表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/243

第十二章 第二話 金熊童子

 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。


熱伝導……固体または静止している流体の内部において高温側から低温側へ熱が伝わる伝熱現象。


中枢神経……神経系の中で多数の神経細胞が集まって大きなまとまりになっている領域である。


脊髄神経……末梢神経のうち、脊髄から分かれて出るものを指す。


軸索……細胞体から延びている突起状の構造で、神経細胞において信号の出力を担う。 神経細胞中では長さが大きく異なってくる部分であり、ヒトの場合、隣接する細胞に接続するための数ミリメートル程度のものから、 脊髄 中に伸びる数十センチメートルのものまである。


シナプス……ニューロンとニューロンとの接続部。また,その接続関係。伝達される興奮の増幅や抑制を行うことができる。


樹状突起…… 神経細胞 の一部。 神経細胞が、外部からの刺激や他の神経細胞の 軸索 から送り出される情報を受け取るために、細胞体から 樹木 の枝のように分岐した複数の突起のこと。


感覚伝導路……末梢から中枢に情報を伝える経路で、体性感覚・深部感覚・聴覚・味覚・嗅覚などを伝える神経。感覚性伝導路)


再灌流傷害……血流が止まることで酸素不足(虚血)になっていた組織に、血流が復帰(再灌流)することによって起こる障害のこと。

 翌朝、戦闘の準備を整えて海岸に向かうと、目の前に広がる光景を信じることができなかった。


 敵の戦力が元に戻っている。


 いつの間に戦闘員を増やしたのか、この地を訪れたときと同じ数の鬼たちが、海岸を埋め尽くしていた。


「おはようございます。気持ちのいい朝ですね」


「そうだな。晴天でなによりだ」


「では、お返事を聞かせていただきましょうか」


「その前にひとつ聞きたい。俺たちは昨日、たくさんの魔物を殺した。だけど一晩でお前たちの戦力が元に戻っている」


「確かに驚かれるでしょう。昨日の件で多くの同胞が亡くなりましたので、セプテム大陸から仲間を補充させていただきました」


 熊童子の言葉を聞き、俺は彼が嘘をついていることを確信する。


 相手は立ち塞がる敵のことを知らなかったはず。


 もちろん自分たちの陣営が、ある程度の被害が出ることはわかっていただろう。


 自惚れかもしれないが、俺の攻撃は相手の予想を遥かに上回っていたはず。


 予想以上の戦力を削られ、救援を求めたのだとしても、一晩では大陸同士を渡り切ることは不可能だ。


 そうなると、このからくりの答えはひとつしかいない。


「お前たちの中にプリーストの職に就いている魔物がいるな」


 俺の言葉に、彼はニヤリと笑みを浮かべる。


「その通り、大正解ですよ。こう見えても俺は聖職者なのです。命を散らした同胞を邪神様に祈りを捧げて復活させていただきました。俺がいる限り、何度でも生き返りますよ」


「ならば、あんたから先にやっちまえばいいだけの話じゃないかい。(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよエンハンスドボディー」


 肉体を強化したライリーがすぐに剣を抜くと、熊童子に斬りかかる。


 彼は腕をクロスさせると刃を腕で受け止める。


 肉が斬られて鮮血が噴き出すも、痛みで顔を歪めるようなことはしなかった。


「中々の鋭い一撃ですが、この程度の切り傷しか与えられないのですね」


「肉体を強化しているのに一刀両断できないだと、プリーストなのに!」


「聖職者は非力、そんな考えは古い。神に仕える者であったとしても、自分の身は自分で守ることができなければ」


 このまま距離を詰めたままではいけないと判断したのか、ライリーは後方に跳躍して距離を離す。


「邪神よ。我が傷を癒したまえ」


 熊童子が邪神に祈る言葉を放つ。


 その瞬間、彼の腕の傷は癒え、跡すら残ってはいない。


「今の行いは特別に大目に見ておきますが、そこの女の行動を見る限り、交渉は決裂したものだと判断してよろしいのですか?」


「言わなくても分かっているはずだ。こうなることがわかっていたから、魔物を生き返らせたんじゃないのか」


「否定はしませんよ。では、俺は酒吞童子にこのことを報告しなければならないので」


 熊童子が俺たちに背を向けた。


 この機会を逃せば、俺たちがより不利になる。


「プリーストであるお前を簡単に見逃すわけにはいかないだろう。(まじな)いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよファイヤーアロー」


