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01 宣戦布告


 チクリと蚊にかまれたような痛みを感じ、リリスティアは目を覚ました。白いベッドに白いカーテン。前世で何度かお世話になった高校の保健室に似ていると、リリスティアは息を吐いた。

 そう。前世。

 昨日まではなかった前世の記憶というものをリリスティアは女神によって与えられた。正確には記憶を封印していただけ、とのことだがそれでも受け入れるには時間がかかる。暗にリリスティアはこの現状をきちんと飲み込めてはいない。


「あなたが女神の言っていたわたしのライバル?」


 許可もなくカーテンを開き、こちらを見下ろす少女の姿をリリスティアは知っていた。駅を出て、気を失う前に見つめ合った少女だ。柔らかなねずみ色の髪は後ろでまとめられており、短く切られた前髪は山吹色の瞳を強調させている。


 しかし記憶とは違い、その表情からはおっとりとした癒やされるオーラは感じなかった。ひたむきに努力する健気な顔が小動物を連想させて、リスやねずみのようであったというのに。


(可愛らしい声とも相まって、小動物が威嚇している。といった感じね)


 それでも中身が違うとこうも印象が違うのかと驚かされる。言葉遣いも影響しているのだろう。


「あなたがヒロインだというのなら、そういうことになるわね」

「そう……」


 少女はベッドに腰掛けると、言葉を選ぶように何か考え込んでいた。


「知ってるとは思うけど、わたしはセーラ。セーラ・リシュッド。……あなたは?」

「リリスティア・クロードよ」

「そう、リリスティア。……ところであなた、推しはいるの?」


(推し……推しねぇ)

 他の乙女ゲームならいざ知らず、共通ルートしかプレイしていないリリスティアは推しを誰にするか決めかねていた。それに今のリリスティアはゲームをプレイするだけのプレイヤーではなく、ただのモブだ。現実の恋愛が簡単ではないことくらい理解している。


「まぁ、いたところで関係ないわ。わたしが進むのは逆ハーレムルートだもの。あなたの出番はない」


 セーラは不敵に微笑む。


「やけに積極的なのね。拒否権のない転生をさせられて、説明の足りない女神様。……もっと色々とあるかと思っていたわ」


 題材にもよるが、乙女ゲームの多くは命の危機に瀕する場面が多い。前世での現実世界を舞台にしている作品ならともかく、ファンタジー系は基本物騒だ。ヒロインだから助かったものの、モブは大量に死んで……ということも十分にありえる。もう少し安全な作品にしてほしかっただとか不満はいくらでもあるはずだ。


「だってここは『イケカネ』の世界よ?転生先がここだと知っていたら、迷わずヒロインじゃなくてそっちを選んだのに……!」


 ──『異形頭と真実の鐘の音』通称『イケカネ』。


 ──舞台は、10歳になると首だけ(・・・)となり、15歳になると異形頭になってしまうアルマコロンの国。


 この国はかつて貴族が魔力を有し魔族と戦っていたのだが、今はもう以前のような権力も魔力も残ってはいない。そんな中祖母の手紙をきっかけに国の外からやってきた主人公のセーラは、先祖返りという現象により魔族の力の一部を有していた。──真実の眼。この力により、セーラは異形頭たちの本当の顔を見ることができたのだった──。



 というのがあらすじ。本来なら真実の目を持たないモブのリリスティアも、その他大勢の異形頭たちの見分けが付かず下手すれば攻略対象だと気づかないところだった。しかし女神が力の半分を与えたと言っていたためその可能性は消えた。


(それでも少し……いえ、かなり不安だけれど)


 半分与えたというところが引っかかる。半分ではなく、リリスティアにもセーラと同じように与えれば済む話だ。それに必要ないと言ったセーラも腑に落ちない。その力がなければ攻略のしようがないだろうに。一体何を考えているのやら。


「わたしには成し遂げたい夢があるの。野望といってもいいわ。……だからわたしの邪魔だけはしないでもらえる?」


 セーラはリリスティアに指を指し、「絶対に負けないから……!!」と宣言した。


(……そんな勝ち負けみたいな感じだったのね)


どうやら自分とヒロインとでは認識の差がかなりあるらしい。セーラに気をとられていたが、いいかげんここを出て部屋に荷物を置かなくてはならない。一人残されたリリスティアは自分の荷物を見つけると、セーラと入れ違いで戻ってきた教師に部屋の場所を尋ねた。



***


 トランクを置く。ベッドと机に椅子。それからクローゼットと棚が一つ。実にシンプルな造りだ。

 ここ魔法科学サルディア学園は全寮制で、王立ということもあり一人部屋という高待遇。広さはないが、前世のことを思うとむしろ心地よいサイズ感である。


 コンコン。

 扉を開ける。……しかし誰もいない。気のせいかと部屋に戻ろうとしていると、床の方から「ココダ、ココダ」という機械音が聞こえた。視線を下に下げると、そこには魔石で動く鳥型のからくり人形(オートマタ)が立っていた。機械にしては流暢に、人間にしてはかなり拙く「夕飯ノ案内ニキタ」と胸を張った。


