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認識の差 ~翻訳魔術の敗北~


 朝の代わりに発生する魔物の大行軍。

 魔物との死闘が続く戦場にて――。

 人類のレベルアップを確認しながら僕はじぃぃぃぃぃ。


『おーい! 朝の女神! おまえもこっちを見てるんだろー! 直接対決の前にちょっと話がしたいんだがー!?』

「ってぇ! なにやってるんすかマカロニさん!?」

『なにって、朝の女神と雑談をだな』

「これから戦いになるっていうのに、応えてくれるわけないじゃないっすか!」


 空気を読んでください、空気を!

 と、呆れるアランティアであるが……王城砦で空を眺める僕の前には、暖かな春の光が一つ。

 敵の御大将が平然と顕現していたのである。


 ナチュムリア姫を中心に人類たちはまともに膝から崩れ落ち。

 ぐぅ……っ!

 嘔吐を堪える仕草で、倒れこんでしまった。


 レベリングで能力が上昇しているとはいえ、通常の人間のレベルでは目視もできない存在だ。

 彼らにはただの光に見えているだろうが、僕の肉眼ではしっかりと相手が見えている。

 陽光のヴェールで顔を隠した威圧感のある背の高い女帝……。

 そんな印象の女神だった。


 彼女こそがペルセポネー。

 この世界を創りだした女神の一柱。

 顕現した朝の陽ざしが、さわやかな春風で顔のヴェールを揺らしている。


 本当に来ちゃったよ、この女神。

 お人よしと言うかまじめと言うか……。

 微妙な空気を感じたのだろう、頬に一筋の汗を浮かべたペルセポネーが告げる。


『どうやら――出るタイミングを間違えたのであろうな』

「えーと……、その。どーぉぉするんすか、マカロニさん!?」


 アランティアが人類に結界を張りながら、言葉を選び僕を見るが……無視。


 周囲が女神のプレッシャーに押しつぶされている中。

 僕とメンチカツも陽射しをジト目で見上げたまま、しーん。

 仕方なくアランティアが言う。


「まじでこれから戦うのに来ちゃったんすか……?」

ちんもマカロニ、メンチカツ……そしておぬし。汝らと少し話をしたかったのでな』

「いやいやいやいや! この状況で? ふつーきます!?」

しかり、朕とて多少の葛藤を抱いたがすまぬな――下界の文化やマナーを朕はあまり知らぬ故、よもやと思うてここに降臨した。許せ、人の子らよ。無礼があったのならば出直すが、さりとてこの行軍が終われば汝らとの決戦、話すのならばいましかあるまいが。さて、如何か』


 こいつもこいつでマイペースなやつである。

 呼んでおいてなんだが――完全に顕現するタイミングを間違えているので、思わず僕は突っ込んでしまう。


『おまえら女神って、けっこうこーいうところあるよなあ……』

『神とは信仰に束縛されし存在。なれど、朕らは既に信仰の力に縛られることを止めた神性。其れは自由に渡り歩く春荒ぶ渡り鳥の如し、歩み。嗚呼、実に久方ぶりの降臨であろうか』


 むずかしい言葉遣いにメンチカツが、あぁん!? とメンチを切り。


『何言ってるのかちっとも分からねえよ、女神のくせに翻訳ミスか?』

『其れは否、朕の言葉は春を通り過ぎ冬の極寒の如し、一陣の風。そこに偽りはなく、そこに――』

『おーい相棒! やっぱり翻訳魔術をミスってるみてえだ、おまえさんが翻訳魔術をかけてやれよ。この話し方じゃ可哀そうだろう』

『そなたがメンチカツ……女神ダゴンがサルベージせし異物にして獣王。極めし道の魂か。朕の語りは長しえの昔より同じ。其の指摘の浅はかさを問うつもりはない、栓無き事』


 こいつらの相性はあまりよくないらしい。

 会話は続くが、これではまるで原始人と会話する宇宙人状態。

 知恵や知識に極端な差があると会話にならないとは、亜人の研究で分かっているが……その類だろう。


 こちらの空ではギルダースがとりゃとりゃ!

 あちらの空ではドナの指揮で流星のバシムがどりゃどりゃどりゃ!

 更に先の空では、マキシム外交官の指示で動く最高司祭リーズナブルが、ドゴドスバキ!

