とりあえずの終結~こいつら、絶対にコンビになると厄介だろうなあ……~
僕こと氷竜帝マカロニ、偽神と言われるまでの神性を得た僕が所持するアイテム。
周囲の情報を刻む魔導書。
その書に刻まれた情報によると生前の僕はまあ、なんというかちょっとヤンチャだったようだが。
まあその流れで世界をイケニエにしようと弟が暴れだしたことは理解できた。
もっと深く読みたいところだが、この魔導書は複製書にして僕の座布団。
無理をして破れてしまうのは困ると、一時閲覧を中止。
身柄を引き渡して欲しいニャ!
と腕を組み、うにゃうにゃ!
主神レイドにモフモフされながらも空を浮かぶ魔帝ニャイリスに向かい僕は言う。
『あのなあ、そっちの世界で僕がなんかやらかしてたのは分かったが、生前の話だろう? 僕はもう氷竜帝マカロニだし、輪廻がある以上転生なんて多くの人間が体験してる筈。僕たちだけが文句を言われる筋合いはないんじゃないか?』
『そうだ! そうだ! 兄さんが全部正しいんだよ!』
一応、このベヒーモスを僕が弟だと認識したおかげだろう。
この邪悪ハリモグラは、にへにへぇっと頬を溶かしてご満悦なようだ。
もし先ほどの話が本当だったとしても、全ては生前の話。
不当な取り調べや問い合わせに断固として反対する準備はできている。
『うちの弟を連れて行くっていうのなら! それ相応の理由とか書状を持ってきてからじゃないとダメなんじゃないか?』
肩を落としてニャイリスが、うにゃん……。
『にゃにを他人事みたいに言ってるのニャ! マカロニさん、ニャーはあんたの方が不安なのにゃ!』
『は!? なんでだよ!』
『にゃんでもなにも……今の記録を見て分かったはずにゃ!? 夜鷹兄弟の兄といえば、ただの人間でありにゃがら狡猾で神出鬼没。弟のためならどんな犠牲をだしてもいいって世界を揺らしまくった、問題児らしいのにゃ!』
弟を名乗るハリモグラはさすが兄さんだねえ! と、満足そうに腕を組み頷いているが。
僕は訝しむようにペンギン眼を細め。
『夜鷹兄弟だぁ?』
『相棒の生前の苗字だろうよ、オレでも知ってるぞ?』
と、メンチカツである。
過去の話を聞いても全く動揺していないこいつもこいつで、神経が図太いな。
『なあメンチカツ、僕って本当にそんな風に暴れてたのか?』
『さあな、ただおまえさんを始末しようって組が動いてたのは確かだぜ。オレは異能だのなんだのってのは知らねえからな、一般人には伝わってねえとは思うが。しっかし、相棒よ』
メンチカツはにんまりとゴムクチバシを吊り上げ。
僕の背中をベシベシ!
『おめえ! 生前もヤベエことしまくってやがったんだな! さすが過ぎて笑えてくるじゃねえか! こっちでも何かやらかすって言うなら、オレは最後まで付き合ってやるぞ! 面白そうだからな!』
『笑い事じゃないのニャ!』
主神レイドの膝の上で転がるニャイリスがぷんぷんブンブン!
尻尾を振って怒っているが。
『だいたい、そっちの元魔王に元勇者? ってのが僕を追い詰めて僕を止めることはできたんだろう? んで、弟も世界全部をイケニエにして僕を蘇らせようとしたが失敗。食い止められたんならもう終わった話だと思うんだが』
『考えてもみるニャ』
『なにをだよ』
『力が全くない状態だった”ただの人間のあんた”であれほど世界を引っ掻き回したのニャ。偽神にまで昇華された今のあんたがあの時みたいに何を犠牲にしてでも! って動きだしたらどうにゃるか……想像に難くないのニャ。あっちの世界ではそれが心配されてるのニャ! 各所からお問い合わせなのニャ!』
全てを見通す顔でアシュトレトが言う。
『ふふ、魔帝ニャイリスよ。そう自分だけが口うるさい悪者にならぬでもよかろう。ようは、そうじゃな。そなたはマカロニのことが心配なのじゃろう?』
『そうにゃ?』
『ほぅ、素直に認めるのじゃな』
ニャイリスは目をドルマークに変えて。
『ニャーは金蔓が大好きだニャ! マカロニ氏は狡猾な割にけっこう抜けてる部分があるから、とってもとっても、カモにしやすいのニャ~! あっちの神々にもお願いして、ニャーが見張っていることを根拠に対処は保留にして貰ってるのニャ~!』
かーねづる! かーねづる!
