『幕間小話、馬耳東風』~残念な従者たち~
【SIDE:魔導図書館】
一連の騒動が収まり、数ヶ月。
その日――新設された魔導図書館にて。
迷わず持ち込んだ甘いホットミルクを魔導書にこぼし、あぁぁああぁぁぁ!
だから飲食は厳禁にしろって言っただろう!
と、上司に怒られることを回避するべく――キィィィィン!
証拠隠滅のために魔術を一から再構築……汚してしまった魔導書の完璧なレプリカを一から作り直すという、無駄すぎる才能を発揮した騎士姿の女の名は、むろんアランティア。
彼女の欠点は周りが見えないこと。
そして、凝ってしまうとやり過ぎる事だろうか。
レプリカの筈なのに、元の書よりも完璧な魔導理論を記述してしまったミスに気付かず、ムフーっと満足げな彼女は懲りずにホットミルクに手を伸ばし。
午後の甘いミルクのひと時を過ごす。
ご自慢の魔導書コレクションを展示する魔導図書館を作りだしたアランティアは、次に何をするべきか……叡智を巡らせ考えていたのだ。
そう、今の彼女は暇なのである。
――なーんかあたしに隠してるっすよねえ、マカロニさん。
と思いつつも、それがおそらく隠す必要がある事だと察していた彼女は、上司を問い詰めたりはしない。
どうでもいい内容ならば答えるまで問い詰めるだろうが、彼女にも一応の分別があったのだ。
そう、自分は賢いと自負しつつ欠伸を漏らすアランティアの前に、一つの気配がやってくる。
じぃぃぃぃぃっと少女を見上げてくるのは、ベヒーモスの器に入っているハリモグラ。
上司の前世の弟である。
ベヒーモスのままではなんか微妙っすね、と彼女が命名を考えていたところ、地の女神が反応。
女神バアルゼブブの名付けたその名は――エビフライ。
理由は単純。
見た目がどことなく揚げ物の衣っぽいところ。
そしてエビフライの上司にあたる地の女神バアルゼブブが、蟲の王でもあり蠅の王である事から、フライを連想し……そしてエビフライと安直に決定したらしい。
彼の兄たるマカロニも、まあ名前があった方が分かりやすいし、それでいいんじゃないか?
と承諾したことでエビフライは自らの名を快諾。
そのまま獣王エビフライと呼ばれることになったのだが。
件のエブフライはモキュモキュモキュと魔力音を立ててやってきて。
ライバルを見上げる顔で、アランティアを眺め。
にへぇっとスマイルを浮かべながらも、理解不能な事を語りだす。
『やあアランティアさん、今日こそはどっちが兄さんの隣に相応しいか! どちらが兄さんの側近か! はっきりとさせようと思うんですけど? どうですか?』
「えぇ……それ、またやるんっすかぁ? ぶっちゃけ……あたしでもエビフライさんでもない気がするんすけど……」
『分からないなあ、兄さんを補佐するのは僕の役割だって決まりましたよね?』
椅子によじ登って、うんうん。
自分の中で自分を肯定し頷く獣王エビフライに、さしものアランティアも呆れ顔で言う。
「いや、プライベートなら別にいいっすけど、エビフライさんの能力ってマカロニさんの補佐にはあんまり向いてない気がするんですけど……」
『????』
首をこてんと横に倒すブラコンエビフライを、じぃぃぃぃ。
本を閉じたアランティアは正面から眺め。
つい先月に起こった事件の資料を展開。
秘書としての役割を果たすべく彼女が言う。
「あのぅ……兄さんの意見が全部正しい! って、交易相手を<洗脳針>で国ごと洗脳しちゃった事件で怒られたの、忘れちゃってます?」
それは魔術の悪用だ!
と、獣王本来の仕事を全うした事件はそれなりに有名。
スナワチア魔導王国の文官たちの記憶に新しいだろう。
魔術の悪用の判定基準はかなり変わってきている。
神々も人類の進化に合わせてルールを変えていこうとなっているが、エビフライが起こしたその案件はそれ以前の問題。
どう見てもアウトだ、アウト!
