第十章 第二話 デーヴィッドの誕生
今回のワード解説
ツベルクハウ……ツヴェルクハウとも言い、ツヴェルクハウは、剣を平行向きに頭上で回す技です。 スタンダードな技で、相手の頭上からの斬りつけ攻撃に対して、カウンターを取れる技となります。
バインド……剣の刃同士が触れたこと。日本剣術の鍔迫り合いに近いイメージ。
ソフト……バインド時に押されている状態。
ストロング……剣の根元でバインドしていること。
ハーフグリップ……刀身のリカッソの部分を握ること。
厩舎……牛やなどの家畜を買う小屋のこと。
オルレアンの王の名はペンドラゴン。
彼は扉の前を何度も往復し、落ち着きのない態度を見せていた。
「兄上、気持ちはわかるが部屋で待っていたほうがいいんじゃないのか?」
「そうはいかぬ。アリシアが今も頑張ってくれているのだ。そんなときにワタシがのうのうと部屋で過ごす訳にはいかない」
彼のいる扉の先には妻のアリシアがおり、助産師たちと一緒に出産をしている最中であった。
予定日はまだ先であったが、いきなり陣痛が起きてこの部屋に搬送された。
しかし、最初の陣痛が起きてから五時間以上が経過している。
助産師の話によると子宮口がまだまだ開いておらず、長くなりそうとのことだ。
生理痛の何百倍の痛みに襲われ、波のように寄せては返す痛みがだんだんと強くなる。
陣痛とは金属の物体で殴られるような痛みらしく、殴られた瞬間の一瞬の鋭い痛みがズゥゥンと五秒間繰り返される。
そのような痛みを感じ続けながら歩く必要があり、拷問をされているような気分になるらしい。
さらに一定間隔でお腹が張るが、お腹の表面はちぎれそうに痛く、それ以上に中で内蔵が押しやられて肛門から何かが出そうに感じるとのことだ。
例えるなら、ものすごい下痢を我慢しているときに、下痢が出そうな一番のピークで一時停止。
少しほっとしたら再び同じことが起きるとのこと。
この痛みは赤ちゃんを産むまで終わらないという。
この話を聞いたペンドラゴンは、自分では耐えきれそうにないと思った。
女性は出産の強い痛みに耐えるために、脳内から痛みを和らげる物質が分泌されて、痛みを軽減できるらしい。
アリシアは無事に赤子を生んでくれる。
そう自分にいいきかせながらも、不安ではいられなかった。
「おぎゃー、おぎゃー」
扉越しから赤子の泣き声が聞こえ、ペンドラゴンは表情を明るくすると扉に視線を向ける。
「王様、お妃様は無事に王子様をお産みになられました」
「王子!男の子か!」
「はい、立派な後継ぎに相応しいほどの力強い声で泣いております。どうぞお入りください」
助産師に促され、ペンドラゴンは部屋の中に入る。
ベッドには最愛の妻が、生まれたばかりの赤子を抱きかかえていた。
「アリシア、頑張ったな。よく頑張ってくれた」
生命の誕生に感動したペンドラゴンは、目から涙を流した。
助産師から出産の過酷さを聞かされていただけに、余計に心にくるものがあったのだ。
「貴男、この子になんて名前をつけましょうか?」
「それは既に決めてある。デーヴィッドだ。『最愛の人』や『愛された』の意味を持つ。ワタシは、この子に国民を愛し、逆に国民からも愛される人物になってもらいたいと思っている」
「デーヴィッド。すてきな名前ね。この子が心から愛したいと思える女性とは、いつ会えるのかしら」
「おいおい。生まれたばかりなのに、もうそんなことを考えるのかよ。気が早すぎるだろう」
「それもそうね、でも楽しみだわ。この子がどんなふうに成長してくれるのか」
「きっと立派な男になってくれるだろう。幼少期はワタシに似てやんちゃかもしれないが、真直ぐに育ってもらいたい」
生まれたばかりの子どもを見て夫婦は微笑み合う。
王子誕生のニュースは瞬く間に城下町に伝わり、人々はお祝いムードに包まれた。
店は記念セールを開き、庶民は安くなった品物を買い求めた。
その日の夜、昼間からは考えられないほどの嵐が王都を襲う。
雷が鳴り響き、雲が星々を覆い隠した。
「デーヴィッド誕生の日に限って嵐がくるとは」
「何か悪い前兆ではないといいのですけど」
突然の嵐に不吉な予感を感じる国王夫妻であったが、それは現実のものとなった。