と、自分の欲望も前面に出してはいるが、こいつが僕を心配しているというのは本当らしい。
少なからずの付き合いと、金銭面での利益もあるからこいつはこいつで僕を捨てるつもりはないのだろう。
『おまえも素直じゃないな、ニャイリス』
『ネコの美徳ニャ!』
そもそもだ。
こいつは危ない橋を渡ったみたいな発言をしていたが――。
『もしかしておまえ、僕を強くするために異世界の魔導書を持ち込んだのか』
『ニャーも稼げて一石二鳥なのニャ? それに希望を司るパンドラの女神アランティアと、本当に世界全てをイケニエにしかけた夜鷹弟、その身柄を要求されてるのは本当だニャ。どれだけ強くなっても足りないのニャ』
そのままニャイリスは主神レイドを見上げ。
『夜鷹弟の魂をベヒーモスに押し込んだ、あの地の女神はどうしているのニャ?』
『バアルゼブブなら既に悪事を遂行中、猫の足跡銀河から外の神々が入ってこないように<蠅悪魔王の大軍勢>を展開していますよ。さすがに、夜鷹の弟さんの魂を回収してこちらの世界に引き込んだのは、問題になると思ったんでしょうね』
許可を出してあります、とこの胡散臭い美形糸目主神はしれっと告げたが。
僕は言う。
『それ……大丈夫なのか?』
『かつて悪魔王とも呼ばれた大公バアルゼブブ。自らを何千万の蠅の分霊体へと転身することさえ可能な彼女は、一柱であっても軍と呼べるほどの強さですからね、彼女の本気の呪いや厄災は向こうの獣神ですら無理やり突破することは避けるでしょう』
『だいたい、バアルゼブブはなんだってそんなことを』
アシュトレトやダゴンがやったように、自分も異世界の魂を獣王に入れたかった。
そんな理由だとは聞いていたが……。
『一つはあなたの中にいる前世の魂が、何を犠牲にしてでも元の世界に帰ろうと……つまり弟と再会しようとしていたから。その兆候もかすかにありましたし……弟に会うためにと、こちらの世界で暴れられても困りますからね。二つは向こうで退治されたあなたの弟が、あなたに会いたいと泣いていたから。バアルゼブブはとても優しい女神でもありますので、その願いを無下にはできなかったのでしょう』
そしてなによりと、主神レイドは言葉を区切り。
はぁ……と珍しく露骨に肩を落とし。
『ただアシュトレトとダゴンの真似がしたかっただけ、自分だけ仲間外れはズルイ。それが一番大きな理由でしょうね』
さきほどの理由そのものである。
こいつら、自分の欲に忠実すぎるだろ……。
『予想はしてたが、本当に大丈夫なのか……あんたの伴侶ども……』
『楽しい生活はさせていただいておりますが、稀に本当に困ったことをしてしまうのが玉に瑕ですね。いやはや、一歩間違えればあちらとの全面戦争になりかねませんからね』
はははは!
