エピローグ:イワバリア王国―後編―
とりあえずの書類をまとめた僕は二匹の側近イワトビペンギンを連れ――。
ペタペタペタ。
訪れたのは王権争いも終わったイワバリアの王城。
朝の女神の降臨が発生した、おそらく後に神話となる場所である。
戴冠式が終わりまだ間もない日取りという事もあり、王城はそれなり以上に騒がしい。
まあ新しい時代の幕開けなのだ。
それも主神に祝福された王の誕生でもあり、毎日、毎時、謁見の問い合わせで溢れているようだが――。
――凄い混雑である。
そりゃまあ、かつて追放した無能王子が神に認められて帰還したのだ。顔見せやご機嫌取りで、こうもなるか。
転移ではなく正面から堂々と入城。
アポを取りに来た僕の視線の先。
来客の対応に忙しそうなエントランスは、多くの有力者たちで埋まっている。
周辺諸国から挨拶にやってきた王族も多いようだ。
護衛の質を見る限り、王や君主が直接やってきている国の姿も目立つ。
それだけの価値が今のギルダースにはある。
人類にとって英雄扱いとなっているのだろう。
もっとも、今の彼らの視線は僕に向いていたが――構わず僕は受付台によじ登り。
掟破りのアポなし訪問を告げていた。
『ギルダースに用がある、アポがないんだが構わないかな?』
まあいまこの大陸で僕の姿を知らない者はいないだろう。
当然、謁見の許可はすぐに下りて――順番待ちをしていた連中は整列。
僕に深々と頭を下げて通れるような列を作っていた。
彼らに言わせれば僕も神々の序列の一柱。
万が一にでも機嫌を損ねてはまずいと判断したのだろう。
緊張して震えそうになっている心身を、ぎゅっと押さえ、なんとか堪えている者も多いようだ。
ちなみに。
この訪問はギルダースへの貸しでもある。
女神の眷属にして獣王かつこの国の救世主の僕が訪問してくる事実を、周辺諸国と諸侯に見せつけているのである。
ペタペタペタと歩きながら、クワ!
僕はふと思いついたように振り返り。
『悪いが先に謁見させてもらうぞ、ああ、その代わりにスナワチア魔導王国にて販売している<ペンギン印のウォーターサーバー>のパンフレットと割引案内を受付に置いてある。貴公らの自由にして貰って構わない。試供品も各所の商業ギルド冒険者ギルドに設置されている筈だ。我が国、わがギルドはいつでも貴公らの国の参加を歓迎している。資料を参考にしていただけるとありがたいね』
では失礼――と。
僕は二匹の学者帽子をかぶったイワトビペンギンを連れ、謁見を開始した。
◇
主神の像と女神像六体が並ぶ謁見の間は、無駄に荘厳。
正直、女神たちを直接知っている僕にとっては、うわぁ……なんだこの神像……と呆れが先に出てしまうが。
まあ、それでも悪い意味での贔屓目が発生しても、像よりも本人たちの方が圧倒的に上。
威厳も魅力も偶像では表現できていないというのだから、腐ってもヤツらは女神なのだろう。
はん、と僕は鼻で笑いつつペタペタペタ。
新国王に挨拶するべく、慇懃ではなく無礼に告げてやる。
『ったく、なんだこの謁見の間は、なあギルダース……おまえ、いつから女神の像を飾るなんて言う悪趣味に目覚めたんだ?』
「なんじゃ? まだ次の謁見までには時間が……って!? その気配、その魔力は!?」
謁見地獄でだいぶお疲れなようで――。
出迎えた侍君主ギルダースは僕を見るなり、呪われ装備の呪力でわなわなと髪ごと揺らし。
ギザ歯を剥き出しに口を開き、僕を睨んでクワ!
「おぅおぅおぅ!? ワイに面倒な王権を押し付けてくださったマカロニ陛下が、なぁぁぁぁにをしにきおったんじゃ!?」
『なにって、うちのウォーターサーバーのレンタルに関しての契約書と仕様書、あと試供品と割引案内をパンフレットにして持ってきたんだよ。どーせお前じゃ分からんだろうし、第二王子のジャスティン……だっけか? あいつに渡しておいてくれ』
「渡すのは構わんが……っ」
ぐぬぬぬっと目をグルグル回転させ、元侍傭兵は唸るように天を仰ぎ。
「しょーもない書類に王の印鑑を押し続ける毎日はうんざりなんじゃが!? お飾りの王なんている意味無いんじゃが!?」
『あのなあ、おまえは唯一な正当な血筋で唯一、正式な招待を受け主神と六柱の女神と謁見した人間。お飾りはお飾りだろうが、ぜったいおまえ歴史やら神話やらに、祝福王ギルダースとして名前が残るぞ? 自分の特別な立場ってもんを弁えろよな』
「誰のせいじゃとおもっちょるんじゃ!」
ガルルルルっと王様チワワが吠えているようだが、はぁ……と僕はジト目を作った直後。
ペンギンズアイを見開き。
ビシ! とフリッパーで新王を翼で指し。
『だいたい、お飾りなら楽でいいだろう! 僕なんてマキシムが補佐してくれてるが書類の殆どは僕が草案を出してるし、面倒な神々との交渉も僕がやってるんだぞ!? かぁぁぁぁ! 贅沢な奴だな! お飾りの王で済むならありがたい立場だって理解をしろ!』
「あんたの場合は半分、自業自得。自ら足を突っ込んどるパターンも多いじゃろう」
こいつ……。
それなりに共に冒険しただけあり、僕にも臆せず言うことはちゃんと言ってきやがるな。
まあその分こちらも気楽だが。
『それで、どーなんだ?』
「どーとは、なにがじゃ?」
