第十一章 第三話 デーヴィット帰還パーティー
今回のワード解説
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公爵……爵位(五爵)の第1位である。 侯爵 の上位に相当する 。 ヨーロッパ の 貴族 の 称号 の訳語、古代 中国 の諸侯の称号、また 明治 以降から戦前まで使われた 日本 の 華族 の称号として用いられる。 日本ではこの「 公 」によって(英語の場合であれば) prince と duke の両方の称号を表そうとしたため混乱を生じることとなった。 princeは基本的には小国の君主や諸侯、王族の称号であり、dukeは諸侯の称号である。
男爵……爵位 の一つである。 中国 と近代 日本 で用いられ、 子爵 の下位に相当する 。 ヨーロッパ諸国の最下位の貴族称号の 日本語 、 中国語 訳にも用いられ、 イギリス の baron の訳にはこの語が用いられる。
宰相……日本でいう 総理大臣のこと。
丞相……古代 中国 の 戦国時代 以降のいくつかの王朝で、君主を補佐した最高位の官吏を指す。 今日における、 元首 が政務を総攬する国( 大統領制 の国や君主が任意に政府要職者を任命できる国)の 首相 に相当する。
儀典……一国の政府、地方公共団体等の公的団体において、要人の往来に際し公式行事の準備を所管する部局。
ハーフアップ……編み込みやお団子など、組み合わせるヘアアレンジによって雰囲気が変わる髪型。
迷走神経……12対ある脳神経の一つであり、第X脳神経とも呼ばれる。副交感神経の代表的な神経 。複雑な走行を示し、 頸部と胸部内臓 、さらには腹部内臓にまで分布する。脳神経中最大の分布領域を持ち、主として副交感神経繊維からなるが、 交感神経とも拮抗し、 声帯 、心臓 、胃腸 、消化腺の運動、分泌 を支配する。多数に枝分れしてきわめて複雑な経路を示すのでこの名がある 。延髄 における迷走神経の起始部。迷走神経背側核、 疑核 、 孤束核を含む。迷走神経は脳神経の中で唯一 腹部にまで到達する神経である。
あれから数日が経過したが、未だにエミと仲直りができていない。
とうとう俺の帰還を祝うパーティーが開かれる日となった。
俺は侍従たちの世話になりながらも礼服に着替え、大広間にある椅子に座る。
開始時間が近づくにつれ、父さんが招待した貴族たちが次々とこの城を訪れた。
父さんからは、何もせずにただ座ってパーティーを楽しめばいいとだけ言われたが、果たしてそれだけでいいのだろうか?
「お久しぶりです。陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
「これは、これは侯爵殿。遠いところ遠路はるばる良くお越しくださった」
侯爵と呼ばれた男が横に座っていた父さんに挨拶をしてきた。
「それで、お隣が噂のご子息殿ですか。噂を聞いたときは驚きましたが、生きておられて喜ばしい限りです」
侯爵は笑顔で俺を見る。
「どうか王位を継承した暁には、王様同様私の領土を認めてもらいたくあります」
「あまり大きな声では言えないが、魔物の大群がこちらの大陸に向かっていることを知ったのも彼のお陰だ」
父さんが小声で俺に教えてくれた。
爵位とは王から勅許状を受けて認められる。
王が交代したりすると忠誠を誓い直して、領地と爵位を認めてもらわないといけない。
そのためにも後継者には気に入ってもらう必要がある。
そして王が領地を認める代わりに税を納める事によって、爵位と領土を維持することができる。
だが、貴族相手でも油断はできない。
重税を課して領地を取り上げるような暴挙にでれば、廃位されたり議会制を認めさせられたり、王政そのものが潰されたりする。
貴族とは、ある程度同等に接する必要があるのだ。
「父上がお世話になっております。王子のデーヴィッドです」
俺が手を差しだすと、彼も手を出し握手を交わす。
「では失礼いたします。他の方にも挨拶をしなければならないので」
そう言うと侯爵はこの場から離れて行く。
タイミングを窺っていたのか、今度は若い女性を引き連れた男性が俺たちの前に現れる。
「王様、この度はおめでとうございます。王子様の帰還、私も喜ばしい限りです」
「これは男爵殿、相変わらず元気そうでなによりだ」
父さんの言葉から、目の前に現れた男も貴族であることがわかった。
男爵は領地を持つが、小貴族の爵位。
村や町を治めるその他大勢の貴族だ。
この大陸においては貴族の扱いをするが、別の大陸では男爵であっても貴族として認めてもらえない扱いをされる。
騎士と主従関係を結び、情勢に応じて王や公爵、伯爵などの有力領主たちの陣営を乗り換えたりもする。
貴族として生き残るためには手段を択ばない。
今は王族に忠誠を誓っているが、情勢が傾くようなことになれば、平気で俺たちを裏切る可能性だって否定できない。
