06 配信
真実の眼 (かもしれない)が発動したリリスティアは力を制御しようと試みたものの、成果はなかなか現れなかった。
「どうかしたんすか?」
こちらを覗き込むメリルのなんと可愛らしいことか。すっきりとした短めの髪に加え全体的に彩度が低く、まるで雪の妖精のようだ。
……かわいい。とても可愛らしい顔をしている。
(あ、戻った、)
可愛らしい雪の妖精から、見慣れた液体のような丸い頭へと戻っていく。
「……なんでもないわ。それよりもその、この後、時間は空いているかしら?」
「暇……ってことっすよね?それなら今日は特に何もないっすよ」
「そう、ならよかったわ」
本来のヒロインの半分の力しか与えられていないため、真実の眼を常時発動することはできていない。そのため、いきなり素顔が見えるようになったり元に戻ったりとリリスティアの視界は忙しくしている。
しかしこの力がなくとも今までだってやってこれたのだ。何とかなるだろう。
「よろしければ私の部屋にいらっしゃらな、ひ?」
(か、噛んだ……!?)
誘うのってこんなに難しいことだったかしら?と恥ずかしく思いながらも、リリスティアは平静を保とうと言葉を続けた。
「以前配信が見たいと言っていたでしょう?だから……その、」
「いいんすか!?わぁ……嬉しいです」
「そう……なら、よかった」
嬉しさやら恥ずかしさやらでメリルの顔をまともに見れなかったが、誘えたのなら問題はない。メリルに合うだろうと買った花が無駄にならずに済んだ。リリスティアは、ほっと息を吐いた。
***
「ここがリリス様のお部屋……ちょー優雅っすね」
部屋の間取りなどメリルの部屋と大して変わらないはずだ。それに模様替えだってしていない。しかしリリスティアがいるだけでメリルにはこの部屋が優雅に見えるのだ。
「へ、部屋に花を……!?とんでもなく優雅っす」
花瓶には白い小花と淡い水色の可愛らしい花がさしてある。この花はリリスティアがメリルのために用意したものだ。
リリスティアは頭の絵画に花を降らせ、その空は暖かな春の色をしていた。
「そうだ。メリル、紅茶は好きかしら?」
リリスティアはぽん、と手を叩くと食器を用意し始めた。
「オコウチャ!?」
「苦手だったらミルクでもいいわ」
「の、飲んだことはないっすけど飲んでみたいっす!」
「……そう!そうね、せっかくだもの、遠慮しないで飲んで」
ぱあっとリリスティアの頭に蝶が舞う。それも、空が隠れるほど大量に。
目に見えてリリスティアは浮かれていた。
「こんないいもの、自分のとこでは飲めませんでした」
リリスティアの真似をして、メリルは優雅にカップを傾ける。その姿はぎこちなくて、だからこそリリスティアは嬉しく思う。
「こんなによくしていただいて、自分はとても幸せものです」
「私もこんなに楽しいお茶の時間は初めてよ」
前世はともかく、今世のリリスティアはサルディア学園に入学するため勉学に明け暮れていた。そのためろくに友人もおらず一人で過ごしていたのだ。両親があんな感じなため特に不満はなかったのだが、内心実は憧れていたのだろう。同じ年頃の同性と話すのがこんなにも楽しいだなんて思わなかった。
「メリル、貴女がいてくれるから、いつもより紅茶も美味しいの」
だから一歩引かずに対等な関係になりたい。リリスティアは常々そう思っていた。
「リリスさまぁ〜!!!」
「もう、リリスでいいって言ってるのに」
抱きつくメリルの背を優しく叩く。
「そ、それはまだ心の準備が……」
***
思う存分おしゃべりを楽しんだ後、本来の目的であった配信を見るために万年筆を取り出した。
「これが配信を見るために必要なものよ」
魔導書型の通信機器と万年筆。それから専用のインクを用意する。ペン先にインクをつけ魔導書を開くと、この世界の文字で「アーロ 配信」と記入した。
すると反対側のページに少しずつ色が浮かび上がっていき、動き出した。そこには校章の頭をした男のサムネイルが並んでいる。指の代わりに万年筆でスクロールするように紙をなぞった。使い心地は板タブを使用している感じに近い。
