第十二章 第五話 金熊童子との決着
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
角膜……透明な5層構造の膜であり、眼球に光を取り入れる入口としての役割と水晶体とともにピント調節をする役割を持っている。
運動麻痺……脳の運動中枢から筋線維に至るどこかに障害があって、随意的な運動ができない状態をいう。
下位運動ニューロン……下位運動ニューロンとはその細胞体と樹状突起が中枢神経系内に存在し、軸索は末梢神経となって伸び、錐外筋線維とシナプスするニューロン 。
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
シナプスチャージ……ニューロンとニューロンとの接続部。また,その接続関係。伝達される興奮の増幅や抑制を行うことができるのがシナプスだ。それにチャージされること。
前角細胞……前角にある筋を支配する運動ニューロンの神経細胞体のこと。
プラセボ効果……実際には効果がないものであっても信じることで何かしらの改善が得られる心理効果。
末梢神経……動物の神経系のうち,中枢神経と末端の効果器ないし受容器とを結ぶ神経。脳脊髄神経系と自律神経系からなり,前者はさらに脳神経と脊髄神経に分けられる。
倒れながら俺は背後を見る。
目の前にいたはずの金熊童子が、いつの間にか背後に回って棍棒で殴っていた。
背中に激痛を感じながらも地面に倒れる。
こいつの動き、数秒前とは明らかに違う。
今までは本気ではなかったのか?
いったい金熊童子に何が起きた。
頭の中で何故このような事態に陥ったのかを考える。
さすがに時を止めて背後に回ったなんてことはないだろう。
そんな魔法は今まで聞いたことがない。
一瞬で移動したと考えるのが妥当だ。
ライリーのスピードスターのように、足の筋肉の収縮速度を早くしたことにより、素早く背後に回ったのだろう。
でも、どうして急に強くなったのかがわからない。
直前までは可笑しな動きはしていなかった。
あえて言うのであれば、咆哮のように大きな声を上げたぐらいだ。
声を出すことで息を吐くことにつながる。
そのため肋骨が下がり、体幹を安定させるために重要な腹部の圧力が増す効果によって、神経による運動制御の抑制を外し、自身の限界に近い力を発揮したのだろう。
その結果、素早く移動して俺の背後に回ることができたと考えるのが自然だ。
聞こえた声は小さかったが、熊童子の声が耳に入った。
彼の説明によると、金熊童子は追い詰められることで力を発揮するタイプのようだ。
窮鼠猫を嚙むという言葉がピッタリの敵。
調子に乗れば俺のほうが殺される。
身体が僅かだが痺れを感じる。
背中を強打したことで、脊髄にて下位運動ニューロンにシナプスチャージし、前角細胞を興奮させたことで、末梢神経として感覚線維と併走し、神経筋接合部にいたり、筋繊維を興奮させたことで、小規模の運動麻痺が起きたようだ。
軽く痺れを感じるだけ、動こうと思えば動けるが、攻撃を受ける前のような動きはできないだろう。
「まだ動いている。こいつ危ない。危険だ」
僅かに動かした指を見て、俺がまだ死んでいないと判断したようだ。
このままでは殺される。
だけど麻痺が残っている中、この状態から態勢を立て直す方法が思い浮かばない。
呪文を唱えれば敵に聞こえてしまう。
モールス信号をしようにも、音を発するものが近くにない。
ダメだ。いい方法が閃かない。
「呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」
カレンの呪文の詠唱が聞こえた瞬間、俺の真下の砂が吹き飛び、その衝撃で俺も飛ばされた。
地面に転がりながらも起き上がり、顔を上げる。
「デーヴィッド大丈夫?」
「ナイスタイミングだった。お陰で命拾いした」
俺の状態を見て、カレンが音の力で砂を吹き飛ばしてくれた。
その効果により、俺は態勢を立て直すことが可能になった。
「地面が爆発。こいつは危険だ。危険だ!」
再び金熊童子が咆哮のような大声を上げる。
身体の筋力を最大限に引き上げた攻撃が来る。
「カレン、もう一度砂地に音の爆発を」
「分かったわ。呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」
空気の振動が対象物の強度を上回り、砂を巻き上げる。
「グアアアアァァァめ、目が!」
俺の予想どおり、金熊童子の目に砂が入り、一番外側に突き出た位置にある角膜を傷つけた。
いくら素早い動きをしても、小さな粒を回避するのは不可能に近い。
一時的に動きを抑えることに成功した。
「これ以上は長引かせるわけにはいかない。呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよアイシクル」
空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、三角錐を形成。
その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化、複数の氷柱を作り上げると一気に解き放つ。
複数の氷柱は金熊童子の肉体を貫き、彼はそのまま俯せの状態で倒れると動かなくなった。
「ありがとうカレン、お陰で倒すことができた」
「義妹として当然のことをしただけよ」
カレンに礼を言い、戦況を見渡す。
いつの間にかエミの前に、白銀の鎧に身を包んだ人物が彼女を守るようにして立ち、白い肌に黒いボーダーの鬼の一撃を剣で受け止めていた。
