『天才詐欺師』~ようするに黒幕枠だったんだね! 兄さん!~
【SIDE:此ノ書】
兄さんの優しさはもう十分説明できたよね?
だから今度は兄さんがどれだけ凄いか語ろうと思うんだけど、どうも此ノ書のキャパシティじゃ足りないみたいだね。
それは仕方がないんだ。
五臓六腑に染み渡るほどの兄さんの優しさは、空よりも海よりも大地よりも広い!
こんな魔導書程度じゃ溢れちゃうんだろうね。
それに兄さんの優しさは僕だけが知っていればいい、そうだよね?
だから要点だけ語ろうか。
兄さんは弱りかけていた僕を治すために、いっぱい動いてくれたんだ。
僕はどうやら病弱でさ、そんなに先が長くないみたいだった。
僕をふつうのお医者さんに見せても無駄だって、兄さんも分かっていたみたいだ。
だから兄さんは考えた。
僕っていうふつうじゃない存在がいるなら、世界にはふつうじゃない現象が確かにあるって確信をしたんじゃないかな。
ゲームとかである魔術とかスキルとか奇跡とか、そーいうものの存在を認識してからの兄さんは早かった。
だんだん呼吸も苦しくなっていた僕の、僕自身も分からない位置にある頭を撫でて全部僕に任せておけってさ、兄さんは笑ったよ。
絶対になんとかしてやるって笑ったよ。
頼りあるお兄ちゃんって感じだよね。
兄さんは凄いから、本当に、なんとかしてくれたんだ。
兄さんは僕の一部をこの部屋の中から持ち出した。
たぶんそれがいけなかったんだろうね。
あれもゲームにある魔術やスキル? そういう超常の力っていうのかな?
僕の肉片が外にでたせいで、世界に異能って現象が発生し始めたんだ。
自分で言っちゃうけど、僕みたいなバケモノを治すためにはバケモノみたいな力が必要だって兄さんは考えたんだと思うよ。
具体的に兄さんがどうやったのか知らないけど、実際に世界に異能が発生した。
抱き合う象の置物がどうだとか言ってたけど、僕にはいまいち分からなかった。
でも異能なら分かったよ!
異能って分かるかな?
たとえばただの人間なのに手から火を出したり、見えない壁を作ったり、そういう超能力みたいなことができるようになるんだ。
人間全員に異能が発生したわけじゃない、けれど確実に世界に異能は発生していたよ。
兄さんは一人一人に近づいて、その異能がどんな能力なのか観察して……ずっと探していたんだ。
僕のために。
僕を治せる異能力者が発生するのを、僕だけのために探し続けてくれたんだ。
でも僕は少し寂しかったんだ。
兄さんにはずっと一緒に居て欲しかったし。
なにより兄さんに無茶はして欲しくなかった。
世界には異能があって、僕みたいなバケモノがいて。
だからきっと、異世界なんてものもあったんだろうね。
ファンタジーな世界からやってきた連中がいたんだ。
僕っていう異形な存在がいるんだから、なんでもあり。
例外が一つでも存在するのなら、他の例外だってある。
それが兄さんの持論だった。
でも兄さんには異能はなかった。
ファンタジーな世界の住人でもないし、魔術とかスキルだって使えない。
なのにだ。
兄さんはファンタジーな世界から地球に戻ってきたっていう連中……”元魔王を名乗る喋る猫”やら、”元勇者を名乗る変な人間”を相手にしていた。
ずっと敵対し続けたんだ。
元魔王と元勇者も敵対関係だったらしいけど、兄さんが異能を発生させた犯人だって知っちゃったんだろうね。
あいつらは協力して兄さんを邪魔しだした。
卑怯な連中だよね。
僕は兄さんとあいつらの戦いをずっと見ていたよ。
僕はあの部屋から出られなかったけど――世界のどこでも見通せたからね。
だから兄さんがどれだけ凄いかって知っているんだ。
異世界から来た連中っていうのは、どうも能力のない人間を探すのは苦手だったらしいね。
