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雨宮さんとピザトースト

「はあ……」


高校二年生の雨宮ありすさんは、喫茶店の前で雨宿りをしていました。


今日は文芸部の活動がなかったものですから早く帰ることができると彼女は思っていたのですけれど、突然に降ってきた雨のせいで足止めを食らってしまいました。


今朝のニュースによりますと、降水確率は10%ほどだと天気予報士が言っていたのですけれど、天気は急変しますから、予報も毎回正確とはいえないようです。


バケツをひっくり返したような土砂降りを前にして、ありすさんは何度目かのため息を吐き出しました。


早く帰ることができたら、小説の続きを書けたかもしれない、面白いテレビ番組を見ることができたかもしれない、あるいは夕食までたっぷり睡眠をとることができたかも……


過ごすはずだった素敵な時間を思い描き、さらにため息が出てきます。


いったい、いつまで雨は降り続くのでしょうか。このまま夕食も摂れなくなったらどうしようと不安に思っていますと、そばに置いている喫茶店の立て看板が目に入りました。


「本日のおススメメニュー……かぁ」


書かれている文面を読み上げて、雨宮さんは思案しました。


このままここを出ても濡れて帰るのがオチ。だったらこの喫茶店で夕食を済ませるのもいいかもしれない。


さっそくお母さんに電話をして食事をしてくる旨を伝えますと、すぐに了承してくれましたので、ますます激しく雨を避けるかのようにお店の中へと入っていきました。


ガランガランと年季の入った鐘が鳴り、喫茶店の中に入った雨宮さんはそのお洒落な作りに頬を染めました。


四角いテーブルには真っ白なクロスがかけられ、椅子は木製の高級品です。


カウンター席もありますが、雨の様子も気になるものですから、雨宮さんは窓際の席を選んで腰かけました。


ウエイターの女の人が冷水を持ってきました。


雨の日にお冷を飲んでお腹が冷えたらどうしようとも思いましたが、喉が渇いていたのも事実ですので、とりあえずコクリと飲んでみますと、その爽やかさに目を丸くしてしまいました。


冷たいお水には少しだけレモン汁が絞られており、それが爽やかさを生み出していたのです。


美味しいお水に感動して、すぐに飲み切ってしまった雨宮さんは、備え付けのボトルからお代わりを入れて、改めてメニューを眺めます。


グラタンやらパスタやら美味しそうな料理が並ぶ中で雨宮さんの目を引き付けたのは、ピザトーストでした。


「ピザトーストかぁ」


雨宮さんは細く形の整った顎に手をのせて、少しばかり考えました。


ピザトーストを食べるのは何年ぶりになるでしょう。


もう、何年も食べていないような気がします。


そもそもピザトーストなんてピザの代わり――くらいにしか思っていませんでしたから、彼女の人生においてこの料理を食べる機会は本当に少なかったのです。


グラタンやパスタも興味はあるのですけれど、この日はなんだかとてもピザトーストが食べたくなってきたのです。


もしかすると綺麗に撮られた写真の影響もあるのかもしれません。


「すみません。ピザトーストひとつとコーンスープをお願いします」

「かしこまりました」


気づいたら口をついて注文していましたけれど、なんだかワクワクします。


大体のお店で写真と実物は違うという現象を見てきた雨宮さんでしたから、心のどこかで写真とはスケールが縮小されたものが出てくるだろうと、高を括っていましたが、運ばれてきた料理を見て、驚きました。


なんと、一斤ものパンを贅沢にしようとしたトーストだったのです。


パンの端でふたがされており、それを開いてみますと、中にはあふれんばかりのトマトソース、チーズ、玉ねぎ、ウィンナー、キノコなどが入っているではありませんか。


普通のピザトーストは手でもって食べるのですけれど、このお店のトーストは形状が形状だけに、立ち上がってスプーンで中の具を食べることになります。


トマトソースをすくって口に運びますと、新鮮なトマト独特の濃い味が口の中に広がります。甘味と苦みがハーモニーを奏で、まるで新鮮なトマトを丸かじりしているような感覚なのです。


玉ねぎもトロトロと煮込まれており、甘さが引き立ちます。


ウィンナーを噛んでみますとプチプチという心地の良い音と共に脂の旨味が喉に流れ込んできます。


食材のひとつひとつが本物で偽りがなく、どれも新鮮そのものなのです。


これほど美味しいピザトーストを食べたのは、雨宮さんにとって人生で初めての体験でした。


長く黒く艶やかな髪から清楚なイメージを持たれることの多い雨宮さんですけれども、周りのイメージに振り回されてばかりで、クラスで演技をしている自分が、どことなく嫌になっているところがありました。


けれども、ここではその必要がないのです。


ありのままの自分を出して、料理に向き合うことができるのです。


中身を頬張り、柔らかい内側とカリカリに焼かれた外側の食パンの味を堪能した雨宮さんは、心も身体も満たされ、気持ちのよい汗をかいていました。


なんだか、少し体温まで上がった感じがするのです。


ふと、外の景色を眺めてみますと、あれほど激しく降っていた雨はすっかりなくなり、綺麗な虹が青い空にかかっていました。


ほんの気まぐれで入った喫茶店でしたけれども、これほど素敵な出会いがあるとは、彼女は思ってもみませんでした。


「雨に感謝、だね」


晴れ渡る空を見上げて、雨宮さんはにっこりと微笑むのでした。


おしまい。

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