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第十五章 第四話 エルフ救出会議

 今回のワード解説


自己開示の返報性……相手が自己開示をしてくれたときに、自分も相応の秘密を開示しなければいけない気持ちになる心理現象のことです。 そのため、相手からの自己開示を引き出すことがメリットになるような場面において、使われることが多いテクニックです。


嗅細胞……嗅覚の刺激物質を受容する細胞。人間では鼻腔(びこう)上部の粘膜中に分布。臭細胞。


嗅覚ハウンド……別名セントハウンドとも呼ばれています。 嗅覚ハウンドとは、吠えながら優れた嗅覚で獲物を追い回す、猟犬達のグループです。 ジャパン・ケネルクラブにおいて、第4グループ(ダックス)に次いで犬種数が一番少ないグループです。



 伯爵から囚われたエルフの女性たちを救出することを決めると、扉が開かれてタマモが部屋に入ってくる。


「お待たせしました。先に巫女としての仕事を終わらせてきましたので、お話を伺います」


 そういうと、タマモは俺と対面する位置に座り、話を聞く姿勢を見せる。


 心理学を知っているせいで、彼女は俺に対して敵意を表しているのではないかと考えてしまう。


 まぁ、ただの偶然だと思うが。


「タマモと言ったな。伯爵はどこにおる。奴の屋敷の場所を教えてはくれぬか」


 何から話そうかと考えていると、レイラが単刀直入にタマモに尋ねる。


 あまりにもいきなりすぎだ。


 これでは驚かれて最悪警戒されるのではないか?


「どうしてそのようなことを聞くのですか?」


 当然の回答をタマモが口にする。


 アリスが知り合いとは言え、俺たちはエルフとは何の関わりを持っていない赤の他人も同然、いきなりそんなことを聞かれては、このような態度を見せるのは当然だろう。


「そんなもの決まっておろう。伯爵を倒し、囚われたエルフを救出するためである」


 堂々とエルフを助けることレイラは告げる。


 相手の事情も考えることなく、ただ自分がすべきだと思ったことを口にできるあの性格は、ある意味羨ましい。


「大変失礼ですが、これは我々エルフの問題であります。客人であるあなたがたには何も関係がありません」


 エルフなりのプライドというものがあるのだろう。


 協力は必要ないとタマモは告げる。


「どうしてそんなことを言うのです?わたしたちはタマちゃんたちを助けたいと思っているのですよ」


 アリスが涙目になりながら訴えると、タマモは胸を抑えるような動作をする。


 知り合いだけあって、彼女の言葉には誰よりも心にくるものがあるようだ。


「アリスさん。お気持ちは大変ありがたいのです。ですが、これは我々一族の問題。よそ様に首を突っ込まれる訳にはいかないのです。それに、エルフたちを代表する巫女として、あなたたちに協力を乞うようなことをすれば、民たちはそこまで落ちたのかと思われるでしょう」


 いい言いかたをすれば、一族の誇りを持って大事にしている。


 悪く言えばただの頑固者だ。


 いくらこちらが訴えたところで、心から協力をしてはくれないだろう。


 仕方がない。


 どちらに転ぶかは賭けになるが、状況を動かすためにはこの方法を使うしかないだろう。


 俺は決心すると口を開く。


「今から言うことは独り言だ。思わず声音が高くなってしまうかもしれないが、俺の正体はオルレアンの王子、俺たちがこの森に来たのは、セプテム大陸にいる魔王の情報を探すためだ。もし居場所のようなものを知っているのであれば、情報を提供してくれ。その謝礼として、俺たちが伯爵に対して圧力をかける。これはビジネスだ。お互いの利益を得るための行動であれば、民たちも納得してくれるのではないか?」


