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罪人と贖罪―隠す詐欺師の奥深く―


 某日某所。

 主神から聖戦を告げられたその後。


 外の大陸からは魔大陸だの魔境だの呼ばれている、僕らの地。

 事態があまりにも深刻なこともあり、僕は贖罪のために生きているバニランテ女王の元を訪問――。

 皆が準備を進めている裏で、事情を説明していた。


 協力を仰ぎに来たのである。


 老いたバニランテ女王は、もはや敬虔な信徒。

 王城の最奥……祈祷の間にて、常に祈りを捧げている。


 今回は女王にも話を聞いてもらいたいこともあり、この場にいるのは女王と女王を警護する騎士団……そして六つの女神の神殿を取り仕切る神殿長。

 ザァァァァァっと鳴り続ける流水の音は、女王の顔を隠す水のヴェールの音だった。


 これは女神ダゴンの加護。


 姿を老いさせてもなお、贖罪に励むバニランテ女王。

 罪はあるがそこまでの罪とは女神は思わなかったのだろう。

 彼女を憐れみ……慈悲を下し、その老いさらばえた容貌を隠す神の水を授けたとされているが……。


 僕の目からすると、これは天界ともいうべき空中庭園でよく目にする光景。

 ようするに、なんか姿を隠す偉そうなとばりである。

 時代劇などで帝の姿を隠しているアレと思って貰ってもいいだろう。


『というわけでだ――朝の女神を倒さないと、朝の女神が責任を取って辞任。この世界から永遠に朝がなくなるそうだ。手を貸して貰えるか?』


 ……。

 こんな話を聞いたら、そりゃあ沈黙もするだろう。

 バニランテ女王は事の重大さに考え込んでしまい、女王を守護する騎士団も困惑を隠せず汗を流すばかり。


 ただ、なんとなく女神たちがざわついていた事は、高位聖職者たちは気付いていたのだろう。

 それぞれの女神を信仰する神殿長たちが、じぃぃぃぃぃぃ。

 やっぱりあなた関連でしたかと、おもいっきしこっちを睨んでいる。


 ご老体たちは僕を眺めて告げていた。


「そもそもですな」

「なにゆえに女神さまと戦うなどと言う……その」

「意味の分からない流れになられておられるのですかな?」


 ご老体たちの質問はもっともすぎる。

 僕も肩とフリッパーを下げ、困り顔で言う。


『だーかーら! さっき説明したとおりだよ! 中央大陸でベヒーモスの再討伐をしたんだが、その時に使った侍傭兵が偶然に実は東大陸の王族で、しかも唯一の直系だった。んで、女神に促されて東大陸に行ってみたらあっちはあっちで女神を怒らせたりなんやしてて……僕も騒動に巻き込まれたと思ったら東大陸が沈みそうになっていただけだ』


 改めて口にして思うのだ。

 我ながら意味が分からねえと。

 ご老体たる六人の神殿長は集合し、ひそひそひそ!


 じじいとババアがそれぞれに神託を賜ろうと、喝!

 女神に言葉を願ったようだが、その結果、天上から降ってきたのは五枚の紙。

 おそらくは朝の女神だけは返事をしなかったのだろう。


 神殿長が女王の帳に目をやり、老獪な眼を開き告げる。


「なるほど――それぞれの女神さまは人類で協力しなんとかせよ。そう、仰せのようでありますな」

「そう、でありますか……」


 水の帳の奥から老いた女王の声が返ってくる。

 僕も降ってきた紙を見たが、まあ事実だという業務連絡だったようだ。

 バニランテ女王が水の揺らめきの中で僕に語り掛ける。


「マカロニ陛下、果たして人類は朝の女神さまに勝てるのでしょうか」

『可能性はゼロじゃない。なにしろ相手はこちらを死なせても後で蘇生させることを約束している、つまりはこっちはそれこそ死ぬ気の全力でぶつかっても問題はない。んで、更に言うなら他の女神と主神の助力も得られると思っていい。ようするに人類側もまともに戦える舞台だけは用意して貰ってることになる、一方的な敗北になることはないだろうな』

「ただ、そこまで朝の女神さまや他の創世の女神さまがお考えだというのなら……」


 バニランテ女王の言いたいことは分かっている。


『ああ、戦いは避けられないだろうな』

「もしこちらが敗北しても全員蘇り、世界は続くも……この世から朝がなくなってしまう。夜明けの恵みも、囀る鳥の喜びの声も二度と聞こえなくなってしまう。それは、少々寂しいですね」

『あのなあ……少々寂しいどころか、世界の基準が全て狂うと思うぞ』

「それでも――人類はきっと朝を失った世界でも生きていける。人類とは強く生きる生き物ですから……。ですからどうかマカロニ陛下――もしも人類が敗北したとしてもです、責任をお感じにならないでくださいまし」