「こちらは私の娘でしてマリンと言います。村の美少女コンテストでも優勝したことがあります。どうですか王子様?私の自慢の娘は?」
男爵に尋ねられ、俺は娘さんを見る。
確かに彼の言うとおり美人だ。
だけど身内びいきかもしれないが、レイラやカレン、エミに比べると魅力的に劣るものを感じた。
「どうでしょうか?気に入っていただけたら王子様の側室でもいいので娶ってみては?」
「ハハハ、考えておきます」
俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
この男、自分の娘を出世するための道具にしか思っていない。
宰相や丞相という、王様が国を治めるための政務を補佐する役職があるが、それは王が信頼する身近な人々を指名することがほとんどだ。
そんなポジションに娘が入れば、貴族としての位があがる。
これはあくまでも俺の推理でしかないが、男爵として褒めればいいのか、汚いと吐き捨てればいいのか複雑だ。
男爵との挨拶を終えると、それからも招待客である貴族が声をかけてくる。
ほとんどの招待客と挨拶を終えたのか、ピークを過ぎると招待に関してのお礼を言ってくる貴族は疎らとなった。
「そろそろ時間だな」
父さんが椅子から立ち上がると俺もそれに倣い、起立する。
「皆さん、今宵はよく起こしくださいました。招待状をご覧になられてきっと驚かれたでしょう。生き別れとなった息子があの嵐の中生きており、こうして我が元に帰られました。今日はそれを記念してお祝いのパーティーを開かせてもらいました。今宵は楽しんでください」
ほとんどの人が父さんに注目してはいたが、彼の言葉に耳を貸すことなく動いている者がいる。
儀典の役職の人だ。
公式行事の準備が仕事であり、彼らは王の力を見せつける重要な行事の指揮官である。
宴の日程に客への招待状、会場と人員の確保をしているが、当日は休む暇があまりない。
客の接待や案内、宮廷楽団との調整やパン係、酒瓶係に毒見をするカップ係、配膳など、上げるときりがないが多くの仕事をこなさなければならない。
彼らが必死に働いているからこそ、このパーティーも実現することが可能なのだ。
国民がいなければ国が成り立たないように、儀典の人がいるからこそ、このパーティーも無事に開催することができた。
「では、息子デーヴィッドの帰還を祝して乾杯」
「乾杯!」
父さんがグラスの中に入っているワインを飲み始めると、貴族の人も続けて配られたワインを口に含む。
会場は賑わいをみせ、部屋中から話声が聞こえた。
「では父さんは王としての役目を果たしてくる。お前も王子としてするべきことをしなさい」
そう告げると、父さんはこの場から離れて行く。
王子としてすべきことをしろと言われても、王族のパーティーなんて初めてだ。
何をどうするのかがわからない。
知識の本にも、王族のパーティーについては書かれてはいなかった。
俺はこれからどうすればいいのだ?
己がすべきことについて悩んでいると、数人の女性が声をかけてきた。
「先ほどはお父様が大変失礼なことを言ってしまい、申し訳ありません」
最初に声をかけたのは、側室でもいいから娶らないかと言ってきた男爵の娘だ。
彼女は頭を下げて謝罪の言葉を言う。
「いや、気にしてはいないから頭を上げてくれ。俺……私はあれぐらいで気分を害したりはしない」
「お優しいのですね。そんなところも素敵です」
「ちょっと、あなたばかり王子様と話さないでください」
「私は料理が趣味でして、父上にはいつも褒めてもらっております。王宮の味には劣りますが、料理の腕に関しては自身があります」
「そこ、どさくさに紛れてアピールしないでください。わたくしはマッサージが得意でして、王子様の疲れを癒して差し上げます」
貴族のご令嬢が次々に話しかけてくる。
だけど心から喜べない。
普通であれば、モテ期がきたと泣いて喜ぶべきなのだろうが、男爵とのやり取りがあったせいで疑ってしまう。
貴族としての位を上げるために、王子に気に入られるように親から指示されているのではないかと考えてしまった。
彼女たちがどんな気持ちで俺の前に立ったのかはわからない。
だから冷たい態度であしらう訳にもいかなかった。
先ほどとは別の意味で困っていると、鋭い視線を感じてそちらに目線を向ける。
壁の端っこでカレンたちがこっちを見ていた。
皆パーティーのために用意されたドレスを着て、軽く化粧もしているからか、とても大人っぽく見えた。
口は動いてはいなかったが、今までの経験上、表情を見ただけで何となく言いたいことがわかる。
おそらく彼女たちには、俺が女の子にデレデレになっているように映っているのだろう。
軽蔑を感じさせる表情をしていた。
このパーティーが終わったあとが怖い。
そんなことを考えていると、カレンたちのグループにレイラがいないことに気づく。
いったいレイラは何処に?
