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第十四章 第五話 悪夢

 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


甲板部……甲板員の人が働く部署。航海中は、ワッチ体制(4時間当直・3交代を1日2回繰り返し)となる。

停泊中は、原則的に朝8時から17時までの勤務となります。停泊期間の業務は、主に船体保守・点検・整備作業を行います。時に船長もサビ打ち・塗装作業等を行う事もある。


徐波睡眠……睡眠 状態で、 脳波 に 大きく ゆるやかな波が 現れる 深い眠り 。


ノンレム睡眠……レム睡眠以外の、深い睡眠の時期。非レム睡眠。徐波睡眠。


レム睡眠……睡眠の一つの型で、身体は眠っているが、脳は覚醒(かくせい)に近い状態にある睡眠をいう。

「デーヴィッド待ちなさい!」


「待てと言われて待てるか!」


 エミに追われ、俺は甲板を必死に走っていた。


 別に悪いことをしたわけではない。


 あれは事故だったのだ。


 なのに、彼女はカンカンに怒っている。


「あたしの隠していたおやつ食べたでしょうが!」


「本当に悪いと思っている。まさかエミのだとは思わなかったんだよ!」


「許さない。絶対に後悔させてやる」


 鬼の形相で追いかけてくるエミの迫力に押されたのか、俺は何もないところで転んでしまい、顔面を思いっきり打った。


 しかし、不思議と痛みは感じない。


 これなら直ぐに起き上がることができる。


 俺は立ち上がろうと身体に力を入れる。


 だが、不思議と身体を動かすことができない。


 まるで金縛りにあったような感じだ。


「エミ!俺に何をした」


「何もしていないわよ。可笑しなことを言うのね。でもラッキーだったわ。これでデーヴィッドを殺すことができる」


 彼女の言葉に、俺は耳を疑う。


 今、殺すって言わなかったか?


 イヤ、イヤ、イヤ。


 そんな訳がない。


 エミが仲間である俺を殺すなんてことはありえないじゃないか。


 だって、おやつを食べただけだぞ。


 それぐらい、買って返して謝れば済む話しじゃないか。


 きっと、比喩的なものだな。


 俺は頑張って身体を仰向けの状態に持っていくことができた。


 しかし、エミの顔を見た瞬間に俺は血の気が引く。


 彼女の目は本気と訴えており、不気味なほどに笑っていた。


「観念なさい。あたしのおやつを食べた罪は重いわよ。死んで償いなさい!」


「待ってくれ、新しいのを買ってやる!それに欲しがっていた服も買ってあげるから許して!」


「問答無用!あの世で後悔なさい!(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アスフィケイション」


 マジでエミは魔法を唱えた。


 しかも発動すれば、死を待つだけの石化魔法だ。


「デバフの女王!許してください!」


 俺は心からの叫び声を上げる。


 しかし俺の願いも空しく、次第に身体の筋肉が強張り、動かすことができなくなった。


 完全に石のように身体を動かすことができない中、意識だけがはっきりする。


 俺はこのまま死んでしまうのだろうか。


 身体を動かすことができないでいると、エミはパチンと指を鳴らした。


 その音を聞きつけ、乗組員である甲板部の人たちが集まってきた。


「お前たち、恐怖に引き攣った顔のまま固まってしまったあの男を海に投げ飛ばしない」


「了解しました。デバフの女王さま!」


 甲板部の人たちが俺の身体を担ぐと、視界は青空だけが映し出される。


 一分もかからないうちに、俺は海の中に落とされた。


 息苦しい中、誰も助けてくれる者はおらず、俺の身体は海底へと沈んでいった。


 誰もいない深海に到達すると俺は孤独になった。


 光もない冷たい深海の中で一人ぼっち。


 誰か助けてくれ。


 頼む、誰か!


