第十三章 三話 円卓会議
今回のワード解説
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マウンティング……サルがほかのサルの尻に乗り,交尾の姿勢をとること。霊長類に見られ,雌雄に関係なく行われる。動物社会における順序確認の行為で,一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して,攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりする。馬乗り行為。
賢人議会……王の決定に介入できる職場。王の暴走を止めるブレーキ役。
カイゼル……両端がはね上がった八の字形の口ひげ。
諸侯……主君である君主の権威の範囲内で一定の領域を支配することを許された臣下である貴族のことである。
尚書……王の命令・王と諸侯の契約証・賢人議会の議事録などの重要書類を作成保管する仕事。
「と言う訳だ。今日は体調がいいらしいから、これから俺たちは会議に向かうけど、エミはゆっくり休んでくれ」
エミに休養しておくように伝え、俺とレイラは医務室から出ようと立ち上がる。
「待って、あたしも行くわ。そんな大事な話になっているのに、ベッドで横になっているわけにはいかない」
「病み上がりじゃないか。お前はよく頑張ってくれたよ。これ以上はむりをさせたくない」
「三日も眠っていたのでしょう?それなら身体が鈍っている。リハビリついでに身体を動かさないといけないから」
ベッドから降りるとエミは立ち上がる。
彼女は俺と似ているとカレンは言っていた。
なら止めてもムダなのだろう。
俺は溜息を吐く。
「わかった。だけどむりだけはしないでくれよ。きついと思ったのならいつでも声をかけろ、俺が医務室まで運んでやるから」
「ありがとう。そのときは遠慮しないで教えるから安心して」
俺たち三人は会議室に向かう。
「カレンお姉ちゃん!目が覚めたのですね!」
扉を開けて中に入ると、エミの姿を見たアリスが彼女に抱き着く。
嬉しい気持ちが身体を抑えられなかったのか、飛びつく感じだったので、エミは数歩後ろに下がった。
「アリス、気持ちはわかるがエミは病み上がりだ。あんまり激しいスキンシップは止めておけよ」
「そうでした。ごめんなさいのです」
アリスがしょんぼりした表情で謝る。
そんな彼女の態度を見て、チクリと胸が痛む。
彼女には悪気はない。
ただ嬉しさを身体で表現しただけだ。
少し言いすぎたかもしれない。
「エミが元気な姿を見せてくれて安心したよ。あたいたちはこっちの席だ」
ライリーが俺たちの座る場所を教えてくれる。
円卓と呼ばれる円形のテーブルは大きく、十人が座れるぐらいありそうだ。
この場にいるメンバーは俺、カレン、ライリー、レイラ、エミ、アリス、それに大臣のサンソン、賢人会議のアマテウス、尚書のシャルロットだ。
俺は席に座ると賢人会議のアマテウスが、ライリーたちを一瞬見て舌打ちをした。
彼は背が高いが、いじわるそうな顔をしており、あまり距離を縮めようとは思わない人物だ。
「デーヴィッド王子のお仲間とは言え、庶民を城に滞在させたままとかどうかしておる。それに会議にまで参加させるとは、王様はいったい何を考えられている。これはけしてごっこ遊びではないというのに」
「まぁ、まぁ、王様のことですから何か理由があるのでしょう。それに本当に悪い方向に進みそうになれば、あなたが阻止すればいいだけのことじゃないですか」
悪態を吐くアマテウスを、尚書のシャルロットが宥める。
彼女は肩まである茶髪に長い睫毛で薄い化粧をしている。
「そろそろ王様とお妃様が来られるでしょう。私語は慎みなさい」
大臣のサンソンが注意を促す。
彼は背が低く、カイゼルと呼ばれる両端の跳ね上がった八の字型の口髭をしている。
サンソンの言葉で周囲が静まり返ると、しばらくして父さんと母さんが会議室の扉を開けて中に入り、上座に座る。
「皆待たせてすまない。では会議を始めよう。シャルロット準備はいいか?」
「はい、いつでも議事録を書けれるようにしております」
シャルロットが羽根ペンを握り、紙を自分の前に置く。
彼女の仕事は、王の命令や王と諸侯の契約書、賢人議会の議事録などを重要書類として作成し、保管するのが仕事だ。
会議での話を聞き、それを紙に書いて記録する。
「では、今回の議題についてだが、皆も噂は耳に入っているかと思う。ガリア国の兵が我が領土に足を踏み入れ、この大陸に侵攻していた魔物との戦いを目撃されてしまった。ガリア兵は、わが国が魔物と協力関係にあり、ガリア国に戦争をしかけるための訓練中だと誤認されておる状態だ」
