第十三章 第五話 控室の中で
試合終了後、俺は控室に戻ると扉がノックされる。
「デーヴィッド開けていい?」
「カレンか?いいよ。もう着替えた」
部屋に入ることを許可すると、扉が開かれてカレンが部屋に入ってくる。
その後ろにはレイラたちもおり、彼女たちも入室する。
「デーヴィッドお兄ちゃんおめでとうございます」
開口一番にアリスが祝福の言葉を述べる。
彼女は純粋だ。
きっと嫌味ではなく、心から勝利を喜んでくれているのだろう。
アリスの笑顔が俺の良心に突き刺さる。
「まさかあんな手段で王様に勝つとは思わなかったよ。お陰で笑わせてもらった」
続いてライリーが楽しそうに笑みを浮かべるが、彼女たちにはあの痛みがわからないだろう。
「ライリー、それ以上は金的蹴りのことで笑わないでくれ、あれは男にしかわからない痛みなんだ」
「あれってどんな原理で痛みを感じるの?」
突然エミが、急所を攻撃されたときに身体にどのような変化が起きるのかを聞いてきた。
「なんだよ、どうしてそんなに聞きたい」
「だって、それさえ知っていれば魔法で痛みを再現させることができるでしょう。デーヴィッドがあたしの機嫌を損ねたときに使ってみようかなって」
「そんなの教える訳がないだろう!」
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺は絶望感に包まれて血の気が引く思いで叫ぶ。
確かに彼女の契約している精霊なら、そのような魔法も可能となるだろう。
だけど、そんな魔法まで生み出されては今後、俺の肩身が狭くなる。
「あはは、冗談だってそんなことするわけがないでしょう。…………あとで個人的に調べてみようかしら」
「頼むから、冗談でもそんなエグイことを言わないでくれ!」
「デーヴィッドの慌てぶりからして、相当痛いのね」
「当たり前だろう。最悪の場合は意識を失うし、死んだに等しい苦しみを味わうことになる」
「エミよ、そんなにデーヴィッドを虐めるではない。万が一、子種を作れなくなったらエミも困るであろう」
「サラッと変なことを言わないでよ!レイラ」
生きた心地がしないまま、俺は立ち上がる。
早くこの部屋から出たいし、話題を別のものに変えたい。
「俺は父さんの様子を見てくるよ。約束を守ってくれるかを確認したいし」
「確かにグレーゾーンかもしれないよね。一応勝ったけど、卑怯な勝ち方だし」
「だけど、そもそもは父さんたちが俺の魔法を封じたからこのような結果につながった。もし、魔法が使えたら違った結末になっていたはずだ」
「本当にそうなのかしら」
俺の言葉をエミは疑う。
「魔法で攻撃したとしても、意図的ではなくても事故が起きる可能性は否定できないわ。デーヴィッドは最初ロックアモォゥを使おうとしたでしょう?あれは地面から抉った岩を無数の弾丸のようにして、相手に放つ範囲魔法。選べられるのは対象となる標的だけで、細かい指示は出せない。だから事故が起きる確率は低くはない。弾丸となった岩のひとつやふたつが股間に命中することだってある。その場合は、もっと酷い結末になっていたかもしれないわよ」
確かに、エミが言うことは事実だ。
だけど、もしもの世界であるパラレルワールドのことを考えても、今となってはどうでもいいことだ。
「その可能性は否定しないよ。だけど過ぎたことを今更考えても仕方がないだろう」
「そうだけど」
俺の言葉に、エミは納得していない様子だ。
「それじゃあ俺は父さんのところに行ってくるよ。皆応援ありがとう」
仲間たちに感謝の言葉を述べ、俺は父さんの居る医務室に向かう。
医務室の扉を開けて中に入る。
ベッドには父さんが横になっており、その隣に母さんが見守っていた。
「あら、デーヴィッド来たのね」
「父さんの容態は?」
「今は落ち着いているわ。ねぇ、貴男」
「そうだな、まさかあんな方法を使ってくるとは意外だった」
父さんは俺を睨んでくる。
「だけど、魔法を封じて勝とうとした父さんにも、この結果につながった一端がある。魔法が使えれば違った結果になったはず」
先ほどのエミの言葉が脳裏を過る。
どのような形でも、結果的に父さんの股間に当たって終わるなんてことはないよな。
「どんな手段を取ってでも勝つと言っていたな。ワタシも人のことが言えないか。お前をこの城に留めるために、アリシアに頼んでお前の精霊に圧力をかけたのだからな」
残念そうに父さんは俯く。
「それだよ。ノームたちは母さんが特別だから指示に従うって言っていた。母さんはいったい精霊の何なのだよ!」
俺は母さんに詰め寄る。
「別にそんなに特別ではないわよ。ただ、わたしのからだは人間にも見える体質だから、他の精霊たちが担ぎ上げているだけよ。お父さんは意味ありげに言っていたけど、ただ単にお願いしただけだから。きっとわたしの想いが伝わったのでしょうね、お願いを聞いてくれるとは思っていなかったから、お母さんもビックリ」
俺の問いに母さんは答えるが、明らかにはぐらかされている。
ライリーも知識の本の入手経路について隠しているし、俺の周りは隠し事をしているやつばかりだ。
信用されていないのだろうか?