と、ゴゴゴゴゴゴと黄金の飾り羽を揺らし続いた、兄からの説教タイムもなんのその。
反省など宇宙のかなたに捨ててきたとばかりに、まったく悪びれず。
前向きすぎる獣王エビフライが尖ったクチバシ状の口を蠢かす。
『だって、どう考えても敵に回さない方がいい兄さんを甘く見てる連中なんて、話し合いをするだけ無駄ですし。交渉も稚拙ですし……洗脳した方が早くないですか?』
「あはは、まあぶっちゃけあたしもそうは思うんすけどねえ」
『ですよね! ですよね! やっぱりアランティアさんは話を分かってくれますね!』
たしかに相手も無礼で失礼で無知な輩だったのは事実。
だからこそ、国家単位で洗脳をやらかした案件をふつーに語る二人に、悪意はない。
むろん、やり過ぎだったのも事実なのだが……彼らにそういう話は通じない。
図書館に資料を探しに来たタヌキとキツネの長、マロンとキンカンがこいつらは本当に……と、ジト目で眺め通り過ぎる中。
アランティアは魔導書を数冊召喚。
理不尽に説教をしてくるペンギンを落とし穴にかける方法を魔術理論にまとめつつ言う。
「ただまあ――マカロニさんはあくまでも自主的に動く取引相手が欲しいんすよ。ぶっちゃけ状態異常の<洗脳状態>にしちゃうと応用が利かなくなりますからねえ。あたしも前にムカつく外交官にそれをやって、クチバシをヒクつかせたマカロニさんから頭にチョップをくらったことあるんで、間違いないっすよ?」
『なるほど、兄さんは魔術による洗脳はあまり好きじゃない……と』
「倫理観ってよりも――魔術によって無理やりに精神を操った場合、結局はどこかで破綻がくるって考えみたいですね」
はっと頭に電球を発生させ、ハリモグラたるエビフライがつぶらな瞳をぱちくり!
『じゃあですよ! じゃあですよ! 破綻が出ない洗脳スキルを開発すれば、どうでしょう?』
「んー、試してみる価値はある気もしますけど――ちゃんと開発してからじゃないと、おまえら……またなんかくだらないことを企んでるだろって邪推されちゃって禁止されちゃいますね」
もしマカロニが二人の会話を聞いていたら。
いや、おまえら……ふつーに考えて洗脳がアウトなのは分かるだろ……と突っ込んでいただろうが。
残念ながら彼らの会話にツッコミはない。
『あれ? でも、兄さんも相手をよく洗脳してますよね? あれってどーなんだろ』
「ああ、あれは魔術による洗脳じゃないっすからねえ。あくまでも完全に言葉による洗脳なんで魔術の悪用にもならないからセーフらしいっすよ」
『なるほど、僕の能力で精神汚染した場合は……』
アランティアが興味を持った様子でエビフライを眺め。
「そもそもエビフライさんって、何者なんです?」
『僕? いやですねえアランティアさん。僕は兄さんの弟だって自己紹介したじゃないですか。それだけが分かっていれば全部問題ないって言ってくれませんでしたっけ?』
「いや言ってないっすけど……」
このブラコンはとアランティアが珍しく引きつつ。
「実際に異界からの襲撃とかがあった場合、エビフライさんの能力をちゃんと正確に把握できていないとあたしも困りますからねえ。属性も知らずにうっかりエビフライさんの能力を相殺しちゃうバフをかけて、全部台無しでしたあってなっても、事っすよ?」
『と、言われましてもねえ。僕は前世でも生まれた時から”ああ”でしたから』
「その、”ああ”を説明して欲しいんすよ!」
体を乗り出すアランティアをジト目で眺め。
モキュっとクチバシを蠢かしエビフライが言う。
『それ、アランティアさんが異界の奇怪な現象に興味あるだけですよねえ?』
「えぇぇぇ、いいじゃないっすかあ教えてくださいよぉ!」
『はぁ……兄さんがアランティアさんなら”色々と残念”だから、おまえ相手でも全く臆せず相手をしてくれるはずだって言ってたけど、本当に”そんな感じ”ですよね……アランティアさん』
やばい相手に呆れられたのは心外なのか。
アランティアは身を乗り出したまま。
「は!? ちょっとっ、なんすかその――そんな感じって!?」
『えぇぇぇ……自覚なしですか? アランティアさんって、本当に”そんな感じ……っ”て感じなんですけど』
「なんなんすか!? マカロニさんといいエビフライさんといい! 失礼な兄弟っすね!」
残念コンビが図書館で吠える中。
それを呆れた瞳で眺めた通行人カモがクチバシを開く。
『あぁん!? 残念コンビ。おめえらなあ図書館なんだから静かにしろよ? 相棒に怒られるぞ』
ダンジョン生態系の研究論文をまとめた魔導書を抱えて歩くカモノハシ。
”あの”メンチカツに注意されて、残念コンビはクワっと同時に告げる。
「あの、メンチカツさんには言われたくないんすけど……」
『あの、暴力ヤクザ鴨野郎には言われたくないんですけど』
同時に突っ込まれてメンチカツは頬を掻き。
『おまえら、変人同士仲いいなあ……まあちょうどいいわ! ちょっと分からねえから教えて欲しいんだが、構わねえな?』
相手の答えを待たずにペタペタ、ドス!
