第十二章 第六話 茨木童子
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
金属ナトリウム……金属の状態で存在する純粋なナトリウム。
金属リチウム……金属の状態で存在する純粋なリチウム。
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
黒曜石……火山岩の一種、およびそれを加工した宝石である。
弛緩……ゆるむこと。
水酸化物……元素と水酸基だけで構成される化合物。
水素ガス…… 気体状の水素。無色、無味、無臭の最も軽い気体。
逆蠕動……消化した食べ物を腸の中で移動させたり便を体外へ排出させたりする動きを蠕動と言う。逆蠕動はそれが逆流すること。
熱伝導率……温度の勾配により生じる伝熱のうち、熱伝導による熱の移動のしやすさを規定する物理量である。熱伝導度や熱伝導係数とも呼ばれる。
噴門…… 胃が食道につながる部分の事。
幽門……胃の出口の部分.十二指腸へと食物を送る量などを調節したり,食物と胃液を混合させたりする機能がある。
幽門括約部……幽門にある収縮と弛緩とによって、生体の器官を開閉する輪状の筋肉がある場所。
「まさかここまでくるとは思わなかったぜ。俺の名は茨木童子、四天王ではないが、酒吞童子の下にはついている。階級はバロン、お前たちが王のもとに辿り着くにふさわしい器か、試させてもらおうじゃないか」
バロン階級は、人族でいえば男爵にあたいする。
そこまで大差があるわけではないが、イアソンのナイト階級よりも上だ。
俺は相手の出方を窺う。
「どうした?遠慮なくこいよ。まさかここまで来て怖気づいたわけではあるまい」
茨木童子は右手を出すと指をクイックイッと動かす。
これは相手の挑発だ。
裏で何かがあるはず。
「来ないのならこっちから攻めさせてもらうぜ!」
茨木童子は息を大きく吸うと吐き出すが、彼の口から出たものは空気ではなく炎だった。
「口から火を吐く鬼だと!」
放たれた炎は一直線に進むため、俺は右に跳躍して躱す。
衣から炎が出ているのを見て、もしかしたと思ったが、炎を吐くことができるとは思わなかった。
バロン階級に加え、炎のエレメント階級の力まで持ち合わせているようだ。
「ちょっと、何で鬼が口から火を吐くのよ。可笑しくない!」
エミが驚きの声を上げる。
彼女がビックリするということは、普通の鬼は口から火を出すことができないということなのだろう。
「どうだ、俺の火炎は!火傷したいやつはかかって来い!」
「炎ならば水だ!呪いを用いて我が契約せしウンディーネに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。フロー」
空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。
これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現。
大きな水の塊ができると茨木童子の真上から、滝のように降り注ぐ。
滝のような水は、茨木童子に水圧を与えてはいるが、水の中の炎は消えずに水蒸気が発生する。
俺の水よりも高い熱量を持っていやがる。
炎は水で消すことができるのは、誰もが知っている常識だ。
しかし、水は熱伝導率が高いから、急速に相手から熱を奪う。
だが、水は火によって加熱され、ほとんどが気化する。
けれども、燃えている物体の発熱量が水の冷却効果を上回っていたのなら、水のみが蒸発して炎は消えることなく残り続けるのだ。
衣についている炎が力の源だと思い、水圧で消そうと考えたが、考えが甘かった。
水では消えない。
他の方法を考えなければ。
「カレン、音の力で砂を巻き上げて!」
「わかったわ。呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」
カレンが音の魔法を唱え、空気の振動が対象物の強度を上回り、砂を巻き上げる。
巻き上げられた砂は、茨木童子を覆ったが、それでも消化にはいたらなかった。
おそらく彼女は、俺の水で消えなかったことで、消えない炎の源になっているのは、金属ナトリウムか金属リチウムだと判断したのだろう。
これらは、常温でも水に触れると激しく反応して水酸化物を生成し、水素を発生させる。
このときに、反応による温度上昇で水素ガスが発火するので、炎は消えることがない。
そこで砂による消火を試みたのだろうが、砂による消火は空気に触れないようにしつつ、温度を下げて燃え尽きるのを待つ必要がある。
なので、条件などを考えるとあれぐらいでは全然足りない。
「残念だったな。俺の炎は永遠に燃え続ける炎だ。どんな手段を用いても消えることはない」
再び茨木童子が大きく息を吸い上げると炎を吐き出す。
消えない炎なんてあってたまるか。
それならこの星はもっと昔から生命が生きていけない星となっていた。
そうなっていないということは、消すことは可能だ。
冷却、覆いつくすがダメとなれば方法はひとつ。
供給する酸素をなくす。
これしかない。
その方法も俺の中には存在しているし、一度使っている。
だが、生き物がいる状態で発動したことがない。
何が起きるかは不明だ。
理論どおりであれば、炎が消えるということは、茨木童子の命も絶つということになるが、そもそも倒すのが目的なので、そこは深く考えなくていい。
この魔法を発動するには、俺が動くわけにはいかないし、相手の動きも封じなければならない。
そのためにはあいつの口を塞ぐ必要がある。
だが、何かを仕かけようとも、敵が炎を吐けば近づくことすら叶わない。
それに息を吸った直後に炎を吐く訳ではなく、タイミングが毎回違う。
口が開かれたときに回避に移っていては、間に合わないのだ。
今は相手が息を吸ったのを見て、炎が放たれるまではとにかく動き続ける。
こうして炎を躱してはいるが、これでは先にこちらの体力がなくなるのが先だ。
逃げに徹しながら茨木童子を観察していると、あることに気づいた。
あいつの歯は他の鬼とは違っていた。
黒曜石のように黒ピカリしている。
その他にもやつは息を吸った際に喉が大きく膨らんでいた。
そして喉仏が動いたかと思うと首を縦に振り、口を開けて炎を吐く。
この動作から考えると、仮定ではあるが、茨木童子が炎を吐くことができることを説明することができる。
喉が膨らむということは、体内の物が逆流しているということだ。
つまり、やつは体内でアルコールを溜めることのできる臓器があり、炎を吐く際に胃に逆流する逆蠕動が起き、幽門括約部と胃体部は弛緩して、アルコールを受け入れる。
続いて呼吸は停止し、胸郭の筋肉は緊張して固定されると、食道と下食道括約部は弛緩し、同時に筋肉が収縮。
腹圧が飛躍的に上昇すると同時に、幽門部が閉鎖しているために、アルコールは噴門と食道を通過して一気に口へと押し出される。
口内にアルコールがある状態で首を縦に振ることで、振動により歯同士が触れ、火花を撒き散らしてアルコールに引火。
その後口を開けて炎を吐いたと考えられる。
黒曜石は宝石に加工もされるが、火打石としても使われる代物だ。
俺の仮定が全て正しければ、この原理で茨木童子は口から炎を出すのを可能としている。
「皆、茨木童子が炎を出すタイミングは、首を縦に振った後だ!それさえ気をつければ回避するのに無駄な体力を消耗することはない」
「なんと、炎のタイミングを見破ったのか。さすがはデーヴィッドである」
「俺の中に茨木童子を倒す策がひとつだけある。だけどそれを実行するには俺とあいつが動かないことが条件だ」
「なら、あたしの魔法が一番なのでしょうけど、こう何度も連続で炎を出されては、詠唱に集中ができないわよ」
エミも回避するのがやっとの状態のようだ。
一瞬でもいい。
何かあいつの口を止める方法を考えなければ。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります・
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




