公平な天秤 ~ウチの女神に爪の垢を煎じて飲ませたい~
朝が消えた朝の時間。
彼らは突如としてやってきた。
空の割れ目から、朝の代わりに魔物が襲い掛かってきたのである。
それはさながら神話魔物の大行軍、彼らはおそらく輪廻の輪にある通常の魔物とは異なる個体。
朝の女神直属の眷属なのだろう。
場所は東大陸の首都。
非戦闘員が消えたイワバリア王国、その王城そのものを戦術砦に利用しての戦線である。
イワバリア王国から繋いだ転移門は他の戦術砦と繋がっている。
人類側の戦力はスナワチア魔導王国にダガシュカシュ帝国、魔海域を挟んだ北部……バニランテ女王が率いる旧ソレドリア連邦の面々。
中央大陸からは冒険者ギルドに商業ギルド。
そして東大陸の戦闘員全員。
まあよーするに僕が介入した領域の戦闘員達だ。
イワバリア王国の王城砦にて、じぃぃぃぃぃぃ。
朝の代わりに顕現してきた魔物の群れを見ながら僕は言う。
『ったく、朝の女神ってのは本当に真面目なんだな。わざわざ魔物を大量投入してきてるじゃないか』
まじめさに呆れる僕の横。
まったく反対の意見なのか支援担当の第一王女……、一応名前を記憶したナチュムリア=フォン=イワバリア姫が、既に仲良くなっているアランティアの前で、くわっ!
扇で顔を隠すことなく口を開き吠えていた。
「はぁぁぁ!? どこがじゃ! あのような大量な魔物を投入してくるなど外道ではないか!?」
「分かってないっすねえ」
「何が分かってないというのじゃアランティアよ!」
ちなみにこの姫。
あの時、迷宮で僕たちを水没させようとした犯人の一人で、人望がないと自覚していたプリンセスの職業にある王女様である。
第一王子シャインよりも先に生まれているので、不義の子シリーズの最年長らしいが……。
不倫の血筋のその父は、腐っても王国で部隊を率いる騎士団長。
王女という支援職かつ、騎士を率いる素質だけは引き継いでいるので支援能力はピカイチ。
単純に能力で採用した枠であり、イワバリア王国での支援を担当させている状態にある。
アランティアは鑑定の魔術を瞳に走らせながら全部隊に情報共有しつつ、指を立ててちっちっち!
「いやいや、ちょっとは考えてみてくださいよ。ぶっちゃけこれ、朝の女神さんからのハンデっすよ?」
状況をちゃんと把握しているアランティアとは裏腹。
ナチュムリア姫は、コミカルに仰け反りながら高笑い。
「ふははははは! 愚かなり、アランティアよ! ちょっと考える程の知恵が妾にあると思うたか!?」
「うわぁ……ナチュムリアさんって、なにをするにも単細胞っすねえ」
「なにやら素直という言葉に違和感を感じたが、まあ良い。して、これがハンデとは何故じゃ。その心はなんじゃ? 妾ははっきり言われんと分からんし、おそらく賢い連中しか気付いておらぬぞ?」
確かに、僕やアランティアは既に戦闘慣れしている。
女神の性質も知っている。
だから当然わかっているのだが、他の人類も分かっていると思い込みやすい傾向にあるのは確かか。
『これはレベリングだよ――朝の女神は先に魔物を投入することで、こちらの基礎レベルを強化。こっちが少しでも神との戦いについていけるように、敢えて餌を送って来てるってわけだ』
「お、おう? 意味が分からないのじゃが?」
分からないことは分からないとはっきり言い……。
扇でパタパタと顔を仰ぎながらハテナを浮かべているさまは、少しメンチカツさんに似ている。
……、この王女も相当にアレだな。
『いきなり女神本体が来られた方が、こっちが圧倒的に不利だったって事だ』
「連携の準備や訓練もできますからねえ……。なによりこっちには回復の達人のメンチカツさんと、その眷属になったメンチカツ隊がいるんで。人的被害が出ることはないんっす、商業ギルドの在庫も全てこっちに回してるんで消耗戦には圧倒的に強いんすよ」
ようやく理解できたようでナチュムリア姫は、ふむと頷き。
「ではなぜ朝の女神さまはそのような事をなされておるのじゃ? 神は妾たちを罰するために動いているのじゃろ? 矛盾しておるではないか!」
あぁああああぁぁぁ! だーかーらー! その辺がまじめなヤツだって言ってるんだよ!
そう叫んでやりたいが、ここで喧嘩をするのは得策ではない。
メンチカツと同類の相手にクチバシの付け根をピキキ!
