第十五章 第二話 エルフの巫女
「動かないでください!少しでも動けば矢を放ちます。両手を上げてこちらの指示に従ってください」
先頭に立っているエルフの女性が、両手を上げるように指示を出す。
彼女はエルフ特有の容姿で、首にはネックレスのような紐がかけられていた。
声は安らぎを感じさせるような心地い声音だが、矢先を俺に向けていつでも放てる準備をしている。
これは罠だ。
彼女は先に動くなと言った。
そしてそのあとに手を上げるように命令してきたが、手を上げるという行動自体が、先に言った『動くな』という命令に背くことになる。
手を動かした瞬間に、射抜く算段なのはわかり切っている。
みんなもそれに気づいているのか、誰も彼女の指示に従わない。
「どうして手を上げないのですか!本当に撃ちますよ!」
俺たちの行動が意外だったのか、エルフの女性は声を荒げて、再び手を上げるように要求してきた。
しかし、これも脅しの一種であることには変わりない。
その要求を呑むほど、俺たちは戦いの経験が浅いわけでもないのだ。
今まで様々な修羅場を乗り越えている。
「その手には乗らない。あんたは最初に動くなと言った。俺たちが手を上げた瞬間に、指示に背いたとして撃つつもりなのは見破っている」
彼女からは、口を開くなとは言われていない。
俺は指示に従わない理由を伝える。
「すみません。そのようなつもりで言ったつもりはなかったのです。動いて構いませんから、手を上げてください」
どうやら、ひっかけるために言った訳ではないようだ。
彼女は謝ると、三度手を上げるように要求してくる。
今度は指示に従い、両手を上げた。
「連れ去った同胞の居場所を吐けば、命までは助けてあげます。知っている情報を提供してください」
情報の提供?連れ去られた同胞?いったい何のことだ。
「待ってくれ、俺たちはこの大陸に来たばかりで何も知らない。エルフの里にいったい何が起きている」
「しらばくれないでください。あなたたちが伯爵の兵士であることはわかっております。また若き乙女たちを穢すために攫いに来たのでしょう」
「だから知らないって!」
「ならば、死を選ぶと言うのですね。さすがは伯爵の兵士、アサシン並みの口の堅さです。ならばここで死になさい」
彼女たちは、どうやら伯爵の兵士と勘違いをしているようだ。
弁明しようにも話を聞いてくれない。
ここは後ろから射抜かれる覚悟で、敵に背を向けて逃げるしかない。
「やっぱりタマちゃんだ!」
一か八かで逃走を図ろうとしたとき、アリスが俺の後ろから顔を出し、誰かの名前を口にする。
「あなたはもしかしてアリスさん?」
「はいなのです。お久しぶりですなのです」
アリスの言葉に、エルフの女性が反応する。
どうやらタマちゃんとは、彼女のことのようだ。
「あなたも伯爵の兵士に捕まったのですか」
「ち、違います。デーヴィットお兄ちゃんは悪い人ではないのです!私を盗賊さんから守ってくれた命の恩人さんなのです!」
洞窟内に響くほどの声で、アリスは必至に訴える。
「わたしたちはただ、エルフの里でフォックスおじさんと話しがしたかっただけなのです!」
「わかりました。あなたは嘘がつけない性格、今言ったことを信じましょう」
タマちゃんと呼ばれた女性は弓矢を下ろすと、続いて後方にいたエルフたちも攻撃態勢を解く。
「ワタクシの名はタマモ。エルフの里で巫女を務めております。アリスさんの言葉を信じて、あなたたちをエルフの里に案内いたしましょう」
アリスのお陰で、どうにか穏便に話をすることができそうだ。
もし、彼女がいなければ、俺たちの運命は大きく変わっていたかもしれない。
「あなたたちは念のために周辺の警戒をお願いします」
タマモが後ろにいるエルフに伝えると、俺たちの横を抜けて洞窟の外に向かおうとする。
「ちょっと待ってくれ、白銀の鎧を着た男と、ローブを来た男は俺たちの仲間だ。見つけたら攻撃をしないでくれ」
「わかりました。今の聞きましたね?」
警備に向かうエルフたちは無言で頷くとこの場から走り去っていく。
「では、ワタクシたちも向かいましょう。お父様は留守にしていますので、ワタクシが代わりにお聞きします」
タマモは踵を返して洞窟の奥に向けて歩き出す。
俺たちは彼女の後ろをついて行った。
体感で五分ほど歩いていると、洞窟の奥に光が漏れているのが見えた。
もうすぐ出口に辿り着く。
「そうだ。アリスさん、ご両親はお元気ですか?もし、エルフの森にいるのであれば、お迎えに向かわないといけないのですが」
さっきから無言が続いて変な緊張感を醸し出していたからか、タマモのほうから話題を口にする。
しかし、彼女はなるべく触れてはいけない話題を口に出した。
アリスの両親が盗賊に殺されたことをタマモは知らない。
何気ない話題のひとつのつもりで言ったのだろう。
「お父さんとお母さんは死んじゃいました。でも、今はデーヴィットお兄ちゃんたちと一緒だから、全然寂しくはないのです」
「すみません。そのようなことがあったとは知らず、無神経でした」
アリスがタマモを気遣って、明るく見せようとしたのかもしれないが、彼女は謝罪すると口を閉ざした。
洞窟の外に出ると、そこはエルフの里とつながっていたようで、多くのエルフたちが道を歩いている。
建物は木製で、ツリーハウスと呼ばれる家が里中に建てられている。
タマモの後ろをついて行くと、里に住むエルフたちがこちらを見て、ひそひそと話していた。
この感じは以前にもあったような気がする。
デジャヴを感じていると大きな建物が見えた。
作りは民家と同じツリーハウスだが、規模が大きい。
