第十五章 第三話 巫女と禊
今回の話はタマモがメインになっています。
なので三人称で書かせてもらっています。
今回のワード解説
禊……川や海の清い水につかり身体を洗い滌ぎ、ツミやケガレを祓い清めること。
クラシカルストレート……女性の髪形の一種。王道のモテ髪型の定番のストレートロング。
ふわっとパーマを当てたほうが垢ぬけるような気もするが、あえてストレートを押し通すことで新鮮で清楚な感じがとっても好印象の髪型である。
話は少し前に戻る。
デーヴィットたちを客室に案内したタマモは、水浴びをするために屋敷の奥に向かう。
これからアリスさんがお世話になった人たちの接待をしなければならない。
エルフの巫女として、汗臭いままでいる訳にはいかなかった。
屋敷の奥には禊を行うための湖がある。
廊下を歩いていると、脱衣所の前に二人の女性エルフが立っているのが見え、タマモは声をかける。
「お疲れ様です。見張りご苦労様です」
「これは巫女様、ありがとうございます」
「ここに来られたということは、禊を行われるのですか?」
「ええ、これからお客人の相手をしますので、その前に身体を清めておこうかと思いまして」
脱衣所の前には覗き対策として、二人の女性エルフが見張り役となっている。
タマモは、今から禊を始めることを彼女たちに伝えた。
「わかりました。見張りはお任せください」
「禊のあとは巫女装束に着替えられますか?」
「そのつもりです」
「わかりました。すぐにこちらに持ってきます」
「お願いします」
見張り役のエルフの間を通り、タマモは脱衣所の中に入る。
脱衣所には、籠の中に白装束が置かれ、これを着て禊を行うことになっている。
起源としては、神のひとりが水で心身を清めたことが由来されているらしい。
着ている服を脱ぎ、一度裸となってから白装束を身に着ける。
彼女はこのルールが苦手だった。
どうして水を浴びるだけなのに、いちいち裸になってその上から着なければならない。
下着を着ているときとは違い、肌に直接布が触れる。
小ぶりの胸に、白装束が擦れて変な気分になりそうだ。
罪や穢れ、煩悩を捨て去るために行う行事のはずだが、これでは一向に清らかな体と心には、なりそうにない。
毎回タマモは禊に時間をかけている。
見張りのエルフたちは、精神を集中させて神とコンタクトを取って、時間がかかっているのだと思われているが、実際には煩悩を失くすのに時間がかかってしまうからだ。
余計なことは考えない。
余計なことは考えない。
そう自身に言い聞かせながら、タマモは外に出る。
見上げると、空は雲一つない青空が広がっていた。
この空のように、いつか自分にも晴々とした気持ちになれる日が訪れるのだろうか?
そんなことを考えていると、彼女は首を左右に振る。
「何を余計なことを考えているのですか、ワタクシ。今は禊を行う時間、無心となって心と体を清めるのです」
何も考えないように心がけ、タマモは外に置かれている桶を手に取ると、湖の水を掬い上げて身体にかける。
白装束は水分を吸い、透けて内側が丸見えとなる。
なんてはたしない恰好なのでしょうか。
こんな姿を殿方にでも見られたら。
って、何を考えているのですかワタクシ!だから毎回時間がかかっているのではないですか!
透けて裸体が丸見えとなった自身の姿を見て、心の中で思ったことを口にするも、これでは意味がないと思い、すかさす自身にツッコミを入れる。
余計なこと考えないで、無心でいようとするほど、何故か様々なことが脳裏を過ってしまう。
「こんなのでは巫女失格ですね。そもそも、ワタクシは巫女には向かない性格ですのに」
この世に生を受けた日から、タマモはエルフの巫女として大事に育てられた。
巫女に相応しい女となるために、親から英才教育を受け、言葉遣いから声のトーンまでもが、巫女らしさを連想させるように育てられた。
だが、いくら外面だけを理想とする巫女に近づけても、中身を変えることは不可能だった。
その証拠に、今も無心になれずに煩悩を打ち消せていない。
「巫女様、巫女装束をお持ちいたしました。籠の上に置いておきますね」
「ええ、ありがとうございます」
巫女装束が届けられた。
客人を待たせる訳にはいかない。
でも、だからと言って、中途半端な状態で彼らと対峙する訳にはいかない。
タマモは時間をかけて禊を行った。
湖の水を浴び、身も心も清らかになったと確信してからタマモは脱衣所に戻る。
身体を清潔なタオルで拭き、下着を着てから巫女装束に着替えた。
しかし、タオルで拭いた程度では、まだ髪に湿り気が残っている。
こんな状態では巫女として合わせる顔がない。
「呪いを用いて我が契約せしシルフに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよブリーズ」
風の球体が目の前に出現し、微風を撒き散らす。
自然に近い風が吹き、彼女の髪は次第に乾く。
「これでよし、それではお客人の元に向かいましょう」
タマモは脱衣所を出て客間に向かう。
廊下を歩き、客間の前に来た時だ。
扉越しに客人たちの声が聞こえる。
盗み聞きするような趣味はないが、タマモはなぜか扉を開けることができずに、その場に立ち尽くした。
『この辺を領土に持っている伯爵が、エルフを攫っているって言っていた。この里に置かれている状況は、俺たちの想像を超えているのかもしれないな。魔王の情報を聞ける状況ではないかもしれない』
扉越しに客人の一人の声が聞こえる。
確か客人の中でも唯一人間の男性、名前はデーヴィットと言ったか。
彼らがエルフの森に現れた目的はまだ聞いてはいなかったが、魔王に関する情報を得るため。
魔王とは、この大陸にあるエトナ火山の麓に住むと言われる魔物のことなのだろうか。
やつが現れて以来、この大陸には今まで見たこともない魔物が数多く生息するようになったというのを、この大陸の歴史書で呼んだことがある。
彼らは魔王の情報が目的、いったい何のために?