その光景を見て、俺は自身の目を疑った。
「ランスロット!」
可能な限り、大きな声で彼の名を呼ぶ。
俺の声が届いたのかそうでないのかはわからないが、ランスロットは何も答えなかった。
「レイラ、あれはランスロットだよな」
レイラに近づき、彼は本物なのかを尋ねる。
「ああ、間違いない。だけどどうしてこんなところに彼が?余から離れて寝返ったはずじゃあ」
「そんな訳があるはずがないじゃないですか。私もランスロット卿もレイラ様の忠実なる配下。そのようなことをするぐらいなら自ら命を絶ちます」
森の方角からジルの声が聞こえ、そっちに顔を向ける。
そこにはローブに身を包んだギョロ目の男が立っていた。
彼の背後にはゴブリンやオーガ、ゴーレムなどの魔物もいる。
「大変ご心配をおかけしました。私とランスロット卿は、散って行った同胞を説得する旅に出ていたのです。説得に成功した魔物はごく僅かですが、これよりレイラ様に加勢します。行きますよ、レイラ様に心配をかけた分、死ぬ気で戦いなさい」
ジルの合図でレイラ陣営の魔物が地を駆け、小鬼たちに牙を剥く。
ほんのわずかだが戦力が増えた。
だが、鬼の軍団からすればこれでも雀の涙程度だ。
「まだ私たちがおりますぞ、デーヴィッド王子!」
ジルの後ろにゾム兵士長が立っていた。
彼の後方には城の兵士が隊列を組んでいる。
「ゾム兵士長!」
「すみませぬ。王様を説得するのに少々時間がかかりました。私の直属の部下だけですが、戦力に加えていただきたい。敵は鬼たちだ!やつらを攻撃せよ」
ゾム兵士長のかけ声を合図に、城の兵士たちが一斉に砂地に足を踏み入れると剣を抜き、小鬼たちを斬っていく。
「デーヴィッド殿の新たなお仲間ですか?私はジルと申します。階級はストラテジスト、あなたは?」
「これは申し遅れました。私はゾム。兵士です」
「兵士?私と同じかメイジかと思っていましたが?」
「なんのことでしょうか?そんなことよりも、今は目の前の敵をどうにかしなければ」
「ふむ。何か事情がおありのようですね。深くは追及しないことにしましょう」
周囲が騒がしくなり、ゾム兵士長とジルが何かを話しているようであったが、聞き取ることができなかった。
「カレン、レイラ、俺たちはこれから敵の本陣に向かう。不要な戦いは避けて道だけを作り、敵の大将を倒す。そうすればこの戦いを終わらせられるはずだ」
「わかったわ」
「了解した」
海の渚に、大きい鬼が二体確認できる。あのどちらかが鬼たちを纏める指揮官で間違いないだろう。
「デーヴィッド!こいつを受け取れ!」
突然ランスロットの声が聞こえ、俺は彼のほうを向く。
ランスロットはエミを掴むと片手で持ち上げ、俺のほうに向けて投げだした。
エミは放物線を描きながら落下してくる。
俺は急いで落下地点に向かうと、彼女をお姫様抱っこの姿勢で受け止めた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「あの人何なのよ!動けないあたしを邪魔者扱いして、物みたいに投げるなんて」
「まぁ、ランスロットなら、そうするよな。俺も投げられたことがあるし」
扱いは酷いが、これも彼なりの優しさなのだろうと思う。
エミは動くことができなかったみたいだし、あそこにいるよりかは俺たちと一緒にいたほうが安全だと判断したのだろう。
だけど、困った。
エミがこちらに来たことによって、突撃作戦が実行できなくなった。
「エミはゾム兵士長の傍にいてくれ」
「あたしはまだ戦えるわよ」
「嘘を吐くな、顔色が悪いじゃないか。今までやったことのない魔法を使って、精神力が減っているのだろう」
「これぐらい大丈夫よ。カレン、霊薬をちょうだい。体力はあるから、精神力が回復すれば問題はない」
「カレン絶対に渡すな」
エミがカレンに霊薬を渡すように要求してくる。
しかし、これ以上むりをさせる訳にはいかなかった俺は、霊薬を渡さないようにカレンに言う。
「お願い、カレン。あたしの気持ちがわかるのなら、霊薬をちょうだい」
「ごめん、デーヴィッドの指示には従わない」
「何でだ!エミがこれ以上むりをして倒れてもいいと思っているのか!」
「そんなこと思っていないわよ!でも、エミじゃなくて霊薬を求めていたのがデーヴィッドなら、私は迷わず霊薬を渡す。いくら忠告をしても、むりを押し通すでしょう。今のエミはデーヴィッドと重なって見えた。なら、渡すしかないじゃない」
カレンの言葉に、俺は反論できなかった。
確かに逆の立場なら、むりを押し通してでも戦うことを止めないだろう。
本当に俺と同じ気持ちであるならば、止める権利はない。
「わかったよ。でも、むりだけはするなよ。一歩引いた戦いをしてくれ」
「わかっているわよ」
カレンがアイテムボックスから霊薬を渡すと、エミに飲ませる。
飲み終えた彼女は効果が発揮されたようで、俺から降りると立ち上り、ブイサインをみせる。
改めてプラセボ効果とは恐ろしいものだと痛感させられた。
「エミが元気になったのなら、敵の陣地に向かおう。さっき立てた作戦を実行する」
俺たちは砂地を蹴って敵陣地に向かう。
襲いかかる小鬼はレイラの火炎魔法で薙ぎ払い、炎のエレメント階級の小鬼は、俺の水の魔法やカレンの音の魔法で吹き飛ばした。
敵陣に近づくと二体のうちの一体が俺たちの道を塞いで待ち構えた。
四天王とは違って二本の鋭い角を持ち、金色の髪に着ている衣からは炎が噴き出ている。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