(おどろいた、都会のオートマタは喋れるのね……)


 リリスティアの父はウドの町を治める男爵である。ウドの町は農業を中心とした田舎町で、畑を耕す時や大規模な水やりにオートマタを使用することもある。しかしそのどれもが単純な動作しか行えず、この鳥型のオートマタのように喋ったり意志を持つものはいない。


「オマエ、来タノハジメテ。案内シテヤル。……着イテコイ」


 ぴょん、ぴょんと跳びはねるオートマタの後ろをついて行く。夕飯の案内に来たのはこの個体だけではないようで、似たような姿をしたオートマタたちが他の部屋を回っていた。

 

「貴方、名前はあるの?」

「……フィッシュ。博士ガツケテクレタ名ダ」


 ホルス博士に作られたというフィッシュに魚が好きなのかを尋ねると、「オレハ魚ガキライダ」と返された。フィッシュがいうには、ホルス博士は昔好きだった女性の好物をオートマタにつける変人で、自分は恋多き科学者だといつも言っているらしい。


「着イタゾ。ココダ」


 ラウンジは生徒たちで溢れ、賑わっていた。制服だったり部屋着だったりと服装は様々だが、皆に共通するのは首にチョーカーをつけていることと、どこかしらに校章をつけているところ、そして頭が人間のものではないというところだ。


 この学園は校章さえ身に着けていれば服装を問わない。そのため制服を買っていない者もいれば、中には買ったもののほとんど着なかったため安値で販売する者もいたりする。

 気絶していたリリスティアたちが問題なく学園に運ばれたのもこの校章のおかげだ。


 他にも仕事があるからとフィッシュは帰っていった。リリスティアは食事をするため、生徒たちの列に並んだ。


 ビュッフェ方式で、好きなものを皿に取り分けていく。前世の記憶が戻ったことで一時はどうなるかと思ったが、食事面ではそこまでの変化はない。

 

 空いている席を見つけ、着席した。


「隣、いいっすか?」

「ええ。もちろんよ」

 控えめで落ち着いた可愛らしい女の子の声だ。

「自分、メリルと言います。新入生……っすよね?」

「あら、よくわかったわね。そんなに手間取っているように見えたかしら?」

「い、いえ。その……頭を見ればわかります。校章の頭をしているのは十中八九新入生だと聞いていましたから」


 確かに。ラウンジには花や雑貨といった風貌の異形頭たちで溢れているが、ちょこちょこ校章の頭もいた。メリルも校章の頭をしているため、自分と同じ新入生なのだろう。おどおどしながらリリスティアの隣へ腰を下ろした。


「リリスティアよ。今日着いたばかりでわからないことだらけなの。貴女さえよければ教えてくれないかしら?」



 食事を進めながら、メリルは学園に来た経緯を話す。平民の孤児であった彼女が学園に入学できたのも、学園が真に優秀な人材を求めているからだ。


「それでその……憧れの人に少しでも近づきたくてこの学園に来たんす」


 恥ずかしそうにうつむきながらも、その声からは確かに強い意志を感じられた。メリルは謙遜しがちな少女だったが、この学園に入学できた時点で優秀であることは明白。リリスティアはメリルに誇るべきだと鼓舞した。


 髪を耳にかけ、スプーンを口元へと運ぶ。芳醇トマトの香りが鼻を喜ばせ、噛みごたえのある豆たちが口の中で踊った。


「すげぇ上品っすね」


 メリルはリリスティアに見惚れている。

 しかし無意識に言葉が漏れ出ていたことに気がつくと、しまったっ……!と口元を手で隠しリリスティアの様子を伺った。


「す、すみません……舐めた口聞いちゃって……。直そうと意識はしてるんすけど……むぐっ」


 しゅん……と項垂れたメリルは叱られた子犬のようだ。失言に失言を重ね、自分で自分の首を締めている。リリスティアは気にしていないというのに、どんどん墓穴を掘る姿は見ていて正直面白い。


「その……、もしかして貴族の方ですか?話し方とか食べ方とか、なんかこう……優雅でした」


 しみじみとそう言われればなんだかそんな気がしてくる。貴族に気に入られる平民ってこんな感じなのかしら?リリスティアはくすくすと笑った。


「ふふ、まあ一応ね。でも平民と対して変わらないわ」


 メリルの期待に応えるように優雅に微笑む。表情がわからずとも、オーラでそれが伝わるはずだ。


「リリスティア様──」

「リリスでいいわ」


 ふーん、おもしろい子。といった顔でリリスティアはメリルに手を差し伸べた。学園を無事卒業できれば、現在の身分など関係なくなるのだ。貴族だからとよそよそしい態度をとられるよりも、フランクに接して仲良くなりたい。


(さっそく友達ができそうだわ)


 握り返された手を見つめながら、リリスティアの心が跳ねた。



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