彼女を探していると、一人の女性がこちらにやって来た。
赤い髪の上半分を纏め、残り半分を下ろすハーフアップと呼ばれる髪形に、漆黒のドレスを着ている。
前髪で目が隠れているせいか、ミステリアスに感じられた。
歩く姿は上品であり、つい見とれてしまうほどの美しさだ。
彼女はドレスの裾を軽く持ち上げ、淑女らしい挨拶をした。
「王子様、お妃様が探しておられました。こちらに来てもらってもよろしいでしょうか?」
「わかった。ありがとう教えてくれて」
俺は貴族のご令嬢たちに軽く頭を下げてこの場から離れると、女性の後ろを歩く。
こんな女性はいただろうか?
確定はできないが、ほとんどの貴族とそのご令嬢とは挨拶したので顔は覚えている。
だけどこの人とは一度もあってはいないような気がした。
案内された場所は俺の部屋だ。
ここに母さんがいるのか?
案内された場所に、俺は違和感を覚えた。
どうして母さんがわざわざ俺の部屋にいる?
普通待っているとしたら、国王夫妻の寝室ではないのか?
変な不安に駆られながらも、俺は部屋の扉を開ける。
すると部屋に母さんはいなかった。
念のために周囲を見るが、部屋の隅にも俺を探している人物の姿はない。
「おい、これはどういうことだ。母さんはいないじゃないか」
いやな予感は的中した。
すぐに振り返ろうとするが、背中に何かを当てられ、一瞬動きが止まってしまう。
当たっている感触から、固いものではないようだ。
「動くではないぞ」
背後を取られた俺は鼓動が激しくなるのを感じた。
そんな中、女性は腕を回して背後から抱きしめる。
「いったい何のつもりだ?レイラ」
「レイラとはいったい誰のことでしょうか?」
「お前のことだよ。最初は気づかなかったけど、髪の長さが同じだし、俺にこんなことをする女性は一人しか心当りがない。それに動くなと言ったとき、口調が元に戻っていた」
背後にいる女性がレイラだと思われる箇所を告げると、彼女の腕に力が入ったようで圧迫感が強くなった。
「正解だ。どうだ?こんな余も可愛らしいであろう?」
「ああ。いつもの髪型もいいけど、ハーフアップも似合っているな。ギャップっていうやつなんだろうな。上品に歩く姿に見とれてしまったよ」
思ったことを口にすると、更にレイラは力を入れたようで、ホールドの強さが増す。
ヤバイ。
これ以上彼女の力が増したら骨が折れそうだ。
「なあ、そろそろ離してくれないか」
「それはムリだな。今はデーヴィッドの顔を見ることができない」
要望が通らないことを告げると、更に締めつけられる。
「わ、わかった。このままでいいからとにかく力を抜いてくれ。そうじゃないとこれ以上は……ギャー!痛い!し、死ぬ!圧迫死する!」
ついに我慢の限界を超え、俺は悲鳴を上げた。
断末魔のような声で我に返ってくれたのか、一気に圧迫感はなくなる。
耐えきれないほどの激痛を感じたことにより、迷走神経が活性化したのか、俺は意識を失いかけた。
「す、すまぬ。つい力が入りすぎた」
意識が朦朧とする中、俺はどうにかベッドに腰をかけることができた。
「そ、それよりどうしてこんな子芝居をした?」
わざわざ変装までして俺をこの部屋に連れてきた経緯が気になる。
「ひとつ確認したいのだが、正直に話しても軽蔑しないでくれるか?」
質問を質問で返されたが、俺はそれに答えることにする。
「内容に依るかもしれないけど、多分軽蔑はしないと思う。寧ろ、嘘を吐かれるほうが怒るよ」
「わかった。ならば正直に答えよう。実は……」
レイラが頬を朱にして口元を手で隠し、恥じらうようなポーズをとる。
「嫉妬だ。デーヴィッドが貴族の女と一緒にいるのを見ると、胸がモヤモヤして苦しくなったのだ。だけど普段の姿だと、貴族の女に嫉妬して目の前に来た哀れな女だと思われるかもしれない。だから変装してまで接触を図ったのだ」