「直ぐに使者をガリア国に送り、手遅れになる前に誤解を解きましょう」
父さんは王都オルレアンが置かれている状況を説明すると、サンソン大臣が事実を伝えるための使者を送ることを進言する。
「それが一番だが、難しいだろう。何せこの事態を引き起こし、裏で糸を引いていたのは魔物だ。使者を送っても門前払い。最悪の場合は生首だけとなって帰って来る可能性もある」
「魔物の名はメフィストフェレス、死んだはずのゾム兵士長に成り代わり、認識阻害の魔法で王都に住む人間全てを欺いていました」
話し合いだけでは、この状況を解決することはできないと父さんは言い、続いて俺が魔物の情報を開示し、この場にいる全員に共有させる。
「となると戦争の回避は難しいか。国民から戦争を起こすための軍資金として税を徴収する必要がありますな」
戦争からは逃れられないことを悟ったサンソン大臣が、国民から税金を増やす必要があると言葉を漏らす。
「本当に戦争を避けることはできないのですか?一週間前にも魔物の軍勢から城を守るために税金を上げたばかりです。元に戻さないまま、更に税の種類を増やせば、国民の反感を買うことになります。今は税を上げるときではないかと」
税を増やすことに対して、アマテウスは反対の意見を述べる。
賢人議会は、唯一王の決定に介入できる組織だ。
王のブレーキ役であり、王の暴走を止める役割を担う。
「アマテウス殿、それは王様も分かり切っている。しかし、このままではガリア国に我が国の領土を奪われることになりますぞ。なりふり構っている場合ではないと思いますが」
アマテウスの言葉に、今度はサンソン大臣が異を唱える。
彼も大臣として、この国の未来を考えての発言だろう。
誰だって戦争をして、多くの血を流したくないと思っているはず。
「とうさ……父上宜しいですか?魔物の軍団とは俺……私と仲間が倒して城の兵力は使っていません。それなのにどうして税を集める必要があるのです?」
いつもの口調で話しかけようとして、今は他の人もいることを思い出し、慌てて訂正をする。
「戦争になった場合、できるだけ相手の領土に近い場所で戦いたいのだ。地の利は敵にあるが、わが国の多くの民を戦争に巻き込むことはないからな。そのために遠征し、敵の領土で戦う必要がある。だが、遠ければ遠いほど金がかかってしまうのだ。前回徴収した税金だけでは足りない」
税金を集める理由を聞き、俺は納得した。
だけど、さすがに民の生活を苦しめるような方向にはもっていきたくはない。
「ひとつだけ戦争を回避する可能性が高い方法があります」
俺の言葉に父さんたちは注目する。
「メフィストフェレスは、セプテム大陸の魔王の配下だと思っています。戦争になるよりも早く、魔王を倒すことができれば、無益な戦いをすることはないでしょう。そもそも私たちが王都に来たのは、セプテム大陸の魔王が、領土拡大のために魔物を送っているという事実を確認するためです。その事実が明らかになった今、私たちの標的はセプテム大陸の魔王。私たちはやつを倒すべく、行動に移るつもりです」
「それはならぬ!セプテム大陸の魔王を倒す案は採用しよう。しかしデーヴィッドをこの城から出すわけにはいかない。お前はワタシの跡を継がなければならない。そんな危険な場所にはいかせないからな!」
父さんは声音を強くして威圧してくる。
俺は心の中で『また始まったよこの親父は。その言葉は聞き飽きたって』と呟く。
「私たちは魔物の軍勢を全滅させた。あれには私の活躍があってこそだと思っている。実力はこの中にいる誰よりもある」
本当はそんなことは思っていない。
あの戦いに勝てたのは、皆の協力があってこそ実現できたものだ。
だけどこうでも言わなければ、父さんは俺の実力を認めてはくれないだろう。
「何を言おうとワタシはこの考えを折らないからな」
この頑固ジジイが!
これだけ言っても父さんは俺の旅を認めてはくれないようだ。
「王様、発言してもよろしいでしょうか?」
「シャルロット、言いたいことがあるのなら言ってみよ」
「はい、そこの赤髪の女性はデーヴィッド王子に降した魔王と聞き及んでおります」
「どうしてそれを!」
「ま、魔王だと!」
父さんとアマテウスが驚きの声を上げる。
父さんたちと初めて食事をしたときに、レイラは自分が魔王だと曝け出した。
この話はサンソン大臣にも伝わっているので、彼は知っていても可笑しくはないが、どうして尚書であるシャルロットがそのことを知っている?
