衝撃の結末―結末って書いておいてCMばっかり挟むテレビは以下略―
たった一カ月の攻城戦。
剣ではなくほぼ駆け引きのみで行われた、獣王による進軍。
敗北者たちからの調印を受け、名実ともにこのスナワチア魔導王国の王となったのはこの僕!
いや、まあ殴り込みとかしたけどさ!
それはノーカン!
ともあれ! 先代王スナワチアのオッサンから黄金の飾り羽の上に、ズボ!
正式に――王位継承の儀式たる戴冠を受け――。
宝石に彩られた王冠を装備した僕は、王の宝杖を掲げ。
儀礼用のマントをバサ!
高らかに宣言する!
『この国の王は今日から、氷竜帝ことこのマカロニ様だぁぁぁぁぁぁ!』
ペタペタペタとペタ足で駆け玉座に着地!
王たるモノの椅子にて、片足を上げて勝利の舞い!
最近、僕はこのペンギンフォルムを使いこなせるようになっていて、これもなかなかに悪くない。
ついでに! 必殺! 短足だが愛嬌のあるマカロニペンギンのタップダンス!
……。
なーんか、精神がペンギンに引っ張られている気もするけど。
気にしたら負けか。
戴冠式を眺めている国民たちは僕の姿に魅了されてるので、ヨシ!
秘書となっていた隣国の元王女アランティアが、騎士姿のまま。
けれどまるで呆れた女子高生のような口調で言う。
「いやあ、まーじで一カ月で国、乗っ取っちゃったんすね……。つか、今までのあたしの苦労は一体……」
『まあ! ここが違うってことだね、ここが!』
「うわぁ……ペンギンがドヤ顔で頭を指差す姿って、なんか妙に腹立ちますね」
指じゃなくてフリッパーだけどな!
と、いつものツッコミを漏らしつつ。
僕は跪く今までの三大勢力の長に目をやり。
『で? どうだい、互いに牽制し合っている間に僕に国を乗っ取られた気分は。ん? ん? 感想を聞きたいな~!』
僕の前に跪くのは、元王と外交官と聖女。
まず動いたのはマキシム外交官だった。
老成した精神性と野心滾らせる中年おっさん、二つの性質を併せ持つ男は忠義すら込めて僕に頭を下げている。
「完敗に御座います。あなたこそが王にふさわしい……といいたい所でありますが」
『おっと、僕に何か不満が?』
「さすがに魔獣の王となりますと、他国に舐められる……或いは、魔物に屈した愚かな国と誹りを受ける可能性もあるかと――」
外交官の言葉はごもっとも。
だからこそ!
『うんうん、もっともだ! その解決方法をよーく考えると、どうなるかな?』
「……陛下には人間、いえ正確に言うのならばエルフやコボルトなどを含めた人類と呼ばれる種族になっていただくしかないかと」
『その通り! 僕がなんでこの国を乗っ取ったかって!? そんなの決まっている! 僕は本当に人間に戻りたいんだ!』
元国王にして職業が<ギャンブラー>の最上位種、<遊戯帝>とかいうふざけたクラスのオッサンが顔を上げ。
「なるほど――といいたい所であるが、よもやまさか本当に人間に戻りたい、ただそれだけのために余の国を詐欺により奪ったと?」
『はぁ!? 詐欺?』
「誤魔化されずともよいのです、獣王陛下の職業は<詐欺師>と確認されておりますので」
まあ実際。
たしかに僕自身を鑑定すると、その職業欄にあるのは<詐欺師【白サギ】>。
かつての王もまた、王族ゆえに民草を見定める力<鑑定能力>を有しているのだろう。
僕は玉座の手すりを魔術で調整。
ちょうどフリッパーに届く位置に変えて、頬杖をつき。
