報酬契約~もっとこう金目のモノの方がだな!?~
バニランテ女王からの助力を取り付け転移した僕は、戦場となるイワバリア王国に帰還。
迷宮攻略完了の報告を終え、王城に帰還し戦いの舞台を整えている予定の王族連中と合流した筈なのだが――。
世界には大きな異変が起きていた。
空から天候が消えているのである。
ようするに太陽がない状態なのだ。
それだけではない、普段ならば「なんだおまえらは!?」と転移した時には大抵門番やら衛兵に絡まれるのだがそういった気配もない。
というか。
王城にもかからわず、人の気配がない。
けれど魔術ではない物理的な松明は火を灯したままであるし、なんなら調理場からは朝の支度をしていただろう蒸したパンの香りが漂ったまま。
一瞬にして人が消えた、そんな状態になっていたのだ。
モコモコな首周りを回しながら、僕はペンギン眼光で周囲を見渡し。
んーむ……。
もぬけの殻となっているイワバリアの王城を見ながら、唯一反応のある気配に向かい僕は言う。
『なんだこりゃ、夜逃げか何かか?』
「違うんすよ! あたしたちが報告に来たらこれで――あ、あたしとかメンチカツさんが吹っ飛ばしたわけじゃないっすよ!?」
今の声は、誰もいなくなったイワバリア王城のエントランスにて出迎えたアランティアである。
王族連中もいる筈なのだが……。
『おまえだけか?』
「はい――王族のみなさんより先に転移して、王様に事情を説明することになったんすけど……あ、だからメンチカツさんはまだ迷宮の方なんで」
『そりゃまあそうだろうな』
あいつがいると話が拗れるから妥当な判断である。
まあこういう状況ならあいつらに聞いた方が早いか。
喉を揺らし息を吸った僕は――メガホンを装備し。
天に向かい<氷竜帝の咆哮>を発動!
『やいやいやい! 神共、どーいうことか説明しろ!』
『ようやく帰還しおったか妾のマカロニよ。待っておったのじゃぞ!』
アシュトレトである。
僕はジト目をしつつ。
『チェンジで』
『ふふ、相変わらず照れ屋じゃのう。妾が詳しくサクッとなれどコミカルに事情を説明しようというのじゃ。遠慮するでない』
『はぁ……まああんたで我慢するがこれはいったいどういうことだ? 城どころか周辺地域の生体反応がほとんどないじゃないか! まさかとは思うが、やっちまったんじゃないだろうな!?』
事と次第によってはこれは大量殺戮。
たとえ世界を創った神々と言えどさすがに看過できない。
黄金の飾り羽を逆立て、ペタ足ジャンプをしながらペペペペ!
結構本気で天に向かい吠えたのだが、アシュトレトはわりと冷静だった。
『落ち着け妾のマカロニよ、人の死に憤っておるのか……それとも搾取する筈だった財源を奪われ憤怒しておるのか。あるいは、計算外の事態に焦っておるのか』
『全部だよ、バァァァカ!』
『ふふふふ、妾相手にバカと吠えるその強気は評価に値しようぞ。これだからそなたの観察は止められぬ。が……そうじゃな我が夫が誤解されても困る。これから女神との戦いであろう? 犠牲者を蘇生させるといってもキリがない、そこで明らかに戦力にならぬモノ達は妾たちで回収したというわけじゃ』
ん?
『ちょっと待て、回収ってどこにだ……?』
『空中庭園に決まっておろう』
『は!? おい、まさかそのまま連れて行ったんじゃないだろうな!?』
『そのまま連れてきたが?』
ああぁぁぁ、あああああああああああぁぁぁ!
