*俺の人生を貴女に捧げたい
割り込み投稿です!栞がずれてしまった方は申し訳ないです!
お嬢様を守る。それが俺の使命だ。
俺は生まれた時から奴隷という身分だったらしい。気が付いた時には街の荒くれ者たちに飼われていた。毎日殴る蹴るの暴行を受け、生ゴミを漁って暮らしていた。
そんなある日、いつも通りご主人様に思いっきり殴られたところを貴族の子供達に見られた。そしてあろうことか、彼女たちは侍従たちの制止を振り切ってご主人様から僕を身を呈して守ってくれた。
「すみません、お貴族様。それはうちの奴隷でして、躾をしなければならないのです。どうか見逃してはいただけませんか?」
彼女たちの侍従が彼女たちを守るように前に出る。
「大丈夫です。なにも俺はお貴族様に逆らおうなんざ思っていません。お貴族様にはなにもしませんよ、本当です」
へらへらと笑うご主人様に、男の子が言った。
「へえ。僕達に逆らわない、というなら、この奴隷の子供に暴力を振るうなと命令すれば手を出さないのかな?」
「え?…え、ええ。もちろんですとも。ですからあまり大ごとにはしないでいただきたいです。どうでしょう?」
別の男の子が鼻で笑う。
「うそつけ。俺たちが居なくなったらまた暴力を振るうんだろ。それとも、それよりももっと酷い仕打ちをする気か?」
「い、いえ。そんなつもりはありませんよ、はい」
そんな不毛な会話をしている彼女たちの後ろで、俺はただ思いがけない展開に瞳を揺らして震えていた。俺なんかを庇ってくれる人がいることに酷く驚いたんだ。この優しさを知ってしまえば、次に殴られる時にも誰かが助けてくれることを期待してしまいそうで。すると、彼女は羽織っていたカーディガンを俺に被せた。俺は彼女をただ見つめる。すると彼女は言った。
「…買います」
「え?」
「この子を、私が買います」
その言葉に、俺は衝撃を受けた。
「もう一度言いましょう。この子を、私が買います」
その場にいた誰もが目を点にした。貴女がそこまでする理由はないはずなのに。
「こんなみすぼらしい奴隷を買ってくださるのですか?お幾らほどいただけるんでしょうか…?」
「これで十分でしょう?」
大量の金貨をご主人様に投げつける彼女。突然の大金にご主人様は慌てて地面に這い蹲り、落ちた金貨を拾い彼女にへこへこ頭を下げた。そして奴隷の契約書を彼女に譲渡する。
彼女は俺を連れて自分の家に戻った。
俺は彼女の侍女に連れられ湯浴みをした。彼女の弟の侍従だという人の子供の頃の服を着せられ、ボサボサの髪を短く整えて貰い、新しいご主人様の前に出る。
「おー、見違えたな」
「ご機嫌よう。改めて、僕はリシャール・ルノー・イストワール。君の新しいご主人様の婚約者だよ、よろしくね」
「は、はい…」
蚊の鳴くような声しか出ないのが申し訳ないが、まともに声を出すのも久しぶりなので許して欲しい。
「ううん!えっと、こんにちは。私は貴方の新しい主人のセレスト・エヴァ・シャロンです!貴方にはこれから、奴隷ではなく侍従として私に仕えてもらいます。詳しくはリリーに聞いてね」
「はい、ご主人様…」
「貴方のお名前は?あと、ご主人様ではなくお嬢様。わかった?」
「はい、お嬢様。…グレイと申します、よろしくおねがいします」
「グレイね。よろしく!」
「私はリリーと申します。しばらく貴方の世話係兼教育係を務めます。よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
これだけでも感謝に堪えないのに、お嬢様は事あるごとに俺のことを気遣ってくれる。今日も今日とて、お嬢様は俺を笑顔にしようとしてくれる。上手く作り笑いすら出来ない自分が憎い。お嬢様に心配をかけたい訳じゃないのに。
「グレイ、布団が吹っ飛んだ!」
「…はい。面白いと思います、お嬢様」
坊ちゃんが肩を震わせる。俺もあんな風に笑えたら、お嬢様に心配をかけないで済むのに。
「フェリベール様、グレイを押さえて!」
「え?お、おう」
フェリベール様が俺を抑え込む。俺はなすがままだ。
「こちょこちょ!どうだ!」
「…すみません、俺、そういうのあまり感じない方で。くすぐったくなくてすみません」
「…ちぇー」
拗ねたお嬢様も可愛らしい。お嬢様は本当に素敵な方だ。
「んじゃ次兄上やるか!」
「え?僕に喧嘩を売るの?フェリ。いいよ、買ってあげよう」
お嬢様の悪戯は何故か王族二人の喧嘩祭りに発展した。さらにそこから皆様も巻き込まれ大乱闘になる。俺は大慌てでリリーさんとプラムさんを呼んだ。リリーさんとプラムさんが皆様を叱りつける。お嬢様、ごめんなさい。
その後、リリーさんとプラムさんが急に忙しそうになった。なんでも、リシャール殿下とフェリベール殿下、パトリック様とアンナさん、俺の五人の歓迎会をしてくれるとのこと。きっと、これも俺を笑顔にしようとして行ってくれたんだろうと察した。いや、自意識過剰の可能性もあるけれど。
皆様とご一緒させていただき、クラッカーを鳴らしてわいわいと歓迎会を始める。そしてお嬢様から皆様に花束とおもちゃのプレゼントを渡される。俺は受け取ろうとするその時、堪えきれず涙を流した。
「え!?グレイ!?どうしたの!?」
リシャール殿下とパトリック様が俺の背を撫で宥めてくださる。お嬢様がわたわたと慌てていて、申し訳ない。ここまでしてもらって、本当に恐れ多いのに。
「グレイ、そんなに難しく考えることないよ。私はただグレイともっと仲良くなりたいだけなんだし。グレイにもっと幸せになってほしいだけなんだよ」
お嬢様の温かなお言葉に、涙が次から次へと溢れてくる。お嬢様はなんでこんなにもお優しいんだ。
「セレストもこう言っているんだし、君ももうちょっと甘えてみればいいんじゃない?僕の婚約者は信用できる可愛い子だよ?」
「お姉様が仲良くなりたいって言ってるんだから従うのが従者だと思うよ」
「僕も君と仲良くなりたいな」
「てか俺たちもう友達だろ。そんな気にすんなよ」
「えっと…新参者の私ですが、お嬢様の優しさは本物だと思いますよ。だから、安心して委ねてしまう方がいいかと」
俺はそこまで慰められてようやく泣き止んだ。そして…ふんわりと花が咲くように微笑んだ。
「お嬢様、俺、未熟者だけど。頑張る。お嬢様を守れるように頑張る。お嬢様が笑顔で暮らせるように頑張る。だから、側に置いてくれますか?」
「…もちろん!」
こうして俺は身体を鍛えるようになった。何があってもお嬢様を守れる侍従兼護衛になれるように。
グレイはとてもいい子です