 心理に訴えた方法での交渉を図る。


 あのときのエミにも使った方法で、自己開示の返報性だ。


 自分から情報を開示することによって、ある程度の信頼を得て、相手も話やすくさせる環境を作ることが可能だ。


 成功するかは相手次第だが、人間は与えられてばかりだと、気持ち悪さを感じてその感情から逃げるために、自分からも何かを返そうと行動に出てしまう。


 よく村のおばちゃん同士がぶつぶつ交換をしているが、あれはそういった心理によるものだ。


 エルフは一応人族の部類に入るが、人間心理が当てはまるかはわからない。


 もしかしたら一方的に情報を与えても、何も返ってこないかもしれないが、賭けである以上は仕方がないと割り切るしかないだろう。


 タマモは視線を逸らすと頬に赤みが出る。


 流石にずるかっただろうか。


 彼女が何かしらのアクションをするのを待っていると、タマモは小さく息を吐き、口を開いてくれた。


「わたくしも今から独り言を言います。伯爵はエルフの森を抜けた先にある豪邸に住んでいます。警備が厳重で、救出に向かった同胞は返り討ちに遭っております。男性は大けがを負い、女性は帰ってくることがありませんでした。警備に当たっている人間は伯爵が雇っている凄腕の戦士たち。庭には嗅覚の鋭い狩猟犬が多く、近づいただけで警報代わりに吠えられます。知っていることはこれぐらいです」


「ありがとう。別にこれは俺たちがかってにやりたいと思ってやっているだけだから、気にする必要はない。今から作戦を考えて、決行可能であれば今夜にでもエルフの里を発つよ」


「どうしてお礼を言うのですか?わたくしはただ独り言を言っただけですよ」


 そう言うと、タマモは立ち上がり、客間から出て行く。


「さて、今から作戦を考えようか。まず問題になるのは匂いに敏感な狩猟犬、こいつをどうするかだな」


「一応情報を得ることはできたけど、ざっくりした内容だったから、細かい部分はわからないままよね。狩猟犬が何匹いるのか、雇われた傭兵の人数が何人なのか。もう少し詳しくわからないと、細かい作戦は立てられないわよ」


 カレンが作戦について自身の考えを述べる。


「そこのところは実際に自身の目で確かめるしかないんじゃないのかい?」


「ならば、余とライリーの二人で今から現場に向かうとしよう。頭を使うのはデーヴィットたちのほうが向いているであろうからな」


 囚われているエルフの女性たちの気持ちを考えると、一日でも早く助け出したほうがいいだろう。


 効率を考えれば、そのほうがいい。


 万が一見つかったとしても、二人なら対処が可能。


 しかし、そのときは守りが厳重になっている可能性も十分に考えられる。


「わかった。偵察は二人に任せる。だけどむりはしないでくれ。見つかりそうになったらすぐに逃げること。戦闘は極力避けてくれ」


「わかったよ」


「了解した。では直ぐに向うとしよう」


 二人は椅子から立ち上がると客間から出て行く。


「とりあえず、俺たちもできることをしておこう。まず、狩猟犬対策だな」


「狩猟犬と言うと、ビーグル、ブラッドハウンド、アメリカン・フォックスハウンド、ダルメシアン、プチ・バセット・グリフォン・バンテーンに限られるわね」


 エミが犬種を口にするが、そのほとんどが聞いたことのない名前だ。


 辛うじてビーグルとダルメシアンぐらいは知っている。


「この際犬種などはどうでもいい。まずは犬の嗅覚対策からだ」


「でも、犬って人間の何倍も嗅覚がいいのよね?」


「確かに犬は人間の嗅覚と比べ、一億倍優れていると言われるが、一億倍匂いを強く感じているわけではない。人間の気づかないようなかすかな香りでも、一億倍の嗅覚で察知することができるということだ。人間の鼻よりも大きく、臭いを感じる嗅細胞が多く存在している。だから犬は人よりも嗅覚に優れているというわけだな」


「でも、犬によっては得意な臭いと嫌いな臭いがあるわ。例えば飼い主さんの匂いはどんなものでも好きなの。汗や足の匂いでも、好んで嗅ぎにくる。嫌いな臭いは人工的に作られた臭いね。葉巻とか、アルコール、あとお酢の匂いも苦手ね。ああいうのは犬にとって不快な臭いになるわ」