『王様をやっていける自信があるかどうかってことだよ。お前が本当に無理そうなら僕の分身端末をここに配置して、属国として管理してもいい。本当に限界ならの話だ。ぶっちゃけ僕は面倒なので、そーいうのはやりたくない』
一応は女神たちの気まぐれで彼は帰還し、こうなった。
その責任は、ほんのすこし僕にもあるだろう。
よーするに、最後にまだ引き返せるぞと宣言することで、こちらの責任はないぞという証拠を作ろうとしているのだ。
僕に仕えるイワトビペンギンどもは僕の言葉の意図を知っているので、じぃぃぃぃいっとジト目だが。
僕が気にすることはない。
ギルダースは言う。
「そーいうわけにもいかんじゃろ、なにしろハインの親父殿は神との契約により行方不明。顔ももうほとんど覚えちょらん父上殿も同様に失踪。神に問い合わせても、本人たちの意思であるとやんわりと話を中断されてしもうた。全てワイが帰還したせいでもある」
ここは本来ならそんなことはないだろうと否定する場面だろうが、僕はあえて頷き。
『まあそうだろうな』
「だぁあああああぁぁ! ……あんたは本当にブレんな!? ここは普通、おまえのせいじゃないと言う場面じゃろうて!」
『はは、悪いな。それだけ元気なら問題なさそうで安心してはいるぞ? まあ、本当にどーしようもなくなったら僕の分身端末がここを統治する。せいぜい僕に国を乗っ取られないように立派に治めて、ちゃんと子孫を残して王権を引き継ぐんだな』
「ったく、そりゃあ脅迫じゃろうが――」
言いながらもギルダースはどこか安堵したように瞳を閉じ。
「あんガキをおぼえちょるか?」
『ガキ?』
「マルメタラ=フォン=ハインリヒ。ワイらを出迎えたハインの親父殿の類縁じゃ。あいつは、ワイがなんとかしてやらんと孤立するじゃろう。ワイも、孤立していたところを親父殿に育てて貰った恩がある。じゃから――あのガキがちゃんと育つまで、独立した貴族としてまっすぐ生きて行けるようになるまでは、なんとしてでもこの座を守るつもりじゃ」
受けた恩を返す。
誰かに受けた恩が巡り巡って、その類縁を助ける。
まあ、それも一つの終焉、一つの綺麗な物語かもしれない。
『そうか、なんならアレはこっちで引き取ってもいいぞ? うちはどれだけあっても手が足りないからな。メンチカツにできたメンチカツ隊の教育も必要だし、クラゲもそのままうちにいついてるし……って、なんだその顔は!』
「そげん魔境にまともなガキを預けられるわけなかろうが!」
まあそりゃそうだという話であり。
僕も話が通るとは思ってなどいない。
それでも――いざとなったらうちで面倒を見る、そう言われた方が少しは気楽だろう。
『さて、ウォーターサーバー詐欺の仕込みはできたし僕はもう帰るが。なにかあるか?』
「ついに詐欺と直球で言いおったな……まあ構わんが。のうペンギン陛下、お帰りいただく前に聞きたいんじゃが」
『ん? どうした?』
ギルダースは僕に控えるペンギン二匹を眺め言う。
「そいつらはあんたの新しい部下なんじゃろうか」
『ああ、それがどうかしたか?』
「いや――あんたの部下のマカロニ隊にしては賢い面をしておるきに、なんちゅーんじゃろうか、こう……違和感があっただけじゃ」
まあうちのマカロニ隊は、アデリーペンギンであり。
こう……なんつーか。
『まああいつらはこいつらと違って、賢そうに見えないしな……』
「あの邪悪なペンギン共は隙を見せると極端な商売の話をもって来おる……、うちにもある商業ギルドを牛耳るんは構わんが、ほどほどにしてくれと言っておいてくれんじゃろうか?」
『はは、まあ気が向いたらな』
言って、僕は転移魔法陣を発生させる。
そのままペタペタと歩き。
二匹の側近イワトビペンギンにこっそりと告げる。
『僕は構わないぞ』
その言葉だけで彼らは理解したようだ。
この場におまえたちを残して帰ってもいいと。
だが、彼らは羽毛輝く首を横に振るのみ。
けじめ、なのだろう。彼らがそれを選んだのなら、僕が口を出す事じゃない。
ギルダースが彼らの正体に気付いたかどうかは分からない。
こいつはこいつで、けっこう抜けている部分があるからだ。
それでも――。
転移の波動を感じたのだろう。
どこからともなく射した、朝の陽ざしの下。
思わずと言った様子でギルダースは声を上げていた。
「また! 会えるんじゃろ!?」
気付いたのだろうか。
ただの直感だけだろうか。
どちらにしても僕は苦笑をすることぐらいしかできない。
だから――。
せめて彼らがもう一度会えますようにと、僕は僅かに心に願い。
『今度来るときは三匹分の御馳走でも用意しておけよ』
そう告げて、僕は二匹を連れて転移を開始。
転移空間の中。
彼らは何も言わず、ただ一度だけ僕に感謝をするように頭を下げた。
僕は以降、この話をしていない。
二匹のイワトビペンギンが休暇を取る際、必ずこの国によることも。
必ず、王城に差し入れすることも。
それが、ギルダースの大好物である饅頭であることも。
僕は知っていたが、一切、口を出すことはなかった。
対価を払い、彼らの願いは成就した。
けれど。
これが最善の選択だったかどうか、それは僕にも分からなかった。
それでも。
今日も変わらず。
騒乱も終わり安定した地。
新国王が統治するイワバリア王国を、穏やかで暖かい朝陽が照らしていた。
エピローグ:東大陸イワバリア王国編
<終>