『おま、おまえ! 精神耐性を向上させるやら精神障壁を張らずに並の人類を引き上げたら、精神がぶっ壊れるぞ!?』
『うむ! じゃからいまダゴンとブリギッドとキュベレーが大慌てで治療しておるぞ?』
ああ、だからこいつが出てきたのか……。
ど-せ他の女神が止める前に、こいつが対策せずに避難させたんだろうな。
『なんじゃその顔は……』
『いや、疑問が解決して良かったって顔だよ』
僕はそのまま天を見上げ。
『しかし、わざわざ人間を回収する必要があったのか? いや、そりゃあ一度死なせるのもよくないってのは分かるが……』
『蘇生は強ければ強い者ほどしやすい、つまりは弱ければ弱い者ほど条件が厳しくなっていく。正直、有象無象の蘇生は面倒じゃからな。魔術師が良く使うたとえはアリと象じゃな』
『アリと象?』
引っ越し会社じゃあるまいに。
『感覚で伝わればよいが――目立つ象を対象にするのは容易いが、米粒のようなアリを対象とするのは困難だという事じゃ。まあ正確なたとえではないがな』
『確かにまあ、理屈はなんとなく分かるな』
『蘇生の取りこぼしがあっても困るでな、あらかじめ蘇生困難な者……つまりは非戦闘員を回収したというわけじゃ。理解はできたであろう?』
理解もできたしこの戦いが避けられないとも理解ができた。
『確認したいんだが、朝の女神が座から降りると朝が消えるってのはマジなのか?』
『マジもマジの大マジじゃ。ちなみに、もし妾が降りると天が消えるでな。ちゃんと敬う様に人類によく伝えておくとよいぞ?』
『……マジか?』
『だからマジじゃと言っておろう! ダゴンが座から降りれば海を失い、バアルゼブブが降りれば大地が消滅する。そう考えれば今回の件は不幸中の幸いじゃ。朝と昼と夜の女神はどれか一つでも残っておればよい、困りはするが滅びはせん』
創世の神話においても三女神は特別だという事だろう。
『ん? じゃあ主神は何を担当してるんだよ』
『我が夫か? ふふ、さて――なにかのう。ただ、あやつこそが全ての魔術の始まりだとだけは告げておこう。あの方こそが世界の始まりにして新しき宇宙の始まり。ゆめゆめ忘れるでないぞ。さて、我が夫についてじゃが――』
なにやら夫自慢が始まったが……。
……。
まあ、話半分に聞いておくか。
『ところでマカロニよ、おぬし――よもや何を犠牲にしてでも元の世界に帰りたいなどと思ってはおるまいな?』
旦那自慢で脳でも腐ったのか。
なにかアホな事を言いだした。
アホを見る目で僕は天を見上げ。
『あのなあ……さすがに周囲に迷惑をかけても戻ろうとは思ってないぞ? 僕をおまえたちみたいな常識のない連中と同じにしないで貰いたいんだが?』
『そうか……ならばおぬし自身も気付いておらぬのか……。異界の鳥類大王アン・グールモーアの魔導書を使った際の暴走も、あるいは其れが原因やもしれぬな』
まるで神のような口調と威厳だったのが地味にイラっとする。
僕はメンチカツ直伝のメンチ切りで、あぁん!? と空を睨み。
『は!? なんだって!? おい何の話だ?』
『いや、良い――忘れよ』
『話を逸らすなよ!』
吠える僕に思いのほか重い声が降ってくる。
『マカロニよ、妾は忘れよと言うたぞ? 今はペルセポネーとの戦いに集中せよ』
ズンとした音すら聞こえてきそうな、そしてあの能天気代表たるアランティアですら、頬に汗を浮かべる程の重厚な声だった。
が――!
僕は負けじとメガホンを構え。
『ちょっと待て! 自分で意味深な事を言っておいて、それはどーなんだ!?』
『ほう!? ふふふ――妾の凄味に歯向かえるとは想定よりも遥かに成長しておるようじゃな。褒めて遣わすぞ』
『だから、話を逸らすなって言ってるだろう!』
僕の言葉に心底嬉しそうな声を上げてアシュトレトは告げる。
『そうさな――そなたが本当に朝の女神に打ち勝つことができたのならば、そなたの疑問、なんでも一つだけなら答えてやろう。それが勝利報酬じゃ』
『……それ、あんまり僕にメリットなくないか?』
『そうかえ? 対象は本当になんでもじゃ。我が権能と力、女神の威信にかけて誓おう。そなたの疑問に一つだけ答えを与えてやろうではないか。たとえ他の女神全てを敵にしようと、それこそ我が夫の意向に歯向かってでもな』
そりゃあ主神に歯向かってでもというのは、うん。
凄いことなのだろうが……。
正直びみょうな報酬である。
『朝の女神は強い、心してかかるのじゃぞ。ではな――』
一方的に会話を切ってしまったようだ。
アランティアが言う。
「マカロニさん、いまのって……」
『ああ、分かってる――』
僕とアランティアは既に気付いていた。
「アシュトレトさん……勝手に勝利報酬を決めちゃいましたよね」
『ぶっちゃけわざわざ聞きたいほどの疑問なんてないし……』
「これ」
『ああ』
僕とアランティアは、ぐぬぬぬぬぬっと天を見上げ。
『おいこら待てこの女神! 詐欺みたいなもんじゃないか!?』
「せめて交渉ぐらいさせてくださいっすよ!?」
神との対決の報酬が疑問に一つ答えるだけって。
どう考えても、絶対にこっちが損をしているっ。
それが分かっているから僕とアランティアは抗議の声を上げているのだが、返事はない。
それでも相手は、まるで最大の報酬みたいな顔をしてやがったが……。
ったく、なんなんだあの女神。
ただまあ……アレの行動をいちいち気にしても仕方ない。
考えるだけ無駄と、僕は対女神の最終調整を進めた。