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第十三章 第四話 親子の決闘

 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


女の構え……相手に左肩を見せるように横向きに立ち、と剣は胸の前で肘を曲げて折るように持つ。



海綿体……スポンジ状の勃起性組織である。男性の陰茎の勃起中には、陰茎海綿体のほとんどが、血液で占められる。女性の陰核にも、これに相当する。


サム・アップ……親指 を立てる ジェスチャー。


ソードレスリング……剣術の中において、突きや切りといった剣の攻撃ではなく、接触を伴った格闘の業である。


ツォルンハウ……両手剣で使用する五種の基本的な防御技法の一つ。


ツヴェルヒハウ……頭上で水平に剣を動かす。


バックラー……西洋の盾の一種。


バインド……剣の刃同士が触れたこと。日本剣術の鍔迫り合いに近いイメージ。


ブロードソード……17世紀に誕生した断ち切るための刀剣。「幅広の剣」という意味である。


ポンメル……柄頭。金属の塊で、ブレードをねじ止めするナットであり、またバランスを調節する大切な部分である。また、接近戦ではここで殴ることもある。彫刻や宝石で飾っている場合も多い。



 翌日、俺は兵士の訓練施設である闘技場に立ち、観客からの声援を浴びていた。


 どうしてこうなったのかと言うと、今朝俺の部屋に父さんが来て、決闘を申し込まれたのだ。


 父さんと戦って勝ことができれば、セプテム大陸の魔王討伐を許してくれるとのこと。


 この戦いは絶対に負けるわけにはいかない。


 だけど、どうして父さんはこんな不利な勝負をすると言ってきたのだろう?


 普通に考えると、精霊使いである俺は遠距離から攻撃さえすれば、負けることはない。


 もしかしたら父さんは、本当は許してくれているのかもしれない。


 啖呵を切った手前、引くに引けない状況となり、考えた結果勝負をして負ける道を選んだのだろう。


 ならば、少しは演技をしたほうがいい。


 ギリギリの戦いを演じて最後に俺が勝つようにすれば、観客たちも納得がいくだろう。


「デーヴィッドよ。約束どおりにワタシに勝つことができればお前の好きにしていい。だが、お前が負ければこの国の王子として大人しくしてもらうぞ」


「ああ分かっている」


「ペンドラゴン王、デーヴィッド王子、準備はいいですか?」


 審判役の兵士が試合を始めてもいいかを尋ね、俺は無言で頷く。


「では始め!」


 兵士の言葉に合わせて銅鑼が鳴らされ、試合が始まる。


 俺の腰には渡された剣が差してあるが、これを使うことはないだろう。


「先手必勝(まじな)いを用いて我が契約せしノームに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ロックアモォゥ」


 俺はノームに、土で作られた玉を作るように指示を出す。


 しかし魔法は発動せずに、地面はそのままだ。


 いったい何が起きている?


 俺は周囲を見渡す。


 観客や万が一のことが起きたときのために控えている兵士たちの中には、不審な行動をしている人物は見当たらない。


 セプテム大陸の魔王の配下である魔物から、発せられる邪悪な気配も感じられない。


 どうやら魔法による影響で、現象を生み出せられないわけではないようだ。


 ならばどうして魔法が使えない?


『すまない』


 原因を考えていると、直接脳に語りかけられているような、不思議な感覚で声が聞こえた。


 この声は聞き覚えがある。


 俺が契約しているノームの声だ。


『私たちはこの戦いに関して、あなたに力を貸すことができません』


 今度はウンディーネの声が聞こえる。


「それはどういうことだ!」


 思わず声に出して尋ねる。


『私たちはあなたのお母さんにお願いされております。この勝負においてはけして力を貸すなと』


「母さんが、どうして」


『それは言えません。教えられることがあるとすれば一つ、彼女は精霊の中でも特別な存在です。私たちはあの方の命令に背くことはできない』


 母さんが俺の精霊に圧力をかけている。


 それほど母さんは精霊たちの中でも上位に君臨する存在なのだろう。


「でも、どうして急にお前たちの声が聞こえるようになったんだ?」


『精霊と人間のハーフであることを、あなた自身がそのことを自覚しました。それがきっかけで脳のリミッターが外れたのでしょう。これからは、姿は見えずとも私たちの声を聞くことができます』