メンチカツは残念コンビが座る席に近寄り、着席。
ゴムクチバシをニヒィ!
『ちょっとオレにサクッと魔術ってもんを教えてくれねえか? 例のワインダンジョンの改造をしてるんだが、うっかり床を貫通しちまって――ダンジョンの底……まあようするにイワバリア王国近隣の海を全部ワインに変えちまってな。相棒にバレねえうちに直してえんだが』
アランティアとエビフライは目線を合わせ思い出す。
そういえばマカロニから、メンチカツがなんか魔術に興味を持ちやがった、あいつはポテンシャルだけなら僕より上だ、絶対に大規模なやらかしをするからたまに見張ってろ――と言われていたことを。
アランティアが慌てて問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっすね!? たしかめたいんですけど、えーと、近隣の海ってのはどれくらいの範囲なんすか」
『おう嬢ちゃん――そんなむずかしい事、オレに分かるわけねえだろ?』
「だいたいでいいんですってば!」
『まあ見渡す限り全部だな』
獣王の視界はもちろん良い。
そんな獣王が見渡す……つまり感知できる範囲全部となると。
アランティアが、あぁああああああああぁぁぁぁ! このひと! やらかしたぁぁぁぁぁ!
と絶叫する横、エビフライがゴゴゴゴゴっと針を揺らしながらビシっと叫ぶ。
『いやいやいや! おい、おまえ! 兄さんに絶対に迷惑を掛けないって約束してあのダンジョンを維持してるんだろう!?』
『はははは! だから相棒にバレねえうちにどーにかしてえんじゃねえか!』
バカだなあ弟は、とメンチカツは豪胆に笑うのみ。
アランティアが慌ててイワバリア王国の近隣を透視し、ビキ!
「あぁ……ダゴンさんの力を借りた海魔術っすねこれ、このままじゃ世界の海が全部ワインになっちゃうんじゃ……」
『ねえアランティアさん……このカモ野郎って』
「はい、やらかす時は天変地異の規模でやらかすんで……これ、あたしたちがちゃんと見張ってなかったからって、マカロニさんから怒られるやつっすね」
アランティアとエビフライの目的は共通。
マカロニにバレる前に、こいつのやらかしをしれっと隠蔽する。
ただし。
こいつらが揃っているのならばなにかやらかすと、賢人には先読みされていたのだろう。
話を聞いていたマロンとキンカンが、ちゃんと報連相。
既に上司に連絡をしていたとも知らずに、彼ら三人は隠蔽工作をすべく行動を開始。
その後。
彼ら残念スリーは、彼らの隠蔽よりも先に事態を解決させていたマカロニによる説教を受け。
自分はこいつらよりはマシ! 大丈夫! と胸を張り。
その流れで誰が一番問題児かを巡り、騒動を起こすのだが――。
それはまたいつかの、別の物語なのである。
今日も今日とて、マカロニの説教が彼らの耳を通り過ぎる。
『幕間小話、馬耳東風』~残念な従者たち~<おわり>