レイラが魔王だということを知り、アマテウスは警戒している様子を見せる。
「もし、その話が本当なら、二人は主従関係にあるものだと思っていいでしょう。それを試してみてはいかがでしょうか?」
「なるほど。本当に魔王を倒し、主従関係を築けているのであれば、デーヴィッドの実力を考え直してもいいだろう」
シャルロットの提案に、父さんは乗る。
レイラを倒して仲間になってはいるが、魔物の王としてのプライドは健在だ。
仲間内であればおふざけもするが、知らない人物がいる中では、魔王としてのプライドが邪魔をして、無様な醜態を晒そうとはしないだろう。
彼女の行動ひとつで、魔王の品格が問われるのだ。
「それで、何をもって主従関係にあると判断するのだ?」
「主従関係といえば飼い主とペット、デーヴィッド王子が魔王さんに犬のような芸をさせて、彼女ができたのなら認めてもいいのではないでしょうか?腐っても魔物の中の王なのですから」
「わかった。それでいこう。デーヴィッド、女性に恥じをかかせるという行いができるのであれば、考えを改めよう」
父さんの言葉に、俺は体温が急激に下がったかのように錯覚する。
これはどう転んでも勝ち目のない勝負だ。
レイラにお手などの芸をさせれば、女性に恥じをかかせる鬼畜王子となってしまう。
そうなればカレンやエミからゴミを見るような目で見られることになるだろう。
そしてアリスにも嫌われる可能性も十分にある。
そんな展開は死んでもごめんだ。
皆のことを大事にしているからこそ、この関係を大切にしたい。
そのことを知っているからこそ、父さんはシャルロットの提案に乗ったのだ。
俺からレイラに主従プレイを強制できない以上は、魔王に言うことを聞かせることができないと認めることになる。
仮にすべてを投げ捨てる気持でやったとしても、得られるのは社会的な死だ。
レイラに恥じをかかせて主従プレイをする勇気が、俺にはない。
「ごめん、みんな」
小声で皆に謝る。
証明ができない以上は、諦めるという選択しか選べない。
半ば諦めていたときだ。
レイラが突然抱き着いて来た。
そしていきなり俺の頬に舌をつけ、何度も舐め始める。
い、いきなりどうした!
何の前触れもない彼女の奇行に、周囲は驚かされる。
レイラに何が起きているのか分からず、俺は驚きで心臓の鼓動が激しくなった。
「なるほど、これは一本取られましたね」
この状況を理解しているかのように、シャルロットは納得した表情を見せる。
「何も主従関係を認めさせるために、主人が飼い犬に芸をさせる必要はない。犬のほうから相手が上であることをアピールすればいいのですから。犬が飼い主の顔を舐める行為には、目上の人に敬意を表すときに行われます。つまり、彼女はデーヴィッド王子の飼い犬だと認めていると言えますね」
犬の習性には詳しくないが、この行動にそんな意味があるとは知らなかった。
レイラは魔王のプライドを捨ててまで、俺を外に連れ出そうとしてくれている。
彼女の覚悟に俺も応えなければならない。
正直恥ずかしいが、俺が我慢をすればいいだけ。
俺が抵抗することなく、されるままでいると、今度は身体を前後に動かして擦り付けるような動作をしてきた。
服越しに柔らかいものが触れ、彼女の柔らかさに身体が正直になろうとするのをグッと堪える。
こんなところで醜態を晒しては変態王子という汚名を被ることになる。
「待ってください。これはマウンティング!」
レイラの行動を見て、シャルロットが驚きの声を上げる。
「マウンティングは交尾をするときの行為ですが、それ以外にも複数の意味を持ちます。飼い主に対して行われた場合、嘗められていると判断できます。信頼関係が崩れてきている予兆だと捉えられます」
シャルロットの説明に、俺は再び驚かされる。
レイラ何やっているの!
ど、どど、どうする!急に雲行きが怪しくなってきた。
い、犬の習性で何か知識の本に書かれていることはなかったか?
俺は本に書かれている動物の項目を思い出す。
するとこの状況を打破できるかもしれない一手があることに気づく。
「いや、そうとは限らない。マウンティングにはもう一つ、愛犬が飼い主を守らなければと思い込んだときにも行動に出る。この状況を見ても、レイラが俺を守ろうと必死にアピールしていると言える」
シャルロットの言葉に反論し、彼女を論破する。
「それをどうやって証明するのですか?」
「それはこの行動自体が証明している。誰だって本当に嫌いな相手なら、触れようとすら思わない。レイラが俺のために身体を張っているのが、信頼関係を築けている証拠だ」
勢いに乗ったまま、俺は口を捲し立てて再び彼女の発言を論破する。
「どうやらデーヴィッド王子は、本当に魔王を従えさせるほどの器があるようですね。王様、ここは一度考えを改めるべきだと私は思うのですが」
シャルロットが父さんに尋ねると、彼は頭を抱える。
むりもないだろう。
父さんからすれば、この異常な光景は息子と女の子が主従プレイをしているところを見せられていると、捉えられても可笑しくはない。
母さんも苦笑いを浮かべている。
親として複雑な想いに駆られているのだろう。
「わ、わかった。すまないがまだ本調子ではないようだ。頭痛がぶり返してきたので会議はこの辺にしておこう。デーヴィッドの件は明日通達する」
皆に伝えると、父さんたちは部屋から出て行き、大臣のサンソンと賢人議会のアマテウスも続いて退室する。
一応壁のひとつは乗り越えたと考えてもいいのだろうか?