『ま、僕の職業が確かに詐欺師なのは認めるけどね。けれど、これだってこの世界ではどうやら正式なクラス、ようは戦闘職業らしいから仕方ないじゃないか』
この世界のルールが、勝手に僕の適性を見極めクラスにあてはめたのだろうが。
元王が言う。
「畏れながら、詐欺師の後に付属されている情報、その白サギというのはいったい」
『悪い連中のみをターゲットにする詐欺師ってことだよ。僕の情報欄に表示される情報が<白サギ>のままってことは、どうやらあんたたち三人は全員、僕の詐欺に遭っても仕方がない悪さはしていたようだね』
三者は目を合わせ。
最高司祭リーズナブル。
美貌の剛力エルフは、外向きの顔で――。
「神罰を受ける覚悟はできております。ですが、どうか――民の身の安全は」
『当然だろう? この国は契約上、既に僕の所有物! 自分の所有物の価値を下げるバカはいない……とは言わないけど、理由なく下げる必要もない。君たち、かつての三勢力の長に誓ってもいいよ、僕はこの国の民を蔑ろにはしないってね』
なにしろ貴重な労働力。
経済的な考え方じゃあ人的資源だし。
ニヒリと瞳を細め嘴の根元を上げる僕に、秘書たるアランティアがうわぁ……とする中。
『で? 実際、僕を元の姿に戻すアイディアとかなにかないのかな? リーズナブルなんて本人は脳筋だろうけど、聖職者は聖職者。ちゃんと魔術も使えるみたいだし、名前は知らないけど回復魔術とかさ、<癒しの御手>的なスキルやら魔術をもっているんだろう?』
この世界を観察して一月。
この世は存外にロジカルで、定められた法則に従い成り立っていると僕は理解できていた。
数字大好きなロジカル野郎が作った世界なのだと想定できる。
つまり、フィジカル担当のこの人類最強女であっても、最強の聖職者。
聖女の職業に恥じぬスキルを扱えるはず。
僕を元に戻す魔術やら奇跡が扱える可能性は高い。
『さあ! 最強女! 僕を人間に戻すんだ!』
玉座の上の偉そうなマカロニペンギンの図である。
「と、言われましても……」
『え? もしかして回復魔術とかないの!?』
「いえ、稀少ではありますが回復魔術はたしかにこの世界にもございます。あたくしも聖職者の長として、当然扱えます。けれどです、ジズ様」
彼女にとっては僕はまだ神鳥ジズの大怪鳥らしいが。
まあ、その辺はいいとして。
『怒ったりしないから、ちゃーんと話してよ』
「はい、畏れながら確認させていただきたいのですが……ジズ様がご自分で吹聴されている噂、自分は女神アシュトレトに拾われ猫の足跡の銀河を通り抜け、外の世界からやってきた元人間。つまりは転生者であるというのは――」
『ああ、本当だよ』
「でしたらおそらくやはり、それは状態異常ではなく元からこの世界にペンギンとして生まれたということ。元に戻す回復魔術の効果があるとは……」
僕の自慢な黄金の飾り羽がビロっと垂れ下がる……ま、まあこの辺りは想定済みだ。
それでも希望はまだある。
マキシム外交官が口を開き。
「最高司祭よ、とりあえず試してみては如何か」
「そ、そうですわね! それではジズ様……」
最高司祭だけあり、その回復魔術は荘厳。
厳粛な空気が発生し、戴冠式が行われている儀式場の天では天使に似た存在の幻影まで浮かんでいる。
まあただの魔術エフェクトだろうが……。
ともあれ、発生した天使たちの幻影の手にする聖杯が傾けられ、僕のオツムに聖水をドバ!