「デーヴィッドお兄ちゃん、デーヴィッドお兄ちゃん、ねぇ!」


「うわー!」


 アリスの声が聞こえ、俺は反射的に上体を起こした。


「俺、身体が動いている」


 鼓動が激しく高鳴るのが聞こえ、息は荒かった。


 冷や汗を掻いていたようで、両手は汗で湿っていた。


「大丈夫ですか?デーヴィットお兄ちゃん。うなされていたみたいでしたよ」


「あれは夢?」


 どうやら俺はエミから殺された夢を見たようだ。


 とんだ悪夢を見てしまった。


 できればあんな夢は二度と見たくない。


「ごめん、心配かけたね。今は何時ぐらいかな?」


「具体的にはわからないのです。でも、まだお日様は高くはないのです」


「そうなんだ。教えてくれてありがとう」


「はいなのです」


 俺はハンモックから降りると、アリスと一緒に食堂に向かう。


 悪夢を見たせいで、沢山の汗を掻いてのどはからからだ。


 早く水分を取りたい。


 食堂に入ると、ライリー以外が集まっていた。


「デーヴィッドおはよう」


 一番に挨拶をしてきたのは、よりにもよって薄い水色のセリロングの女性だった。


「エミ、お、おはよう」


 先ほどまで見ていた悪夢が脳裏を横切り、ぎこちない挨拶を返す。


「元気がないわね。変な夢でも見た?」


「まぁ、そんなところ」


 今はあまりエミと話したい気分ではない。


 彼女の横を通ると、テーブルの上に置かれたアイテムボックスから、水の入ったボトルとコップを取り出す。


 ガラス細工のコップに水を注ぎ、口に含んだ。


「一応デーヴィットにも聞きたいのだけど、アイテムボックスの中に入れておいたあたしのおやつがなくなっているのだけど、何か知らない?」


 エミの言葉が耳に入った瞬間、悪夢が蘇り、口に含んだ水を噴き出しそうになる。


 どうにかして飲み込むと、俺の身体は何故か震え出した。


「どうしたの?何か変よ。もしかして何か知っているの?」


「い、いや。何も知らないよ」


 俺はなるべく平静を装いながらエミに答える。


 まさか、正夢なんてことにはならないよな。


 こんなの偶然に決まっている。


「何か怪しいわね。本当に何も知らないの?」


 なるべくいつもどおりに振舞っているつもりだが、どうやら動揺を隠せれていないようだ。


 ならば、言葉で俺ではないことを説明するのみ。


「俺なわけがないだろう。もし、仮に俺が食べたとしても、食べる前にカレンに一度聞いてから食べている」


「デーヴィットの可能性は低いわよ。いつも私に聞いてから食べているから。でもこっそりと食べられた可能性は否定できない」


 カレンが俺のフォローしてくれる。


 だが、庇ってくれるのであれば、僅かな可能性まで口に出してほしくはなかった。


「わかったわよ。一応信じることにする。でも、どうしてあからさまに怪しい態度を見せるのよ」


「いや、それは……」


 何て説明をしようか。


 さすがにバカ正直に教える訳にはいかないだろう。


 もし、夢にエミが登場して、おやつを食べた罰として石化させられたなんて言えば、せっかくカレンが無実を証明してくれたのに、再び怪しまれることになる。


「多分、デーヴィットお兄ちゃんが見た夢に、エミお姉ちゃんが登場したからだと思うのです」


 俺のことをフォローしようとしているのか、アリスは俺の見た夢に、エミが登場したことを告げる。


 俺は悪夢を見ていた。


 うなされていたということは、無意識に言葉が出ていたのだろう。


「へぇー、あたしがデーヴィットの夢の中に出たんだ。どんな夢なの?」


「どうしてエミなのだ。デーヴィットの夢に登場するのは余であるべきだろう」


「私も気になるわね。どんな夢だったの?」


 三人が俺の見た夢に興味を持ったようで、視線を向けられる。


「えーとですね。確かデバフの女王がどうのこうのって言っていたのです」


 アリスはきっと純水な気持ちで俺の代わりに答えてくれたのだろう。


 彼女に悪意はない。


 それはわかり切っているのだが、俺は絶望せずにはいられなかった。


