第十二章 第四話 タイ捨流剣術対決
今回の話しはライリー中心になっています。
そのため三人称視点で物語を書いています。
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
袈裟斬り……肩口から斜めに斬ること。
燕飛……タイ捨流の技の一つ。左身にして太刀を立てて持ち、右手拳は右乳の上に、左手の拳は左の乳の上に持って袈裟斬りをする。
猿廻……切り結んでの押し合いから、一回転しつつ後方に飛んで死地を脱出し、その後横薙を放って手裏剣などの飛び道具に供えて打ち払う。
正眼……剣の構え方の一。剣の先を相手の目の位置に向けて中段に構えること。
上段霞の構え……剣を上段に構え、剣先を向かって左側に開く。
タイ捨流……日本剣術の一つ。普通の流派とは違い、剣を交えながらの目つぶしや足払いなども活用した実戦剣法。小説で剣術の描写を描くのであれば、タイ捨流が都合がいい。しかし、タイ捨流剣術の勉強をしっかりしなければ痛い目を見るので注意が必要!
右甲段の構え……右斜め上に剣を構える。
棟……刀身の背にあたる場所で、刃が付いてない側のこと。
「さて、あの女は熊童子のもとに向かわせましたし、拙者たちもそろそろ始めましょうか」
星熊童子が刀を鞘に戻す。
斬り合いを始めようと言っておきながら、鞘に納めるということは居合切りをしようとしているのだろうか?
相手が待ちの姿勢であるならば、こちらが近づいて間合いに入らなければいいだけの話だ。
だが、それでは時間が過ぎるだけ。それは星熊童子も分かっている。
こちらが動かなければ相手から仕かけてくるはずだ。
これは痺れを切らしたほうが先に斬られる。
緊張で鼓動が高鳴る中、星熊童子が先に動く。
刀の柄に手を添えたままこちらに接近し、敵の間合いが近くなる。
彼の抜刀を阻止しなければ。
ライリーは剣の側面で星熊童子の握る刀の柄本を抑え込む。
これで彼は抜刀することができない。
次の手を考えた瞬間、星熊童子は柄から手を離し、ライリーの左目に向けて指を突き出す。
星熊童子の動きにいち早く察した彼女は、顔を左に動かして回避する。
「この野郎!」
攻撃を回避した瞬間、ライリーは敵の腹に蹴りを入れて遠ざけた。
「西洋と日本剣術、戦い方に違いはあっても、知識があれば応用が利くねぇ。今の戦術であんたの流派がわかったよ。あんたタイ捨流だねぇ」
「ほう、俺の流派を見破ったか。あの女といい、お主といい、いったい何者なんだ?」
星熊童子に問われ、ライリーはチラリと後方を見る。
後ろにはデーヴィッドの姿がない。
敵に聞かれても問題ないだろう。
「まぁいいだろう。あたいはどうやら、女神の恩恵で天界での記憶を引き継いでいるようでねぇ、あたいがどんな存在で何を目的でこの世に生を受けたのかを知っているのさ。あたいはデーヴィッドの元守護霊、あの男が生まれ変わる前の人生を知っている」
「それと俺の流派を見破ったのと何の関係がある」
「あいつは生まれ変わる前は作家でねぇ、戦闘シーンではよくタイ捨流を使っていた。あまり剣術の知識に明るくなくとも、剣術の基本的な型さえ知っていれば、自由に描くことが許される流派だ。だからあんたの荒っぽい動きを見てピンときたよ」
「なるほど、だけどタイ捨を嘗めていると痛い目を見るぞ。自由であるからこその奥深さがこの流派にはある。文章だけ知った気でいると足下を掬われるぞ」
星熊童子の言葉に、ライリーは感心したかのような表情を見せる。
「へぇー鬼なのにそんなことを言ってくれるのかい。意外だねぇ」
「鬼でも拙者は一人の武士、武道に反することはしない主義なのでな」
「そうかい。なら、あたいもそれに応えて全力でいかせてもらうよ」
ライリーは接近しながら考える。