僕は濡れた羽毛の水をブルブルと濡れ犬のように弾き。
『って! 羽毛のままってことは! やっぱり効果がないじゃないか!』
「すみません、ジズ様」
『まあいい! ここまでは想定内! 次に元王様スナワチア!』
この国を盤上に見立て、遊戯に勤しんでいた様はまさに狂王。
実際、遊戯のように連戦連勝していたのだから軍師としての腕は確かなオッサンだが。
僕は彼の正体を見抜いていた。
『あんたが使ってる人間に化ける魔術、僕に伝授して貰おうじゃないか!』
ざわめきが生まれる。
王になることを嫌がっていた王が、眉を下げ。
「おや、獣王陛下は気付いておられたのですな」
『当然だろう! この僕の観察眼が――』
「ふむ、おそらくは獣王陛下の鑑定能力は最上位。余の隠匿の秘術とて貫通しステータス欄をカンニングできていた、ということでありましょうな」
あ、バレてる。
推理でもなんでもなく、僕が見れば一目瞭然だった。
スナワチア元国王の種族は人間ではなく――。
「致し方ありませんな。それでは、本来の姿にて失礼いたします」
言って、元国王は足元から煙を発生させ。
ドロン!
魔術エフェクトを発生させ、その顔と腰にモフモフの獣毛を生やし。
『この姿ではお初にお目にかかります、皆さま。吾輩は狸獣人が一匹、前の名は捨てましたので名乗りを上げるのならば、やはりこの名はスナワチア。人を騙し、化ける。タヌキの賭博師にございますれば、以後お見知りおきを』
リーズナブルも知らなかったのだろう。
反射的に戦闘用の聖杖を召喚しつつも、まともに顔色を変え。
「王陛下が、タヌキ……の獣人!?」
「なんと!?」
マキシム外交官も知らなかったようだ。
そして家臣たちの誰もが、今初めて知ったのだろう。
この国は既に狸獣人、タヌヌーアに乗っ取られていたのだと。
ならばと。
動いたのはマキシム外交官。
武器だと思われる魔導書を召喚し、バサリと開き――。
「貴様! 殿下を……っ、陛下を、いやあの小僧をどうしたというのだ!」
「おや外交官殿は本物のスナワチア……王になることを嫌がったあの小僧がお嫌いだったのではなかったのですかな?」
「あの小僧の声と口調でっ、ワタシを愚弄するつもりか!」
怒りを隠さぬマキシム外交官。
かつて帝王学を教えたらしいと情報には聞いていたが――。
心情は色々と複雑なのだろう。
『はいはい、そーいうのは後にしておくれ』
「しかし!」
『じゃあぶっちゃけちゃうとだけどね、たぶんそのタヌキは悪人じゃないだろうよ。その証拠に、人類のために本気で僕を討伐しようとしてたらしいからね』
告げる僕に、アランティア元王女がくわっと口と目を見開き。
「てかマカロニさん! 知ってたんならあたしには教えてくださいっすよ! え!? あ、あたしの復讐相手って本物の王様なんすか!? そ、それともこのイケメン狸なんすか!?」
え。このタヌキ獣人……イケメン判定なのか?
正直、タヌキ顔の判別など僕にはつかないのだが……。
ともあれ、僕はジト目で秘書を眺め。
『いや、だってアランティアちゃんさあ、君……おもいっきし口滑らせそうだし』
「うっ、そ、そんなことは」
『ないって言えるのか?』
騎士姿のアランティア元王女が口ごもる横。
彼女もなかなかどーして、おっちょこちょい。まあマキシム外交官の弟子だけあって、魔術の腕はあるのだが。
ともあれ、僕は僕の目的のために問う。
『まあいいや、それよりも! タヌヌーアだか何だか知らないが、おまえの知ってる人間変身魔術を僕に伝授しろ! これは王の勅命だぞ! 偉いんだぞ!』
フリッパーで握る儀礼用の杖にて指名された賭博師。
タヌヌーアは、困った顔で。
「畏れながら申し上げます、ベヒーモス獣王陛下」
こいつもこいつで、本気で僕をベヒーモスだとまだ思ってるのか……。
『なんだよ!』
「吾輩はあなたさまを滅するつもりでありました。故に、情報収集も多くさせて貰っております。故に、知っているのでありますが、陛下は状態異常耐性を持っておいででは?」
『そーだけど、それがなんだって……』