 全ての部隊に配属されているマカロニ隊が、経験値倍増の消耗品を大量に使用。


 経験値稼ぎが続く裏――。

 珍しく真顔を作ったメンチカツは僕のクチバシをじっと見ながら、肩を竦める動作をしてみせていた。


『ダメだ相棒。こいつ、ぜんぜん話が通じねえよ』

『マカロニよ、朕にはこやつが分からぬ。あの権謀術数に長けし腹黒と形容され死ダゴンの眷属にしては、その……少々、抜けておるのではあるまいか?』


 まあ僕に言わせればどっちも厄介なやつらなのだが。

 ともあれ。


『なあ朝の女神、神の座を継続する気はないのか?』

『そなたが朕に勝てばそうしようぞ』

『あのなぁ……勝手にそういう責任を押し付けるのはどうなんだ? そもそもだ、あんたはなにをそんなに気にしている。やっぱり僕たちがこの世界に来たこととあんたには――』


 言葉を遮り、ペルセポネーが女神の威厳ある声で告げる。


『其れを知りたくば、やはり朕に勝ってみせよ。全ては其れから、朕を倒せぬようでは汝らもいまだ――運命の輪の中。其れは、あまりにも哀れな事。世界すらも偽証せし偽神マカロニよ、朕はもう行く、魔物の行軍が終わったその瞬間こそが聖戦の合図。心せよ、そして――ダゴンの眷属に少しは真っ当な教育を施しておくが良かろう』


 女神さまが、哀れな……と憐憫の視線をカモノハシさんに向けている。


『あぁん!? ふざけるなよ、女神! なんかオレの事をバカにしてるって事だけは伝わっちまってるんだからな!』

『嗚呼、ダゴンよ……賢きそなたがなにゆえにこのような、哀れなモノを……』


 心よりの憐れみと慈悲を込めた言葉を残し。

 朝の女神が帰還する。

 彼女の宣言通り、魔物の襲撃が終われば本番だろう。


 が――。

 アランティアが言う。


「あの、マカロニさん? なんでそんなに勝ち誇った顔をしてるんっすか?」

『もう勝ち確だからだよ』

「は? え!? どーいうことっすか!?」

『まあ見てろって、相手は格上で正真正銘の神様だ。なにも正々堂々と戦う必要なんてないってことだよ』


 卑怯なんて言葉は負け犬の遠吠えと思えばいい。

 ほぼ全てのピースは整った。

 後は手順さえ間違えなければ問題ないのだが――。


 脳内で計算する僕の横。

 メンチカツが、ふんふん!

 鼻息を荒くし、やる気満々で腕を回し始めている。


『なんでおまえがそんなにやる気になってるんだよ……』

『あぁん? アシュトレトの野郎が言ってたんだろ? 勝てばなんでも一つ教えてくれるってな――』


 まあ確かにそういう約束はした。


『あいつはふざけた女神だがウソはつかねえタイプだろう。朝の女神をぶっ飛ばせば解決! 本当にどんな手段を使ってでも相棒の聞きたいことを教えてくれるだろうさ! はは! 殴り甲斐がありそうな相手だしな!』

『って言われてもな、大抵は自分でたどり着けるし僕にどーしても知りたい事なんてないぞ』

『はぁ? 何言ってやがる、相棒には聞きてえことがたくさんあるだろう』


 意味が分からない。

 またメンチカツ特有の特大勘違いかとも思ったのだが。

 どうも様子がおかしい。

 そして僕の様子を相手もおかしいと思ったようで、あん? と訝しむように獣毛に皺を刻み。


 メンチカツはゴムクチバシを動かした。


『相棒、おまえまさか――オレが生前、まだ人間だった頃のおまえを殺した時の事とか、産地直送とか――覚えてねえのか?』


 産地直送?


 こいつが何を言っているのか、一瞬理解できなかったが。

 賢い僕はすぐになんとなく察知していた。

 こいつに嘘をつく知恵などない、つまり――本当に生前の知り合いなのだろう。


 そして僕は冷凍車だか、冷凍庫の中で産地直送された記憶が残っている。

 つまりは、僕の断片的な記憶とこいつの発言は一致している。

 どうやら……僕の記憶の欠如になにか秘密があるようだ。


 なにやら色々ときな臭いが、女神ダゴンの仕込みと言う可能性もあるのか……。


 謎を追求したいが――。

 今はそれどころではない。

 僕はフリッパーを出し、じぃぃぃぃぃ。


『おう? なんだ?』

『慰謝料だよ、慰謝料! おまえ! 僕を殺したんだろ!』

『は!? マジで覚えてねえのか!?』

『メンチカツ、おまえ何を知ってやがる! よくも今まで黙っていやがったな、この野郎!』


 どーせこいつのことだ。

 僕の記憶の欠如、本当に忘れていることに気付いていなかったのだろうが。

 それはそれ、これはこれ。


 イラっとはする。


 こいつが知っている僕の知らないかこ

 僕がなぜ元の世界に帰りたいのか、そのヒントになったはずなのだ!

 ぐぬぬぬっとトサカを逆立てる僕にアランティアが吠える。


「ちょちょちょ、ちょっと! こんな時に痴話げんかは止めてください!」

『誰が痴話げんかだ!』

「そんなことより、マジで来ますよ!? 魔物の行軍が終わるんですってば!」


 って、確かにそれどころではないようだ。

 とりあえずメンチカツを問い詰めるのは後でいい。

 魔物の残数は僅か。


 朝の女神降臨のタイミングを逆算し。

 ガガガガァ!

 僕は――初手王手をかけるべく、仕込みを起動し始めた。


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