主神は知っている~おまえ、ぶっちゃけ異世界からの監視兼スパイだったのかよ~
僕たちを召喚したのはアランティア。
その理屈も彼女の破天荒な性質を考えればまあ、不思議ではない。
この世界の創造主としての顔で、主神レイドが静かに告げる。
『マカロニさん、あなたがこの世界に獣王として招かれた時のアランティアさんがどういった状況だったか、把握していますか?』
『さてな、まあ母国のために動いていたってのは知ってるが――国のためっていうよりも自分のため、母親の復讐のために動いていたって側面の方が強かったんじゃないか』
『おそらくはその通りかと』
まだ幼かったアランティアが国王を睨みつけたことで、当時のスナワチアの国王は精神を病み……そこに付け込んだ形でタヌヌーアの長マロンが国王に成り代わった。
そして王は隠居し、タヌヌーアの里で老いさらばえがらも暮らしていた。
雷撃の魔女王を落とせるほどの魔導国家の王の衰退。
才覚はなかった王とはいえ、その心を完全に蝕んだのだ。
あの案件も元をたどればアランティアの影響。
そう考えれば納得できる。
そして何よりマキシム外交官の弟子として国の内部に入り込むなど、そう簡単にできる筈もない。
おそらくアランティアには自分が望むように運命を改変する、特殊な魔術や奇跡のような力があるのだろう。
清流の音と共に、ぐじゅじゅじゅ!
聖職者の異装の中の触手を、ぐじゅっと蠢かしダゴンが語りだす。
『困ったことに、彼女の魂の奥……原初とも呼べる核には、あの日に箱より零れた魔術が存在していると考えられます。それも時の流れと共にいつかは薄れ去り、人の営みに溶け込んでいくことで消えていくはずでした』
『なれど、そうはならなかったのだ』
ダゴンに続き、まとも組の朝の女神が夜のベールから朝のベールに切り替え語りだす。
ペルセポネが齎す朝の陽ざしが、ぱぁぁぁぁ!
天体のような巨大な魔術式を刻み、空中庭園の天井へと投影し始める。
『アランティア、あの者が特異だったのか。或いは其の母たるダリアの成した様々な功罪の影響か。あの能天気な娘には力があった。神々の持つ神性……信仰の母体ともいえる原初、神の核となる根源を奇跡として扱い始めたのであろうて。其れ自体はよくある話、朕とてかつての人類が作り出した泡沫なる魂。冬と春の切り替わりを”ペルセポネ”と呼んだ、その信仰を原初とする存在』
めちゃくちゃむずかしい事を言いだしやがった。
ようするにこの女神たちは神話時代の人類達の信仰が力となり、一種の召喚魔術として効果を発動。
人類が信仰した存在として発生した女神、ということだろうか。
メンチカツとベヒーモスは仲良くスヤスヤモードである。
僕の目線に気付いたのか、二匹はハッと目を見開き起きてますよ? と話に聞き入るフリをしている。
まあ正直、この辺りの事はこいつらに期待していないからいいとして。
『悪いけどさあ、回りくどい説明よりも答えを直球で欲しいんだが』
なれど、とまじめそうな朝の女神の声を遮るように、ヤンキー風の声が響きだす。
『あぁ! だからてめえは辛気臭いんだよ、ペルセポネ』
『キュベレー……そなた――戻ってきたのか』
空中庭園に避難させていた人類を下界に還していたらしい夜の女神キュベレー様である。
ヤンキー美女風の女神さまに、僕は頭を下げるが。
彼女はまるで主神レイドを彷彿とさせるような、美青年風な表情で少し困った顔をしてみせていた。
『ご活躍だったみてえだな、マカロニ』
『はい、おかげさまで』
『あぁ、なんつーか……たぶんおまえもうオレの能力に並び始めてるだろ? あんまりそう畏まれても反応に困っちまうんだが』
確かに、自画自賛する気はないが僕の能力は既に彼女と並ぶほどにはなっている筈。
この世界には僕の神殿が多く建設され始めている。
信仰の偶像ともいえるグッズ販売も順調。
そして今現在実際に、神による神罰に待ったをかけ、東大陸の水没を止め神と交渉している。
魔術が存在し、心が力となる世界で他者からの心を多く集めている僕は、創世の女神の足元に寄れる程度には、強大な存在といえるほどに育っただろう。
だいたい以前は神の顔を直接見ることもできなかったのだ。
それができているだけで、距離が縮まっていると理解できる。
理解できる。
が。
強くなればなるほどに、主神レイドと女神アシュトレトが遠く見えるという……逆転現象を起こしつつもある。
強くなったからこそ相手との絶望的な差がようやく理解できる。
結果として、強くなったはずなのに前より相手が遠く見えてしまう。
そんな成長物語はまあよくある話か。
主神と天の女神が別格扱いされていた理由も、こうして差を感じると深く理解もできていた。
この二柱に比べれば、僕などまだヒヨコ同然なのだろう。
そんな僕の目線と考えを読んだのか――。
フォローするように主神レイドが語りだす。
『謙遜することはありませんよ、あなたはとても強いですよマカロニさん』
『うわぁ……嫌味にしか聞こえねえ』
『ふふ、そう拗ねるでない妾のマカロニよ。実際にそなたは強くなった、足跡銀河の先から問い合わせが来るほどにな』
どうせ心を読まれてしまうならと声に出したが、それを拾ったアシュトレトが僕の神としての性質を解析。
魔術式に変換し天に浮かべ始めていた。
『そなたの能力の中で特に強力なのは、世界すらも偽証しそれを世界に信じさせてしまう特異な力じゃろうな。世界の法則を書き換えることこそが魔術の本質なのじゃ、故に世界を騙し、基本的な魔術とは異なるアプローチで発生させる法則改変は極めて危険といえようぞ。詐欺師のそなたが偽神へと至ったからこその力であろうな』
どうも様子がおかしい。
『なんだ、今日はやたらと褒めるじゃないか。なんか企んでるのか?』
『問い合わせが来たというたであろう? 実はな、そなたの存在が向こうのちと厄介な魔猫に気付かれてしもうたのじゃ。無視をするわけにはいかぬが……さりとて要請に応じることもどうかと、躊躇っておるのじゃ』
魔猫?
