勝利とカオスと神の座と~整理整頓できてない部屋ってどこから片付けていいか(以下略~
戦いに勝利し得た報酬は朝陽。
朝の恩寵を失いかけていた世界に、暖かな女神の慈悲が戻り始める。
春風も漂い始めているようだ。
朝露が乾いた大地を潤す暖かな香りが、周囲の鼻孔をくすぐっていることだろう。
気になることはたくさんある。
敗北し、佇む朝の女神もそうだが――。
女神の遅延状態の解除と共に、通常速度で動き始めたアランティアが頭を抱え。
「あぁああああああああああああああああぁぁぁぁぁああ! 本番で役に立てなかったってっ、これ絶対にマカロニさんに一生弄られるパターンじゃないっすか!」
『おう! 分かってるじゃないか! おまえ! あんなに偉そうにしてたのにスローなだけだっただろ!』
「なんであたしまで女神さんの遅延状態の対象になってたんすか! これ! マカロニさんの嫌がらせっすよね!?」
残念ながらそうではない。
この辺りの現象にも答えを出したいところだが。
メンチカツサイズとなって、ペタペタペタ……針山を背負い二足歩行でやってくるハリモグラを眺め僕は言う。
『で? なんである意味アシュトレトよりも厄介担当な、バアルゼブブ神の眷属のおまえが僕らに協力してくれたんだ?』
そう、突如として協力してきた獣王ベヒーモスである。
前にあったときは獣同然の意思しかなかった。
だが今、目の前のこの個体には確実に魂が宿っている。
ベヒーモスはつぶらな瞳をキラキラさせ。
破顔。
ものすごい良い美青年ボイスで、えへへへへ!
『うわあ! 本当に兄さんじゃないか! 女神さまの言った通りだ!』
『兄さん? って、おい! 針を纏ったまま抱き付くな! 針が、針が刺さってるって!』
『ははは! 兄さんが照れてるー! 懐かしいなあ!』
ブスブスブスとこいつが動く度に僕の羽毛がベシベシベシ!
針攻撃をレジストする状態異常判定が繰り返される。
バアルゼブブは蠅の王、おそらく状態異常や呪いも得意としている影響か――今のこいつの針には常時、状態異常攻撃が付与されているのだろう。
同じ獣王たるメンチカツがペタペタペタと近づいてきて。
『あぁん? おめえら、兄弟なのか?』
『は? メンチカツ、お前の兄弟じゃないのか?』
『あ?』
『……ん?』
どうも話がかみ合わない僕とメンチカツ。
マカロニペンギンとカモノハシな僕らは二匹で目線を交わし腕を組み、こてんと首を横に倒す。
構わずベヒーモスは僕にまとわりつき、兄さんだ! 兄さんだ! アピールを繰り返しているが。
あぁああああああぁぁ!
状況がカオス過ぎる!
戦果の悪かったアランティアも発狂気味。
倒したとはいえ朝の女神は嗚呼、人類もやるではないかと、なんか悦に浸っているし。
メンチカツは生前の僕を殺した存在だとカミングアウトしてきているし。
そしてこのベヒーモスである。
更に言うならば、この後のアシュトレトとの話も、声を出したバアルゼブブの件も気になる。
一応人類側の方はそれぞれの代表やらが動き、とりあえずこちらを様子見。
落ち着いているようだが。
その目線は朝の女神とベヒーモスに向いている。
朝の女神は素直に敗北を認めているので、順位は後で良い。
となると真っ先に対処するのはこの獣王か。
僕はぴょんぴょん跳ねて抱き付いてくるベヒーモスの頬を押し返し。
『メンチカツ! おまえの弟だろ!? なんとかしろ!』
『……なあ相棒』
『なんだよ!』
『こいつ……おまえの弟の魂が入ってるんじゃねえか?』
『はぁ? 僕に弟なんて――』
いないと言い切ろうとしたのだが、そういえばこいつは産地直送で記憶欠如した、生前の僕を知っているんだった。
僕はしばし考え、真剣な顔でメンチカツに問う。
『僕の弟のことを何か知っているのか?』
『はぁ? なにいってるんだ、知ってるわけねえだろ?』
『おいこらこのカモノハシ!? 知ってるみたいな顔をしといてどーいうことだよっ!』
『へえ、なるほどな。相棒はまじで覚えてねえのか、仕方ねえだろう。オレは依頼でおまえさんを殺したみたいなもんだ、ターゲットになった時に初めてちゃんと知ったようなもんなんだぜ? まあ、その後すこし調べたが……弟のアイデンティティまでは知らねえよ』
うわぁ、正論なんだろうがなんか腹が立つ。
世界を陽光で照らしながらも朝の女神が告げる。
『勝者よ――ならば朕が答えてやろうぞ。地の女神バアルゼブブの悪戯より生まれし、大地と呪いの厄災獣……地の獣王ベヒーモスを軸にリヴァイアサンとジズを合成した新たなるケモノ――その中に刻印されし魂こそが、汝の生前の肉親に相違ない』
朝の女神は再び朝のベールを纏って、しれっと普通に会話に割り込んできていた。
こいつもこいつで結構神経が図太いな。
解説されたベヒーモスが、エヘヘヘっとでれでれしているが、僕は言う。
『このあいだ戦った時には、魂なんて入ってなかっただろう』
『アシュトレトにダゴン、三女神たる二柱が自らの眷属に”異界の人間の魂”を埋め込んだと聞いたのだ。其れを知ったバアルゼブブが我慢できると何故思える』
『なあ……』
『朕に何を問う、女神すらも屠る偽神よ』
僕はジト目で言ってやる。
『あんたらって、ほんとうに心底どーしようもなくないか?』
『然り――故にこそ、此度の汝の勝利は実に素晴らしい。条件付きとはいえ、真剣に戦った朕を討ち取った。其の手腕、其の叡智。賞賛に値する。因って朕は此処に提案する。偽神マカロニよ、世界を偽証せしその類稀なる特異な神性を認め――朕は汝に朝の神の座を明け渡そうと』
言葉の途中で、僕のジト目は更に尖り。
飾り羽の付け根の羽毛は、ぐぎぎぎぎ!