兄さんが普通の人間だって思っていなかったみたいで、ずっと魔力とか、異能とか、そういう能力者を追って一般人を調べなかったんだ。
それが兄さんの作戦だった。
兄さんは自分の事を、”相手に異能を与える能力者”そして”相手を異能で洗脳する能力者”だって勘違いさせていたんだね。
でも実際は異能を与えていたのは僕の欠片で。
洗脳に見えたのは全部兄さんの話術だったんだ。
言葉巧みに、異能と勘違いしてしまうほどに見事に悪い大人を洗脳して回っていたんだ。
全部、僕のためだった。
だからかな。
兄さんが追い詰められたのも、僕のせいだった。
僕がもう長くないって兄さんも気付いて、だから……兄さんは無茶をした。
とうとう兄さんが首謀者だってバレちゃったんだ。
僕は悲しかったけど、それでも少し誇らしかった。
異能もなしに、本当にただの一般人の若者が、異能者集団やファンタジーの世界の連中と渡り合っていたんだ。
それって本当にすごい事だったんだろうね。
元魔王も元勇者もさすがにそれは想定外だったらしいし、みんな驚愕していたからね。
そもそも異能力者集団も元魔王と元勇者が動いていた組織も、両方兄さんが動かしていたってバレちゃったからね。
兄さんの目的は僕を治す異能の持ち主を探すことだった。
だから、兄さんはどっちにも手を貸して、どっちの組織の首領。
影のトップになっていたんだって。
争っていた組織のトップが同一人物、黒幕だったなんて漫画みたいだよね。
さすがにバレちゃったから、異能力者集団にもファンタジーな連中にも追われちゃったんだ。
兄さんはその状況すら利用していた。
大きな騒動が起きれば、それだけ世界の流れを変えることができたらしい。
兄さんはついに、僕を治せる可能性のある医者を見つけることができたんだ。
兄さんは取引をした。
詳しくは僕もよくわからなかった。
けれど――事情は分かったよ。
せっかく僕を治せる医者……異能力者を探すことができたのに、その医者は自分の臓器の病は治せなかったらしいからね。
その医者も自分の余命が少ない事を知っていた。
そこに兄さんが話を持ち掛けたんだ。
僕の弟を含んだ多くの人間の病を治して欲しい、その代わりおまえの病を治してやるってさ。
そして同時に、元魔王や元勇者にも交渉した。
今、僕を殺したり拘束したりすれば後に助かる筈の何百、何千、何万もの命が失われることになるってね。
元魔王や元勇者、そして異能力者の中には未来視ができる能力者がいたんだと思う。
兄さんの言葉は事実だって分かって、彼らはとても揉めたんだ。
異能を発生させた人物の一人である兄さんを捕らえれば、多くの命が失われる。
兄さんは救えるはずの命を交渉材料にしたんだね。
すごいよね。
でも、その代わりに兄さんは死んじゃった。
自分の臓器を使って、その医者を治したからね。
兄さんは僕のせいで死んじゃったんだ。
僕は治ったよ。
けれど、兄さんは何もわかっていなかったんだね。
僕が長く生きたかったのは、兄さんがいてくれたからだからね。
兄さんがいなくなった世界なんて。
全部優しくない世界だもんね。
だから僕はね、いっぱい泣いて。
いっぱい泣いて。
決意したんだ。
今度は僕が兄さんを救うってね。
世界に残された優しさは、全て兄さんなんだから。
兄さんがいなくなった世界には優しさなんてない。
優しい世界を取り戻すためになにをするのか、分かるよね。
他の全てを犠牲にしてでも優しさを取り戻す必要があるよね。
だから、僕は世界に優しさを取り戻すために頑張ったんだよ。
世界とその世界を包む宇宙全部をイケニエに、兄さんを取り戻そうとしたんだ。
兄さんに会いたい。
恩を返したい。
元気になった僕を元気な兄さんに見て欲しい。
そんな僕の純粋な気持ち。
みんななら分かってくれるよね?
なのに、あいつらは全然分かってくれなかったんだ。