突然寝室の扉が開かれ、ゾム兵士長が部屋に入る。
「何ようだ!こんな嵐の日にノックもせずに入りよって!」
突然部屋に現れた兵士長に対して、ペンドラゴンは声を荒げた。
「ご無礼をお詫びいたします陛下。逃げてください。城の周囲を賊が覆っています。王子様を連れて早く逃げてください」
「何だと!」
「賊を指揮しているのは弟様であらせられます」
「あいつがだと!そんなバカな」
ゾム兵士長の言葉に、ペンドラゴンは動揺した。
昔から協力的だった弟が、謀反を冒すとは思えなかった。
「本当にございます。弟様には暗い噂がありました。おそらく王子様が誕生されて国の後継ぎが決まったことで、王子様を亡き者にしようと企んでいるかと思っております」
「分かった。弟のことは別にして、賊が迫っていることは理解した。すぐに避難するとしよう」
ペンドラゴンは床の板を取り外すと、秘密の抜け穴からの脱出を試みようとする。
「待ってください。弟様が指揮をされているのであれば、秘密の抜け穴には賊が待ち伏せしている可能性が高くあります。ここは敵の裏をかいて正面から脱出いたしましょう。王様はこれに着替えてください。王妃様にはこれを」
そう言って、ゾム兵士長は鎧を脱ぐと、ペンドラゴンに手渡し、アリシアには修道院の服を持たせる。
「俺が部屋の前を警戒しているうちに早く着替えてください」
「わ、わかった」
ゾム兵士長が部屋の外に出ている間に、二人は着替えを済ませる。
「待たせたな。それで逃走を成功させる策はもちろんあるのだろな」
「はい。危険を承知の上で進言いたしますが、王様には兵士に成り切って王妃様と王子様を守りながら跳ね橋に向かってください。だれも修道院を守る兵を王族だとは思わないはずです」
「分かった。だが跳ね橋は上げられているだろう」
「それも私がやります。王様たちが橋を渡り切ったあとに跳ね橋をもとに戻します。そうすれば、賊は城内に閉じ込められ、追ってはこなくなるでしょう」
「了解した。ゾム兵士長、お前には世話を焼かせてばかりだな」
「これも仕事でありますので、気になされないでください。三人が生きている限り、この国は亡びることがありません。ですので、絶対に生き残ってください」
「ああ、お互いに生きて再会を果たそう」
廊下を走り、吊り橋に向かう。
ゾム兵士長の予想どおり、賊の殆どが秘密の抜け穴に集まっているのだろう。
賊の姿はほとんどなく、目の前に現れた敵を斬り倒すのも容易だった。
妻と息子を守りながら、ペンドラゴンは城門前の跳ね橋に辿り着く。
ゾム兵士長が跳ね橋のレバーを引き、ゆっくりと橋が下り始めた。
「いたぞ!おそらくあいつらが国王夫妻だ」
跳ね橋が下ろされる音に反応してきたのだろう。
賊たちがこちらに走ってくる。
「ここは俺が食い止めます。」
ゾム兵士長が剣を抜き、盗賊たちに向かって行った。
まだ跳ね橋は完全に下ろされてはいない。
このままでは追いつかれてしまう。
何か方法がないか、周囲を見渡す。
するとこの騒ぎで城の中にある厩舎から逃げ出したと思われる、一頭の馬がこちらに走ってきた。
このチャンスを見逃してしまえば、やつらに捕まってしまう。
ペンドラゴンは素早く馬の上に乗ると手綱を引っ張り、馬を止める。
「さあ」
腕を伸ばしてアリシアを騎乗させる。
「荒い運転をするが、しっかりしがみついてくれ」
「はい」
手綱を操作して再び馬を走らせると、助走をつけて騎乗している馬に跳躍させる。
この馬はジャンプ力に優れているようで、途中で落ちることなく城下町に続く大地の上に着陸を果たす。
安心するのは早い。
兵士長が時間を稼いでくれているが、すぐに追っ手が来るだろう。
休憩を入れることなく馬を走らせる。
城下町を抜け森に入った。
ここまでくれば見つかる可能性は低くなるだろう。
どこか身を隠せるような場所を探さなければ。
嵐で視界が悪い中、馬を走らせていると明かりが見えた。
その瞬間ペンドラゴンは馬を止める。
「待っていましたよ、兄上。森に隠れることは予想していました」
視界の先には血の繋がった弟、ギルバートが立っていた。
彼の背後には賊と思われる男たちが数人いる。
「なぜだ!どうして謀反を起こしたギルバート!」