これ、絶対に僕に神の座を押し付けようとしてるやつだ。
『却下に決まってるだろう!』
『なれど朕のレベルは一へと落ちた、有象無象には負けはせぬがもはや女神としての抑止力を失っておる。朕ではアシュトレトはおろか、ダゴンもバアルゼブブも止めることはできぬであろう』
『そもそもあんたと戦いになる流れも不自然なんだよ!』
朝の女神は淡々と告げる。
『朕が神として人類を憂いたのは事実、アシュトレトの気まぐれは汝も知っておろう?』
『嫌ってほど知ってるぞ』
『人類の驕りがやがてアレの逆鱗を踏めば、容易く世界は終わろう。神託の改竄が朕らで止まっている段階で、神罰を与える必要があったのだ』
告げながら朝の女神は、すぅっと顔のベールを揺らし天を仰ぐ。
『我らが最高神、大いなる救世主――あやつの言葉を改竄すれば世界は終わる。アシュトレトは容赦なく、顔色一つ変えることなく世界を滅するであろう。其れが終末、あやつが本気となれば神話の再現は必然』
実際にそうなる可能性が高いと僕も考えている。
だから、イワバリア王国の連中に目線をやり。
朝陽のベールで顔を隠しながらも人類を眺める朝の女神と共に、僕もじいぃぃぃぃぃ。
『ようは、おまえらのせいだって事だよ』
第一王子シャインの派閥にいた連中が、ぞくっと全身を震わせる中。
朝の女神が言う。
『六柱の女神の更に上位となる主神とて、押さえることは容易ではない。世界全てを混沌へと沈めるぐらいならば、朕はこの大陸を流そうと判断したまで。しかし、マカロニよ。そなたが勝利をした。故に朕は素直に引こう――なれど、朕が力を取り戻す、その時までは』
『いや、僕はやらないからな?』
裏技やら卑劣な戦術とはいえ、女神を倒す事すらできた僕に他の女神を監視させたい。
そういう意図もあるのだろう。
だが、僕は素直にノー!
『朕の弱体化は汝にも責任があろう?』
『やらないからな?』
僕が断言すると、ペタペタペタ。
ゴムクチバシをススっと水掻きでなぞり、メンチカツさんが言う。
『しゃあねえな、ならオレが朝の神になればいいって事だろう?』
分かってるぜ、相棒。
と、なにか盛大な勘違いをしているようなのだ。
100%の善意で、僕の代わりに神の座に入ろうとしているのである。
こいつが朝を支配したらどうなるか。
……。
人類も騒然としているので仕方がない。
『はぁ……まあ、こうなるとは思ってたんだ。しょーがないから、あんたのレベルをもとに戻せばいいんだろう?』
『ふふ……できぬことを言うでない。汝が神の座に上ることは必然、もはや逃れられぬ定め』
女神のレベルに干渉することなどできない。
そう考えているようだが、どうやら朝の女神はまだ僕の底を測れていなかったようだ。
僕はギルドシステムを悪用し、クチバシをニヒィ!
既に仕込みは終わっている。
『戦いの最中にあいつら全員に同意させたからな。人類がこの戦争のレベリングで得た経験値をあんたに全部譲渡する。これだけの数だ、これであんたは前よりレベルアップする筈だ。よかったな、もっと動けるようになるぞ』
あの戦闘の最中に、同意の際の注意事項をちゃんと読んでる人間などいない。
だからかなり好き勝手な契約を結ばせてあるのだ。
まあ今後悪用するつもりもないが。
これはこの世界のためだからセーフ!
想定外だったのだろう、朝の女神が沈黙し。
ベールの下で汗を、たらたら。
『な、なれど』
『レベル一に下がったことを交渉に使ったのは間違いだったな。ほら! ちゃんと戻してやるからこれからも朝の女神の座から、三女神を監視するんだな!』
言いながら僕はギルドシステムをポチ!
全員から経験値を吸い上げ、朝の女神に注ぎ込み始めた。