「それ、どういうことよ。詳しく説明しなさい。デーヴィット」


 エミの視線が鋭さを増す。


 ヤバイ。


 嫌な予感がする。


 どうして夢を見るのか、エミはその原理を知ってしる。


 俺の夢の中に登場した彼女に対して、デバフの女王と呼んでいたことを知られれば、心の中でそう呼んでいることを知られてしまう。


 そうなってしまえば、エミの機嫌を悪くさせてしまい、夢の再現に近いことが起きる可能性が出てくる。


 俺はどうにかして誤魔化すことにする。


「それがな。俺の夢の中に、デバフの女王と名乗る魔物が現れて俺を襲ってきたんだよ。そこで一緒に戦っていたのがエミだったっていうわけ。ただそれだけだ」


「あれ?そうだったのですか?わたし聞き間違えたようなのです。わたし、エミお姉ちゃんがデバフの女王だと言っていたような気がしていたのですが」


 アリスは全然悪くない。


 彼女は純粋無垢な天使とも言える存在だ。


 ただ自分が聞いたこととは違っていたので、思わず口に出してしまっただけだろう。


「それ、どういうことよ。アリスちゃんの言っていることと食い違いが出ているのだけど。正直に言わないとどうなるのか、頭のいいデーヴィットなら分かるわよね」


「ごめんなさい!すべて正直に話します!」


 俺は慌てて謝罪をし、本当のことを告げる。


 夢の内容を正しく伝えると、カレンとレイラが笑い出した。


「なにそれ、エミがデバフの女王で、甲板部の人たちを下僕にしていたの?」


「これは愉快な話である。ライリーがこの場にいたら、腹を抱えて笑っていたかもしれない」


「ちょっと、そんなに笑わないでよ。あくまで夢の話でしょう!」


 エミは顔を赤くしながらも、俺を睨みつける。


 確かに、羞恥を感じつにはいられないかもしれないが、本当のことを言えと強制してきたのは彼女のほうだ。


 少しぐらいはあんな夢を見てしまった俺にも責任はあるかもしれないが、無意識によるものなのだから仕方がない。


「デーヴィットがあたしのことをそんな風に思っていたなんてショックよ。そんなにあたしって怖い存在なの?」


 エミが少し悲しそうな表情を見せる。


 やっぱり、彼女は夢を見る原理を知っているだけに、俺の心の奥底に眠っている感情について察してしまったようだ。


 眠ると、最初に深い睡眠に入る。


 これは徐波睡眠と呼ばれるが、この徐波睡眠時に成長ホルモンの分泌が最も多くなり、細胞の増殖や組織の損傷の修復を進める。


 その後八十分から百分ていどのサイクルで、浅い睡眠のレム睡眠と深い睡眠のノンレム睡眠が繰り返される。


 レム睡眠には記憶や感情の固定と消去が行われるので、この記憶と感情の固定と消去の段階において、日常生活で無意識の中に閉じ込められた感情が解放され、様々な夢を見ることになるのだ。


 個人的な無意識の中に閉じ込められた過去の経験や、抑圧感情や欲望、あるいは集合的無意識の中に閉じ込められた民族や、人類に共通した感情や意識が、レム睡眠の段階で形を変えて夢となって現れるとも言われている。


 俺があんな夢を見たということは、俺の心の中に眠るエミに対しての感情が現れたものとも言える。


 確かに彼女のデバフ能力はある意味恐怖だ。


 一歩扱い方を間違えれば尋常ではない被害が出る。


 だけどエミならきっと道を踏み出したりはしない。


 俺はそう信じている。


「この際だから正直に言うけど、俺はエミの魔法が怖い。いや、正確には契約している精霊に対してかな。もちろん、エミが魔法で指示を出さなければ無害だけど、相手の肉体に直接悪影響を齎す力を秘めている。その事実だけでも、俺にとっては恐ろしい存在だ。エミは力に溺れないとは思うけど、俺の知っているエミがエミじゃなくなりそうな気がしてしまうんだ」


 俺は嘘偽りなく、思ったことを口にする。


「確かに強力な魔法は使いすぎると制御が効かなくなる。その恐ろしさは余自身が体験しているゆえ、一番わかっているつもりだ。余計なお世話かもしれぬが、今後は魔法を使うときは考えて使ったほうがよい」