彼女のカミングアウトを聞いた俺は、自分までもが良い意味で恥ずかしい気持ちになる。
きっと俺の顔も今のレイラみたいに赤くなっているかもしれない。
「よくそんなことを平然と言えるな」
「デーヴィッドが正直に言うように促したからではないか!余も隠せられるものなら隠しておきたかった」
そう言うとレイラは俺の身体を押し倒し、胸に顔を埋める。
「あまり余の心を搔き乱すではない。ただでさえライバルは多いというのに」
「ら、ライバル?」
彼女の言葉の意味は理解できても、どうしてそんな言葉が出てくるのかがわからなかった。
俺を取り合ってくれるような女性に心当たりはない。
レイラ以外に恋心を向けられたと感じる記憶はあまりないはず。
「なぁ、ライバルって本当にいるのか?」
「何を言っておる!まさか気づいていない訳がなかろう?」
レイラが勢いよく顔を離し、こちらを見る。
「いや、それがまったく見当がつかない」
「よかろう。では余が一番にライバルと思い、二人の関係を認めさせたいと思っておる人物を、特別に教えてやるとしよう」
まさか、レイラが恋のライバルと認める人を教えてくれるとは思わなかった。
俺は唾を飲み込み、彼女が告げる人物の名を待つ。
「それは」
「それは?」
「デーヴィッドの母上、つまりこの国のお妃様だ!」
「何でそうなる!」
予想外の人物の名に、俺は驚いてすかさずツッコミを入れる。
「だってそうであろう。婚約を認めさせるには、最大の壁となるのは母君だ。あの精霊に認めさせなければ心から結ばれることはない」
確かに、一般的にも婚約は、お互いの両親が認めて初めて成立するもの。
ある意味最大のライバルという表現は間違ってはいないのかもしれない。
「それじゃあ、母さん以外のライバル候補は?」
「それは言えぬ。今のところは余の敵ではないからな。あの程度の想いでデーヴィッドのような鈍感男に気づいてもらおうとは笑止千万」
誰だかわからないが、酷い言われようだ。
だけど、例えレイラの眼中になかったとしても気になる。
彼女以外にも恋心を向けている人とはいったい?
正体不明の女性のことについて考えていると、再びレイラが俺の胸に顔を埋める。
「今、余以外の女のことを考えていただろう。罰としてデーヴィッドエナジーを頂く」
デーヴィッドエナジーってなんだよ。
心の中でツッコミを入れつつも、俺は彼女を引きはがすつもりはなかった。
部屋に入ってドタバタしたせいか、疲れて身体を動かすのも億劫に感じる。
彼女が満足するのを待っていると、突然ドアがノックされた。
「デーヴィッドいるの?」
この声はカレンだ。
もし、この現場を目撃されたら誤解されかねない。
上手く回避できるかは時の運だが、ここは居留守を使うしかない。
なるべく音を立てないようにしていると、扉が開かれる。
どうやら賭けは失敗したようだ。
部屋の出入口にはカレンの他にライリーとエミ、それにアリスまでもが立っていた。
これは詰んだ。
言い訳したところで聞く耳を持ってはくれないだろう。
「やっぱりここにいたのね。探したわよ。ほら、レイラもデーヴィッドから離れなさい」
「だ、誰のことでしょうか?わたくしは謎のメインヒロインでしてよ」
「訳のわからないことを言わないで、変装しても私にはわかるのよ」
カレンがレイラを引き離すと、俺に視線を向ける。
表情は笑顔だが、相当怒っているのが伝わってきた。
「早く大広間に戻るわよ。もうすぐダンスの時間だから、私たち全員の相手をしてもらうわね」
無言の圧力をカレンは向けてくる。
俺に拒否権はないと言いたげだ。
ここで修羅場のような展開になるよりかはマシ。
自身に言い聞かせ、俺は疲れた身体に鞭を打ち、大広間に戻る。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