と訝しむ僕の耳元で、不意に声が響きだした。
『そうだにゃ~! ニャーたちの神様なのにゃ~!』
『その声は、ニャイリス!?』
いつの間にか顕現していた猫――。
ネコの行商人ニャイリスの声に振り向き、僕はくわ!
守銭奴気味な商人ネコに向かい、ガァガァガァガ!
『おまえ! 最近どこを徘徊してやがったんだよ! 商品を購入したかったのに見つからなくて苦労したんだぞ!』
『んにゃ? 朝の女神さまに頼まれてえ、足跡銀河を渡って向こうにお手紙を届けてきたニャ~? って聞いてなかったのニャ?』
たしかにペルセポネはそんな感じのことを言っていたか。
肝心な時にいないんじゃ提携とかはできないぞ!
と、商売人目線で交渉してやろうとしたのだが。
ニャイリスは転移魔術で主神レイドの前へと逃亡。
そのまま主神に跪き。
『偽神マカロニ殿に話をしても構いませんニャ?』
『選ぶのは私ではありませんから、構いませんよ』
許可を得たニャイリスは、カカカ!
ただの行商人の筈なのに、メンチカツとベヒーモスを圧倒するような魔力を放ち。
猫毛をモフモフモフ!
それでも呑気な糸目で、ニャハ!
『ニャーの真なる名は魔帝ニャイリス! 知っての通り向こうの世界から来ているのニャ!』
魔帝。
異世界の逸話魔導書に刻まれている情報が確かならば、それは魔王軍の幹部の位。
魔帝の位を授かっているものは複数存在するが、数えられる程度の数だと魔導書の伝承からは読み取れる。
ようするに、それなりの大物らしい。
『魔帝だニャ~! 幹部だニャ~、偉いんだニャ~!』
と、寝そべりながら空をゴロゴロゴロ!
主神レイドの写真撮影を受けながらも、溢れる魔力を隠さずテカテカと獣毛を輝かせている。
その魔力たるや……メンチカツがゴムクチバシの上に汗を浮かべ。
『お、おい相棒!? こいつ、なんかやべえぞ!?』
『兄さんは僕が守るから安心して!』
僕の弟の魂が入っているベヒ―モスが、針を構えてギロリ。
そりゃまあ、パスがあるとはいえ……だ。
本来なら百年に一度しか通じない世界と世界の繋がり、その時間制限を無視。
そのまま猫の団体を連れやってきているのだから、強者であっても不思議ではないか。
だが僕は一切怯まず、はん!
『魔帝!? それがどうした! 僕にはそっちの知識があんまりないからビビっときてないぞ!』
『にゃにゃ!? え、偉そうに言うセリフじゃないと思うにゃ……と、とにかく! ニャーは向こうの魔王軍の幹部が一匹、向こうの世界のボス猫様からこう言われてきたのニャ!』
空で器用に立ち上がったニャイリスは、ビシっとベヒーモスを指差して。
『地球を滅ぼしかけた戦犯の身柄、こちらで回収させていただきたいのニャ!』
……。
おい。
僕はぐぎぎぎぎ、首の羽毛をくねらせ――弟を名乗る不審獣に目をやった。
『おいまてこら、地球を滅ぼしかけたって……おまえ、どーいうことだ?』
『え? だって兄さんを苦しめた世界なんて滅ぼした方がいいよね?』
『は!? おまえ、マジでなんかやらかしてやがるのか!?』
ベヒーモスは、それはもう純粋そうな顔をして僕をうっとり眺めていた。
あぁ……、こいつ。
メンチカツとは別ベクトルで、なんかダメな感じの不審獣だ。
どーして僕の周りには、こーいう輩しか寄ってこないのか。
そもそもだ。
そういえば、弟を名乗るコイツについては何度も話が逸れて、本題に辿り着いていない。
もしかしたらこいつに、話を逸らす能力がある可能性もある。
そして話を逸らさせる必要のある、なにかをやらかしていたとしたら。
アランティアの件も中途半端になってるし。
少しずつ情報が出ているとはいえ、渋滞が酷い。
ともあれ僕は確信していた。
これらの全てが関係し、辿っていけば全てが繋がっているのだろう。
魔帝ニャイリスが、はにゃぁ……っと丸い口を蠢かし告げる。
『希望を司るパンドラの女神アランティア、そしてそこの問題児! 兄のためだけに宇宙崩壊未遂をやらかした”サイコパスブラコン野郎”は危険なのニャ! マカロニさんとメンチカツ氏は死んじゃってたから知らないだけなのニャ……!』
ニャイリスが重い口を開き。
ベヒーモスをじぃぃぃぃぃと眺め、語りだす。
身振り手振りをつけて、肉球をプニプニさせニャーニャーニャー!
話を聞きながら僕は思う……。
そりゃあニャイリスが身柄の引き渡しを要求するのも仕方がない。
そんな話は、こういう流れになっていた……。
僕の持つ、周囲の情報を記録する”魔導書の複製品”に文章が刻まれていく。