「レイラ、すまないな。みんなの前で恥をかかせるようなことをさせてしまって」
「何を言う。デーヴィッドとは一緒に世界を歩きたいのだ。それを遮るようなものは余がぶっ潰す。それに既成事実にもなるからな。皆の前でこの男は余のものだとマーキングすることができた」
彼女の言葉に、俺は疑問に思った。
「もしかして、誰にも邪魔されることなく俺に触れることができるから、あんな行動に出たのか?」
「合法的にそなたに触れることができるのだ。こんなチャンスを見逃すはずがないであろう」
「ははは」
俺は苦笑いを浮かべる。
すると、今まで会議を見守っていたカレンたちからの視線を感じる。
嫌な予感がしてぎこちない動きをしながらも、彼女たちに視線を向けた。
「あんな事態だから仕方がないわね」
「そうね、カレンの言うとおりだわ。緊急事態だったもの。あれは不可抗力ってやつよね」
「アハハハハ大変だったなぁ、デーヴィッド。でも楽しいものを見せてもらったから、あたい的には満足さ」
カレンとエミは言葉としては優しい口調だが、目はゴミを見るような視線を送っていた。
ライリーは普段と変わらず楽しそうに笑っている。
帰り道は気をつけよう。
会議室にまだシャルロットが残っていた。
彼女は紙に羽根ペンを走らせ、何かを書いているみたいだ。
俺は後ろからそっと覗くと、一枚の紙を見ながらもう一枚に文章を書いている。
ざっと見る限りはさっきまでの会議の内容のようだ。
しかし、シャルロットが見ている紙はどこの国の文字かわからない。
悪く表現すれば子どもの落書きにしか見えなかった。
「報告書を書いているのですか?」
紙に書いてある幾何学模様が気になり、俺は彼女に話しかける。
「これはデーヴィッド王子。はい、先ほどまで行われていた会議の内容をメモしたものを見ながら、正書しているのです」
どうやら彼女が見ているのは会議中に書いたメモらしい。
「変わった文字ですがどこの国の文字ですか?」
「これは尚書たちのみが知っている暗号文のようなものです。会議中は色々な人が発言しますが、それをすべてバカ正直に書いては間に合いません。なので、会話文を省略した文字を書いて書き損じを減らすのです」
「なるほど、工夫をされているのですね。これは何て書いてあるのですか?」
俺は適当に選んでシャルロットに聞いてみる。
「これはですね。デーヴィッド王子が魔王レイラに顔を舐められて、興奮していたと書いています」
彼女の言葉に俺は思わず吹いてしまう。
「それじゃあこれは?」
いやな予感がする。
それ以上は聞くなと、心の中で警鐘が鳴らされるが、俺は聞かずにはいられなかった。
「それは魔王レイラにマウンティングされているデーヴィッド王子が、鼻の下を伸ばしていたと書いています」
書かれてある内容を聞いた瞬間、俺は足を滑らせてそのまま倒れ、円卓に顔面をぶつける。
「あはははは。デーヴィッド王子って面白いですね。今の冗談です。そんなことを報告書に書いてはクビになりますので」
冗談だとシャルロットは言うが、俺的にはかなり心臓に悪い。
「俺を弄って大丈夫なのか?俺の気分次第であなたの首が飛ぶかもしれないのに」
「デーヴィッド王子はそのぐらいでは怒らないと、ライリーさんからお墨付きをもらっているので。だから私も安心してあなたを弄って遊ぶことができるのですよ」
楽しそうに笑うシャルロットを見て、俺は確信した。
この人はライリーと同じ人種だ。
人を弄って楽しむことに喜びを感じるタイプだ。
これ以上は関わらないほうが身のためだ。
疲れを感じ、俺は自分の部屋に帰る。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ついにユニーク数三千、アクセス数一万を越えました!
これも毎日読んでいただいているあなたのお陰です。
本当にありがとうございます!
これからも精進していきます。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