タイ捨流のタイは『体・待・対・太』などの複数の漢字が当てはまる。
どうして『タイ』にしているのかと言えば『体』とすれば体を捨てるにとどまり『待』とすれば待つを捨てるにとどまり『対』とすれば対峙を捨てるにとどまり『太』とすれば自性にいたるといったそれぞれの意味が含まれるからだ。
漢字では意味が限定されてしまうが、仮名で表すことでいずれの意味にも通じることが可能。
『タイ捨』とは、これらすべての雑念を捨てさるということ、ひとつの言葉に囚われない自由な剣法を意味する。
最大の特徴は右半開に始まり左半開に終わる袈裟斬りに終結する独特な構えだ。
剣を振り下ろしてきたのなら、刀の動きは見切りやすいが、これらは誘導に使われ、本当の狙いは別にあることもよくある。
この流派は『蹴る、投げる、斬る』の実戦剣法であり、斬ると見せかけ、蹴りや目つぶし、関節技を仕かけることもあり、油断ができない。
自由ゆえに何が起きるのかが予想できない恐ろしい流派だ。
自由ということは、あらゆる可能性を見出すことができる。
とにかく相手の僅かな動きでも見逃すことができない。
油断は死を招く。
相手がタイ捨流の使い手なら、真面目に西洋剣術を行うのは危険だ。
目には目を、タイ捨にはタイ捨で立ち向かう。
先ほどはロングソードであったが、刀でなくとも日本剣術の応用ができた。
やれないことはない。
間合いに入ったライリーは敵の腹に切り込む。
しかし、その動きを見切った星熊童子は左足を出して、しのぎと呼ばれる刀身の側面にある、刃と棟の間にある山高くなっている筋で受け止めた。
ここで終わらずに、ライリーは足を斬ろうとするが、星熊童子は刀をくるりと回して彼女の左肩に押さえつける。
それを見越していたライリーは、押さえつけられた構えの状態から更にくるりと体を回転させて斬ろうと試みるも、星熊童子が彼女の肩を押して突き放す。
ライリーの斬撃は空を斬るにとどまった。
お互いが先の展開を読み合い、どのようにされたらどう対処をするのを実行できている。
だが、それでも星熊童子のほうが上だ。
タイ捨流を極めている者と、つけ焼刃にしか過ぎない者の差なのだろう。
「お主、剣士としては一流と言っても過言ではないが、拙者相手にタイ捨流でやり合って勝てるとでも思っているのか」
「郷に入っては郷に従えという言葉があるじゃないか。だからこそ、あたいは日本剣術で相手をしてやっているのだよ。ならあんたが西洋剣術で相手にしてくれるというのかい?」
「嘗めやがって」
今の言葉が星熊童子にとって侮辱だと捉えてしまったようだ。
剣の腕は彼女のほうが上、だから相手に合わせることができる。
だけど星熊童子はそれができないから、仕方がなく同じ土俵に上がっていると言っているのだと解釈をしたのだ。
星熊童子は接近すると右手拳を右乳の上に、左拳を左乳の上に持ってくるとそのまま袈裟斬りを行うタイ捨流剣術、燕飛を繰り出す。
刀の起動に合わせ、ライリーが剣を当てて弾き、押し合いに持ち込む。
そして彼女は一回転しつつ、横薙で星熊童子の横っ腹を狙い、下から上に袈裟斬りを行う。
しかし、星熊童子は後方に跳躍して一撃を躱した。
「回避のために使う猿廻を、逆に攻撃に使ってくるとは驚いたが、まだまだだな」
タイ捨流剣術猿廻は、切り結んでの押し合いから、一回転しつつ後方に飛んで死地を脱出し、その後横薙を放って手裏剣などの飛び道具に供えて打ち払うものだ。
しかし、それでは星熊童子にダメージを与えることができない。
そこで自身が斬られる覚悟で前に飛び、意表を突こうとしたが、敵はその速さを上回る速度で後方に下がり避難した。
今のところは彼女の攻撃は届かない。
だが、ライリーはこの状況の中、笑みを浮かべている。