 空中に複数の炎の矢を生み出し、熊童子に向けて放つ。


 真直ぐ進んだ炎の矢は、意外にも敵の身体にヒットし、彼の身体を焼く。


「俺の身体は丈夫なのですよ。気が済むまで攻撃をすればいい。この程度の火傷、すぐに邪神様に癒してもらえばいいだけですので」


 これが新たなプリーストの考え方なのか。


 自分の肉体に自信を持ち、攻撃を受けても傷を癒せばいい。


 それではまるで盾ではないか。


「だからと言って、このまま攻撃の手を緩めるわけにはいかない」


 奥のほうから赤い肌の鬼が走ってくるのが見えた。


 熊童子と入れ替えに戦おうとしているのは目に見えている。


 やつが到着するよりも早く、熊童子を倒さなければ。


(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイシクル」


 空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、三角錐を形成。


 その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化、複数の氷柱を作り上げると一斉に放つ。


 先端の尖った氷柱は、熊童子の腕や足の皮膚に突き刺さるが、彼は足を止めることなく戻っていく。


 とうとう赤鬼と擦れ違い、代わりにやつが俺たちの前に来る。


 体格は熊童子と同じだ。


 熊の耳のような角、手には得物である棍棒が握られている。


「よう、この間の戦いは人間にしてはやるではないか。俺の名は金熊童子、酒呑童子の四天王の一人だ。クラスはアサシン。面倒臭いから全員まとめて相手をしてやる」


 一人で俺たちと戦うと金熊童子は宣言してきた。


 自らアサシンと名乗り出た彼に、俺は唖然とさせられる。


 何せアサシンは影のようにひっそりと機を窺い、隙を衝いて奇襲を仕かけるのが仕事だ。


 こんなに堂々とした暗殺者は初めてだ。


 それだけ己に自信があるということなのだろう。


「デーヴィッド、他の小鬼たちもあたいたちのほうに向かっている」


 ライリーの声を聞き、金熊童子に気をつけながらも視線を海岸に向けると、多くの小鬼が進軍してきたのが視認できる。


 あいつらを倒すのは、はっきり言って難しくはない。


 だけど、熊童子がいる限りは敵の戦力は無限に近い。


 どうする。


 俺が金熊童子を相手にしている間に、レイラが小鬼を倒しても敵に復活させられる。


 どうにかして金熊童子を倒し、すぐに熊童子も倒す策を考えなければ。


「隙だらけだぞ」


 金熊童子の声が聞こえ、俺は咄嗟に後方に跳躍して敵の一撃を回避する。


「チッ、外してしまったか」


 敵の殺気を感じられなかった。


 もし、敵がわざわざ攻撃することを知らせなければ、直撃していたかもしれない。


 わざと宣言しても当たると判断したのか。


 俺の実力を見縊っていたのならば、今度こそ無言で攻撃してくるはず。


 アサシンの名は伊達ではないということか。


「今度は外さない。食らえ!」


 金熊童子は再び攻撃を仕掛ける合図を出してから棍棒を振り下ろす。


 敵の軌道を見破り、俺はもう一度後方に跳躍して一撃を躱した。


「何だと!俺の攻撃は躱された!」


 俺の回避が意外だったのか、敵は驚きの表情を浮かべる。


 奴の表情を見て、俺は全てを理解した。