 犬の好みの匂いと、嫌いな臭いの種類をエミが語る。


 だが、お酢が嫌いというのは大きな情報だ。


 例えば、使わないタオルなどにお酢を染み込ませて庭に投げつければ、そこから離れてくれるかもしれない。


「臭い以外で誘導させる方法と言えば、やっぱりボールかしら?」


 カレンが頬に指を当てながら提案をする。


「あ、それいいわね。狩猟犬のような嗅覚ハウンドの性格の犬は好奇心旺盛で、つい小さい動物であっても追いかけようとしたりするから、使えるかもしれないわよ」


 色々と話し合った結果、誘導役の人がお酢やボールなどで狩猟犬の気を引いているうちに、中に侵入する方向性でいくことにした。


 傭兵に関しては、ライリーたちが戻ってこないと対策が立てづらいだろう。


 一旦休憩して二人の帰りを待つことにする。


「ねぇデーヴィットこれを見てよ」


 客室でのんびりしているとエミが一冊の本を俺の前に持ってきた。


「これは!」


 俺は差し出された本を見て驚く。


 本の表紙には現代医学書と書かれてあるが、文字がこの世界のものではない。


「この本、あたしのいた世界の日本語で書かれてあるわ」


 俺の持つ知識の本(ノウレッジブックス)に書かれてあるのと同じ文字で書かれてある。


 そのため、俺にも読むことができた。


「この本はどこにあった」


「客間にある本棚の中で見つけたのよ」


 本のページを捲り、軽く内容を呼んでみる。


 中身は医療関係や病気に関しての知識が書かれ、色々と参考になりそうだった。


 どうして異世界の本をタマモが持っているのか、あとで聞いてみる必要がありそうだ。


「とりあえずは本棚に戻しておいてくれ」


「わかったわ。でも、あたしも興味があるし、少し読んでみよう」


 本を返すと、エミは先ほどの俺と同じようにページを捲っていく。


「あ、これ勉強になるわね。ここは新しい魔法のヒントになるかも!」


 エミが食い入るように本を読みながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


 何だか嫌な予感がする。


 よからぬことでも考えていそうな表情だ。


 敵に対してのものなら心強いが、俺が彼女の機嫌を損ねた際に、八つ当たりで発動されるおそれも十分にある。


「なぁ、何を思い浮かんだ?」


「うーん、内緒!でも、伯爵に天罰を下すのに適した魔法であることだけは教えるわ」


 気になって尋ねてみるが、エミは素直に答えてはくれなかった。


 まぁ、伯爵に対して発動させる魔法であれば、深く追求しないほうがいいだろう。


 内容を聞いたら後悔しそうな気がしてきた。


 夕方になったころ、偵察に向かった二人が帰ってきた。


「お帰りなのです。どうでしたか?詳しい情報が分かったのなら教えてほしいのです!」


 帰ってきたばかりのレイラたちに、アリスはせがむように成果を尋ねる。


「わかったからそんなに引っつかないでくれよ。逃げたりはしないんだからさ」


「アリス、気持ちはわかるが二人はつかれている。少し休ませたほうがいい」


「はい……なのです」


 軽く注意をしたつもりなのだが、アリスは落ち込んだようで、肩を落として俯いてしまった。


「そんなに落ち込むなよ。帰ったらすぐに教えるつもりだったんだ。今から話すから安心しな」


 ライリーが元気づけようとしたのか、落ち込むアリスの頭に手を置き、少し乱暴気味に頭を撫でる。


「わ、わ、わ、頭がぐらぐらするのです」


「ちょっとライリー!アリスちゃんに乱暴しないでよ。綺麗な髪が跳ねちゃったじゃない。アリスちゃんこっちにおいで、髪を梳いてあげるわ」


「はいなのです」


 ライリーから離れると、アリスはエミの膝の上に座り、彼女に跳ねた髪を直してもらう。


「それで、どうだったの?」


 カレンが尋ねると、二人は難しそうな顔をした。


「伯爵の屋敷は二階建ての豪邸だったよ。庭には五匹のビーグルが放し飼いにされていた。傭兵らしき人物は三人だった。一人はランスロットのように鎧で武装して、もう一人は武道着を着ているおさげの男、最後の一人は傭兵とは思えないぐらいの爺さんだった。その他にも警備兵がいたよ」


