アニマル商人配送センター~たぶんこいつら、僕よりは弱いがけっこう強い~
<ニャービスエリア>と命名されていた、猫の足跡銀河の謎エリア。
世界の狭間の空間。
どういう場所かと興味はあったのだが――。
んーむ……。
僕の予想では巨大な砦か王城のような、軍部の香りを漂わせる場所を想像していたのだが。
実際のここは想像と少し違っていた。
今回の同行メンバーは残念スリーことアランティアとメンチカツとエビフライ。
彼らは間抜けな顔で”ほけー”っと周囲を見渡し、とてとてとて。
ニャイリスから購入した砂漠の騎士鎧を装備しているアランティアが、甲冑部分を周囲の灯りで輝かせ言う。
「ほへぇぇっぇー。世界の狭間にこんな空間があっただなんて……まじ、すごいっすねマカロニさん」
まあ実際に凄かったのだ。
まるで宅配業者の中継地点とでも形容できそうな、慌ただしい現場を眺め僕が言う。
『サービスエリアみたいな場所って説明だったが……ここ、よーするに異世界を自由に渡り歩く行商人達の配送基地になってやがるのか』
「配送基地……ってなんすか?」
『あぁん? って、ああなるほどな嬢ちゃんは外の世界の知識がねえのか』
外知識マウントがしたいのか、メンチカツはムフーっとゴムクチバシを膨らませ。
年下の女性に競馬を教えるおじさんの顔で、クワ!
『いいか! よく聞けよ、嬢ちゃん――配送基地っていうのはな!』
『はいアランティアさん、これが配送基地のデータだよ』
メンチカツのマウントをキャンセルしたのは獣王エビフライによる<資料魔術>。
僕のかくかくしかじかのように、説明したい内容を魔術式に変換……同調させた相手の精神に送り込む話術スキルの一種だろう。
おお! こーいうのが配送基地なんすね!
と、外の知識に喜ぶアランティアの足元で、ニヒィっとメンチカツを眺めエビフライが続ける。
『あっれー、兄さんの相棒さんはアランティアさんにこんな簡単なことを、すぐに教えることもできないのかなあ?』
『あぁ!? やんのかこのハリモグラ!』
『いやだなあ、兄さんの前で先輩をボコボコにしちゃったら可哀そうじゃないですか』
メンチカツとエビフライがニコニコしながら睨み合い。
ザザっと戦闘ポーズを取りだしているので、僕は無言で氷海を発生させ。
奴らの頭上から落下!
『へぶし!』
『あたっ!』
『おまえらなあ……ここで暴れるのはさすがにヤバイからな? ニャイリスが指定施設に迎えにくる手筈になってるから、それまではおとなしくしてろよ』
引率の先生になった気分であるが、まあこいつらも僕の説教はとりあえず受け入れたようだ。
互いにペタ足とモグラ足を踏み合っているが、これくらいならスルーでいいか。
「それで、待ち合わせ場所とかは決まってるんすよね?」
『このエリアを作ったボスがいるからそこで待っていてくれとは言われてるんだが……これがちょっと厄介でな』
「どーいうことっすか?」
訪ねてきたアランティアに僕はニャイリスから渡された地図を展開。
頭上にモニター状にして表示して見せ、クチバシをガァガァガァ。
『空間そのものが拡張されてるのかメチャクチャ広い上に、空間座標が僕らの世界と違う。同じ座標を指定してもたぶん別の場所にでるからな。下手すれば”いしのなか”判定を喰らって全滅するんだよ』
「あぁ、なるほど……あたしたちが使ってる転移魔術って、座標指定式っすからねえ。向こうの世界とこっちの世界との境が曖昧になってる、ここの座標って……あぁぁぁぁ、解析にどんだけ時間あっても足りませんよ、これ!」
『一から鑑定すれば地図にできるだろうが、さすがに時間がかかるだろうな』
そもそもここは異世界ともいえる場所。
物理法則を捻じ曲げる魔術、その法則が異なる可能性が高い。
アランティアが理論を眺めながら、僕をちらりと眺め――。
「ところでマカロニさん」
『なんだよ、給料の前借りはなしだぞ』
「いや……だれもそんなこと言ってないじゃないっすか。あたしを何だと思ってるんですか?」
『じゃあ図書館に置く本の購入費で散財してない、ってことでいいんだな? 言っておくがあれはおまえが自分で始めた図書館だ、そこら辺の管理やら責任はちゃんと自分で取ってもらうからな』
アランティアが言う。
「いやいやいや、そーいうはなしじゃなくてですね。前借りはちゃんとしますし、責任も半々ってことでいいんっすけど――」
『おいこら――』
「そんなことよりも! マ、マカロニさんはどっちが自分の世界だって思ってるんすか?」
ああ、なるほど。
こいつはこいつで不安なのか、僕があちらの世界に帰ってしまうのかと思っているのか。
しかし実際の話、どうしても元の世界に帰りたいという感覚は消えつつある。
やはり僕の中にあったのは帰巣本能ではなく、弟と再会しなくてはならないという感情だったのかもしれないが……。