 金熊童子は魔物であっても真直ぐな性格なのだ。


 だから攻撃は馬鹿正直に宣言するし、フェイントも使って来ない。


 これなら俺一人でも相手ができる。


 やつの攻撃を回避しつつ、策を考え直す。


 熊童子と言っても、魔力や精神力は無限ではないはず。


 一度に多くの仲間を生き返らせようとしたら消耗は激しいはずだ。


 だけど、それと引き換えに皆の精神力も削ることになる。


 他に何か手はないのか。


「カレンとレイラは範囲攻撃で道を作って。ライリーはあたしを熊童子のもとに連れて行って」


「それはどういうことだ」


 突然エミがカレンたちに指示を出してきた。


「あたしに考えがあるわ。熊童子に石化魔法を使う。動くことができなければ、祈りも邪神には届かないだろうし」


「そんなことができるのか!」


 彼女の説明に俺は驚愕した。


 何せ、石化魔法は人が考えた空想の魔法。


 俺ですら、どの精霊を使って人を石に変えることができるのかが不明であり、魔学者だったころは、同僚と石化について語り合っていたほどだ。


 そんな伝説の魔法を、エミは考えついたとでも言うのか。


 思い返せば、彼女の助言でカレンは探査魔法を使えるようになった。


「え、もしかしてこの世界って石化の魔法は存在しないの?」


「当たり前よ。そんな危険な魔法があったら、世界のバランスが崩れるかもしれないわよ」


「余ですら、実在しているという話を聞いたことはない」


「へーそうなんだ」


 石化の魔法が存在していない事実を知ると、エミは何故か嬉しそうにする。


「これってデーヴィッドからマウントを取れる数少ないやつじゃない。いいことを聞いたわ」


 彼女の言葉を聞き、俺は冷や汗が流れた。


 もし、彼女が石化の魔法が使えたら頼もしいが、逆に怖くもある。


「よそ見をしているとは余裕じゃないか。むかつくぜ」


 エミの話を聞いている最中に、金熊童子が俺の顔面に向けて棍棒を突いてきた。


 攻撃が真直ぐな分、得物の位置を把握していれば避けることは容易い。


(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ウォーターカッター」


 空気中の水分が集まり、知覚できる量にまで拡大する。


 そして今度は水の塊が加圧により、直径一ミリほどの厚さに形状を変えると、すぐに飛ばした。


 勢いのある水は金熊童子に向かって行くが、棍棒で防がれる。


「フン。俺の棍棒は強度がある。水圧程度では壊れないぞ」


「金熊童子は俺が食い止める。今のうちに向かってくれ」


「さっきから人間のメスと話して余裕かましやがってもう許さん!」


 今のうちに行動するようエミに伝えると、金熊童子は棍棒を振り上げる。


「さっきからバカの一つ覚えの攻撃ばかりしやがって、その程度の攻撃ならカレンでも避けられるぞ」


 相手を挑発し、金熊童子がエミを攻撃しないように仕向ける。


 俺の役目は、エミの策が上手くいくように敵を誘導すること。


 四天王であるこいつを追い詰めれば、熊童子は彼を助けようと回復魔法を使ってくるだろう。


 その隙にエミが石化魔法を発動させてくれれば、流れはこちらに傾く。


「悪趣味だが、殺さない程度に痛めつける。(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。シャクルアイス」


