狐の神隠し
夏のホラー2021投稿作品です。
テーマが『かくれんぼ』なので、神隠しを絡めて書いてみました。
やっぱり怖いようで怖くない、ちょっと怖いホラーです。
いじめ描写が入ります。苦手な方はお気を付けください。
ーーお稲荷さんの山でかくれんぼをしてはいけないよ。
ーーどうして?
ーーお狐様に連れて行かれてしまうからね。
ーーつれていかれるとどうなるの?
ーー帰って来れなくなるんだよ。
「もういいかい。まーだだよ。もういいかい。まーだだよ」
地元の人から『お稲荷さんの山』と呼ばれる丘のてっぺん。
御神木に顔を伏せた少女の声が、誰もいない境内に響き渡る。
「一人で何をしておる娘」
「!」
少女が振り向くと、神職の装束をまとった男が立っていた。
歳の頃二十四、五。
すらりと高く細身の身体は、杉の木のように無駄のない美しさ。
切長の目は涼しげで、冷たくも優しくも見える不思議な色。
うなじの辺りでまとめられた長い銀髪は、夕日を受けて黄金色に輝いていた。
「稲荷の山の伝承を知らんのか。真似事だろうとここで隠れ鬼をすると、狐に拐かされるのだぞ?」
「かど……?」
首を傾げる少女に、男は呆れたように溜息を吐く。
少女に歩み寄ると、自分の身体と御神木で挟むように手を付き、低く重い声を耳に送り込む。
「攫われて消え、二度と人の世には戻って来られなくなる、と言うておる」
「さらってください!」
森の虫の声が一瞬止んだような空気が流れる。
「何を言っておる?」
「あなた、お狐様ですよね! 私をさらってください!」
「……家出娘か? 短慮はやめよ。身を隠すのとは違う。人の世には戻って来れぬのだ。死も同じだぞ?」
「いいんです! 死んだって! でも、死にたくないんです!」
「……訳が分からぬ。聞いてやるから落ち着いて話せ」
目に涙を溜めた少女は、男に頭をぽんぽんと叩かれ、落ち着きをいくらか取り戻した。
「……私、学校でいじめられてるんです。からかわれて、物を隠されて、水をかけられたり、ゴミをかけられたり……。やめてと何度伝えてもいじめは激しくなる一方で……」
「ふむ」
「両親にも相談しました……。でも両親は『中学生なんだから自分で解決しろ』『仕事が忙しいのに手を煩わせるな』と……」
「ほう」
「学校の先生に頼んでも『仲良くしなさい』『弱いあなたにも原因がある』って言うばかり……。助けどころか、誰もまともに話を聞いてくれなかった……」
「そうか」
「だからお狐様に私を消してほしいんです! 死んだんじゃお葬式してちょっと責められて終わりです! あいつらに『いつか戻って来るかも知れない』と一生怯えさせたいんです!」
「分かった。分かったから涙を拭け」
男が取り出した手拭いで、少女は顔を拭く。
「神隠しよりも現世の方が厭わしいとはな。げに恐ろしきは人の心か。良かろう。お主を攫ってやろう」
「本当ですか!?」
「しかし良いのか? お主が今少し熟れたらその身体を食らうやも知れんぞ?」
男の獰猛な笑みに、身を強張らせる少女。
しかし決意は揺るがなかった。
「……あ、あの、骨も残らないようにしてくださいね! 最近の警察は優秀だそうなので!」
「……勘違いがあるようだが、まぁ良い。覚悟の程は分かった」
ふわりと少女の背を膝裏を抱き上げ、御神木の裏手へと歩き出す。
「え、あ、あの!?」
「娘、名は?」
「ふぇ? あ、あの、豊川美紀です」
「ミキか、くはは。まるで供物だな」
「え? え?」
「何、言葉遊びよ」
男は美紀を抱き運びながら、からからと笑う。
「あ、あの、お狐様は何て呼べば……」
「神名は人の身には呼び辛かろう。そうだな、榊とでも呼ぶが良い」
「榊、さま……」
その言葉を最後に、美紀の姿は榊と共に森の中へと掻き消えた。
読了ありがとうございます。
「壁ドン(御神木使用)」「耳打ち」「お姫様抱っこ」とイケメンにのみ許されるという奥義をこれでもかとぶち込んでみました。
でも人一人消えてるんだし、人間の業の恐ろしさは書いたし、ホラーだよね! ね!
なお溺愛風味のお口直しも用意しましたが、相当甘いのでお気を付けください。
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