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第二章 第一話 晩餐

「腹減っちまったさ。飯はまだかい?」


「今作っているから我慢しないさい。ていうか文句言うのなら手伝いなさいよ」


「嫌だね。あたいは料理なんて器用なことはできないよ」


「だったら文句言わないで待ちなさいよ。犬でもそれぐらいできるわよ」


「あたいは犬以下だって言いたいのかい」


「まぁ待てよ。二人とも落ち着いてくれ。空腹でイライラしているのは分かるけど落ち着いてくれよ。俺も料理を作るのを手伝うからさ。だから喧嘩はやめなよ」


「分かったわよ。それじゃあデーヴィッド、この野菜の皮剥きをお願いするわね」


 喧嘩腰になっている二人を宥めつつ、俺はカレンの指示にしたがい、包丁で野菜の皮を剥くことを試みる。


 料理はほとんど経験がないが、野菜の皮剥きなどの下ごしらえなら何度かやったことがある。


 ジャガイモに向けて斜めに包丁の刃を差し、少しずつずらしながら皮を剥く。


 なるべく薄く切ることを心がけていると、途中で皮が切れてしまい、もう一度挑戦。


 しかし、今度も同じ結果に終わってしまう。


 頭の中では、最後までつながった状態の皮ができあがると思っていたが、実際やってみると難しい。


「あ、また切れた」


「身を小さくしないのなら、別に皮が切れても問題はないわよ。でも何とかしたいって言うのなら貸して」


 カレンが手を差し伸ばして俺の持っている包丁を求める。


 彼女に包丁を手渡すと、別のジャガイモを手に取って実演してみせた。


 流石に長年義母と一緒に料理をしていただけあって、包丁捌きが上手い。


 カレンの切っていく皮は、途中で切れることなく一本になっている。


「こうやって包丁ばかりに意識をもっていかないで、滑らすようにして剥いて行くの。薄く削ることによって、栄養素をより残すことができるわ」


 カレンの手解きを受けつつ、もう一度チャレンジをしてみる。


 彼女から教えてもらったことを意識しつつやってみると、今度は少しマシになった。


「そうそう、そういう感じ。後は慣れだから何度かやっていくうちに上手くなっていくわよ」


「なんだか楽しそうだねぇ」


 後ろから一人だけ調理に参加していないライリーの声が聞こえてくる。


 除け者感を覚えているのなら、不満を言わないで手伝えばいいのに。


 そう思い、ライリーを誘ってみることにした。


「実際にやってみると楽しいよ。ライリーもやってみないか」


「いや遠慮しておくよ」


 しかし、彼女は参加する意志をみせなかった。


 ライリーもいい年だ。


 将来結ばれることになるであろう伴侶と出会う可能性を考えても、料理ぐらいはできたほうが、好感をもたれるはずだ。


 お節介であろうが、もう一度誘ってみることにする。


 彼女のことだ。


 挑発的な言葉を言えば、ムキになって手伝ってくれるかもしれない。


「俺が言えたことじゃないけど、ライリーも料理ぐらいはできたほうがいいぞ。将来結婚するような相手が現れた場合、結婚生活が上手くいかなくなるかもしれない」


 彼女のような年代は結婚を意識している女性は多い。


 そのワードを使えば、何かしろの反応を示すはずと考えた。


「結婚?そんなのに興味はないね。あたいは一生独身のつもりさ。仮にいい男がいたとしても、あたいよりも強くない男は相応しくないね」


 彼女の言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 多少男勝りなところはあるが、リーダーシップがある美人のサバサバ系女子が好みという男性も中にはいるはず。


 しかし、条件が彼女よりも強いとなると、限りなく対象が絞られてしまう。


 彼女が結婚に興味がない理由が、理想が高すぎて恋愛対象が現れないというのが原因であるのなら、その対象を広げてあげればいい。


 人間は不完全な生き物、どこかに何かしろの欠点があるものだ。


 完璧な人間が存在しない以上は、どこかで妥協しなければならない。


「余計なお節介かもしれないけど、ライリーは恋愛対象の理想が高すぎる。それだと機会を失う一方だぞ。もう少し妥協することはできないのか」


「本当にお節介だね、別に理想が高いって訳じゃない。あたいにはやるべきことがある。それには結婚なんてものは、あたいには重石にしかすぎないんだよ」


「やるべきこと?」


 ライリーのやるべきことに興味をもち、俺は聞き返す。


「何だい、興味があるのかい。だけどさすがにデーヴィッドとはいえ、これだけは言えない。まぁ、一つだけ言えることはあんたと共に行動したほうが、効率がいいってことさ。だからあんたの旅につき合っている」