ともあれだ。
『とりあえずは今はこっちが僕の世界だと思ってるから安心しろよ。まあ国もあるし、管理責任もあるからな』
「そうっすよね! 意外にちょろいマカロニさんがいなくなっちゃうとメチャクチャ面倒になりますからねえ。ほっとしましたよ!」
『おまえなあ……少しは本音と建て前を切り替えろよ』
「えぇぇぇぇえ……マカロニさん相手に今更そーいうの必要です?」
別に要らないっすよねえ――とヘラヘラしているが……。
こいつ、ほんとうに僕のことを舐め腐ってるな。
まあ変に壁を作られても面倒だし、まじめな場面ではちゃんと僕を獣王として扱うので……これでも問題ないが――。
僕は周囲を見渡し、じぃぃぃぃぃ。
『バカな話はいいとして、しかし本当にすごいなこのエリア』
浮かんだ言葉は猫の宅急便。
このニャービスエリアから仕入れた商品を受け取り、各所に配送しているのだろう。
もちろん商品購入の場所でもあるのか、歩く道のいたる所に露店や店舗が並んでいる。
縁日を彷彿とさせる露店に並んでいるのは、掘り出し物とポップアップを添付された魔導書の数々。
パン屋のような外から中を確認できる店舗では、魔道具も並んでいる。
店員は動物。
単純な魔力量もそこそこに高く、いざとなったら戦闘もできると予想できる。
せわしなく働くのは猫たちだけではない。
わっせわっせと調度品を運ぶネズミの群れの姿も見える。
カピバラとヌートリアも従業員として動いているようだ。
そして、店に並ぶ客の方も多種多様で――。
一般アニマルだと思われるのは……子供連れのカモに、モフモフなレッサーパンダ。
軍属なのか、魔猫の爪から作られただろう杖を装備し膨大な魔力をマントで包む、ナメクジの魔術士。
そしてヤクザみたいなオーラを放つ偉そうなカモノハシ……。
……。
気が付くと。
うちのアレがいなくなっている。
カモノハシがこちらを向いて、水掻きで器用に丸を作った直後に、顔の前で水掻きを合わせ僕に何かを訴え始めていた。
「メンチカツさん、ダンジョン経営に凝り過ぎて散財、お金を使いきっちゃったらしいっすからねえ……給料の前借りを要求してるっぽいっすね」
『そもそもだ、なんであいつはあそこに並んでやがるんだ……』
「まあメンチカツさんっすからねえ、待ってられなかったんじゃないっすか?」
そう、既にあいつは勝手に買い物を始めていやがったのである。
買おうとしてしまえば僕が金を出すと知っているのだろう。
普段ならば無視をするのだが……今は未知の領域。
さすがにこの状況で問題を起こし拘束されるのは論外だろう。
『さすがに異世界で料金を踏み倒すのは問題外だろうし……はぁ……』
「ところでマカロニさん、あたしもちょっと前借りを、お願いしたいなあって思ってるんすけど?」
エヘエヘエヘ!
頭の後ろに手を当て、おねだりの構えである。
『ま、あいつにだけ前借りを許しておまえには許さないってのもアレだしな……』
「やったー! さっすがマカロニさん、話を分かってくれますね!」
ニャイリスから聞いていた通り、共通金貨が使用できる様子だ。
それぞれの世界で使われている通貨がそのまま使えるようなのだ。
おそらくは金貨に対する人々の信用、ようするに金への信仰を信頼の証としているのだと思われる。
ようするに多くのモノから信仰を得た金貨……。
言い換えればまともに流通している金貨ならば、ここでも通貨と認められているというわけだ。
金貨自体に魔力がこもっているので、金を魔力に変換できるという点も使用できる理由だと思われる。
アランティアとメンチカツだけに金をだしてやるのも問題か。
と、僕はエビフライに目をやり。
『おまえも何か買うか?』
『いや、僕が兄さんが欲しいものを買ってあげるよ! いつもお世話になってるからね!』
そうニコニコ微笑んで、共通金貨の詰まった袋を召喚してみせていた。
さすがうちの弟!
あのバカたちとは違う!
と言いたいところだが。
『買ってもらえるのはありがたいがなあ、その金貨はどこから持ってきたんだ』
『女神バアルゼブブさまがこっちにくるんでしょ? じゃあ、兄さんのために好きなだけ使っていいよ? って、いっぱいくれたんだけど、ダメだったかな?』
『ダメじゃないが、そうか……あの女神、やっぱり僕がここに来ることも計算に入ってるんだな』
あの女神も話に一枚噛んでいるとみて間違いないか。
まあエビフライは分類するとバアルゼブブの眷属。
眷属に小遣いを用意していた、そんな感覚だという可能性もあるが……。
はてさて。
いったい何を企んでいるんだか。
ともあれ過度に気にしても仕方がない。
ここでは多くの商品が手にはいるようだし、僕も商売を考え動き出す。
購入は順調。
適度にお買い物をしつつ、このエリアのボスが待つという施設に向かった。