そう、貴方は知っている
『己の人生を切り開くにゃ自らの手で賽を振れ』
『知らぬ存ぜぬでは決して許されぬ』
晩年、父親はぶつぶつとそう繰り返し言っていた。何度も何度も無表情で、誰がどう声をかけても、それしか言わなかった。
「僕ぅ、お酒弱いんだぁ……じゃねぇよ。マジ、吐く」
「こないだの合コンの話?ハズレ回じゃん。とりあえず、今日は遊んで、そんなこと忘れろ」
「しずちゃん、あんた神だわイケメンだわ。マジ惚れた」
地元から少し電車に揺られ、人が行き交う都心の片隅にひっそりとある行き着け喫茶店。いつも落ち着いた雰囲気の閑静な楽園で、僕は月に一、二回、まろやかな薫りの特製珈琲をいただきながら、ゆったりと本を読み、ささやかではあるが幸せな時間をここで過ごすのが習慣となっていた。
しかし、最近レトロブームだかなんだか知らないが、気づけば若者が我が物顔で占領しており、静かだったこの空間は僕の神聖な場所ではなくなってしまっていた。
「僕もバカなこと言うてると思うてる。ただ、あと百でいい。そしたら、来週には全額返すから、八百」
「がっかりさせんじゃねぇよ、今まで貸した金今すぐ返せ」
「今は無理。なぁ、お願いだから百万追加で貸してくれ、茂木」
さっきからしょうもない会話が両脇からききたくもないのにきこえてくる。最悪以外のなにものでもない。僕のこの場所がこんなやつらのせいで汚されるなんて。
ふと、父親の言葉を思い出した。僕のこの手で運命を切り開かないと。僕はきっと無意識に笑っていただろう。
もう、すでに貴方は知っている、僕がナニモノなのかを。