「何が可笑しい」
「いや、本当にあんたはタイ捨流剣術の使い手としては強いなと思っただけだよ」
「ようやく拙者の凄さがわかったようだな。そうだ。拙者はこの領域に達するまで、血の滲むような努力を重ねてきた。だからこそ、お主に負けるわけにはいかぬ」
「残念だけど、勝つのはあたいだよ。あんたがそれ以上の力をみせない限りはね」
ライリーは剣が居つかないようにすると同時に、太刀筋を隠すために行い、相手の襟に沿うように剣を振る衣紋振りで星熊童子を牽制する。
そして正眼から自分の目の高さに刃を水平にして構え、星熊童子の両目を狙い、横薙ぎに切り払う上段霞を繰り出す。
星熊童子は上体を逸らして躱すも、ライリーはすかさず左足を前に出し、右斜め上に剣を構えて右甲段の構えを取ると、袈裟斬りで斬りかかる。
しかし、それも星熊童子は袈裟斬りを行い、撃ち落とす。
その瞬間、ライリーが右胴斬りに切り返し、それを星熊童子が刀の柄部分で受け止め、再びライリーが左胴に切り返すも、星熊童子は飛び上がって回避をしつつ、着地と同時に打ち落として彼女の喉元に向けて鋭い突きを放つ。
だが、彼の一撃はライリーの喉に風穴を開けることができなかった。
ギリギリで躱され、空を突くにとどまる。
「あぶっねー、今の一撃はヒヤヒヤしたよ」
「しぶとい女だ。そろそろ決着をつけたいところだが」
「それはあたいも同意見だ。次の一撃で終わらせる。だが、ここで問題だ。あたいが持っていてあんたが持っていないものはなーんだ?」
「隙を作ろうとしても、無駄だ!この一撃で終わらせる!」
「わからないのなら正直にわからないって言わないと、知らぬは一生の恥だよ」
ライリーは態勢を低くすると素早く砂を蹴り、砂煙を巻き上げると後方に跳躍。
「これが答えだ。呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スピードスター」
素早く呪文を詠唱したライリーは、足の筋肉の収縮速度を早くしたことで、凄まじいスピードで星熊童子の眼前に移動するとそのまま袈裟斬りを行い、星熊童子を斬り倒す。
「あんたは精霊の力で肉体を強化することができないが、あたいはできる。この違いがあった段階で、あたいの勝利は約束されたのも同然だったのさ。確かにあんたは一流の剣士だった。だけど剣の道だけで生き抜けるほど、この世界は甘くはない」
冥土の土産に先ほどの問題に対する解答教えるも、星熊童子は動くことはなかった。
「どうにか四天王の一人を倒したねぇ」
ライリーはエミが走って行った方向に視線を向ける。
視界の先にはエミの姿が見え、声は小さかったが、彼女の声が聞こえた。
どうやら魔法に成功したようで、彼女は安堵の息を吐く。
「まさか、石化の魔法に成功するとは思わなかったよ。大したものだ。星熊童子に熊童子を倒した。金熊童子はデーヴィッドに任せれば問題はないだろうよ」
守護霊だったころの記憶を思い出す。
生まれ変わる前のデーヴィッドが書いた物語にも、平安の世に登場する鬼が出ていた。
この戦場にいるのが酒吞童子の一味であるとすれば、残りは虎熊童子と茨木童子、そして鬼のリーダーである酒吞童子、この三体が強大な敵となるだろう。
「エミのところに向かうとするか。初めての魔法を使って精神力はあまり残されていないかもしれないし」
そう呟くと、ライリーは大きく目を見開くことになる。
熊童子の身体を、白い肌に黒いボーダーのある鬼が粉砕していた。
新手の鬼か。
「まずい、速く行かないと!」
ライリーはまだ効果の残っている足の速さを利用し、駆けつけようとした。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