 水の隙間から、細く白い顔の老婆がたおやかに頭を下げている姿が見えている。

 どーやら僕に気を遣ったらしい。

 すっかりまともな女王となったバニランテ女王が、どうも僕は苦手だ。


 おそらく心から反省して、その罪を償おうと文字通りすべてを犠牲にして動いているからだろう。

 やり直すことができる、それも人の心の美しさの一つなのだろうが。

 悪人は悪人らしく惨めに、むごたらしく消えればいい……そう思ってしまう僕がどこかにいる。


 女王を守る水に、僕の姿が反射している。

 黄金の飾り羽が自慢の、偉そうなマカロニペンギンだ。

 だがその中の最奥、心の奥になにかが映っている――。


 女神ダゴンの水だからだろう、それは心の奥まで反射する水鏡となっていたのか。美の女神にさえ寵愛されてしまった男の魂がそこに在った。


 少し人間だった部分を思い出してしまったからか。

 僕の中で凍り付いたかつての記憶が、脳裏によぎっていた。

 おそらく僕も女王と同じく、かつて悪人側だった存在だ。


 僕は僕らを貶めた奴らを徹底的に追い詰めた。

 僕らを虐げるやつらを欺き、貶め、詐欺にかけて全てを奪った。

 時にはその命すらも奪ったのだ。


 僕のペンギン眼の奥に、かつての僕の虚像が反射している。

 ぞっとするほどの冷たい美貌で、新聞紙を一瞥する男の姿が映っているのだ。

 僕は、これで一つ脅威が減ったと眠る誰かの髪を撫でていた。


 恋人ではない、ましてやペットでもない。

 父でも母でもない。

 誰かのために、虚像の中の僕は動き続けていた――。


 僕らを虐げた報いだ、当然だと僕は悪人を陥れ続けた。

 いつしか悪人だけを詐欺にかける詐欺師とされるようになり……。

 だが、深くは思い出せない


 そもそもだ。


 僕の欠けた記憶の中にいる”僕ら”とは誰の事なのだろうか。

 僕は、僕ではない誰かのために動き続けていた。

 僕らとは、誰の事だ。


 僕は誰のために生きていた?


 一度凍ったら細胞が壊れてしまう様に、僕の記憶には大きな欠如がある。

 分からない。

 けれどおそらくきっと。

 その誰かのために、僕は元の世界に帰りたいのだろう。


 そう。

 たとえ何を犠牲にしてでも――。


 一瞬、そんなかつての感情を思い出してしまったせいか。

 それは荒ぶる魔力となって発生し、周囲を驚かせてしまったようだ。

 声が――する。


「マカロニ陛下!? ど、どうかなさいましたか?」

『――っと悪いな、少し昔のことを思い出していたようだ』


 僕の心も口調もいつものペンギンに戻っていた。

 海の女神が齎している水鏡から目線を逸らし、一呼吸。

 ごまかすように僕はペンギン顔のジト目で言う。


『話を戻すが……まあ今回一番の問題、というかトドメだったのはたぶん、信徒たちが神託を騙ったことだろうな。神殿長にまで上り詰めた老獪なおまえらならたぶん大丈夫だろうが、そっちも気をつけろよ?』

「あなたさまの降臨で女神さまが実在していると決定的になったので、そのような失態はけっして致しません。ですが、そうですな……」


 神殿長の一人が自らの髭を擦りながら、遠い歴史を見る顔で告げる。


「過去の文献に突如として崩壊した都市の記憶もございます。原因が不明とされておりましたが、あれがご神託を騙った者への罰だったという可能性もあったのやもしれません」


 僕の所持する魔導書の複製。

 周囲の情報を客観的に記録する魔導書を用いれば、その辺りの情報も分かる気もするが……。

 まあ調べるまでもなく、おそらくは正解だろう。


『まあ今回の本質は神託偽装の件じゃない。主神直々に宣言された朝の女神との戦いの件だ、うちのスナワチア魔導王国はもう動いている。ドナやタヌヌーアとコークスクィパーをこっちにも貸すから、うまく動いてくれると助かるよ』

「お待ちください!」


 女王だった。

 僕が転移門で去ろうとした気配を感じたのだろう。

 不意に、大きな声を漏らし――水の帳に波紋を作り出していたのだ。


 水の帳から、伸ばした白い老婆の手が覗いている。


『どうしたんだ?』

「あ、いえ……申し訳ございません。なんだか陛下がお悩みになられているような気がして」

『そりゃあ悩みだらけだって……さすがの僕も朝の女神と戦うつもりなんてなかったんだぞ?』

「そう、ですわね――呼び止めてしまって申し訳ありません」


 言って、女王は全ての力を使い老いさらばえていく腕を戻し。

 ザァァァァァっと鳴る、水の帳の中で言う。


「ただ、もしも――もしもなにかお悩みになられているのでしたら、そしてもしどこかに吐き捨てたいのならば。この老婆を思い出してくださいまし。もう長くはない命です――何を聞いても一瞬の泡沫……あなたさまの苦悩もわだかまりも全て、地獄へと黙って持っていきましょう」


 かつて悪をなしたからこそ出せる声だった。

 彼女は僕の中に、同じ気配を本能的に感じとったのだろう。


 騎士団も神殿長たちも意味を理解していないようだったが。

 僕はその言葉の意味を理解していた。

 それほどに僕が悩んでいるように見えたようだ。


 心の最奥を読まれてしまったのは詐欺師失格だが。

 まあたしかに、この老成した女王ならば噂を流すことも絶対にしないだろう。

 たとえ神に問い詰められたとしても――。


『ま、考えておいてやるよ』


 ペラペラと僕はフリッパーを振りつつ、転移門を形成。

 贖罪を続ける女王の前から転移した。


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