女神の待つ地にて~身内にヤベエ奴がいると肩身が狭い~
近代文明というよりはファンタジー色が強い空間。
アニマル行商人を中心に市場を作る特殊な世界、ニャービスエリア。
多くの商人、多くの種族が出入りするこの地を管理するのはこの中央施設。
その名も<ニャービス管理センター>。
ニャイリスとの待ち合わせ通りに現地に到着したのだが……。
なんか、すっごいファンシーな世界観のエリアで、僕もその中に溶け込んでいることに少し思うところが出てしまう。
が!
僕の見た目はこれはこれで武器!
この見た目で騙せる相手が増えるなら、それはそれで納得し始めている僕がいた。
ともあれだ。
出迎えたネコの行商人であり魔帝であるニャイリスは、明らかに買い物を済ませていた僕らを眺め、ムゥ……!
『ニャニャニャ! 来るのが遅いと思っていたらあんたたち、ニャーを待たせてショッピングを楽しんでたのニャ!?』
もふもふニャンコが二足歩行となり、ビシッ!
猫手で僕らを指差すが、僕は負けじとジト目返し。
『おい、ニャイリス……』
『なんニャ?』
『この市場で二束三文で買えた回復アイテムなんだが、これ……結構な値段で前に買ったことがあったと思うんだが?』
ようするにここで売ってる超激安アイテムのラベルを張り替え加工、僕に数十倍にして売ってやがったのだ。
ニャイリスは僕が言いたいことを理解したのか、髯を一瞬ぶわりと前に伸ばし。
瞳だけを上に向け、なにやら思いついたのだろう。
『買い占めでもにゃいし、加工の許可も出てる魔道具ニャ? それにこれは主神レイド殿が治める世界ではまだ作られていない、そっちではものすごぉぉぉぉぉぉく貴重な回復アイテム。つまりは適正価格だニャ?』
僕らの世界でも転売は一つの商売。
本来なら手に入らないもの、手に入りにくいものを他所から持ち込むことが行商人の基本でもある。
異世界なんてモノを渡り歩くネコの行商人にとっても、転売も悪ではないのだろう。
実際、絶対に手に入らないものが入ってくるのだから、こと世界を渡っての転売は善となる部分もあるだろうと僕は考える。
だが、なにごとにも限度がある。
転売価格がエゲつなすぎて、思わず僕がジトォォォォォっとしてしまうのも仕方ないだろう。
『おまえ、いつかしっぺ返しを喰らうぞ』
『こっちも危ない橋を渡ってたのニャ、その辺の危険手当も入っていると思って欲しいのニャ~』
『まあ、今度からはもうちょい値下げして貰うとして――で? バアルゼブブはどこにいるんだ?』
『彼女とここのセンターの責任者さんは親戚なのにゃ、だから中で待ってるニャ~。今から中を案内するから、全員こっちへ……って! なにをしようとしてるニャ!?』
ニャイリスが耳と獣毛を膨らませ、驚愕するのも無理もない。
どーせ厄介ごとに巻き込まれるだろうと、僕らは四人で同時詠唱を開始。
最近は魔術も覚えだし始めたメンチカツを含め、アランティアと僕とエビフライで範囲帰還魔術を唱え始めたのだ。
効果範囲はこの施設内も含む全員。
効果の対象は僕らと女神のみ。
つまりは観光が終わった僕らは元の世界に帰還し、女神バアルゼブブも無理やり強制帰還させようという作戦である。
ニャイリスが慌てて紋章が刻まれた”そろばん”を取り出し。
ベチコン、じゃらじゃら!
僕らの魔術を妨害し、そろばんを鳴らし始める。
「ちょっとニャイリスさん!? せっかく珍しくあたしたち四人が息を合わせて合成魔術をやりはじめたのに、いきなりなにするんすか!? 空気読めないんすか!?」
『にゃにするじゃないニャ! 今のは転移の波動だったニャ!』
「転移じゃなくて帰還魔術っすよ帰還魔術。ほら、ダンジョンとかから離脱するアレっすよ!」
ちなみにこの魔術を提案したのはアランティアである。
こいつ本人に自覚はないが、やはり上位存在。
神話時代に猫のうっかりによって解き放たれた”箱の底に眠る魔術”の継承者……ようするに”希望の女神”なのは間違いないだろう。
ここは魔術の法則が異なるだろう異世界。
だが、こちらには”魔術のはじまり”の逸話を継承するアランティアがいるから、セーフ!
