朝の目覚めと大虐殺~いや、さすがにこれは……僕がいなかったらどうするつもりだったんだよ~
やれー! やれー! 妾の眷属たる凄さを見せつけてやるのじゃ!
と、天から”うちの女神”が野球を観戦する煩い客のように応援する中。
人類たちが――。
え……? ほ、ほんとうにこれでいいのか……? と困惑する戦場にて。
レベルを下げられまくっている女神はそれでも神の宿命に従い、他の者が加速する時間軸の外……遅延された流れの中で口上を続けている。
本来なら実質、停止した時の中なのだ――これはこちらが裏技を使っているようなもの。
女神の行動自体に問題はない。
レベルダウンのエフェクトが重なっているが、それでも女神は美しかった。
女神としての威光を放ち、ゆったりと告げ続けるペルセポネーは雄大。
僕の羽毛は、ぶわぶわっと揺れている。
朝の女神ペルセポネーを目視で捉えつつ――僕は、グワワワワ!
唾を飛ばす勢いで人類に向かい吠えていた。
『油断をするな! レベルを一に下げてからが本番なんだぞ!』
「あのなあ、ペンギン陛下。そげんこと言われてものう、レベルをここまで下げたならもはや勝利は目前じゃろうに」
『アホカァァ! おまえたちはレベル一の女神にも蹂躙されるレベルなんだよ!』
「しかし、ワイはあまり好かんぞ……この戦い方は卑怯じゃろう」
このある意味で驕って訛った発言は、ようやく行動停止状態から解除されたギルダースである。
元から彼は朝の女神の信仰圏内の人間、この卑怯な袋叩きにすこし思うところがあるのだろう。
だが!
モフみのある髪をガシガシとするその横顔を見て僕は、ガヵガァガァ!
『だーかーらー! そもそも圧倒的な力の差があるのに襲ってきた向こうが悪いんだ! こっちはそれに対応するだけで精一杯、卑怯だズルいだなんて問えるほどの実力はない。そーいうことは勝ち方を選べるほどの強者になってから言え!』
これは、なにかがおかしい。
ギルダースならば適切に相手の実力を把握し、弁える筈なのだが。
なんらかの影響下に入ったと考えていいだろう。
くそ、アランティアが動けていないのが地味に痛いな。
状態異常を伴わない咆哮を上げる僕に流星のバシムも、また手首の筋を浮かべつつ首をガシガシと掻き。
「しっかし――そうは言うがペンギンの旦那よ、実際にもう女神さまのレベルはかなり下がった。その証拠にあんたが使っている女神への行動遅延も効果が倍増している。この、なんだ……女神である以上絶対に必要な”女神降臨の口上”だっけか? これの維持にもかなり余裕ができているようにみえるがな。女神さまの基礎能力が大幅に落ちた証拠だろうよ」
なにをそんな杞憂を……と言いたげなジト目である。
所帯を持って子供もでき、更にワイルドな大人の貫禄を身に着けた戦士の発言に、同意する者は多い。
普通の相手ならばバシムが言ってることは正しい。
ここまで追い詰めた状況は本来ならチェックメイトだ。
実際に勝ち確である。
それなのに更に卑怯な手段で計略を増やしつづけようとする僕の方が、むしろ異常に見えるだろう。
だが。
こいつらは分かっていない。
ここまでレベルを下げているのに、まだ単純な魔力で僕は負けている。
油断の空気は治まるどころか増している、女神のレベルダウンループの速度が落ちているのだ。
これはおそらく女神の性質、女神の神性による状態異常。
女神を攻撃することへの忌避が、人類に判断力を鈍らせるバッドステータスを与えているのだ。
レベルを下げられ続けても一筋縄ではいかない――これが、女神という存在の凄まじさなのだろう。
そして何より問題なのは、女神を虐めているように見えることだろうか。
おそらく人類では能力に差があり過ぎて、女神の底が見えていないのだ。
そして一見するとこちらが圧倒的に有利。
僕が卑劣で卑怯な計略に嵌めた時点で、人々には同情も浮かんでいる。
人類を使い女神と戦うのが初めてなので、こういう計算外も発生する。
こういう時には応用の利くアランティアがいると挽回できるのだが、遅延状態で役に立ちそうにない。
誰を使うべきか――。
僕が場の維持と並列思考を働かせる中。
動いたのはスナワチア魔導王国の人間だった。
行動停止状態から解除されたリーズナブルが叫ぶように言ったのだ。
「いけませんわ、皆さま! 女神さまがこの程度で何もできない筈がないでしょう!? それに、見えないのですか!?」
「見えないだぁ?」
訝しむ流星のバシムにリーズナブルは、アシュトレトに好かれる美麗な金髪碧眼聖女顔を揺らし。
「感じないのですか? 分からないのですか!? 加速度的に女神さまのレベルが下がっている筈なのに、むしろ前よりも、ずっと強く感じられているのです!」
「何が言いてえんだ」
自分よりもはるかに強いリーズナブルに言われ、バシムも少し考えだしたようだ。
ギルダースもリーズナブルの言葉に反応したのだろう。
ようやくバッドステータスから回復したようで――頬に汗を浮かべ、ぶわっと全身を揺らし始めていた。
武者震いの中、ギルダースは連続でレベルダウンスイッチを押し。
「なるほどのぅ……本来ならどんどん弱く感じんとおかしい状況じゃ、じゃが、朝の女神さまのレベルが下がれば下がるほど強く感じちょる!」
ギリリリっとなりふり構わずギルダースはレベルダウンを更に連打。
レベルを下げれば下げる程、更に顔を青褪めさせギザ歯で叫ぶ。
「っちゅーことはじゃ! ワイたちは女神さまのレベルが下がってようやく――その強さの一端を測れるようになっただけ。つまりは、今でも圧倒的な差がある! 人類最強のあんたはそう言っちょるのじゃろう!?」
「ええ、その通りですわ――ギ……ギリダンスさん!」
「ギルダースじゃ!」
あ、せっかくシリアスになりかけたのに今ので崩れたな。
まあ立て直しには成功している。
そーいや、リーズナブルにちゃんとギルダースを紹介したことはなかったか。
僕は再びこの場の維持に”偽証魔術”を解き放ち、ペペペペ!