 ライリーの報告を聞き、俺は考える。


 庭にいるビーグルたちは誘導でどうにかなりそうだ。


 屋敷に侵入するのはそう難しくはないだろう。


 だけど問題は屋敷に侵入したあとだ。


 傭兵たちの配置場所や女性エルフたちが監禁されている部屋などの位置を、把握する必要がある。


 救出作戦にはあまり時間をかけられない。


 スピーディーに行動する必要がある。


 長時間留まれば、こちらの正体に気づかれるリスクが高くなってしまう。


「お約束ってやつだけど、監禁する場所って言えば地下であることが多いわよ。昔読んだ異世界もののラノベでは定番だったから」


 エミがアリスの髪を櫛で梳きながら、地下の可能性が高いことを告げる。


 確かに、エルフたちを捉えていることが世間に知られれば大変なことになる。


 隠すのであれば、地下空間は最適だ。


 それに閉鎖された空間では声が届きにくい。


「地下に閉じ込められていることを第一候補にするか。カレン、屋敷の外から探査魔法を使って内部の様子がどれぐらい分かりそうか?」


「そうね。超音波を送る必要があるから、どこか窓が開いていれば間取りはある程度はわかるわ。でも、音の反射だから、扉が閉じていたら部屋の数まで知るのは難しいわね。西の洞窟のときは、運よく扉が開いていたから細かい内部を知ることができたのよ」


 どうやら細かい部分まではわからないようだ。


 それでも情報が何もないよりかはマシだろう。


「わかった。できる範囲でいいから一度使ってみてくれ」


「任せて」


「それでどうするのだ?早ければ今夜にでも決行すると言っておっただろう?」


「正直なところ、どこに囚われているのかがわからない以上は、まだ危険だと思っている。もう少し情報が欲しい。むりに押し通して失敗した場合、警戒は厳重になって救出が困難になる恐れがある。明日、俺とカレンで伯爵の屋敷に向かい、内部の調査を行おうと思う」


 エルフたちを心配するアリスには悪いが、なるべく危険性が低くなるほうを選びたい。


「まって、あたしも一緒に行くわ。あたしに考えがあるのよ」


 彼女なりに作戦を考えたらしく、エミも俺たちに同行する意志を示す。


「どんな策だ?」


「カレンは確か音で内部の人数を把握することができたわよね?」


「ええ」


「なら、人数とどの辺に何人いるのかを教えてもらえば、あたしが認識阻害の魔法を使って内部調査をすることができるわ」


 エミの提案は素晴らしいものだが、問題もある。


 ひとつは魔法を発動させるには詠唱が必要なこと。


 これは小声でも問題ないが、ぶつぶつと何かを呟いていると、周囲から怪しくみられる可能性がある。


 そしてもう一つは、術者が対象者を認識する必要があることだ。


 直接脳に攻撃をすることになるので、術者は対象者を意識しなければならない。


 範囲魔法のように、館に住む人全員が対象になる訳ではないのだ。


 一人ずつ魔法を当てなければならないので、効率も悪いし、エミの精神力が尽きる恐れもある。


 俺は今思い当たった点をエミに伝えた。


「でも、メフィストフェレスは王都中の人間に認識阻害の魔法を使っていたじゃない」


「確かにあいつはそうだった。だけどその方法が分かっていないじゃないか。考えられるとすれば、高い魔力を持って、出会った人全員に魔法をかけていたぐらいしか思いつかないが、それでも非現実すぎる。俺だって納得ができないが、魔物だからできたと考えるしかないんだよ」


「わかったわよ。それじゃあ調査できる範囲は狭まるけれど、むりしない程度で使うわ。危ないと思ったらすぐに引き返すから。それならいいでしょう」


 エミの作戦には魅力がある。


 やらない手はないだろう。


 彼女がむりをしない程度で内部調査をしてくれれば心強い。


「むりをしないと約束してくれるのであれば、ぜひお願いしたい」


「わかったわ。このあたしに任せなさい」


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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