僕はほぼ全ての状態異常を無効化できる。
まあラスボスとまではいわないが、大ボスが状態異常を無効にするなんてよくある話だ。
だから僕も状態異常を……。
賢い僕は嘴を止め、汗ジト。
『ま、まさか!?』
「はい、おそらくはご想像の通りかと」
『ぐわぁああああああああああぁぁぁぁぁ、しまったぁぁぁぁぁぁ!』
叫ぶ僕の声が咆哮となり、戴冠式の会場を揺らす。
その中で動いているのは、リーズナブルだけ。
やはり彼女は人類最強、僕の<氷竜帝の咆哮>に怯まず動ける最強戦力。
だが、その反面……脳が筋肉でできているので話が見えないのだろう。
リーズナブルが、不思議そうに顔をしかめ。
「あの、話が見えないのですが」
『僕は本物の獣王だ。それは間違いない! でだ! 獣王っていう存在は特別な魔獣。状態異常なんかで簡単には倒されないように創世の女神達は設定しているだろうから……』
スナワチア元国王が丸いモフ耳を揺らし頷き。
「吾輩たちタヌヌーアが人に化ける能力、<模倣者>に分類される得意で特異な魔術は一種の状態異常。その原理は自らに種族変化の状態異常をかけることにありますからな」
「えーと、つまりジズ様は状態異常を無効化するので」
「ええ、おそらくは人になる魔術を自らで無効化してしまうかと」
実際に魔術を伝授された僕は、えい!
人間に化ける魔術を発動!
……。
仰々しい煙は発生するが何も起こらず。
煙の中からでてくるのは、ペタ足を震わせ呆然とするマカロニペンギンさん。
僕は吠えた。
『どぉぉぉぉぉぃうことだよ! おまえだって状態異常耐性を持ってるだろう! 知ってるんだぞ!』
酒を無効化していたのは確認済みである。
だが、やはりタヌヌーアの男は困った様子でタヌキ顔を下げ。
「吾輩はたしかに状態異常を無効にできる力を持っております。これでも種族の長でありますので。しかし、普段は敢えて状態異常”無効を無効化”する装備を身に付け、耐性を下げているのですが……」
『あんまり非道な事は言いたくないけどさ、タヌキくんの持ち物は契約上僕のモノだし? ちょっと借りてもいいんじゃないかな?』
どうよ?
と、僕はマカロニペンギンスマイルである。
「構いませんが」
『が?』
「装備できるかどうか……」
言って、タヌヌーアの男が差し出したのは尻尾に装備するタイプのアクセサリー。
原理としては魔力の源となっているタヌキの尻尾の根元に装着し、自らを弱体化させることにより<種族変化>の状態異常を自分にかけていたのだろう。
輪っかを渡された僕は、腰をひねり尾羽の先にそれをつけ……。
装備は、ボテンと、落下。
……。
僕はペタペタ歩き、輪っかを拾い上げ再び装備。
当然。
装備は再び、僕の尾羽を通り過ぎ落下。
シーンとした空気の中、アランティア元王女がぼそり。
「いや、装備できないっすね。てか、これ種族制限的にタヌヌーアの専用装備なんで……マカロニさんには無理じゃないっすか?」
『分かってるよ! でも試したかったんだよ!』
あぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!
これは計算外だったぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!
オッサンのステータス欄を見て、人間に化ける魔術があると知った時からっ、ずっと計画を立てていたのに!
ベヒーモスでもジズでもリヴァイアサンでもなく。
僕をマカロニさんと呼ぶアランティア元王女が言う。
「まあいいじゃないっすか、国は乗っ取れたんですし」
『目的が達成できたおまえはいいかもしれないけど! 僕はこれで人間に戻れるはずだったんだよ!』
僕の叫びは再び氷竜帝の咆哮となり。
世界を大きく揺らすことになった。
そして、その振動は他国にも伝わり――。
大国たるスナワチア魔導王国が神話の獣王に乗っ取られ、政権交代。
神のケモノが目覚め始めていると噂が流れ始める事となるのだが。
その時の僕はまだ、新たな騒動の火種が生まれていることを知らない。