僕がイラっとしてきたことに気付いたアランティアが言う。
「たぶん、できれば朝の女神さんも止めて欲しいんじゃないっすかねえ」
「ならば今回は許せばよいのではあるまいか? 次にやったらもう許さぬ、今後は一度でも神託詐欺をすれば人類を罰すると宣言すればおそらく妾たちも従うじゃろう。わざと神託詐欺をして世界を乱そうとする輩もでるやもしれぬが、神とて愚かではない。その裏を読み、そういう状況の時だけはその者だけを罰する筈じゃ」
「んー……」
アランティアはしばし考え。
「おそらくですが、ちゃんと歴史に残したいんじゃないっすか? 苛烈な戦いがあったと記載されていれば人類も神との約束を忘れないでしょうけど、なあなあで終わらせると、絶対にまたやらかす輩がでると思うんすよ。戦争の歴史ってのは戒めの歴史、二度と悲惨な過去を起こさないようにって教訓でもあるでしょうし」
おお!
あのアランティアがまともなことを言っている!
僕は成長した家臣を見る顔で、ほっこりと暴走娘を眺めていたのだが。
「なんすか、その顔」
『おまえのことだ、言わなくても分かるだろ』
「とりあえず、マカロニさんがあたしをバカにしてるって事だけは分かります」
正解である。
アランティアがなにやらぐぬぬぬっと騒ぎそうになる直前、扇で顔を隠すナチュムリア姫が先を促すように告げる。
「ええーい! イチャイチャは後にせよ!」
イチャイチャ?
人間、あまりにも心にないことを言われると思考が停止してしまうようで。
それはどうやらマカロニペンギンである僕もそうだったようだ。
頭にメンチカツ並みの大量のハテナを浮かべている僕を気にせず、どこかメンチカツ味のあるナチュムリア姫はそのまま続ける。
「さて司令官殿――妾に作戦指示を寄こすのじゃ。他の陣営の指揮は聖王国の女王や元大統領ドナ……そしておぬしのところの幹部クラスが行っておるようじゃが、妾にはできぬ。ちゃんと指示には従うが、自主的な行動には期待するでない! くれぐれも妾に器用なことは期待せぬようにな!?」
僕とアランティアは同時に振り向き。
『誰がイチャイチャだ!』
「何がイチャイチャっすか!」
「は!? そこからか!? どこからどーみてもイチャイチャしておるじゃろう! おぬしら、そっくりにもほどがあるぞ!?」
とても心外だが、こんなことをしている場合じゃない。
それにだ――過度にムキになる方が意識しているみたいで、負けに思えてしまう。
僕はイワバリア王国の連中全員を対象とした<伝令魔術>を発動!
『聞こえてるな、おまえたち! とりあえず第二王子ジャスティンの指揮を中心に、第一王子シャインを囮に敵を惹きつけ魔物討伐だ。メインアタッカーにはギルダースを置くように徹底させろ。ナチュムリア姫、おまえはアランティアを通じて支援魔術と支援スキルで軍全体を強化しろ。僕が次に魔術を発動したら戦闘開始だ!』
僕は国王の地位にある詐欺師。
<僕の号令>はそれだけでスキルとなり、大幅な能力向上効果を持っている。
その号令をさらに強化するべく、僕は<偽神マカロニの逸話魔導書>を発動。
僕を示す魔導書が、僕の魔力操作に従い世界のルールを書き換える。
『世界偽装魔術:<第十三項、経験目録参照値詐称>!』
創世の神々が作り出したデータベースともいうべき記録に接続、人類すべての経験値やレベルといった概念を管理している情報を捏造。
取得経験値の参照値を誤魔化すことに成功したのだ。
具体的には世界を騙し、この戦場にいる全人類の獲得経験値の全てを十倍に変更しているのだが。
やってることは凄くても見た目は地味なので反応は薄い。
それなり以上に高度な魔術なので、連絡係となっているタヌヌーアの長マロンは露骨に頬に汗を流しているのだが――。
反応しているのは少数。
どうやらイワバリア王国の連中……レベルが低すぎて僕がやっている技術を理解できていないようだ。
まあ自慢がしたいわけではないので、別にいいのだが。
「やってよいのじゃな!?」
『ああ、ハンデはちゃんと受け取る主義だからな。がっつりレベリングだ!』
「しかしマカロニ殿」
『なんだ脳タリン姫』
あ、つい本音が出てしまったが、まあ相手は気にしてないようだからいいか。
「ギルダースをメインアタッカーにするのは、その……どうなのじゃ?」
『ん? なんか問題でもあるのか?』
「あやつは無能のギルダース。妾自身もその件であやつを責めるつもりはないが、先陣を切らせるのは酷じゃ。そなたの国にも優秀な戦士はおろう、交代させてはどうじゃ」
冷静な判断なのだろうが。
どうやら根底を勘違いしているようだ。
アランティアが言う。
「心配ないというか、適任すよ? 単純な戦闘力の話ならたぶんギルダースさん――普通の人類の中じゃあ世界で一番強いっすから」
「は!?」
こちらの会話は作戦指揮の影響上、イワバリア王国の連中全員に伝わっている。
おそらくはいま、「は!?」と。
ナチュムリア姫と同じ反応をしたようだが、事実を見せた方が早いだろう。
空から朝の代わりに振ってくる魔物の群れに向かいギルダースは突撃し。
そして――。
空が一瞬、二つに割れていた。
ギルダースがその斬撃で空ごと魔物の群れを葬ったのだ。