 彼女がどうしてついて来たのか疑問に思っていたが、その理由がはっきりして安堵する。


「あたいのことよりあんたはどうなんだい。風の噂で聞いたよ。好きだった女にフラレたんだって」


 突然の言葉に、俺は胸を抉られる思いに駆られる。


 思わず手を滑らせてしまった。


 その際に包丁の刃が親指に触れてしまい、傷つけられた血管から血が滲み出す。


「いってー」


「もう何やっているのよ。薬草を磨り潰した塗り薬があるから、早く塗ってきてよ。残りはやっておくから」


 カレンに促され、ライリーのもってきた特大リュックの中から塗り薬の入っている瓶を探す。


 奥のほうにあるのを見つけると、蓋を開けて中にあるペースト状の薬草を切り口に塗る。


 こんなときに知られざる生命の精霊と契約をしていれば、一発で傷を治すことができるのに。


「なぁ、ライリーは知られざる生命の精霊と契約しているだろう。なのに、どうして回復系の魔法を使えないんだよ」


「さぁね、あたいには分からないよ。まぁ、性格の相性が悪いのかもしれないねぇ、肉体強化系ならできるのだけど」


 性格の相性ならば、それは確かに難しい。


 知られざる生命の精霊の力を借りて治療を行うには、体内の細胞一つ一つに意識を集中しなければならない。


 彼女の性格は繊細さに欠ける部分があるので、難易度は高いだろう。


 ライリーの隣に座り、料理が完成するのを待つ。


「それで、何て言われて断られたんだい?」


 再び、ライリーが俺の心の傷を抉ってくる。


 ライリーの性格を考える限り、料理が完成するまでの間、俺を弄って楽しもうと考えているのだろう。


 さすがに何度も俺の失恋を他者に語りたくはない。


「何でライリーに説明しないといけないんだよ」


「まぁまぁ、いいじゃないか。別に減るものでもないだろう」


「減るよ! 俺の精神的な何かが!」


「つまらないねぇ、デーヴィッドの失恋を酒の肴にしようと思ったのに」


 つまらなさそうな表情をすると、ライリーは巨大リュックから、酒の入った瓶とコップを取り出す。


 そして蓋を開けて、中身をコップに注ぎ込んだ。


「デーヴィッド、あんたも飲むならコップをもってきな。あたいが酌をしてやるよ」


 リュックの中に酒が入っていることは知っていた。


 だが、ライリーの物だと分かっていたので手は出さなかった。


 だが、許しを得た今なら堂々と飲むことができる。


「ちょっと、水があまりないのだからあんまり食器を汚さないでよ」


 カレンが文句を言ってくる。


 けれど酒好きにとっては、この誘惑からは逃れることができないのだ。


 俺はコップを取り出し、お酒を注いでもらおうとライリーに向ける。


 しかし、一向に酒を入れてもらえる様子がない。


 どうしたのだろうか。


 まさか直前になって、酒を分け与えることに対して渋ったのだろうか。


 そんなことを考えていると、ライリーは自分の持っているコップをこちらに渡してきた。


「確かに水は貴重だよ。むだにする訳にはいかない。だったら一つのコップを共有しようじゃないか」


 彼女の言葉に、俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。


 貴重な水をむだにしないために、一つのコップをシェアするのは節約になる。


 しかし、最初はお互いに気を使って、相手が口をつけた部分に触れないように心がけていても、アルコールが回れば高揚感に包まれる。


 気遣う余裕がなくなるかもしれない。


 そうなれば間接キスにもなりえる。


「一つのコップを使いまわしにするのは不衛生よ。デーヴィッドも飲むなら今日だけコップを使っていいから」


 このまま彼女の提案に乗るべきか迷っていると、カレンが妥協してくれたようで、コップの使用を認めてくれた。


 そこまで考えてはいなかったが、確かにカレンの言うとおりだ。


 今は街ではなく森の中、自然に囲まれた状態では、どんな病原菌が空気中を浮遊しているのか分からない。


 健康面を考えると、共有するのは避けたほうがいいだろう。


「残念だったねぇ、間接キスの機会を逃しちまったよ」


「どうせ、俺が狼狽している姿を見て楽しむつもりだったんだろう」