「巫女様お帰りなさい。お早い帰還ですが、そちらの人間たちが今回の侵入者ですか?拘束をされていないのは何故?」
建物に近づくと一人の男性エルフがこちらにやってきてタマモに声をかける。
「こちらの方はワタクシのお客人です。人間ですが、丁重におもてなしをいたしますので、里の者には危険がないことを知らせなさい」
「承知致しました。客人、失礼なことを言うが、この里ではあまり目立つような行動は控えることだ。何かが起きても、我々は責任を負えない」
そう伝えると、エルフの男はこの場から去って行く。
「ごめんなさい。今この里では色々と問題が発生していて、人間に対して警戒をしているの。ワタクシのできる範囲で、民に理解を求めるようにしますが、あまり出過ぎた真似はしませんように」
再度注意を受け、俺たちは建物の中にある客間に案内されると、しばらく待つように言われる。
客間には木で作られたテーブルに、切り株の形をした椅子があり、俺たちは椅子に座って彼女が訪れるのを待つ。
「エルフの里に入れたのはいいけれど、私たちはあまり歓迎されていないわね」
「この辺を領土に持っている伯爵が、エルフを攫っているって言っていた。この里に置かれている状況は、俺たちの想像を超えているのかもしれないな。魔王の情報を聞ける状況ではないかもしれない」
「なら、その伯爵を懲らしめればいいだけの話じゃないかい?伯爵からエルフを救出できれば、その報酬として情報を得られるってものだ」
「はぁー、ライリーは何も考えないで思ったことをすぐに口にできるからいいわよね。単純で。その能天気さが羨ましいわ」
「エミ、あたいに喧嘩を売っているっていう解釈でいいのだよな」
「こんなところで喧嘩しないでよ」
ライリーとエミの軽い言い合いを、カレンが割って入る。
この里に起きている問題と解決方法は既に分かっている。
エルフの里では、セプテム大陸の北部に領土を持つ伯爵が若きエルフを攫い、穢しているとのこと。
ならばその伯爵に罰を与えて、二度とエルフの森には手を出さないようにさせればいい。
だけど、そんな単純な話ではないのだ。
懲らしめることに関しては俺も賛成だが、俺たちがそれに関与することができない。
一応俺はオルレアンの王子、そしてレイラたちはその仲間だ。
間接的には俺の部下のような扱いになってしまう。
この国はセプテム大陸の魔王の策略で、王都オルレアンと戦争の危機にある。
そんな中、俺たちが伯爵に手を出し、万が一にでも正体を知られでもしたら、ガリア国が戦争を仕かける正当な理由を作ってしまう。
「皆聞いてくれ、おそらく俺たちは同じ気持ちだと思う。伯爵を許せない。どうにかして罰を与えたいと思っている。だけど、俺たちはそう簡単には伯爵に手を出せない。俺はオルレアンの王子、そして皆はその仲間。扱いとしては俺の部下のようなものになる。万が一にでも正体がばれれば、戦争の引き金を引くことにもつながってしまう」
俺の言葉に全員が静まりかえった。
各々が考え、方法を見出そうとしているのだろう。
「どうにかして助けてあげることはできないのです?タマちゃんたちを助けたいのです。昔お世話になった恩返しがしたいのです」
静寂を破るように、アリスが俺たちに訴える。
伯爵のしていることは、人としてはゲスな行いだ。
どうにかして天罰を与えたい。
だけど、俺たちの身分が明らかになれば、問題はエルフの森だけではなくなってしまう。
「確かにデーヴィットの立場からしたら難しい案件である。しかし、同じ女としては伯爵の行為を見逃すわけにはいかぬ。余はエルフたちの味方をして伯爵の館に乗り込み、成敗する。例えそなたが反対しても、余は止まらぬからな」
レイラが椅子から立ち上がり、エルフ側につくことを俺に宣言してきた。
「珍しく私もレイラと同じ考えよ。伯爵のことを想像するだけでも吐き気がするわ」
「あたしも同じく」
「デーヴィッドには悪いが、あたいもこちら側の味方をさせてもらう」
レイラに続き、カレン、エミ、そしてライリーまでもが立ち上がった。
王都オルレアンで、父さんたちとの食事に際に、俺の味方をしてくれたときのように。
今回の女性陣は、エルフたちの味方をする姿勢を崩さないようだ。
「デーヴィット、余はそなたの心内を知りたい。オルレアンの王子ではなく、一人の男としてどう思っているのかを」
「そんなの許せるわけがないだろう!俺だってオルレアンの王子という足枷がなければ、伯爵の顔面を殴りに行くさ。今直ぐにでも!」
「なら、答えは決まっておる。デーヴィットよ、そなたは頭がいいが、時には凝り固まった考えを解す必要がある。バカになるのだ!後先考えずに感情の赴くまま行動に出ろ!」
レイラの強い意志を感じさせる訴えが、俺の心を強く打ち抜いて震えさせる。
確かに、俺が王都オルレアンの王子だということを、知らないままこの大陸に来ていたのなら、後先考えずに正義感に駆られて伯爵の住む館に乗り込んでいただろう。
正体を知られなければいいだけの話だ。
その可能性が一パーセントだったとしても、それにかけるのが俺だったはず。
戦争を恐れて尻込みをしていては、戦わずに逃げることと同じになる。
本当の弱者に成り下がってしまうところだった。
「そうだな。昔の俺なら正義感に駆られて行動に出ていた。ありがとう皆」
俺は仲間たちに礼を言うと、扉が開かれる音が聞こえ、振り返る。
入口には、エルフの巫女装束と思われる衣装に着替え直したタマモが立っていた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




