でやんの。