「なぜって王子が誕生したからですよ。そのせいで王位継承権は私ではなく、子どもが手に入れた。私はずっと狙っていたんだ。この国の王となる日を」
「なん……だと」
「私は昔から兄上の次だった。勉強も運動も全てが後回しにされていた。先に生まれたという理由だけで父上も母上もが兄上を大事にしていた。王位を継承させるのにふさわしい器となるように」
「そんなことはない。父上たちはお前にも愛情をもって接していた」
「ハハハハハ。よくもまぁ、そんなことが言える。兄上の見えないところで私が父上たちからどんな仕打ちをされていたのかも知らないくせに」
確かにギルバートの言うとおり、二十四時間一緒にいる訳ではなかった。
共にいるとき以外の彼が、どんな感じだったのかは知らない。
「私は父上たちに見てもらいたかった。一人の息子として兄上と同じように接してほしかった。だから私は努力をした。勉強も剣術も兄上以上に時間を費やした。その結果、私は成長して兵士長にも褒められた。なのに、そのことを報告しても、父上も母上もできて当然だといい、私の努力を誉めてくれなかった。それに加え兄上を守れと言われた。それが私の役目だと。こんな気持ち、兄上にはわかるまい」
ギルバートの話を聞き、ペンドラゴンは信じられなかった。
あんなに優しい父上と母上がそのようなことをしていたなど、到底思えない。
「何かの誤解だったのではないか。不器用な父上のことだ。言葉が足りずに本当に伝えたかったことを言えていなかったのかもしれない」
「誤解な訳があるか!」
ギルバートが剣を抜き、走ってくる。
ペンドラゴンは馬から降りると剣を抜き、彼に立ち向かった。
お互いの剣が触れ、バインドとなる。
「私は兄上たちを殺して王になる。そのために盗賊たちを雇った。兄上と王子は不運にも盗賊に襲われて亡き者となり、私が代わりに王位を受け継ぐ。そして国民に思い知らせてやる。兄上よりも私のほうが王として相応しかったのだと」
「なんと愚かな。私利私欲のために家族や兵士である国民までも、お前は殺そうしているのだぞ。そんなのが王に相応しいわけがあるか」
「兄上だってあまり変わらない。この盗賊たちを見ろ。こいつらだって好きで盗賊になった訳ではない。貧しい生活を送って、その日を生きるので精一杯なのに、王は貧困の民を見てみぬふりをしている。こいつらは兄上に絶望し、生き残る手段として手を汚す道を選んでしまった悲しい民だ!こいつらが不幸になったのも全て兄上のせいだ!」
ギルバートの力が強くなる。
バインドの現状はストロングのソフト。
ギルバートが有利だ。
このままでは押し切られてしまう。
「こいつらは王の死を望んでいる。弱い民を守り、手を差し伸べてくれるような、民と共にある王の誕生を待ち望んでいる。私はそんな王を目指す」
ギルバートの目は真剣であることを訴えている。
彼もただ己のことだけを考えていたのではなく、ペンドラゴンとは違った視野で、国民のことを考えていたのだ。
このまま力で押し切ろうしているのだろう。
剣身のリカッソ部分を持つハーフグリップにギルバートは持ち方を変えた。
確かに防御に強い代わりに間合いは狭くなるが、後ろの手で柄を動かすと、てこの応用で剣先をより早く強く動かせる。
「確かにお前の目指す王は素晴らしい。だが、理想だけを追い求めて語るだけでは王にはなれん!ワタシだってなれるものなら、お前の言う王になりたかった。だが、王には時として冷酷にならなければならないときだってあるのだ。人一人ができることなんて限られている。全てを救うことなんて不可能だ。仮にお前が王になったとしても、貧困の民は必ず出てくる」
ギルバートがハーフグリップに変えた今がチャンス。
ペンドラゴンは自身の持つ剣を滑らせる。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ」
剣の刃を下に滑らしたことにより、ギルバートの指を斬り落とした。
今の一撃で彼に隙が生じた。
左足を前に出し、切っ先を相手に向けて右頬の横で雄牛の角の如く構える。
十字鍔のキヨンを自分顔よりも前に出して顔面を守り、右手の親指は下に向けて腕はクロス。