気になったタマモはさらに聞き耳を立てることにした。
話の内容は、今このエルフの里で問題視されている伯爵による拉致問題についての話題に変わっていた。
仲間内で揉めているようで、強めの口調が目立っていた。
すると、それを止めようとしているのか、今度はデーヴィットの声が聞こえた。
『皆聞いてくれ、おそらく俺たちは同じ気持ちだと思う。伯爵を許せない。どうにかして罰を与えたいと思っている。だけど、俺たちはそう簡単には伯爵に手を出せない。俺はオルレアンの王子、そして皆はその仲間。扱いとしては俺の部下のようなものになる。万が一にでも正体がばれれば、戦争の引き金を引くことにもつながってしまう』
扉越しに聞こえた彼の言葉に、タマモは一瞬言葉を失ってしまう。
あの殿方がオルレアン大陸の王子様!
いったいどうして王族の人が、魔王の情報を集めにこんな田舎にまで足を踏み入れたのだろうか。
それに伯爵に手を出せば戦争になるとはいったい?
理由もわからずに、鼓動が激しく高鳴る。
いったいこのセプテム大陸に何が起きようとしているのだろうか。
いくら考えても、自分の知能ではそれらの情報だけで答えに辿り着くことができない。
『どうにかして助けてあげることはできないのです?タマちゃんたちを助けたいのです。昔お世話になった恩返しがしたいのです』
今度はエルフを助けたいと懇願するアリスの声が耳に入る。
久しぶりに再会したが、相変わらずアリスさんは心優しい子だ。
唯一自分の中にある悩みを打ち明けてもいいと思った子であり、たった一人の親友のような存在。
「ありがとうアリスさん。ですが、これはエルフたちの問題、そのお気持ちで十分ですわ」
小声でポツリと言葉を漏らす。
そう、これはあくまで自分たちエルフの問題、よそ様にご迷惑をおかけする訳にはいかない。
そろそろ盗み聞きをするのはよくない。
そう思い、彼女がドアノブに手をかけたときだった。
女性の一人が、同じ性別の者としてほっておけないと言い出したのが聞こえた。
名前は聞いてはいなかったが、クラシカルストレートの長い赤髪で、漆黒のドレスを着ていた女性の声だ。
彼女の声に続いて、その他の女性も同じ意見だと言い出す。
その声を聞いた瞬間、タマモの心の中が温かくなり、思わず涙が流れそうになるのをグッと堪える。
例え種族は違っていても、同じ性別として、我々の苦しみを理解してくれている。
それだけで十分だ。
そう思っていると、デーヴィットの言葉が聞こえた。
感情が抑えきれていないのか、盗み聞きした中でも一番大きい声だった。
彼の言う身分という足枷がなければ救いに行くと言う言葉が、妙に心に突き刺さる。
同じ人種で同じ性別であるのに、彼は女のエルフを救出に向かうと言うのだ。
人間はエルフとは違って性欲に忠実な生き物。
食事と睡眠に続いて三番目に欲求が強く、三大欲求なんて呼ばれるほどだ。
人間の男は全員獣、そう思っている。
今でもその考えだ。
今まで出会った人間の男は、誰もが伯爵の味方だった。
エルフの味方になろうとする意志を向ける者は、一人もいなかった。
なぜ、伯爵の味方をしない?
いったい何を考えている?
彼の心理を知る必要がある。
そう考えると、タマモは勇気を振り絞ってドアノブを回し、扉を開けた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




