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16 合流


────コーン──コーン────


 遥か遠くから微かに、耳をすませば鐘の音が聞こえてくる。 


 いくらリリスティアが母に付き合って野山をかけ回っているとしても、景色の変わらない単調な階段をずっと登り続けるのは中々にしんどいものがあった。


 額を拭い、心を落ち着かせて歩み続ける。 


 

────コーン──コーン──コーン────


 ふと立ち止まり、上を見上げる。


 見上げても見上げても先は見えず、しかし鐘があることだけは確かだった。


(鐘があるってことは、頂上があるということ。……必ず終わりはあるわ)


 そう自分に言い聞かせて、止まりたがっている脚を再び動かした。



────ゴーン──ゴーン──ゴーン──ゴーン


 鐘の音が近づく。


 微かに聞こえるだけだった鐘の音は、随分とハッキリ近くで聞こえた。

 

(何時間も歩いた上で辿り着けないって話だったけど、まだそれほど歩いていないわよね?)


 正確な時刻ではなく体感だったのだろうか。

 ポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。


(……?いつの間に壊れたのかしら)


 秒針は動かず、時針と分針も完全に停止していた。


(お父様から誕生祝いで貰ったお気に入りのものだったのに……)


 帰ったら修理に出そう。例え直らずとも部屋に飾ればいい。リリスティアはこの時計を完全に使えなくなるまで使う気でいた。なにせお気に入りだったので。




────ゴーン──ゴーン──ゴーン─ゴーンゴーンゴーン


 なんの前触れもなく急に、鐘の音が加速する。


(な、なんなの……!?)


────ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン


 耳元で鳴り響くような重く鈍い音圧に、体がふらりとふらついた。


(うっ、目……目が…………)


 両目を抑え、蹲る。

 塔が震えているのと同じように、リリスティアの目にも涙が滲んだ。


 すると、鐘の音とは別の何かが聞こえてきた。

 

「あら、貴女も来たのね」


 聞き覚えのある声にどうにか目を開ける。


「……セーラ・リシュッド」


 ヒロインとは思えない不敵な笑みを浮かべる彼女との再会が、ここにきてようやく叶った。


──リリスティアはついにシナリオに合流した。



***


「まったく見ないから、てっきり逃げ出したのかと思ってたわ」


 セーラもちょうど地下へと向かっていたらしく、リリスティアの気配を感じたため立ち止まって待っていたそうだ。


「私の方こそ、攻略対象にかまけて授業を疎かにしていると思っていたもの。お互い様よ」


 二人の間に火花が散った。


「……まあいいわ。どうせ共通ルートまではゲームと変わらないだろうしね」


 さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のように消え去った。しかし表情はまだぶすりとしていて、ゲームのような穏やかさは感じられない。


「入学式とずいぶん様子が違うようだけれど、ずっと猫を被っているのかしら?」

「…………わるい?」

「いいえ。ただ少し──大変そうだと思っただけよ」


 入学式でのセーラはゲームと同じく守ってあげたくなるような小動物的な愛らしさがあった。しかし目の前にいるセーラは同じ顔でも表情がまるで違う。言葉遣いや声のトーンさえもまったくの別人で、凄い演技力だとリリスティアは感心していた。


「……自分の素を出してゲーム通りにならなかったら困るでしょ?自分の行動で解釈違いを起こすだなんて間抜けな真似はしないわ」


 ぷいっ、とそっぽを向くセーラをじっと見つめる。

 なんだかこう……ゲームのセーラはリスやネズミのようであったというのに、こっちのセーラはまるでハリネズミのようだ。


「なによ」

「…………いえ、貴女って本当にイケカネが好きなんだなぁと思っただけよ」


 いや、これは本当に。

 いくらゲームが好きでも自分にそんな芸当はできない。しかもあまりにキャラがかけ離れている。

 

「はあ?なに言ってんの?あんな神ゲー、好きになるのは当たり前、推すのも当たり前の良作じゃない」


「…………一応聞くけど、私と同じで共通ルートまでしかプレイしてないのよね?」


「………………そうね」


 セーラは静かに目を逸らした。

 そしてぼそりと、「死んだことに心残りがあるとすれば、イケカネを最後までやれなかったことくらいだわ」と呟く。

 

 人間誰しもいつかは死ぬものだし、それは突然やってくるものだ。だから自分が死んだことは自然の摂理なわけで、嘆く必要もないとリリスティアは考えていた。ただそこで嘆く人間は、自分と同じくミラクルによって続きが許された者だけ。──なぜなら死んだらそこで終わりなわけで、その先も何もないのだから。


 死に対して嘆くのは残された者の特権だ。自分の関するところではない。 


 ──とは言っても前世のお母さん元気かなぁとかくらいはたまに思うのだが。


 しかしホームシックになるとかそういうのは一切なかったなぁと、自分と同類であろうセーラを見ながら考えていた。そう、リリスティアは少しドライなところがあったのだ。



「もしあなたがわたしと違って(・・・・・)最後までイケカネをクリアしていたとしたら、嫉妬で嫌がらせの一つでもしていたかもしれないわね」


 フン、と鼻を鳴らすセーラの言葉を咀嚼する。


(つまりそうではないから嫌がらせはしない……ってことでいいかしら?)


「……なによ、その顔」


「……いえ、なんでもないわ」


 なんだか憎めない子ね。とリリスティアはセーラに対してどういう態度でいればいいか測りかねていた。

 ただ、悪い子ではないのだろうと言葉の端橋からそう感じた。


(そういえば、セーラの野望を阻止できなかったらどうなるのかしら……)


 自分が誰ともくっつけないというのなら別に構わない。いや、万が一にでも相手を好きになったら困るが、そうでなければ平気だ。

 相手は攻略対象以外にも大勢いる。彼らにこだわるほど自分はセーラのように思い入れはないし、これだけイケカネに思い入れのあるセーラのことだ。きっと彼らを大切にしてくれる。


「それにしても表情について指摘されるのも久しぶりね」

「そりゃそうでしょ。ここは異形頭の国なんだから」


 少し機嫌が良さそうにセーラはそう言って「そんなことより、とっとと先に進むわよ」と歩き出した。 


「いいの?私は敵なんでしょう?」

「……敵じゃないわ。ライバルよ」


 どうやら同行を許されたらしく、リリスティアはセーラの後ろを追いかけた。



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