水平斬りのツベルクハウを使用。
剣はギルバートの剣を持つ腕を斬り、斬り傷から鮮血が噴き出した。
「その傷では、精霊の力で治癒をしない限りは助からないだろう。ここでお別れだ」
「クソッこんなところで死ぬわけにはいかない。志半ばで死ぬわけには。私は王となり国民全てを幸せに導く大儀が残っているのに」
ギルバートの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「すまない。お前が苦しんでいたことにも気づいてやれなくて。ワタシは兄失格だ」
「何を今さら!」
「だけどそんなでかい志をもって頑張ってきたお前を、ワタシは誇りに思う。よく一人で頑張ったな。偉いぞ。お前は自慢の弟だ」
「そんなので許せるはずが……ない……だろう」
その言葉を最後に、ギルバートは動かなくなった。
「これでお前たちの雇い主はいなくなった。降伏して剣を捨てろ」
「何を言っていやがる。俺たちはお前たちのせいで何度も飢え死にしそうになった。国王を殺すチャンスをみすみす逃すはずがないだろうが」
盗賊たちは敵意を剥き出しにしている。
交渉したところで剣を収めてはくれないだろう。
「アリシア。ワタシがこいつらを足止めしているうちに、デーヴィットを連れて逃げろ」
「でも!」
「いいから早くいけ!」
「分かりました。ですが、生きて帰ってきてください」
「ああ、無事に生き残り、三人でまた会おう」
一時期の別れを告げ、アリシアは籠を抱えたまま走り出す。
「逃がすな、追え!」
一心不乱に走っていると後方から盗賊たちの声が聞こえた。
どうやらペンドラゴンは押し止めることができなかったようだ。
後ろを振り向くことなく、アリシアはひたすら走る。
だが、彼女はその走りを止めなければならなくなった。
目の前が崖になっていたのだ。
すぐに別の場所に向かわなければならない。
そう思った瞬間、アリシアは背中に痛みを感じ吐血する。
振り向くと盗賊の一人が剣を突き刺していた。
精霊である彼女は、剣で刺された程度では死ぬことはない。
だが、突然のできごとバランスを崩し、持っていた籠を崖の下に落としてしまった。
幸いにも崖の下は川になっている。
運よく水面に落ちてくれれば、デーヴィットの命は助かっているかもしれない。
盗賊はアリシアの正体を知らないからか、この場から立ち去っていく。
今直ぐにでも立ち上がり、我が子の救出に向かいたかったが、そのようなことをすれば、再び盗賊が戻ってきてしまう。
タイミングを窺い、完全に盗賊の気配がしなくなった瞬間に崖から飛び降りた。
崖の下の川は嵐による影響で思っていたのよりも流れが速い。
「水の精霊よ。力を貸して」
精霊仲間に協力をお願いして一時的に川の流れを緩やかにすると、アリシアは川の中に入った。
周辺を見渡し、水の中に顔を入れて中を覗くも、落とした籠は見つからない。
水の移動速度が早かったために、流されてこの付近ではない場所に行ってしまった可能性がある。
すぐに川の流れに沿って探す必要があったが、協力してくれた精霊が限界に達したようだ。
次第に水の流れが強くなってきた。
「ごめんなさい。協力してくれてありがとう。」
水の精霊にお礼を言い、川から出ると川岸を走って息子の捜索を開始する。
「アリシア無事か!」
夫の声が聞こえ、彼女は視線を声の聞こえたほうに向ける。
盗賊と戦い無事に生還してくれたのだ。
「貴男ごめんなさい。デーヴィッドが川に落ちてしまったわ」
「何だと!とにかく馬に乗りなさい」
合流したペンドラゴンの後ろに乗り、二人でデーヴィッドを探すも、息子は見つかることがなかった。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所がありましたら、教えていただけると助かります。
今回の投稿で二ヶ月間連続投稿の実績を解除しました!
これも毎日読んでくださっているあなたのお陰です!
本当にありがとうございます。
次は三ヶ月間連続投稿を目指しますので、今後ともよろしくお願いいたします。
また明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