 それだけを伝えると口を閉じたのか、ウンディーネとノームの声は聞こえなくなった。


 精霊たちの力が使えない以上は、自分の力だけで父さんを倒すしかない。


 父さんがこの勝負を挑んだのは、けして俺に勝たせるためではない。


 確実に倒し、俺をこの城から出さないために仕組んだ罠だったのだ。


 経験は浅いが、俺だってライリーの地獄の特訓を受けていた。


 イアソンには実力が追いついていなかったが、父さんには勝ってみせる。


 俺は剣を鞘から抜くと、刀身を父さんに向ける。


「ようやく剣を抜いたか。お前の実力を確かめてやる。好きなように打ち込むがいい」


 父さんの手にはバックラーとブロードソードが握られている。


 バックラーは直径二十五センチの小さな盾だ。


 軽く小さいバックラーは機動性が高く、中型以上の盾とはまったく異なり、自分から相手の剣に当てていく使いかたをする。


 そのため盾の欠点である死角が生じないが、相手の攻撃を正確に読んで当てていく技術が要求される。


 バックラーを使っている時点で、父さんかなりの使い手だと判断していいだろう。


 父さんの構えは左肩をみせるように横向きに立ち、バックラーと剣は胸の前で肘を曲げて、折るように持っている。


 そのせいで左肩と背中が、がら空きだ。


 隙を見せ、攻撃を誘っているのはわかっている。


 だけど敢えてそれに乗らなければ始まらない。


 剣と姿勢をまっすぐにし、左足を前に出して肩幅を開き、膝をリラックスさせる。


 そして裏刃も使えるように肘を張った。


 地を蹴って父さんに接近すると、左肩から切り落とすつもりで剣を斜め下に切り下げる際に、左の握りは雑巾絞りのように絞り込む。


 だが、予想通りに俺の剣が父さんの肉体を斬ることはできなかった。


 裏拳で叩き落すようにバックラーで防御し、同時に右手の剣で水平に斬り付ける。


 警戒していた俺はガードされた瞬間に後方に飛び、一撃を回避する。


「さすがにわざとらしかったか。これが女の構えと呼ばれるものだ。相手に隙を見せ攻撃してきたタイミングで反撃に出るカウンター技、この姿が怯える女性に見えることからこの名がついた。しっかりと覚えておくといい」


「そうかよ。ご親切にどうも」


 相手がカウンターでくるのなら、俺もカウンターを狙う。


 先ほどと同じように構え、父さんが攻撃に転じるのを待つ。


「どうした?来ないのならこちらから行かせてもらうまでだ!」


 俺の狙いどおりに父さんが攻撃をしかける。


 ブロードソードで斬り落とそうとする動きに、俺は右手の親指をサム・アップし、次に手首を返して裏刃を正面に回す。


 手の甲を突き出し、手首の角度を九十度にすることで、剣の軸を中心に刃の向きが裏と表で百八十度変わる。


 父さんの剣を捉えてバインドし、身体を右に移して左腕を高く上げ、剣先を水平よりも下げて切っ先で首を狙う。


 だが、父さんは後方に下がり、俺の一撃を躱す。


 カウンターは失敗に終わったが、まだ俺の攻撃は終わっていない。


 そのまま剣を少し引き、喉を突く。


 しかし、これも父さんは身体を九十度回転させて回避する。


 けれどカウンターからの連続攻撃はまだ終わっていない。


 そのまま手首を返し、左から水平に斬り付ける。


 そしてそのままアームクロスし、剣を切り替えて父さんの剣の裏側を通って喉を水平に斬ろうとする。


「おいおい、さっきから喉を狙ってばかりじゃないか。殺す気でいるだろう」


「そんなことを言っておきながら、全部躱しているじゃないか。余裕があるのは父さんのほうだろう」


「そう見えているのなら嬉しい限りだ。だが、正直に言うと案外ギリギリなのだよ。年のせいか、昔の感が鈍っている」


「なら、死なないうちに降参してくれ」


「そうはいかない。こればかりはお前に勝利を譲る気はないのでね」


 俺たちは打ち合い、何度もバインドをさせる。 


 一度後方に下がると父さんはツォルンハウで袈裟斬りをしてきた。


 今の俺では長時間になるほど不利になる。


 そろそろ勝負を決めるときだ。


 父さんはバックラーを持っているせいで格闘技が使えない。


 仮に使ったとしても、バックラーを手放すことになるので数秒の隙が生じる。


 おそらく格闘技は使ってはこないと考えるべきだ。


 ここはソードレスリングで状況を変えてみせる。


 ソードレスリングは剣術の中において、突きや切りといった剣の攻撃ではなく、接触を伴った格闘技の業だ。


 俺の持つロングソードの場合は、剣を棒術のように扱う。


 そして鍔は相手の攻撃を受け止め、ここを支点に剣を扱うのが重要だ。


 父さんの攻撃はツヴェルヒハウでは防御ができない。


 ここは同じくツォルンハウで受け止める。


 重い一撃を受け止め、俺は格闘術に切り替える。


 右足を踏み込み、左手を剣から離し父さんの腕を掴む。


 そして前方に引くと同時に、右手の剣の柄頭であるポンメルで彼の鼻を打ち砕こうとする。


 この攻撃を回避しようとして、父さんは空を見上げるように顔を上げた。


 かかったな!