真実を知れば、俺がどんな行動に出るのかがわからないから、教えたくないのだろうか。
そんなことを考えると、悔しくて握った拳が震え出す。
「そっか、そうだったんだ」
わざと明るく振る舞い、母さんが隠し事をしていることに気づかないふりをする。
「ゴホン。話を変えて悪いが、男に二言はない。約束通りにお前の好きにするがいい。だがけして忘れるなよ。お前はこの世界のどこにいようが、オルレアンの王子なのだ。そしてワタシとアリシアの息子だ。絶対に生きて、元気な顔でワタシたちに再び会いに来い」
「ありがとう。明日にでも出発するよ。国同士の戦争なんかに発展させない。一日でも早く、セプテム大陸の魔王を倒して、また顔を見せにくるから」
「ああ、そうしてくれ。セプテム大陸に向かうのなら、船を用意するように伝えておく。船はラ・シャリテの岬に泊めてある。灯台で番をしているフォーカスと言う男に話せば、船を出してくれるだろう」
「わかった。ありがとう」
父さんにお礼を言い、俺は医務室から出ると廊下にはレイラたちが待ち受けていた。
「どうだったですか?王様はデーヴィッドお兄ちゃんのことを許してくれましたか?」
不安そうな顔でアリスが尋ねる。
彼女の不安そうな顔を明るくさせようと、俺は親指を突き出し、笑顔を作る。
「大丈夫、問題ない。父さんは約束を守ってくれたよ」
「本当かい?それは良かったよ。これで先に進めるってものだ」
「移動手段も手に入れた。父さんが船を用意してくれることになったよ。ラ・シャリテの岬に停泊してあるらしいから、明日にでも向かおうと思う」
「今日でお城の生活ともおさらばか、なんだか名残惜しいわね。……いや待てよ、王様の貴族の件がまだだったわね。貴族になって、デーヴィッドのお嫁さんになればこの城に住むことができるわね」
エミがポツリと言葉を漏らした瞬間、彼女を除いた女性陣が一箇所に集まり、ひそひそと何かを話し合っている。
声が小さすぎるせいで、俺には聞き取ることができない。
「ちょっと、あたしだけ除け者にして何を話しているのよ!あたしも混ぜなさいよ」
「いや、それはムリである。一歩リードしているエミはこの輪に入れてやれないのでな」
仲間外れにされ、エミは女性陣の輪に入れてもらうようにお願いするが、レイラがそれを拒否する。
「あ、そういうことね。わかったわよ。それなら仕方がないわね。残念だけど諦めるわ」
レイラの言葉の意味を理解したのか、彼女はやけに素直に食い下がる。
いったいレイラはどんな意味で言ったのだろうか?
俺には理解することができない。
「なぁ、皆はいったいどんな話をしているんだ?俺には会話の意味が分からないのだけど」
わからないことを、わからないままにしておくことができず、俺は女性陣に尋ねる。
「デーヴィッドはわからなくてよい。これは余たち女にだけ分かることである。そもそも、今の余の発言を理解していたら、皆苦労することはないのだ」
「そうね、デーヴィッドにはわからないわよ。頭がいいのに、あることに対してだけ鈍いのだから」
「カレンの言うとおりだな。あたいはどちらかと言うと対象ではないが、面白いから混ぜてもらっている。いったい誰なんだろうな。この中にいるのか、それとも別人なのか」
「アリスはエミお姉ちゃんが大好きなので、エミお姉ちゃんを応援するのです」
「ありがとう。アリスちぁん」
皆各々で口にするが、それらから分析しても答えが出なかった。
女性陣にだけ意思疎通ができているのに、頭がいいはずの俺は鈍いからわからない。
そして仮に理解していたら、皆は苦労しなかった。
まるでナゾナゾを出題されているような気分だ。
「なぁ、ヒントをくれないか」
「ヒントなんかやらぬ。これはデーヴィッドが自分で考えて、答えを出すがよい」
右手の人差し指で、下瞼を下げるとレイラは小さく舌を出す。
「そろそろ部屋に戻りましょう。あんまりデーヴィッドの近くにいると、誰かがボロを出すかもしれないわ」
「そうね、ライリー当たりが面白がってヒントを出すかもしれないし」
「おいおい、あたいは信用がないっていうのかい?」
ライリーの言葉に、彼女を除いた女性たちは一斉に笑いだす。
皆仲がいいことは素晴らしいことだが、俺は自ら作ってしまった難問を考えなければならなくなった。
俺は肩を落とし、溜息を吐く。
「誰か答えを教えてくれ」
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
今回ので、第十三章は終わりです。
明日は十三章の内容を纏めたあらすじを投稿する予定です。