「な、なんすかこの本!?絵がっ、うごっ!動いてるっす……?!」
メリルは驚きつつも興味が隠せない様子で、動いている箇所を指で突いたり魔導具自体を持ち上げて眺めたりしていた。
「マジエラ魔術具師が発明した通信機器──マジホよ」
この世界ではスマホのように気軽に連絡を取る手段がなく、専用のからくり人形に声を吹き込み録音させ、相手の元に行ったオートマタがそれを再生する、という方法で連絡を取り合っている。最近では少しずつ普及が進み、平民でも情報に目ざとい者なら所持していたりする。
ホルス博士が発明したことから、このオートマタたちはホルホと呼ばれている。
そしてこちらは──マジホ。
魔石が組み込まれた魔導書型の通信装置に専用のインクで文字を書くと、その内容に応じて文字や映像が浮き出てくる仕組みだ。使用後インクは消滅し、魔導書は物にもよるが一、二年ほど経つと魔石が砕かれ使えなくなる。バッテリーとなる魔石の交換ができず、壊れたらまた新しく買い直す他ない。そして当然ホルホよりも高価だ。
「魔術具師って、魔法科学を利用して作る魔術具を作る人、っすよね?てことは自分もそのうち作れるように……!?」
はっとしたメリルにリリスティアは答える。
「さあ、それはどうかしら。マジエラ魔術具師は変わり者の天才って有名なの。魔術具の殆どは彼が発明したものだと言われているわ」
「つまり…………」
「彼以外にはできない芸当ってことよ」
「そんなぁ…………」
項垂れるメリルの口元にクッキーを運ぶ。
それをメリルは、ぱくりと口に入れた。
「まあ、でも魔術具師じゃなくても、自分に向いているものを必ず見つけて極めてみせるっす」
「ふふ、そのいきよ」
映像の共有化はここ数年で急速に普及し始めたもので、アーロはその前線で活動する配信者である。
配信する側は専用の機材が必要ということで配信者の数は少ない。
『やあ皆!今日も来てくれてありがとう!!』
マジホ内のアーロが語りかけてくる。
万年筆で文字を書けば、それが画面上に表示されアーロが反応する。メリルに何か書いてみる?と聞くと、嬉々として書き出した。
アーロ・ブラウンはイケカネの攻略対象ではあるものの、全キャラクリア後にしかプレイすることができない隠しキャラだ。だからリリスティアがアーロを攻略対象だと知ったのはネットでそういう呟きを見たから。なにせリリスティアがやったところではずっと校章の頭をしていたのだ。顔があるとさえ思ってはいなかった。
『なになに、「アーロくんを見に来ました」か、……コメントしてくれてありがとう。楽しんでいってくれると嬉しいな』
アーロはにこやかにコメントを読んでいく。
「リリス様!自分の書いたやつが読んでもらえたっす!!」
「ふふ、すぐに読まれるなんて運がいいわね」
未知の技術に興奮しているメリルの頭を撫でる。
(技術はまだまだ前世に及ばないというのに、どうしてこういうところは発達しているのかしら?開発側の好みが透けて見えるわ)
マジホを作るなら、先に音声だけでも一般で使えるようにするべきだと思うのだが、この世界の技術の優先順位はどこかおかしかった。
『それじゃあ皆、ちゅうも〜く!!今回はゲストに来てもらったよ!じゃじゃん!出てきて〜未来のスーパーモデル〜』
アーロの拍手と共に現れたのは水色のモヤに包まれた骸骨の頭をした男だ。男は少し中性的で、だけどちゃんと男性的な声をしていた。
『おい、そんなに持ち上げるんじゃねぇ』
『えぇ〜いいじゃん』
二人の仲睦まじげな会話に、『だれだれ?アーロのダチ!?』『ちょ〜イカすじゃん!その服、どこで買ったのか教えてほし〜!』とコメントも盛り上がっている。
『こちら、ルカ・ホワイトくんで〜す!』
『どうも』
ルカ・ホワイト。
彼もまた、イケカネの攻略対象の一人である。
──残る攻略対象はあと一人。