「さぁね、ご想像にお任せするよ」


 あきれ顔をしながら、ライリーにコップを返却する。


 そして自分のコップを取って、彼女に差し出した。


 ライリーに酌をしてもらい、コップの淵に口をつけて口内に酒を流し込む。


 口いっぱいに酒の風味が広がり、そのまま飲み込む。


 すると、わずかながらに体温が上がったような気がした。


「お、いい飲みっぷりだね、そういえばあんたと酒を酌み交わすのは初めてだったね」


「たしかにそうだな。ライリーの働いていた酒場には行っていたが、一緒に飲むことはなかった」


「今度からは一緒に飲もうじゃないか。いつも一人酒を堪能していたからな。こんなのは新鮮さ」


 うれしそうにするライリーを見て、今日は彼女にとことんつき合ってやろうと思った。


 そのあとたわいない話をしていると、料理が完成したようだ。


 カレンが器に乗せた料理を運んできた。


 今日の晩御飯のメニューは野菜を使ったスープだ。


「お待ちどうさま。熱いうちに食べてね」


「美味しそうじゃないか。でもあたいはまだいい。もう少し酒をいただいてからにするよ」


「俺もまだいいかな」


「あっそう。だったら冷めてから食べればいいじゃない。お腹を空かせているだろうから、急いで作ってあげたのに」


 俺たちの態度が気に食わなかったのだろう。


 カレンは不機嫌そうな表情を見せるとスープを食べ始める。


「ねぇ、お酒ってそんなに美味しいの?」


 楽しく晩酌をしているのを見て、興味をもったのだろう。


 カレンが尋ねてきた。


「ああ上手いさ。寧ろこの一杯のために生きていると言っても過言じゃないねぇ。確かカレンは来年で成人だったよな。なら一口飲んでみるかい?」


 俺の代わりにライリーが答え、彼女に酒の入ったコップを差し出す。


 受け取ったカレンは酒を一口飲んだ。


 その刹那、彼女はしかめ面をするとすぐにコップを突き返す。


「な、何これ苦い。いや辛いの? とにかくよくこんなものが飲めるわね」


「なあに、最初はそういうもんだよ。もう少し大人になって慣れれば美味く感じる」


「私は別にお酒が飲めなくてもいいわ」


 カレンの態度を見て、俺は一年前の自分を思い出す。


 初めて酒を飲んだときは、今の彼女のようになっていた。


 しかし何度もチャレンジしていくうちに、自然と飲めるようになったのだ。


 それから二回、酒のおかわりをしてから野菜スープを食べ始める。


 さすがにでき上がりからある程度経過しているので、スープは冷たかった。


 夕食を終え、俺は木に背中を預けると眠りにつこうとする。


 酒の力ですぐに眠りにつくかと思っていたが、慣れない環境の中では寝るのも難しい。


 寝袋は用意してはいたが、俺がもってきた分はカレンに取られた。


 流石にライリーも、寝袋を二つ用意してはいなかった。


 レディーファーストや女性に優しくすることがモテる近道などとカレンにいわれ、なくなく手放すしかなかったのだ。


 早く街に着きたい。


 そう思いながら、寝やすい態勢を考察して自然と眠りにつくのを待った。


 最後まで読んでいただきありがとうございます!


 今回から第二章となって本格的な冒険、バトルが繰り広げられますよ。


 また明日投稿予定ですので、是非明日も読んでいただけたら嬉しいです!


最新作

『Sランク昇進をきっかけにパーティーから追放された俺は、実は無能を演じて陰でチームをサポートしていた。~弱体化したチームリーダーの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る~』が連載開始!


この作品は、今回の反省を活かして執筆しております。


なので、面白くなっていることが間違いなしです。


追記

この作品はジャンル別ランキング、ハイファンタジー部門でランキング入りしました!


興味を持たれたかたは、画面の一番下にある、作者マイページを押してもらうと、私の投稿作品が表示されておりますので、そこから読んでいただければと思っております。


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