 レイラは人間だったころ、禁断の魔法である魅了(チャーム)を使っていた。


 あらゆる男を虜とした代償として、彼女は魔女狩りの対象となってしまった。


 処刑後、自身に抱えた感情が強くなり、今は魔物となっている。


 あくまでも可能性のひとつにすぎないが、エミも同じ道を辿る危険性を秘めているのだ。


「わ、わかったわよ。でも、今まで無暗に使ってはいないじゃない」


「それは分からぬ。感情が高ぶってしまえば、人は何をするのか分からない生き物だ。普段は理性を保っていても、感情が爆発してしまって予測不可能な行動を起こすこともある」


 レイラは語気を強めてエミに語る。


 実体験からくるものなのか、彼女の言葉は説得力を感じさせた。


「わかったわ。肝に銘じておく。皆に変な心配をさせる訳にはいかないものね」


「それにしても、エミの言っていたおやつってどこに行ってしまったのかしらね。昨日の夜に整理していたときはあったのに」


「案外ネズミが入って食べたのかもしれないな」


「ちょっと、怖いこと言わないでよ、バスケットの中に手を突っ込めなくなるじゃない」


 カレンの慌てている様子が面白く、つい笑ってしまった。


 俺の笑いにつられたのか、今度はカレンも笑い出し、伝染したかのように、この場にいる全員が声を上げて笑った。


 明るい雰囲気が辺りを包み込む。


 これならエミがプレッシャーを受けて、ストレスを溜め込むことはないだろう。


「そういえば、今更だけどエミがなくしたおやつって何だったんだ?」


「お饅頭よ。こし餡がたくさん入っていて、食べると口の中が甘さで満たされて、幸せな気分になるのよ」


 エミが頬に手を置き、おっとりとした表情で語るが、俺は甘味系が苦手だ。


 どうやら正夢にはならなそうなので、心からほっとする。


「おはよう。朝からにぎやかじゃないか?何を話していたんだい?」


「お、ライリー!おはよう。実はな…………」


 ライリーの声が聞こえ、俺は振り返る。


 しかし、その瞬間俺は固まったかのように動きが止まった。


 彼女の口元には黒い物体が付着しており、甘い香りが漂っていたのだ。


「ねぇ、ライリー?ちょっと聞いてもいいかしら?」


「おう、どうしたんだい?」


「その口元についているのは何かしら?」


「口元?」


 エミに聞かれ、ライリーは口周りを自身の手で擦る。


「ああ、食べた饅頭だね。夜中小腹が空いてさぁ、何か腹に入れないと眠れそうになかったから、アイテムボックスの中に入っていたのを食べたんだ」


「あなただったのね!よくもあたしが楽しみにしていた饅頭を!」


 エミはライリーを睨みつけると拳を振るわせる。


「待て、エミ!饅頭なら今度買ってあげるから、許してやれよ」


「そうである。先ほど感情的にはならないほうがよいと言ったばかりではないか」


「そうなのです。エミお姉ちゃん落ち着いてくださいなのです」


「あのお饅頭はね、王都でも人気のお店で一日たったの五十個限定だったのよ。買って食べるために、早起きして開店前から並んでいたのだから!(まじな)いを用いて我が契約せし負の生命の精霊に命じる――」


「止めろ!」


 呪文の詠唱を始めるエミを、どうにかしようと全員が彼女の口を塞ぎに飛びかかった。


 結果はどうにか中断することに成功したが、その代償はとても大きかった。


 俺はバランスを崩し、彼女の口を塞ごうとした手は目標を誤って高度を下げ、エミの胸を揉んでしまったのだ。


 顔を赤くした彼女は標的を俺に変え、殴る蹴るの暴行に走った。


 このとき、女性陣の誰もが俺を助けようとはしなかった。


 理不尽にもほどがある。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 今回の話しで第十四章は終わりです。


 明日は第十四章の内容を纏めたあらすじを投稿予定です。

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