 これで父さんは一時的に俺の姿を見失う。


 このチャンスを逃すわけにはいかない。


 例え卑怯と罵られようと、俺はこの勝負に勝つためには手段を択ばない。


 俺は左膝で父さんの睾丸を蹴り上げた。


 その瞬間、父さんは股間を押さえて苦しみ、会場は一気に笑い声が溢れ出した。


 男女比がどのくらいなのかはわからないが、男は苦しみが共感できるだろうから笑っても構わない。


 しかし、女性はその資格がないだろう。


 このような手段を取ってしまったが、金的蹴りは意外と危険が伴うのだ。


 男の急所はとんでもなくデリケート。


 幼女の手が不意に当たるくらいで、下腹部に鈍い痛みが継続的に続く。


 具体的には肘をぶつけたときのジーンとした痛みや脛を強打したときや、足の小指を箪笥の角にぶつけた痛みに近い。


 さらに箪笥に小指をぶつけた件に例えるなら、「あれ?小指破壊された?」ぐらいの痛みがあるときに、もう一回同じ場所を箪笥の角にぶつけたぐらいの容赦ない痛みだ。


 一気に思考がフリーズして痛みしか考えられなくなる。


 鋭い一撃に息が詰まり泣きたくなるが、涙は込み上げてくるけど、泣き叫ぶ余裕はない。


 あらゆる感情は言葉にならなくなる。


 人によっては頭痛や吐き気を感じることもあるのだ。


 そしてこのときばかりは普段祈る神を持たなくとも、このときばかりは神様に謝りたくなる。


 あらゆることを反省し、日々の行いを悔いる。


 何でもいいから許されたくなるのだ。


 この痛みを終わらせてくれるのなら何でもいいと思ってしまう。


 この絶望感は本当に言葉で言い表しがたい。


 例え事故であったとしても、犯人への怒りに目の前が赤くなるレッドアウトと呼ばれる現象が起きることもある。


 それが大好きな子どもであったとしてもだ。


 さらにワンランク上がると、目の前が一瞬白くなる。


 例え一瞬であったとしても意識を失くすレベルなのだ。


 仮に時速百六十キロの硬球が当たってしまえば、内出血は下腹部まで広がり、当たりどころによってはタマが潰れるだろう。


 睾丸も簡単に言えば臓器なのだから。


 そんな痛みは例え生きていても死んだに等しい苦しみなのだ。


 そして恐ろしいことに男の急所は骨折する。


 男性の急所に硬度がある状態で過度な力を加えると、海綿体などの臓器が断裂。


 著しい変形をきたしたり、内出血して腫れ上がったりするのだ。


 放置すれば男性機能に後遺症が残ることもあり、尿道を損傷したままでは排尿ができなくなる。


 だからこそ、男は急所の大切さを知っているからに、喧嘩で顔面は殴っても急所は攻撃しないという暗黙のルールを守っている。


 だけどそんなルールを、俺は勝利のために破ってしまった。


 しかし先に俺の力を封印したのは父さんのほうだ。


 父さんがいざぎよく、俺のやりたいことを認めてくれればこのような事態にはならなかった。


 父さんが悪い。


「デ……デーヴィッド。よくも……ワタシのムスコを蹴ったな……それでも……男か」


 予想どおり、暗黙のルールを破った俺に対して、父さんは罵声を浴びせてくる。


「悪いな。俺はどうしてもセプテム大陸の魔王を倒さなければならない。目的のためなら手段は択ばないさ」


「王様ダウン、これは立ち上がれないでしょう。勝者デーヴィッド王子!直ぐに救護班を呼べ」


 勝負が決まったことを審判役の兵士が告げ、二人の兵士が父さんに近づく。


 擦れ違いに兵士たちを見ると笑いが込み上げるのを必死に我慢している様子だ。


「王様大丈夫ですか?」


「…………」


 兵士の呼びかけに父さんは返事を返さない。


 声が出なくなるほどの痛みを伴っているのだろう。


「これは立ち上がれそうにありませんね。タンカをお願いします」


 思ったのよりも重症なようだ。


 父さんはタンカに乗せられて運ばれた。


 これはあとで説教されるかもしれない。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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