彼女の神話経由で魔術の発動が可能。
この裏技はさすがのニャイリスも想定外だったのだろう。
『ニャニャニャ!? アホなのかニャ!? せっかくここまで連れ込んだのに帰らせる筈ないのニャ!』
「ぜったい面倒な流れになるってあたしでも分かるんすから! これで給料の前借りもチャラ! マカロニさんに恩を売りつける絶好のチャンスを逃す筈ないっすよ!」
『地の女神様だけ連れ帰って解決する問題でもないのニャっ、その魔術! 魔帝ニャイリスの名においてキャンセルキャンセル、クーリングオフにゃ!』
ニャイリスがぐぬぬぬっと牙を覗かせ、そろばんの玉をカシャカシャカシャ!
このそろばん。
どうやら商人が装備できる魔術妨害の武器らしい。
僕らの<帰還魔術>は完全に打ち消されていた。
メンチカツが僕にくいっと視線を寄こす。
さすがに僕とメンチカツも長い仲になってきた、僕の考えることなどお見通しなのだろう。
咳ばらいで前置きをし、ゴムクチバシをクワワワワ!
メンチカツによる、相手の視線を自分に集中させる挑発系統のスキルが発動される!
『仕方ねえだろうニャイリス、こっちはその地の女神ってやつがいねえと大地が崩壊しちまうらしいじゃねえか。おまえさんらの目論見も尊重してやりてえが、まずは女神を連れ帰りてえってのは何も間違った話じゃねえだろうが。一分一秒を争う事態って可能性も否定できねえんだからな』
『一分一秒を語るクチバシは御立派だにゃ!? でもニャーは言いたいニャ! おみやげをいっぱい抱えたカモノハシに言われても説得力がないニャ……!』
『あぁん!? 女神を連れて帰ったらもう用はねえ! わざわざこっちには戻ってこねえんだから、仕方ねえだろうが!』
こうしてメンチカツが騒ぎを起こしている間に、僕は魔術詠唱。
こっそりと複製魔術で<魔帝ニャイリスのそろばん>を記録、保存。
いつでもコピー品を使用できるように羽毛に取り込んで、と。
僕はグペペペッペ! とした本心を隠し、ふっ……。
ニャイリスの立場を考える体で告げる。
『まあおまえには世話になったし、短い付き合いでもない。付き合ってやらないこともないが……実際どうなんだ? さすがに中に入った途端に拘束、うちの連中を連行しまーすなんてなったらさすがに暴れるからな』
『……絶対にそんなことはしないのニャ、なにしろ一度、あっちの世界ではそいつの捕獲に失敗してとんでもないことになったのニャ』
ニャイリスが視線で示すのは、ハリモグラな僕の弟エビフライ。
僕もこいつが僕を蘇生させるために、僕以外の宇宙をイケニエに捧げようとしたことは知っているが。
『エビフライ、おまえどんだけ暴れたんだよ……ニャイリスのやつ、わりと本気でおまえのこと警戒してやがるぞ』
『兄さんのためだから仕方ないよねえ』
えへへっと無垢な顔で僕を見てくるのであまり怒れない。
そんな僕をアランティアがじっと見て。
「なーんかマカロニさん、エビフライさんに甘すぎじゃないっすか?」
『おまえのやらかしをそこそこ許してるせいで、文官たちにおまえに甘いって注意されてるんだが……僕もそろそろ考えを見直した方がいいか?』
「いやあ! マカロニさんの心は氷海よりも広くて暖かくて……あたしもすっごい……その、すっごいと思うんっすよねえ!」
こいつ、僕を褒めるボキャブラリーが圧倒的に少なすぎる。
本当に舐め腐ってると思うべきか、身内感覚なのかは判定が分かれるところだろう。
まあ、ニャイリスの魔帝としての武器は違法コピーできているので問題ない。
僕らはニャイリスの案内を受け、トテトテぺたぺた。
女神バアルゼブブとニャービス管理センターの責任者が待つという最上階へと向かい始めた。
◇
本来なら警備の関係上、ここは迷宮判定。
ダンジョン攻略のようなことをしないといけないようだったが、ニャイリスの案内で顔パス。
僕らは転移門をくぐった最上階に短期間で到着していた。
最上階にあったのはどこか空中庭園にも似た神々しいエリアである。
イメージは天国の管理棟だろうか。