 空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。


 これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現。


 水の一部を切り離し、蛇のように金熊童子に向けて飛び出すと、敵の左手に巻きつく。


 すると今度は巻きついた水に限定して気温が下がり、水分子が運動するための熱エネルギーが極端に低くなると、水分子は動きを止めてお互いに結合して氷へと変化した。


「俺の左手が!」


「ここで問題だ。氷や気温によって温度がゼロ度以下になると肉体にどのように作用を齎す」


「クソッ、クソッ俺の力で壊れないだと」


 どうやら俺の話を聞いていないようで、金熊童子は左手を覆っている氷を殴り続けている。


 隙だらけだ。


 あれでよく四天王になれたものだ。


「炎の小鬼、命令だ。この氷を解かせ」


 こちらに近づいている炎のエレメント階級の小鬼が、金熊童子に向かって飛びつこうとした。


 やつらから送られる熱伝導で氷を解かそうとしているのだろう。


「そうはさせない。(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ウォーターカッター」


 空気中の水分が集まり、知覚できる量にまで拡大する。


 そして今度は水の塊が加圧により、直径一ミリほどの厚さに形状を変えると、小鬼に向けてすぐに飛ばした。


 薄い水は接近する小鬼の頭部や腕などに当たり、吹き飛ばす。


「くそう。使えない奴らだ。くっ、があああ!感覚が!」


 金熊童子が苦痛で顔を歪め、握っていた棍棒を落とす。


 シャクルアイスによる二次効果が発動したようだ。


 この魔法にはふたつの効果が存在する。


 ひとつ目は相手を拘束する力、そしてもうひとつは相手から体温を奪い、神経障害を誘発させる効果だ。


 ゼロ度以下の環境で皮下の血管は収縮を始める。


 これは中枢の体温を逃さないために保護作用だが、極度の低温に晒されると、この保護作用によって皮下の血行は極端に悪化し、その部分は血行不全に陥る。


 こうした部分はやがて凍り、身体組織は深刻な損傷が生じる。


 金熊童子の左腕は紫色に変色しだした。


 低酸素状態で血管内の赤血球が運ぶ酸素の量が少なくなり、細胞に必要な酸素と栄養が足りずに死んでいるのだ。


 そして、中枢神経と受容器とを結ぶ脊髄神経を作り上げている神経細胞が死ぬことで、軸索の末端の枝がシナプスと呼ばれる結合部位を通じて、他の細胞の細胞体や樹状突起に信号が遅れず、脳に情報が遅れないことで感覚伝導路が障害され、感覚麻痺が起きたのだ。


「このままでは腕が壊死して大変なことになるぞ。早々に腕を切断したほうが身のためだ」


 氷で覆われた左腕からの変色が広がっていく。


 氷に触れている箇所意外の細胞も死に初めているようだ。


「くそう。小鬼!何をやっている。さっさと溶かせ!」


 まだ動くことのできる小鬼に向かって金熊童子は命令する。


 小鬼たちは急いで彼の腕に触れようと地を蹴って接近してきた。


 さっきは焦って冷静な判断ができずに反撃をしてしまったが、今回は敢えて敵の自由にさせてやることにする。


 何せ、仲間を救おうとする行為が、逆に金熊童子を苦しめることになるのだから。


 凍った腕に炎のエレメント階級の小鬼が触れ、熱伝導で氷を解かす。


「バカめ!みすみす敵を自由にさせるとは」


 わざと氷を解かさせたとも知らずに、金熊童子は笑みを浮かべた。


「今度こそ倒してやる……がああああ、なぜだ。どうして腕がまだ痛む!」


 金熊童子は腕を抑えながら上空に顔を向けながら吼えた。


 これが凍傷に隠された落とし穴。


 治療のために凍傷の部位を暖めて復温させると、それまで虚血の状態だった部分に急速に血液が流れることで、更に組織が損傷する再灌流(さいかんりゅう)傷害が起きる。


「助けようとした仲間が逆にお前にダメージを与えるとは、笑えるな」


「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、こいつ本当に強い」


 俺の実力にようやく気づいたようだ。


 金熊童子は凍傷によるものなのかわからないが、身体が震え出した。


「こいつはヤベー!」


 咆哮のように大きな声を上げた瞬間、金熊童子は俺の視界から姿を消す。


 やつは何処に行った?


 敵の行く末を追っていると突如背中に激痛が走り、転倒しながらも背後を見る。


 いつの間にか金熊童子がそこにいた。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