『相手のレベルを下げ始めた後はもう女神に対しての時間逆行は使えないからな、おまえら気を抜かず最後まで正々堂々とセコくやり続けろ!』
僕の台詞に、初めて女神ペルセポネーが反応する。
歪んだ遅延空間の中で、女神は朗々と手を広げ。
ファァァァァァァァっと春風に乗せて神言を解き放ち始めていたのだ。
『そ……ぅか、……この空間は、遅延……。ふふ、ふははははは! ……朕とまともに……たたかぅ……その下準備、あっぱれなり……マカロニよ』
ただ声を発しただけだ。
けれど、それは高次元に位置する神の生身の声。
ラァァアアアアアアアアアアアアアァァッァ!
ただ言葉を放っただけで中央大陸全範囲に精神汚染が発生する。
それは神たる高次元の存在に触れた代償。
神が動けば致命傷。
人類は正気度を保てずに失神するか、あるいは発狂する――そういう僕の計算、見積もりだったのだが。
人類の油断を計算していなかったせいだろう。
僕の計算とズレが生じていた。
発狂どころか、今の声で人類の半分が死んでいたのだ。
ペルセポネーが、ゆったりとした動作で一瞥し……。
『あわ……れ……な』
こちらを全滅させることができる程の威力が予想される詠唱を、遅延空間の中で開始し始めていた。
この詠唱が完了すれば、僕とメンチカツ以外は死ぬだろう。
まあ後は僕だけでも勝てるといえば勝てるのだが……あくまでも犠牲を計算しなければ勝てるだけ。
それもどうかという状況だ。
死屍累々となった戦場に、人類は息を飲み呆然としている。
これが種族差。
創世の女神と人類の差。
本来ならば近寄るだけで禁忌、人類と神との差は歴然。
相手のレベルは相当に下がっている、それでもレジストできない。
生き残りも徐々に発狂状態に陥りかけている、人類はこのままではアウト。
全員ダウンするだろう。
だが!
『起きろメンチカツ! 範囲蘇生と状態回復の出番なんだよ! 肝心の時に動かないんじゃあ、おまえのワイン計画はキャンセルだぞ、キャンセル!』
僕のメガホンによる呼びかけに、獣毛を逆立てカカカカ!
動けなくなっていたメンチカツは、はっ!? っと目覚め。
目を見開き――大ジャンプ。
『おうよ相棒! 範囲状態異常強制解除スキル:<毒竜帝の大号令>!』
ガガァァアアアアアアアアアアァァァァッァ!
水龍ともいうべきリヴァイアサンの幻影を纏ったメンチカツの怒号が、戦場を揺らす。
こう見えても蘇生を伴った範囲状態回復スキルなので、全員が蘇り正気を取り戻す。
文字通り本当に、全員を蘇生し状態異常を治したのだ。
ドヤ顔のメンチカツだが……、まあドヤ顔をしていいだけの力ではある。
……。
てかこいつ、ちゃんと知恵に振ってあったら普通に僕より強かったんじゃないだろうか。
僕は戦場を見渡し、結論を出す。
やはり女神が動くだけでアウトだと。
僕は再計算し――下げたレベルを少し戻すことになってもやむを得ないと、もう一度時魔術を発動。
僕の逸話魔導書を再び、バサササササササ!
『やり直しだ、やり直し!』
世界に語り掛け、偽証。
女神の周囲の時間だけを逆回転。
朝の女神ペルセポネーが動き出す前へと、状態を戻す事に成功していた。
人類の状態は継続したまま、リーズナブルが言う。
「陛下!? 今のは!?」
『女神の時だけを少し戻したんだよ! おまえらのせいだぞ!? 卑怯だ卑劣だ、せこいなんて言ってる状況じゃないんだよ! とっとと全力でレベル下げを再開しろ! 動かれたら本当に終わりだって今ので理解できただろう!』
女神が動いただけで半壊したのだ。
皆もまだ油断してはいけないと悟ったようだ。
僕は戦況をもう一度確認。
人類の強者は三人。
純粋な人類ではリーズナブル、ギルダース、バシムの順に強いと僕は考えている。
月の女神の加護があるバシムであるが、やはり他の二人にはどうしても劣る。
魔術を用いない単純な戦闘力ならばギルダースがリーズナブルよりも上だろうが――ともあれ。
緊張感を取り戻したこともあり、こちらも大詰め。
女神との戦いもあと一歩。
勝ちは確定しているが、どれほど有利な勝ち方を選べるか――。
短くも長き戦いもこれで終わりだ。
僕は最後の詰めに入るべく、詠唱を開始した。
四羽の僕が同時に、魔術を奏で始める。