ニャービスエリアを監視できるモニターが太陽パネルのように一面に広がっているのだが――。
女神バアルゼブブの姿はない。
まあ気配はあるので、ここにいるのは確かなのだろう。
僕の索敵能力では隠れた彼女を発見することができないという事か。
ただはっきりと見えている気配がもう一つある。
燃えるような紅蓮の髪を後ろに撫でつけた、少し強面にも近い眉間の皺が特徴的な”長身美形のエルフ”が待っていたのだ。
流れてくる魔力からは王者の気配も感じる。
クリムゾンの貴公子……そんな言葉が浮かぶほどのファンタジーな王族のようである。
圧倒的に強いというわけではなく、女神たちよりは明らかに弱いようだが――。
彼がこのエリアの責任者にして管理人なのだろう。
冷静な王族と言った様子の相手なので、交渉は少ししにくいかもしれない。
僕らに気が付くと、紅蓮髪の貴公子エルフは凛と立ち上がり。
僕を見て、メンチカツを見て、エビフライを見て……。
……。
眉を顰め……。
もう一度、僕らを最初から見直し……。
胃痛を押さえるように眉間を押さえ始める。
僕らのあまりのファンシーな姿に思考が錯乱しているのだろう。
まあ、もふもふのぬいぐるみが歩いている、そう勘違いされても仕方ない状況ではある。
問いかけるようにニャイリスに向かい、やはり紅蓮色の眼光を向ける。
「ニャイリス殿、彼等が世界を混沌へと落としかけたアレの関係者で良いのだな……? なにやら高貴な血筋の御婦人はともかく……我の目には、ペンギンにカモノハシにハリモグラにしか見えぬが……」
『油断したらダメなのにゃ~、というか、本人がそこにいるのニャ~!』
眉間に浮かんでいた露骨な皺を更に深く刻み、貴公子は言う。
「本人……であるか。輪廻の輪で浄化する筈だったアレがこの者らの世界に回収され、ハリモグラの器に納められたとは耳にしていたが――よもや本当に動いているとはな。少々困惑している、というのが本音であろうな」
『うにゃはははは! ニャーも動いているエビフライさんを見た時は笑っちゃったのニャ~』
「エビフライ?」
『アレと呼ばれてたあの子の新しい名前だニャ!』
「そのように可愛らしい名が、アレに……!? 相変わらず、凡人たる我には女神様の深いお考えも行動も分からぬ。理解が及ばぬ」
かつて女神はあちらの世界にいたという。
どうやらこの貴公子エルフ、僕らの方の神話時代の女神の知り合い、彼女たちに振り回されていたのだろう。
バアルゼブブの親戚という話だが。
メンチカツが言う。
『悪いんだが、そろそろ紹介して貰ってもいいかニャイリス』
『そうだったニャ! この方はクリムゾン陛下、かつておみゃあらの主神が治めていたエルフの大国家、フレークシルバー王国を支配しているハイエルフの長。よーするに、神話に出てくる主神レイドのお兄さんだニャ~!』
ほう、うちの主神。あれの兄か。
……。
あの享楽主義で、もふもふ命の厄介神の兄……。
僕は思わずゴムではないクチバシの付け根を揺らし、叫んでいた。
『おまえ――っ! ちゃんとアレの教育しとけよな!』
あ!
しまった!
つい、本音がクチバシから零れたぁぁぁぁあぁぁ!
あまりにも主神と女神に振り回された過去が多すぎた故の事故。
大失態なのだが。
僕の無礼にもそう動揺はせず、クリムゾン兄陛下は詫びるように息を吐く。
「どうやら、あいつはそちらでも好き放題やっているようだな――安心と同時に久方ぶりにこの胃痛を思い出した。兄として詫びさせて貰おう、すまなかったな異邦より来たりし獣の王よ」
すっごい良い王族ボイスでのまともな謝罪である。
真摯な謝罪ゆえに僕は察した。
あぁ……。
こいつ……。
僕と同じく。
弟たる主神レイドと女神に振り回されまくってた胃痛枠だったんだろうな、と。
あちらの世界ではとりあえず会食。
なにをするにもグルメで持て成すという奇妙な文化やマナーがあるのか、僕らは食事に招待され一息。
そのまま、僕とクリムゾン兄陛下はすぐに意気投合した。