と、主神は存外に愉快に笑っているが。それはつまり神話時代の戦いのやり直しにもなりかねない。
しれっと爆弾発言をしているのだが危機感が皆無。
まあ向こうと戦争にはならないと確信しているのだろう。
僕はニャイリスの言葉や今の状況を精査。
周囲の情報を記録する魔導書の記述も踏まえ、主神に問いかける。
『で? アランティアはどこからどこまで関わってるんだ』
『夜鷹兄弟と呼ばれたあなたがたの所業や、その生まれや人生の結末には関係してはいないでしょう。なにしろその時にはまだこの世界は誕生していませんからね。ただ、世界を相手に戦いに挑み死んだともいえるあなたがた兄弟、敗北した後のその彷徨える魂をこちらの世界に引き込んだ……その原因、犯人ともいえる存在は彼女であることは確実かと』
ま、あっちにしてみれば世界を混乱させまくった厄介な兄弟。
その封印されていた魂を勝手に解放し、勝手に収穫。
自らの世界に引きずり込んだと考えれば、アランティアが目をつけられるのは不思議でもないか。
おそらくあの日、幼きアランティアは願ったのだろう。
復讐ができる仲間の存在を。
母を奪ったスナワチア魔導王国に対抗できる強大な存在の誕生を。
それが僕だったというわけだ。
うちの弟がどうやってあちらの世界と宇宙を壊滅しかけたのか、その経緯もまとめたいが今は保留。
僕の中には前世の魂も入っているわけで――、そいつはどうやらこの厄介な弟のためには何でもやらかす問題児。
どんな犠牲を出してでもやらかす性質があるらしい。
正直そんな実感はないのだが……まあ警戒しておくことに越したことはない。
しかし。
僕はハリモグラ化したかつての弟ベヒーモスを眺め、じぃぃぃぃぃぃ。
ニャイリスにサイコパスブラコン扱いされるほどのこいつを、野放しにしておくわけにもいかない。
『おまえ、うちに来るか?』
『え!? いいの兄さん!』
予想外だったのは主神レイドも同じだったのか。
え!? 行ってしまうんですか!?
っと、ハリモグラのお腹をモフモフするような巧みな手つきで、長い指を空でくねらせるが無視。
『兄さんは、僕が怖くないの?』
『いや、今のお前は僕より弱いだろ……どこに怖がる要素があるんだよ』
『そ、そーいうのとはなんか違う気がするけど』
『あのなあ、生前はともかく今は絶対僕の方が強いからな? それにおまえが得意としてる状態異常攻撃は僕には無効。怖がれって言われても無理だろうが』
どうも煮え切らないベヒーモス(弟)にメンチカツが、はん! っと笑い。
『そーいうのは酒を飲みながら考えようぜ、相棒。あの地下ダンジョンをオレのワイン貯蔵庫に改良する計画の話もしてえし、そいつを連れてもう戻ろうぜ。ニャイリス、てめえもそれで今は問題ねえだろ?』
『構わないニャ~、ちゃんとニャーの上司猫神様にも許可をもらってるから問題ないニャ~。ただ! これだけは言っておくニャ! どこにいるのかは常に探知させて貰うニャ、それが条件ニャ!』
ま、居場所を知らせるという点にはこちらも異論はない。
ニャイリスという監視がいることで、あちらの世界も武力行使を避ける理由が作れるはず。
とりあえず、まだまだ話し合いは必要だが……。
一応は一段落。
……。
したわけじゃないんだよなあ、これが。
『なんじゃ妾のマカロニよ、浮かない顔をしおって』
『いや、これから下界に戻ったら東大陸の連中への対応をしなくちゃいけないんだぞ? どぉぉぉぉぉ考えても、面倒だろ』
『ふむ。そうさな――面倒ならいっそ黙れ、逆らうな。偽神たる我を煩わせるなと脅せば静かになると思うが――ダメなのかえ?』
これだから神は野蛮で困る。
ダメに決まってるだろと突っ込む気にもなれず。
僕は新たにスナワチア魔導王国入りをした弟を連れ、獣王三匹でギルダースの元へと転移することにした。
荒れに荒れていたイワバリア王国。
朝の女神との戦い、そして乱れた王家の事後処理という名の僕の本当の闘いはこれからが本番。
王として、地獄の書類仕事が始まろうとしていたのである。
正直、朝の女神と戦うよりしんどそうだが……。
これからは兄さんと一緒だ! 兄さんと一緒だ!
とはしゃぐハリモグラ。
そして、どんなワイン貯蔵庫を作ろうかとニンマリしているメンチカツ。
こいつらの呑気さを羨ましいと思いつつ、僕はクチバシから重い吐息。
それは世界を凍えさせるほどの、超特大の”はぁぁぁぁ……”。
後に獣神の嘆きと呼ばれることになるスキル。
<氷竜帝の嘆息>を洩らしたのだった。
<次回>
イワバリア編エピローグ。